7 レイナの家
「見えてきましたよ!あの村です!」
歩き始めて数時間、レイナが住むエルフの村がみえてきた。
途中休憩を挟みずつ、肩を支えてもらいながらの移動だった。
「あれが……エルフの村」
エルフの村。それは想像以上にファンタジーな光景だった。
超巨大な木の、地上数十メートルほどの場所に、何軒もの木でできた家が取り付けられている。隣の木の民家と吊り橋で繋がっていたり、木の高い場所にある家は、ぐるっと回るように階段が木の側面に取り付けられている。
また地上にも木でできた家があり、周りの自然と見事に調和している。
透き通った水の川も流れているとても美しい村だ。
「すげぇ……めっちゃファンタジーだ」
「綺麗ですよね、この村。大昔から守られてきた美しいエルフの村です。私達エルフの誇りなんですよ」
そのまま村へと入っていく。周りにはちらほらとこの村の住人がみえる。
レイナと村の道を歩く湊は、少し居心地の悪さを感じていた。村の住人からの視線がすごい。
それもそうだ。全身真っ白で右腕がないよそ者が歩いているのだから。
だが、村人の視線は睨んでいるような感じはしない。純粋な好奇心からくるような視線だ。
「よくある異世界ものじゃあ、こうゆう時よそ者は煙たがられるのが定番な気がするけど…」
「そうゆう村もありますけど、この村はよそから来た人達にもかなり寛容なんですよ」
「へぇ…そりゃよかった」
よかった。よかったけど、好奇の目に晒されるのも落ち着かない。煙たがられるよりはマシだが。
…それにしても息がきれる。
「はぁ……………はぁ………」
「……大丈夫ですか?……もうすぐ着きます。…………あそこです。あの木の反対側の側面に私の家があります」
長いこと歩きずくめで、いい加減疲労がピークに達していた湊。目の前にみえる巨大な木の側面の下から3軒目にレイナの家があるという。
湊とレイナはその木の根元に着き、そこから木の側面に取り付けられた階段でレイナの家に向かう。
「ここをのぼればすぐですから。あと少し頑張ってくださいね」
「うぅ……うん」
まるで介護をうける老人のようなやりとりをしながら、階段を一歩づつのぼっていく。
そうやってのぼり続け、2つの家を通りすぎる。さらにのぼり続け、やっとレイナの家がみえてきた。大きな枝の上に建てられた、小さくも大きくもない、木で出来た家だった。
「頑張りましたね加藤くん!ここが私の家ですよ!早速中に入りましょう!」
「はぁ…はぁ……やっと着いたかぁ」
やっと安心して休める。そう思うと今にも脱力して倒れ混んでしまいそうになる。だがそれはできない。右腕のように、転んだ拍子にまた何か怪我をしてしまう可能性がある。最悪の場合は首でも、もげるのではないかというぐらい。
「まだ気を抜くなよ俺……。転んだら最悪死ぬぞ」
家の内装もまた、いかにもファンタジーで民族感も垣間見えるつくりになっていたが、今の湊には見てる余裕がなかった。
「部屋はこっちです。部屋に入ったらベッドがありますから、そのまま寝ててくださいね」
「うん。ありがとう」
部屋の中はシンプルでベッドと小さな机しかない。
湊はベッドに腰かけ、そのままゆっくりと後ろに倒れ、ベッドに寝転んだ。
「ぐっ…あぁー……やっと安心して眠れる」
目が覚めてからと言うもの、非日常的なことばかりで、何度も絶望を繰り返してきた湊にとって最高の癒しであった。
湊が癒しを堪能していると、コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。ノックの後、レイナがこの部屋へ入ってきた。
「食事です。と言っても昨日の残りですけどね」
「ありがとう。…ほんとここまでしてくれて、なんとお礼を言ったらいいか…」
「気にしないでください。昔人間の方に助けてもらった恩をお返しているだけですよ。食事が終わったらそのままベッドで休息をとってくださいね。加藤くんの事情の方も少しお聞きしたい所ですが、今は体力の回復が最優先ですからね。…では、私はまだやることがあるのでいったん失礼しますね。食べ終わった食器は適当な所に置いておいてください。あとで取りに来ますから」
そう言ってレイナは部屋から出ていく。
―――すごい、いい娘や。
平和な現代でさえもここまで優しくしてくれる人はそうそういなかっただろう。このお礼はいつか必ず返そう。
そう胸に誓い、レイナが持ってきた料理をほおばる。昨日の残り物と言っていたがかなり美味しい。
「うめぇ。これレイナちゃんが作ったんだろうなぁ。料理もできるとかマジで天使だ」
湊はその料理をすぐに平らげ、ベッドに横になった。柔らかな布団が心地よく、すぐに睡魔がおそってくる。
「今度こそ安心して眠れるな。……それにしても、なんで異世界にいるんだ?俺………。考えてもしょうがないか。レイナちゃんも休息が最優先って言ってたし、寝よう」
今の状況について考えようとしたが、睡魔の方が勝りそのまま瞼を閉じてしまう湊。この世界に来て初めての安眠だった。
翌日。
カランカラン、と鳴る鐘の音により湊は目を覚ました。そして一番最初に目に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。
「ここは…?………あぁ、そういえばレイナちゃんの家に泊めてもらったんだっけ」
食事が終わった後ぐっすり寝てしまった。それなりに長い時間寝てた気もするが、どれぐらい寝ていたのだろうか。太陽光が届かず、マナの光で満ちている森では時間が全くわからない。
村に来たばかりの湊には、さっきの鐘の音が朝を告げるものだと知らないかった。
そんなことを考えていると、部屋の扉が急に開き、レイナではない誰かが入ってきた。
「へー、あなたがレイナが連れてきた、エーリュシオンの大樹の根元に倒れてた人間ね」
入ってきた女性は、金髪の綺麗なショートカット。淡い緑色の瞳で目尻がつり上がっている。耳が尖っているため、この人もおそらくエルフだろう。
突然の質問に少し戸惑いながら、湊は返答する。
「え?…あぁ、うん。…えっと………どちら様?」
「あたしはエレナ。レイナの姉よ」
レイナちゃんの姉!?……いや、別に姉がいてもおかしなことではないが。レイナちゃんに姉がいたとは。
「俺は加藤湊。助けていただいて、妹さんには深く感謝しているよ。よろしく」
「いいのよ。レイナがしたくてやったことなのだから。…加藤湊ね。では加藤、よろしく」
そう言って右手を差し出そうとしたエレナだったが、湊に右腕がないことに気付き、少し慌てて左手を出す。
気が強そうな雰囲気を纏ってはいたが、優しい人のようだ。
それにしてもまた、加藤と名字で呼ばれた。なぜだ。加藤湊だったら湊の方が呼びやすいと思うのだが。
「よろしく」
そう言ってエレナと握手した。