4 神が住む森
美しい。
その一言に尽きる。
目の前に広がる大自然は、今の自分の状況も忘れてしまうほどに、湊を魅力する。
無数に飛び交う発光体は、まるで神の御加護をうけた聖域から神聖な力が涌き出てるかのようだ。
そして目の前にある、この圧倒的な存在感を放つ木。あまりの衝撃で、口を開けて固まる湊。
「でっ……けぇ……………………いや、でかすぎんだろ!!?」
なんだこの無茶苦茶な大きさは。比較するものがないためよくわらないが、おそらく数百メートルはあると思う。 それに太さも尋常ではない。数十メートルくらいあるだろうか。東京タワーの比ではない。
枝の数や大きさも半端ではない。幹の、ある一定の高さから大量に枝が生えているような感じ。あまりの枝や葉の多さで、太陽の光も射し込まない。
周りをを見渡すと、同じような超巨大な木がいくつもそびえ立っている。それらの枝部分は全て隣の木の枝とぶつかっていて、太陽光の侵入を一切許さない。
超巨大な木の周りには、小さな木や草も生えてはいるのだが、太陽の光が当たっていないのによく育つものだ。
光が射し込まないということは、通常では昼夜問わず真っ暗な状態になる。だが、この大量に浮かぶ発光体のおかげで、明るく、かつ神々しい景色を生み出しているわけだ。
「…木がこんなにでかくなることなんてあるのか?…俺が小さくなったみたいに感じる。普段虫とかがみてる景色はこんなんなのか」
ふと、自分が出てきた場所を見ると、出口がどのような状態だったのか理解する。二本の木の間を抜けてきたと思っていたが、実際は一本の木。とゆーか地面から大きく露出した根っこだった。
出口付近だけ地面が抉れるような地形をしており、露出した根っこは、地面に向かって二本に裂けている。この隙間から出てきたのだ。
みる限り人工物のようなものは見当たらない。あの謎の施設は完全に地面に埋まってるということか。何があったらそんなことになるんだ。
「…もうここ日本じゃないだろ」
なんなら地球なのかもあやしい。
まぁ、それは言い過ぎかもしれない。だが、こんな超巨大な木が生えていて、謎の発光体が大量に浮かぶ森なんて、現実ではありえない。小人になったかのような気分だ。
あえて言うなら異世界。異世界ファンタジーのようだ。
―――洒落にならいない。
ワーム型の化け物に襲われ、目が覚めたら謎の施設。そこを出たらファンタジーの世界。右腕を失い体もおかしい。持ち物は何もない。
―――詰んだ。
「見渡す限り超巨大な木。方角も出口もわからない森の中。食料もない。………終わった」
終わりの見えないサバイバル。こんな体で食料を探すなんて無理だ。出口を探索する体力もない。
絶望するのは何度目になるだろうか。体が万全なら出口を探して歩き回ることもできただろうに。
生存不可と気付き考えるのをやめる湊。
今までの人生は何不自由なく、そこそこ幸せ生活をおくっていた。何不自由ない、困難にぶつかったことがないからこそ、こんな状況に陥ったとき何もできない。それでもまぁ、施設を脱出するくらいならできた。自分にしてはかなり頑張った方だ。
なんの理由もなく、目の前の他の木よりも巨大だと思われる大樹を目指して歩く。
「無理だ。今回ばかりは無理だ。ここまで頑張ってきたけどもう無理だ。施設を出た先が異世界とか聞いてねぇよ。いっそ草でも食おうか」
草を食べる。自分で言って案外ありだと思った。テレビとかで、超貧乏な人は水と野草を食べて飢え凌いだとか。あ、野草はあるけど水がない。結局だめじゃん。
一瞬湧いた希望も、現状の打破に繋がらないことに気付き脆く崩れさる。
しかし、特に意味は無いとはいえ、歩いてみると意外とたどり着かない。大樹があまりにも巨大過ぎて遠近感が狂っていようだ。
それでも大樹へ向かって歩き続ける。その姿はまるで、追い詰められた人間が神に救いを求めて歩き続けているようにもみえる。
木の根元までたどり着いた湊は、真下からこの大樹を見上げてみる。
「でっ………けぇなぁ……」
死を前にしてこんな幻想的なものが見れたのだ。それはとても幸運なとこではないだろうか。
木の根元に背を向けそのまま座り込む。このまま朽ち果てれば、死体は微生物に分解され、やがてこの木の養分にでもなるのだろうか。こんな立派な木の、命を支える養分になれるのなら、それもいいかもしない。自分の生は無駄ではなかったと思えるから。
もたれ掛かった木の根元は、やけに温かく感じられる。
「……落ち着く。疲れたし、空腹もやばいのに、なんでこうも安らぎを感じているんだ…」
不思議だ。この木からは何か自分と似たようなものを感じる。背中をつけていると、どこからが自分でどこからが木なのか、境界が曖昧になるような感覚に陥ってしまう。
温かい。この溶けてしまうような安らぎによって強烈な睡魔が襲ってくる。眠い。まぶたがゆっくりと閉じて行く。
こういう時って寝たら死んだりするんじゃないだろうか。よくある『寝るな!今寝たら死ぬぞ!』ってやつ。あれは雪山で遭難した場合か。
だが、あながち間違いでもない。今の自分は、寝たらそのまま逝ってしまうほど弱っていると言っていい。
でも、もういい。どうせ生存不可なのだから。
この安らぎの中で眠るように逝ってしまおう。無理に足掻いて苦しむよりはいい。
「この短い間で人生投げ出しすぎだろ俺。…あぁ…父さん…母さん…芽衣…。みんなそっちに居るんなら、たぶんもうすぐ会えるよ」
あの世の存在なんて信じてないけど。でも異世界が存在したのだから、あの世が存在してもおかしくないのかもしれない。
意識が徐々に遠のいていく。眠るように死ぬのか、眠るだけなのかよくわからないけれど、死の覚悟を決めた湊には、もはやどちらでもいい。
そうして湊は、数百メートルほどもある大樹の根元で、ひっそりと眠りについた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
まぶたに光があたる。明るい。
もしかして、死後の世界という所にでも来たのだろうか。
地獄だったら嫌だな。
今までの人生、別段悪いことをしてきたわけじゃないから地獄には墜ちないと思うが。
とりあえず目を開けなければ始まらない。いや、死後の世界であれば、人生も終わっているが。
そんなことを考えながら、恐る恐る目を開けてみた。
「ここは……………研究所?」
床も壁も白く明るい。もしかしてあの謎の施設だろうか。なんでこんなところに。
着ていた服も。同じ服ではあるが、これは新品のように新しい。
右腕も…ある。
「これは一体…」
これが死後の世界?いやいや、そんなはずは。
「ねぇ、湊!」
「うお!?」
今の状況について考えていると、突然後ろから話しかけられた。この娘はたしか幼馴染の。…名前は思い出せない。
「あたしね、今度の実験で最後なんだって。」
「最後?」
「うん。もうこれ以上の力の成長は見込めないからさ。今度の実験が終わったら解放されて、両親のもとに帰れるんだって」
何の話だかわからない。
でも不思議と、この光景に見覚えがある気がする。
「湊と離ればなれになるのは寂しいけど、またどこかで会えるといいね」
「おう。そうだな」
「…うん。それじゃあ、もうすぐ実験だから。終わったらまた会いましょ。またね!」
そして手を振って去っていく幼馴染。
―――あれ?なんだ、この感じ。この心臓をキリキリと締め付けるかような不快感は。
幼馴染が歩いていく先に小さな闇が見える。
そっちはだめだ。そっちへ行ってはいけない。
闇は膨らんでいき、幼馴染はその奥に向かって歩いていく。
「………っ!!…だめだ!!そっちにいっちゃだめだ!!!」
なおも闇の奥へと歩いていく幼馴染。走って止めようとするも、走っても走っても追い付けず、逆にどんどん遠ざかって行く。
「くっそ!!…待てよ!待てって!!!」
幼馴染は完全に闇の奥へと去っていき、気付いたら自分も、何もない暗闇の中にいた。
―――悲しい。
何故かはわからないが悲しみが止めどなく溢れてくる。俺はあの娘が、闇の中へ消えるのを、ただ見てることしかできなかった。
「だ――――す―か――しっか――――してく―――い!」
「!…今何か声が」
暗闇に響く声。途切れ途切れではあるが、かん高い、女性の声だ。
「なんだ!?今度はなんだ!…………あっ!!」
暗闇に一筋の光が射す。それは瞬く間に広がって行き、やがて湊を包み込む。そして現実世界へと引き戻した。
「大丈夫ですか!しっかりしてください!」
「う……あぁ……」
かわいらしいかん高い声が響く。暗闇の中で聞こえた声の主か。
眠りから目が覚め、呻き声あげながら目を開けると。
「!…よかった。目が覚めたんですね。……大丈夫ですか?」
「!!」
―――美しい金髪をした天使がそこにいた。