8 生活の始まり
目の前に二人の美少女。そしてテーブルにはご馳走。なかなかに幸せな空間であるが、まだ交流の少ない二人の女性を前にし、若干緊張ぎみな湊。
エレナの「すぐ食事だから、あなたも一緒食べましょ」という言葉で食事に参加した湊であったが、年頃の男子には少し落ち着かない。
「どうですか?朝ご飯おいしいですか?」
「え?…あぁ、うん。とっても美味しいよ」
緊張でスマートな返答ができなかった。とゆーか朝だったのか。木の枝で太陽光が届かないため、昼と夜の区別もつかない。
「そうですか!よかったぁ。先程から黙って食べていらっしゃったから、お口に会わなかったのかと思いました」
「レイナ。加藤は緊張しているのよ。年頃の男の子だからね」
そこ!ばらさなくてよし。とゆーかまた加藤と。今までほとんどの人が名前で呼んできてたから、違和感がすごいある。
「…あのー出来れば『湊』って呼んで欲しいかな。加藤って呼ばれるのあんまり慣れてなくてさ」
「…あぁ!すいません。少し馴れ馴れしかったですかね。知り合ってあまり時間も立ってませんし」
…ん?なんか話が噛み合ってない気がする。
「ごめんなさい。いきなりファーストネームは失礼だっかもしれないわね」
…ファーストネーム?…加藤が?
―――あぁ、そうか。外国とかでは名字と名前は逆になるんだった。だから加藤って呼ばれてたのか。なんという凡ミスだ。
「いやいや、そういう意味じゃなくてさ!俺の故郷ではファーストネームとファミリーネームの順番が反対なんだよ。ついその癖で反対に名乗ってしまったんだ」
「へぇ~そうだったんですかぁ」
「私はよく森の外へ出るけどそんな名前の形式は聞いたことないわね。……あなたって一体どこの出身なの?」
しまった。余計なことを話して出身地を聞かれてしまった。ここは異世界。日本風の名前が知られてないことから、そもそも日本とういう国そのものがないパターンだろう。どうしよう。
―――いや、でも日本が存在する可能性も0ではない。ここは素直に答えておこう。怪しまれるかもしれないが。とゆーかいい言い訳が思い付かない。
「日本っていう所。たぶん東にある小さな国さ」
「日本?…聞いたことないわね。……この大陸の一番東はカルロスという国で、日本なんて国はないわ」
―――やはりか。日本は存在しない。もともとたいして期待はしてなかったが。ここは完全に異世界ということらしい。
てか、怪しまれたよな。出身地の質問に対して存在しない国を答えたんだから。
「あぁーその、出身地のことに関しては深く突っ込まないでくれると助かるかな~なんて…はは…」
渇いた笑いを浮かべ、下手な誤魔化する湊。余計怪しまれただろうか。
「…少し腑に落ちないけど……まぁ…いいわ。あなたが嘘をついてるようにも見えないし」
「……うん。その…ありがとう」
「いいんですよ。湊くんの状態を見る限り、かなり込み入った事情おありなのでしょう?人には人の事情がありますからね」
二人とも優しい。悪く言えばお人好しだが。
だが、こんなわけわからん所でこの二人に出会えたのは本当に幸運だ。体が回復したら、ちゃんとお礼をしなくては。
湊が恩返しを決意した後、先程の会話中に重大なことが置きていたことに気付く。
「レイナちゃんさっき、俺のこと『湊くん』って呼んでくれなかった?」
「え?あ、はい。言いましたけど」
「もっかい呼んでくれる?」
「えぇ?あ……そのぉ……ぁ………湊…くん?」
―――とてもかわいい。改めて名前を呼ぶのが恥ずかしかったのか、頬を少し赤らめ、モジモジとしながら言う様は、もうドストライクだ。
「あなた…なんだか目が邪よ…」
「いやいや、そんなことはないよ?」
姉のエレナは鋭いらしい。エレナもかわいいが、もしそんな目で見ようなら即バレして距離を置かれそうだ。
朝食後。
エレナは森の外へ仕事へ行き、レイナは畑へと向かった。湊の昼食があるため昼には帰ることになっている。
「なにからなにまで申し訳ないなぁ。それにしても、太陽の光が届かない場所で農業とか、よく作物が育つもんだな」
体が回復するまで絶対安静なため、やることがない湊。あまりに暇なため、二人には悪いが家を散策し始めた。
「ここがレイナちゃんの部屋で、あっちがエレナの部屋かな。どっちの部屋にもベッドがあったけど、それじゃあ今俺が寝てる部屋はなんなんだ?」
二人のらしき個室にベッドがあるから、今湊が使っている部屋は他の人の部屋ってことになる。そういえば両親にはまだ会っていない。よく考えてみると、湊が使っているベッドはひとりで使うには大きすぎる気がする。あれは多分ダブルベッドなんだ。つまり両親の部屋か。
「でもなんで両親は家にいないんだ?いや…まぁ、家庭の事情ってやつか。すみません。ベッド、有り難く使わせていただいております」
湊はまだ見ぬ二人の両親に頭を下げる。
まだ体力が回復してないため、長時間動きまわることは困難。結局散策は早々に打ちきり、ベッドへ戻った。
「やることもないし…寝るか」
そのまま眠りへと落ちてゆく。
―――ここは。
俺はベッドに寝ている。だが、レイナちゃん家のベッドではない。白いベッドに手に繋がれた点滴。そして病院服。ここは病院か。
「俺なんで病院にいるんだっけ」
病院にいる理由が思い出せない。とりあえず病室から出て廊下を徘徊する。そして、すぐテレビが置いてあるこの階の休憩所へたどり着いた。
「うわ!すごい人だ。休憩所ってこんなに人っているもんだっけ」
休憩所にいる人はみんなはテレビを集中してみている。全ての人間がテレビを凝視していた。
「テレビそんなおもしろいのか……っ!」
テレビに写っていたものを見て湊は目を見開く。忘れもしない。あのワーム型の―――超巨大生物だ。
湊の目付きが変わる。両親と妹の仇。あんな化け物相手になにも出来ないが、それでも睨み続ける。
そこから4機のヘリコプターが離れて行く。ニュースのキャスターはその様子をリポートしている。
『人類の存亡をかけ、今!あの化け物に水素爆弾による攻撃が行われてようとしています!爆弾を運搬したヘリコプターの退避が終えば爆発です!』
「水素爆弾って…核兵器じゃないか。そんなものを日本で使うなんて」
キャスターの声を聞いて周りの人たちは『おおお!』と声をあげている。
そうしていると、化け物の真ん中あたりから強い閃光が放たれる。テレビ画面は真っ白になり、衝撃波らしき音が鳴っている。
―――爆発した。
信じられない。ほんとに日本で核兵器を使った。しかし、湊以外の他の人たちは目を輝かせ喜んでいる。
―――人類はあの化け物を打ち倒すことが出来た。
みながそう確信し、周りから賞賛の声が聞こえる。
爆発の光は消え、巨大なキノコ雲がみえる。
―――しかしそのキノコ雲を突き抜け、またあの化け物が姿を表した。
化け物は健在だった。
「そんな……水爆が直撃したのに倒れてないんて……ありえねーだろ……」
化け物の中の口が光る。そしてそこから湊が乗っていた飛行機を破壊した超巨大な光線が発射される。
とんでもない破壊力だ。斜線上にあるものをすべて焼き尽くす。だが破壊はそれだけに留まらない。
―――動き出したのだ。
奴は、極太光線を吐き出しながら斜線を変え、周囲のものを無差別に破壊し始めた。その光線が通った所は一瞬で塵となり消える。
テレビの画面に写しだされる光景をみてここにいる人たちも、ニュースのキャスターも唖然としている。
だが突如、テレビに写る人達の様子が慌ただしくなる。テレビ局の職員たちがみな、画面の左側へ向かって走り出す。カメラも職員たちのいる方向へ向けると、そこには大きな窓があった。
そこから遥か遠くにいる、あの化け物が吐く光線がみえる。それはどんどん大きくなっていく。否、近づいてくる。
「う、うぅ…うわぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!」
職員たちの悲鳴が鳴り響いた瞬間、真っ白い閃光に包まれる。そしてテレビは砂嵐となった。
「おいおい……まじかよ。みんな殺されちまったのかよ」
さっきの光景をみてガヤガヤし始める。みなの顔には驚きと落胆の色が入り混じっていた。
そんなとき、一人の男性が窓の外を指差して声をあげる。
「お、おい!みろよ!あれ!」
男性が指差した方へ向けるとそこには。
「あれは…っ!」
遥か遠く。遥か遠くだがはっきりと見える。天へ向かって噴き出すあの光線が。
―――人類が持つ最強の破壊兵器が通じなかった。
その恐怖が、この場にいるみんな。いや、日本中の国民に刻まれたのだった。
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「起きてくださーい。お昼ご飯ですよー」
「―――はっ!………また夢か。……なんか…デジャブだな」
夢か。またかなりリアリティーのある夢だった。俺の曖昧な記憶の中に、あの化け物に核攻撃を仕掛けるものがあったのはこれか。さっきのは多分ただの夢じゃない。現実に見た記憶が元になっているんだと思う。俺は奴に核攻撃をするところを見たことがあるんだ。
「あの~、大丈夫ですか?何か怖い夢でもみたんですか?」
「あ…いや、その……なんでもないさ」
「そうですか?なんか魘されてるみたいだったので」
「いやいや別に大丈夫だからさ。気にしないでくれ」
「そうですか?…では、昼食をつくったので食べましょう!」
優しい娘だ。そう思いながら湊はレイナの出した料理をほおばる。
「美味しい。美味しいよこれ!」
サラダに汁物に魚料理に米。それと水。なんともスタンダードなメニューだが、これがかなりの美味。
「ふふ、あんまり急いで食べると喉に詰まらせちゃいますよ」
なんか夫婦のような会話のやり取りに少しもえる湊。
一方レイナは、その湊をみて満足げだった。
「もういっそ嫁に欲しいくらいだわ」
「……よ!?よよよよよよ嫁ですか!!?……ふわぁ…そうゆうのはまだはやいかもですよぉ…」
嫁という言葉に過剰に反応するレイナ。とてもウブである。だがそこがいい。
そんな他愛もないやり取りをしていると、ふと湊は二人の両親について気になってレイナに訊ねてみた。
「そういえば、レイナちゃんとエレナさんの両親には会ってないけど、どっかに出かけたりとか……」
質問の途中でレイナの顔が暗くなっいくことに気付く。
「…………お父さんとお母さんは、魔物に襲われて死にました」
「えっ……!?」
―――しまった。
好奇心でとんでもないことを訊いてしまった。二人の両親が家にいないのは死んでしまったからだったのか。
無神経にそんなことを訊いてしまったことに罪悪感を感じる湊。
「あ…その…ごめん。知らなかったとはいえ無神経にそんなことを……。ほんとにごめん」
「…いえ、いいんですよ。成人した大人でもない私達が二人で暮らしていれば、両親はどうしたのかと疑問に思ってもおかしくないですから」
「寂しくは…ないのか?」
「……親に会えないのは確かに辛いです。…でも私の周りには、お姉ちゃんや村のみんながいますから」
「…すげーな。レイナちゃんは」
「そんなことはありませんよ。私なんて大してすごくなんてありません。周りのみんなが居てくれるからこそです」
湊の言葉に謙遜するレイナ。
なんて大人なんだろう。まだ未成年で自分と同じくらいの年頃なのに。
形は違えど、両親を失っているという同じような境遇を持つレイナとエレナ。にも関わらず、こうも強く真っ直ぐ生きている二人に、湊は尊敬した。
「それに…」
湊がレイナに尊敬の眼差しを向けていると、レイナが少し頬を赤らめ呟く。
その言葉を湊は聞き返す。
「…それに?」
「それに…今は湊くんもいますから……」
「え?」
なんだろうこれ。あれあれ?なんか少し甘い雰囲気じゃないですか?え?ちょっとなんで頬を赤らめているんですかレイナちゃん。やばい。なんか緊張してきた。
突然の言葉に湊も顔を赤くしてしまう。美少女に思わせ振りなことを言われドキドキするのは、年頃の男子として当然の反応である。
だが、お互いが頬を赤らめ黙ってしまったため、その場に不思議な空気がながれる。結局そのまま昼食を終えてしまい、レイナはまた他の仕事に向かってしまった。
夜。
「二人っきりで昼食を食べたみたいだけど。…湊。あなた、レイナに何か手を出したりしてないでしょうね」
エレナが家に戻り、夕食を食べ始めた矢先、突然エレナがジト目をしながらきいてくる。
「そ、そんなことないよ?べ、別になにもなかったし」
たしかに何かあったわけではないが、変な雰囲気になったことが思いあたり誤魔化しているかのような口調になってしまった。
「…何か少し怪しいわね。レイナ、本当に何もなかったの?」
「は、はい。別になにもなかったですよ」
レイナも湊と同じ状態らしい。
「…二人とも何か変ね。……まあ、でもいいわ。レイナが何もないと言うのなら。……それより湊。あなたその服、そろそろ着替えた方がいいんじゃない?」
「あー……それはそうなんだけど、生憎俺は着替えなんて持ってなくてね」
「………しょうがないわね。…レイナ。タンスの中に昔のお父さん服があるから、それを着せてあげてちょうだい」
「そうですね。夕食が終わった持ってきます」
「えぇ!?いいのかよ。お父さんの形見なんだろう?」
俺の言葉を聞いてエレナ目を細くする。
「……レイナから聞いたのね。でもいいのよ、タンスの奥にずっとしまってるよりだったら、誰かに使って貰ったほうが服も幸せよ」
「…いいのか。…ありがとう、二人とも」
ほんとに優しい人達だ。
夕食後。
「はい。これですよ」
エレナさっきの言葉をうけ、夕食後に着替えを持ってくるレイナ。
片腕の湊を気遣い、着替えを手伝ってくれようとするが、湊はそれを拒否する。なんか悪いし、それにこれからは、片腕で身の回りのことをこなして行かなければならない。そのリハビリも兼ねてのことだ。
「なんて強がってはみたものの、片腕の着替えはやっぱ大変だな。でもこれくらいできねーと。毎回手伝ってもらうわけにもいかなしいな」
かなり苦戦しながらも着替えを終えた湊は、ベッドに横になる。
―――ここ数日色々なことがあった。
どれもこれも常識ではありえないような出来事ばかりだった。だが、それでも適用しなければならない。もう自分が生きていく世界は現代ではなく、この異世界なのだから。
「とにかくこの痩せ細った体をなんとかしなきゃな。筋肉がないとなんにもできないし。あと字も読めるようにならんといけないのか。…課題が山積みだ」
今後の課題を確認し、湊は眠りにつく。
やっと湊の、この異世界での地に足のついた生活が始まった。