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我流気功、仙道の体験記、実践日記 作者:豚ひき肉
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性功 前置き

ここからはだいぶキチガ…… スピリチュアル寄りな内容になる。
まあ今までも十分頭おかしい内容だったが。

仙道に興味を持ったきっかけを踏まえ少し過去話をする。といっても夢だったのかもしれないが。

子供の頃、多分保育園だったと思う。
保育園の先生が定期的にティッシュを破って手の中で丸めて握ると元通りになるという手品をやっていた。

今と違ってピュアッピュアだった私はそれを信じた。疑うことすらしなかった。
そして家で試しにやってみたら破ったティッシュを復活させる事がタネなしでできた。
家族の前でも出来ていたので、不思議な顔をされたり後ろから回りこまれたりしたのを覚えている。

ただなおれーと念じただけだ。

まあ子供の不思議話としてよくある物語であり、こういう事例に漏れず、私もある時から急にできなくなったのだが。

このことがあった事がきっかけで、どうやれば再現できるのだろうかというところが私の出発点となり、仙道やら超能力やらに興味を持ったのだと思う。

だが今になって思う。
その時の私が仙道やら何やらをやっていただろうか。
いや、これっぽっちもやっていないはずだ。

では、なぜ訓練されてもいないのに私はそのような事が出来たのか。
仙道だと気を流して破れた組織をくっつけて……などと理屈をつけるのだろう。

だが、断言できる。
私はただ治れと念じただけで、何もしていない。

結局の所、できていたから仙道に興味を持ったのではない。
出来ていたことが出来なくなったから、再現させるため仙道に興味を持ったのだ。

仙道と超能力は別腹というのか? 似たような事ができるのを目指しているのに?
それなら頭おかしい仙道なんてやらないで放置して超能力を開発すればいいじゃないか。

これに関して現在の私はこう考えている。
逆説的だが仙道で言われている超自然的な力は人が人である限り不可能だ。
ならば人間を辞めればいいのでは、と。
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