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運動部はMか否か

作者: ‐(ハイフン)

全てが独断と偏見によってできています。

 夕焼けが差し込み、真っ赤に染まった教室で一組の男女が向かい合って座っていた。一人はつまらなさそうに、一人は笑顔を浮かべ、何事かを話している。時折二人して外に視線を向けては、また顔を突き合わせ口を動かす。

 青春の一ページ、とでも言うべきこの甘酸っぱそうな光景も、きっといつかは過去の思い出として美化されていくのだろう。だがしかし、こんなことがあった、あんなことがあった、なんて語る日が来るのは遠い未来の話だ。

 だから、ここでは彼らの「今」を語るとしよう。

 この学校でも有名な美男美女カップルの話を。

 彼らが有名足る所以でもある二人の会話を、お話ししよう。




「私は思うわけよ。だから、いいんじゃないかって」


 長い黒髪を窓から入ってくる風にたなびかせ、どこか大人びた雰囲気を纏いそう呟く彼女――和泉 莉紗。


「よくないだろ。俺は少なくとも賛成できない」


 少し茶色がかった髪を鬱陶し気にかきあげ、少し不機嫌そうに返す彼――泉 遠会。


「だって、望んでそれをやっているんでしょ?だったら、やっぱりいいと思うんだよね」

「望んでる訳ではないと思うけどな。やらされてる方が多いだろ」


 そう言って二人は窓の外に目を向ける。

 窓の外には校庭が見え、そこでは様々な運動部の生徒たちが汗水流して部活動に精を出していた。野球部にサッカー部、陸上部にソフトボール部、テニス部、ぱっと見た限りでも五つの部が活動している。

 どの部活でも傍から見ても辛そうな練習をしていて、この高校の部活動への熱の入れようがわかる光景だった。

 二人はその光景を二階の教室から見下ろしながら、会話を再開する。


「やっぱり、望んでやっているよ。だって、あんなにも笑顔だし」

「いや、気のせいだろ。ほら、あいつなんかサボって怒られてる」

「でも、少数だよ?そういう人」

「確かにそうなんだけど、それだけで結論付けるのはなぁ……」


 遠会が難しそうな顔をしてそう呟き、莉紗の方へ特に意味もなく視線を向ける。その反応を見た莉紗は、ここぞとばかりに身を乗り出して遠会に迫り笑顔でこう言った。


「運動部はMの人が大多数を占めるんだよ!運動部でSの人なんて少数も少数、いないと言っても過言ではない。それならやっぱり運動部はM!圧倒的にM!」


 廊下などですれ違ったら誰もが振り返るであろうその綺麗な顔と見惚れるようなスタイルの良さを無駄にするような発言に、遠会は頬を引き攣らせているが、いつもの事だと割り切って言葉を返す。


「お、おう。莉紗の言い分は分かったから、とりあえず離れてくれ」

「……ごめん」


 その綺麗な顔を少しばかり朱に染め、おずおずと椅子に座りなおす莉紗。


「で、さっきの発言は運動部の大半に喧嘩を売ったってことで良かったか?ノーマルの運動部員はいわれのない濡れ衣を着せられて怒ってるだろうな」

「喧嘩なんて売ってないよ?だって事実を述べただけだもん。だから私は誰にも濡れ衣を着せてないから怒られることはないよ」

「いやいや、待て待て、その根拠はどこにあるんだ?どこに」

「根拠は私の友達の発言だよ。そう、あれはいつもみたいにお昼を食べていたときのこと――――」




 お昼休み――私の周りにはいつものメンバーが揃っていた。

 短髪でボーイッシュな笑美、ポニーテールが特徴の真結、幸薄そうな香奈の三人だ。


「ごめん!今日もお昼に練習あるから一緒に食べられないんだ」

「私も笑美と同じ部活だからごめんね~」


 笑美と真結がそう言って謝ってくる。


「謝ることじゃないよ?二人とも大変なのにそれを責めるほど、私は酷い女じゃないつもりだけど……」


 私が少し悲しそうな顔をして言うと、二人は困ったように笑う。


「いや、まあ、分かってるんだけど、なんとなく謝っちゃうっていうかなんというか……」

「そうね~、特に意味もなく言っている感じかな~」


 二人がそう言うと、今までぼーっとしていた香奈が唐突につぶやいた。


「今日、もう……無理。……無理、眠い、寝る。おやすみ……」

「莉紗、彼氏のとこで食べてきな」

「香奈は、放っておけばいいよ~。どうせ起きないし~」


 ぱたんと机に伏して身動きをしなくなった香奈を見てあっけらかんと言い放つ二人。

 まあ、これもいつも通りと言えばいつも通りの事だけど、香奈は相変わらず何をするか全く予想がつかないのよね。今時ここまで変な人もなかなか見ないから楽しいけど。

 さて、じゃあ私も遠会君のところに行こうかな。


「そうだね。じゃあ、行ってくるね。二人も部活、大変そうだけど頑張って」

「うん、大会近いし、いつもより練習しないとレギュラー取れないから大変だけど頑張る!」

「私たちの部なんて大体の人がマゾだからご褒美に近いけどね~」


 そう言って私は遠会君のところに、二人は体育館に向かった。

 もちろん、香奈はそのまま放置して――――




「――という訳で、これが私の根拠だよ」


 莉紗の回想を聞いた遠会は目頭を押さえて天を仰いでいた。


「あいつらって何部だったけ」

「バドミントン部だよ」

「バドミントン、バドミントンか~」


 受け止めきれない現実をどうにか呑みこもうと、「あ~、う~」と唸る遠会に莉紗が更に追い打ちをかける。


「ちなみに真結が言ってたんだけど、バレー部とバスケ部もMがいっぱいいるらしいよ」


 ぴたっと遠会が動きを止め、ぎこちない動作で顔を上げにっこりと笑っている莉紗を見る。

 莉紗のその顔には、「これでどうだ!」とでっかく書かれていて、綺麗な顔で誰もが見惚れるような満面の笑みを浮かべているはずなのにどこか腹が立つ表情だ。

 少しばかりむかついた遠会は、何も考えずに言い返した。


「そ、それは女子の話だろ。男子はそんなんじゃない」

「ふ~ん、へ~……根拠は?」


 数秒前とは違い、今の莉紗の顔はとても人をイラつかせる表情をしている。

「どうせ根拠はないんでしょ?」と言わんばかりに遠会を煽っていく。


「根拠を言ってくれないと、信じられないな~。想像とか一般論とかそういう事を言ったら私、失望しちゃうな~。あ~あ、私の彼氏が嘘つきだったなんてショックだな~」


 どこか真結を彷彿とさせる物言いの莉紗に、遠会は記憶を必死に探って反論できる材料をサルベージする。


「俺の友達は、運動部でもSだった」

「えっ!誰それ?私の知ってる人?」

「ま、まあ、知っているとも言えるし、知らないとも言えるな」


 どこか無理をしているような笑みの遠会は莉紗から目を逸らして答え、更に言葉を続ける。


「とりあえず、そういう事だから運動部はMだけじゃない」

「そっか、でも、その人が本当にSなのかどうなのか確かめなくちゃそう言い切れないよね?」

「あ、ああ、そうだな。でも、だったら本当にMが多いのかも確かめないといけないよな?」


 しっかりと目を合わせて言う二人。莉紗の表情は明るくどこか攻撃的な笑顔で、対照的に遠会は、ほの暗く無理やりに作っているような笑顔を浮かべていた。

 二人の視線が十数秒の間まじり合い、静寂が訪れる。校庭から聞こえてくる運動部の大きな声が教室に小さくなって入ってきて、放課後の教室の独特な雰囲気を作り出す。

 そんな中突如、莉紗が椅子を倒すぐらいの勢いで立ち上がり、


「私、確かめてくるね!運動部の子にSかMか聞いてくるよ!」


 とてもいい笑顔でそう言い残し、脱兎のごとく教室からとび出していった。

 それを呆けて眺めていた遠会は一人教室に取り残され、数瞬後にそれに気づく。


「……はっ。おい!待て!行くんじゃない、ばか!」


 莉紗の背中が消えていった扉に向かってそう叫ぶと、遠会も教室をとび出して後を追った―――




 体育館の一階ではバスケ、バレー、二階では卓球とバドミントンの部活が活動している。柔道や空手、剣道などは別の建物があるのでそちらで活動することになっていて、基本的には常に同じ部活が同じところを使うことが多い。

 六月の下旬、暑さが増してきて体育館の中はサウナのように蒸し蒸しとしていた。そんな中、汗を滝のように流しながら練習に打ち込む少年少女達がいる場所に侵入した影が二つ――莉紗と遠会だ。


「おい、莉紗。練習の邪魔になるようなことはするなよ。いいか、絶対だぞ」

「分かってるよ。見学して、休憩してる子に聞くだけだから大丈夫だよ」

「というか、練習中に部外者が立ち入るのもダメな気がするけどな」

「大丈夫だって、ほら、何故かさっきよりも練習に熱が入ってるみたいだし」


 莉紗が示す先には、今までよりも三割増しで声を出し、機敏に動く生徒たちがいた。その生徒たちは皆がチラチラと二人を見ては気合を入れ直して練習をする。


「ね?」

「……ああ、うん、そうだな」


 自分の影響とは全く考えもしない莉紗に遠会は、返す言葉を無くし適当に返事をした。

 ぞんざいな返事には気も留めずに、莉紗はきょろきょろと体育館を見回して目当ての生徒を探す。


「どこにいるかな、休憩中の子……あ、発見」


 莉紗は壁際に座って水分補給している女子生徒に近づいていった。


「ねえねえ、今ちょっといいかな?」

「は、はい。大丈夫です!」


 声をかけられた生徒の少し緊張気味で言った言葉を聞いた莉紗は、さっそく本題をぶっこんだ。


「君って、M?」

「……は?」

「ああ、ごめん。マゾって言った方が伝わるかな?」

「……え?」

「莉紗。ちょっと来てもらおうか、話がしたいんだ」

「後でね。今この子の答えを聞いてから行くから」

「却下だ、バカ」


 遠会は無理やり莉紗を困惑している女子から引き離し、問い詰める。


「聞き方が直接的すぎんだろ。もうちょっと何か考えろよ」

「これが一番時間かからない聞き方なのに?そういうこと言うんだったら遠会君がやって」

「え、いや、俺が女子に聞く方が問題出るんだけど……」


 莉紗は無言で遠会を女子の前に押し出してからその横に並んで腕を取り、シャツをまくって露出している遠会の腕に爪を突き立て遠会を見上げ、「は・や・く」と口パクで脅しをかける。


「えっと、あの、そのだな……」


 莉紗から目を逸らすように未だに困惑している女子へと話しかける遠会は少し震えていた。

 思考もまとまらず焦りに焦る遠会は言葉に詰まり、だんだんと食い込んでいく莉紗の爪に恐怖を覚えてさらに冷静でいられなくなる。

 遠会がそんな状況下で出した答えは、


「君って、M?」


 先ほど非難した莉紗の言葉と同じものだった。

 その言葉を言ったと同時に莉紗は、思いっきり遠会の足を踏みつけ、にっこりと微笑んだ。遠会はそっと目を逸らし冷や汗を流しながら、女子に話しかける。


「ごめん、変な事聞いてるのは分かってるんだけど、答えて欲しいんだ。俺にとって必要な事だから、頼む」


 若干目をぐるぐるさせている遠会に見つめられてそう言われた女子は、頬を運動とは別の理由で真っ赤に染めながら答える。


「え……」

「え?」

「え、ええMです!私はMです!ごめんなさい!」


 男子に迫られ自分の性癖を暴露するという羞恥プレイを強要された彼女は、叫んだ後にものすごい勢いで遠会の前から走り去って練習に戻っていき、チームメイトに肩を優しくたたかれ慰められていた。

 女子にごめんなさいと言われ逃げられたことにショックを受けている遠会をよそに莉紗は、制服のポケットからメモ帳を取り出して何かを書く。


「ええと、まずは、バレー部女子生徒でMが一人っと……よし!この調子でドンドン聞いていこうね!」

「俺、もう既に心が折れそうなんだけど……」

「あっ!もう一人発見!聞きに行くよ!」

「俺は無視ですか、そうですか。まあ、分かってたけど……」


 少し悲しそうな表情を浮かべた遠会は、すでにもう一人捕まえて応え辛い質問を容赦なくぶっこむ莉紗の背中を遠い目で見つめていた。




「いや~、いろんな人に聞いて回ったけど全員がMだったね。これは私の勝利かな?」

「ノーマルって言おうとした奴に、えっ?聞こえなかった、ごめんねもう一回言ってくれる?をMと答えるまで延々と続けてさえいなければ認めても良かったんだけどな」

「……なんのことかな?わたししらないよ?」

「可愛く小首を傾げても認めないぞ」

「いいも~ん。私は運動部がMだっていう事実さえあれば十分だもん」


 開き直った莉紗は遠会の正面で後ろを向いて、その視界に遠会をおさめながら歩き、楽しそうに体を左右に揺らして会話を続ける。


「遠会君が言ってた運動部のSだった人って東城君だったんだね」

「そうだぞ。あいつがSだったことを莉紗は知らないから、知っているし知らないって言ったんだ」

「うん。まさか、頭がいかれてるとしか思えないほどのドMの東城君がSだったなんて……」

「ああ、あいつ、中学で同級生の女子たちに罵倒され、蹴られ、殴られをされて目覚めたんだ……そうなった原因はあいつにあるからもう、どうしようもなかったけどな」


 遠会がもう戻ってこない在りし日の級友の姿を懐かしく思い返していると、


「もっといじめてくださーーーい!!!」


 耳を塞ぎたくなるような酷い言葉が校庭から聞こえてきた。


「……帰るか」

「……帰る」


 二人は無言で鞄を教室から取り、早足気味に校門を目指す。

 既に太陽は沈む寸前で、微かに遠くの空が色づいているだけで辺りは着々と夜に近づいていた。

 二人の影は長く伸び、つないだ手がその影を一つのものにする。


「私、東城君にこれからどう接すればいいんだろ……」

「……いつも通りで頼む。無視とかしたら逆に喜ぶから……」

「そっか……」


 二人が校門を出ると同時に、


「ありがとーーーーー!!!」


 何も知らない人が聞いたら、いたって普通に聞こえる言葉が響いた。




「あっ!運動部は私の独断と偏見で全員Mね!」


繰り返しますが、全てが独断と偏見によってできています。

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