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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
二十四日目:大決戦! 神様の剣と懲りない悪党
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二十四日目(4):第三決闘-マイマイ・フィリッチーネ&カシル・ヴァロックサイトVSプチラ・フェノミナ&ミスフィト・ブルーローズ

「うーっ、ヒマすぎるー」

 マイマイは暗い洞窟の中、大声で言った。

 声は反響して、ヒマすぎるー、ヒマすぎるー、ヒマすぎるー……とあたりに響く。

 もちろん、特になにかが帰ってくるわけでもなく。

(ライ兄ちゃんについていったら、ぜったい楽しいぼーけんの旅ができると思ってたのに)

 マイマイが魔女になったのには、実を言うと深い理由はない。

 単に、親が両方とも魔人だっただけである。マイマイ自身の気持ちとは関係なく、気づいたら魔術を習っていて、気づいたら魔女だった。

 だからマイマイには、魔女以外の生き方なんて知らない。興味もない。

 自分には放浪と冒険の一生が待っていると――それを、まだ彼女は、一切の疑いなく信じていた。

 さておき。

 いま問題なのは、その放浪と冒険がちっとも楽しくないことなのである。

「おたからもないし、仲間もいないし、スペクタクルもないし、ただひとりで洞窟さまようだけってなんなの? ぜんっぜん、楽しくない!」

 楽しくなーい……なーい……なーい……と、音が洞窟に反響する。

 もちろん、返事が返ってくるわけもない。

 うぎぎと地団駄を踏んで、マイマイは叫んだ。

「責任者でてこーい! ぼーけんを面白くする義務を怠った設計者、出てきて殴られろー!」

「うっるさーい!」

「……およ?」

 意外にも反応があった。

 だだだ、と激怒の表情で駆けてきたその虹小人は、

「うるさいよあんた! 洞窟で迷って方向どっちにするか聞き耳立ててる時に大声で叫んでるんじゃないってーの!」

「…………」

 マイマイはしばらくぽかーんとしていたが、やがて首をかしげて、

「だれだっけ?」

「おまえも覚えとらんのかい! プ・チ・ラ! 鋼の大魔女プチラ様だってーの!」

「自分で大魔女とか名乗ってはずかしくないの?」

「ないね!」

「ふーん……」

「な、なんだよ。じろじろ見て」

「こんなちびっこいのが大魔女って……ぷぷ」

「体格は関係ねーだろ! つーかおまえもちびじゃん!」

「ち、ちびとは失礼ねっ。あたしはこう見えて立派なレディなんだからね!」

「あはははははあんたみたいなちんちくりんがレディとかマジ大爆笑。これには思わずプチラさんもほっこり」

「少なくともこんな洞窟てーどで迷ってるあんたよりずっとレディだもん!」

「的確にえぐりやがるなこのどチビ! しょーがねーだろこんなところ来る予定なかったし道具用意してないし! 魔技手工(エンチャンター)が道具なしでなんかできると思うなよ!」

「それは威張って言うことなのか?」

 あきれた声で後ろから、蒼の獣人が言った。

「あれ、ミスフィトのおじちゃんじゃない。こんなところでなにしてるのよ?」

「おまえもミスフィトは覚えてるんかーい! 本気で傷つくんだけど!」

「いや、ていうかだな。俺はまだおじちゃんと言われる年齢じゃ」

「「どうでもいい!」」

「……あ、はい」

 ううー、とにらみ合うプチラとマイマイ。

「なんだこいつチビのくせに生意気だなオイ! 泣かすぞ!」

「ちびちび言わないでよ! あんただってちびなのにさ!」

「しゃーねーだろ種族的特徴だよ!」

「この前はちびであることはメリットだとか言ってたくせに!」

「しっかり覚えてるんじゃねーかよ!」

「それにあたしはまだまだ成長すれば育つもん! ちびじゃなくなるもん!」

「と、思っていた時代が、プチラ様にもあったのさ……ふっ」

「つまり種族的特徴を考慮しても、ありえないほどちびのまま止まったってこと?」

「おまえもう許さねーかんな!」

「ひゃ!?」

 どしゃっ! とプチラの剣の一撃がマイマイの身体をえぐり、そのまま突き抜けた。

「って幻じゃねーか! なんだこれ!」

「へっへーんそんなの当たるわけないじゃん。寄り添う幻像(ブリンク)の術なんて初歩の初歩だもーん。当たらないもーん」

「うっわこいつ幻影使い(イリュージョニスト)じゃん。ミスフィトー! 手伝えこんちくしょー!」

「嫌だよ。面倒くせえ」

「相棒だろうがコラー! 働け!」

「なら、おまえのくだらんプライドのために俺が力を貸すメリットをプレゼンしろよ。その場で」

「御社に見合った最高のソリューションをサプライできるウィンウィンのビジネスパートナーだろあたしは!」

「……ん。なんだかよくわからんがちょっと面白かったので手を貸してやろう。ほれ」

「あいたっ!?」

 ばつんっ、と音がして、マイマイの幻影が破壊される。

「うわ、破幻!?」

「へっへーんこれでもう逃げ場はないよーん。さー覚悟しろ!」

「わー! 誰か助けてー!」

 マイマイは頭を抱えてうずくまり、そこにプチラが剣を振り下ろし、

 がきょっ! と言って、その剣が止まった。

「……およ?」

 プチラが、受け止めている剣の持ち主に目をやると。

「……小さい娘が襲われているのを見て、すわア・キスイの危機かと駆けつけてみたはいいものの」

 そこにいたカシルは、ふう、とため息をついて、

「人違いだったか。悪い、邪魔した」

「ちょ、ちょっと待ってよー! レディが二対一でいじめられてる状況見てそのまま立ち去るわけ!?」

 マイマイは食い下がったが、カシルは素知らぬ顔。

「ガキどもの喧嘩なんぞ知るか。よそでやれ」

「そこをなんとか!」

「じゃあ私がおまえを手伝うメリットを30秒以内に納得させてみろ」

「あたしも後でキスイちゃん探すの手伝ったげるからさー!」

「……まあ、魔女の手助けがあるのは悪くはないが」

 カシルはちらり、とプチラの方を見て、

「わかった。ちょっとだけだぞ」

「むっきーなんだこのデカ女! ちょっとデカいからってこのプチラ様に勝てるとか思ってるのかよへいへーい!」

「……? よくわからんが、背が高いのを褒めてくれてありがとうと言えばいいのか?」

「褒めてねーよ!」

「そういえば世の中には背が高い女は男から引かれて結婚できないとかいう風説があるらしいが、私には家柄があるから関係ないな」

「むっきーこの女超むかつく! パンがなければお米食べろとか言うタイプだ!」

 じたばたと地団駄を踏むプチラの後ろで、鋭く目を光らせるミスフィト。

「その剣……ただの剣じゃないな?」

「ん、なんでそう思う、獣人」

「そこのプチラは馬鹿みたいに見えるが、鍛冶の腕だけは見れた物だ。馬鹿だが」

「馬鹿馬鹿言うない! ミスフィトの馬鹿ったれ!」

「その剣を簡単に受けられるものが、通常の剣であるはずはない。銘付きの魔剣か」

「…………」

 カシルは心底困ったように首をかしげ、

「いや。ただの剣だが」

「……本当か?」

「そのへんの兵士が使ってるものと同じ量産剣だぞこれ。ああ、ただ、そういえば昨日の夜にサリとかいう魔女にちょっと調整してもらったが」

「よくわかった。世界最高峰の魔法剣だそれ」

「ななななんとおー!? あたしの金剛殺しダイヤモンド・ブレイカーを上回る超絶兵器がー!? やべえよミスフィト殺されちゃう!」

「いや、おまえ容赦なく子供に剣振り下ろしといていまさらなにを言ってるんだ?」

「あたしの剣は相手が死なない程度に手加減する機能くらいついてんだよー! ちくしょーサリだったら絶対そんな機能付けねえ! 普通に全殺し用だ!」

 あきれたようなカシルの言葉に言い返すプチラ。

 それから彼女はくるりと向き直り、

「でも剣の腕なら負けねーぞおりゃー金剛一撃斬!」

「おっと!」

 がきんっ! と剣が剣を受け止める。

 と、カシルが首をかしげた。

「む。呪いの気配がする。受け止めるごとに身体が動かなくなる類か?」

「うぎゃー一発で見抜かれた!? なにこいつ、魔人の流儀がわかるの?」

「戦闘経験はそこそこあってな。

 なら受けないで避ければいいか。隙だらけだったし」

「おおおおのれー! ミスフィト、ちょっと手伝いなさいよ! 命の危機だよ!」

「やれやれ。ほれ」

「うわお分身だあ!」

 三体に分かれた分身プチラが喜ぶ。

「へっへーんこれで本体がどれだかわかんないだろ! さー覚悟しろ金剛二撃目!」

「えい。破幻」

「あいたぁ!?」

 ばっつん! と音がしてプチラの分身が止まってしりもち。

「ななななにすんだチビ! この崇高な一騎打ちを邪魔しやがって!」

「へへーんさっきのお返しだよーだ。あと崇高な一騎打ちってなに?」

 マイマイはカシルの陰であっかんべーをした。

「こんのぉ……! もう許さねーかんなー! ミスフィト、手伝え! 総力戦だ!」

「やだよ」

「なんで!?」

「いや、その子供だがな」

 困ったように言う、ミスフィト。

「いまの技でわかったが、めちゃくちゃ高位の幻影使い(イリュージョニスト)だわ。俺じゃ抑え切れん」

「ええい頼りにならんケモおっさんだなあ! そしたらデカ女の方抑えとけ! あたしがチビやるから!」

「させるか……!」

「よっと」

「ぬう!?」

 がきぃん! とカシルの剣の根元付近をミスフィトの拳が押さえた。

「堅い……! 貴様、できるな!?」

「まあまあだな。そちらこそ、幻術のフェイントをよく読んだ」

 ぎりぎりぎり、と力比べをするカシルとミスフィトをよそに、プチラはマイマイに迫っていく。

「チビめ覚悟しろ! 金剛チェスト斬ー!」

「なんのー幻術防御展開!」

 プチラとマイマイは互いの一撃を繰り出そうとして、

 そこでプチラが足下のでっぱりにけっつまずいた。

「あ」

「え?」

 ごがきんっ!

 盛大にふたりの頭が衝突する。

「「きゅう……」」

 ばたん、と、マイマイとプチラ、双方が倒れた。

 そのまま静寂が訪れる。

 カシルは、淡々と同じ力で剣を押し返してくるミスフィトを見て、言った。

「……なあ、獣人」

「なんだ、岩巨人」

「戦う理由、なくなったな」

「そうだな」

「休戦にするか?」

 言うと、ミスフィトは少し考えて、

「ま、いいだろう」

 言って、拳を離して、どっかりと座り込んだ。

 それからにやりと笑って、

「元から意味のない闘争だ――あんたたちがここにいる、いないに関わらず、俺たちには敗北が決まっている」

「そうだな」

 ミスフィトの言葉に、カシルはうなずいた。

 そして、剣を収める。

「ここで私たち二人を殺したとして、それでなにかよくなることがあるはずもない。おまえたちには、聖地襲撃の実行犯という立場がある。そしてそれが失敗に終わった以上、後は裁かれるのみだ」

「あのレイクルとかいう人形遣いだったら、脳天気にここから挽回するとか考えてたかもしれんがな。俺から見れば、この状況は詰みだ。聖典世界でいつまでも暮らすわけにもいかんし、降伏して戦犯として裁きを受けるしかない」

「だろうな」

 現状認識として正しい考えを持っているということを確認して、カシルは一息ついた。

 この状況ならば、こちらを人質に取るために暴れ出すとか、いきなり殺しにかかってくるという心配はあるまい。相手は、すでに自分たちが敗北したことを、理解している。

 カシルは、ミスフィトの正面に、自分も座り込んだ。

「しかし、よくわからないんだがな」

「なにがだ?」

「おまえら、なんでそっち側についたんだ? 私は経緯をよく知らんが、おまえらは私と大差ないポジションだっただろう。元じいさんの仲間というか」

「そりゃ無理だろう。そちらには自分たちの指揮官という、悪く言えば生贄があって、それを差し出せば寝返ることができた。俺たちはフリーの魔人。そんな手は取れん」

「でも、途中でなんかうやむやに仲間ポジションにいなかったか?」

「戦争が起きれば裏切り者候補は真っ先に処分される、と言われてな。

 あり得ない話じゃないと思ったんで、バルメイス襲撃の時にあの場をとんずらしたのさ。結果的には失敗だったな――裏切り者の嫌疑で捕まるだけならなんとかなったが、逃げてしまえば、裏切り確定と見なされる。そうなるともう、グラーネルの企みに一か八かで乗るしか、後が残されていなかった」

「なるほど。つまり言いくるめられたわけだ」

「言葉もないね」

 ため息をつくミスフィト。

 カシルは少し考えて、

「なあ、ミスフィトとか言ったか」

「なんだ」

「そもそもおまえ、なんであんな不気味なジジイに雇われたんだ?

 ごろつきならともかく、真っ当な魔人が受けるような依頼じゃないだろ、あんなの。あのジジイの気持ち悪さは人生でも最悪級だったぞ?」

「真っ当な魔人なんてものがいるかどうかは俺は知らんがね。

 金が入り用だった。それだけだよ。誰だって金が必要なら仕事を選ばんだろう」

「……そんなところまで私と同じなのか。参ったね」

 ある意味、この魔人たちは、カシルのあり得た可能性なのかもしれない。

 そんなことを思いながら、カシルは続けた。

「で、なんで金が入り用なんだって?」

「俺たちの出身の村が、位置的にあまり恵まれてなくてな。岩巨人の帝国と人間の居留地の境目付近にあって、戦争が起こる度に悲惨な目にあっていた土地だ。

 で、金を使って、岩巨人の地下通廊の一部を埋めようと思ってな。そうすれば連中は違うルートから攻めるだろうから、村の安全度はかなり上がる」

「……なるほど」

 言われて、ふとカシルは、その村に心当たりがあることに気がついた。

「ゼナ村か?」

「……知っているのか?」

「私は岩巨人だぞ。どの通路を通って来たと思っている」

「なるほど……待て。だとすると」

「ああ」

 カシルはうなずいた。

「妖術師に言われてな。『幸せの絶頂にある人間の首を取ってこい』――実行したよ。結婚式を襲って、花嫁の首を取ってきた」

「なんてこった……」

 ミスフィトはうめいた。

「知っていれば、グラーネルの奴に味方することなんて絶対にあり得なかったのに……」

「妖術師は、こちらに『後には引けない』と思わせるような悪事をさせて、引き返せなくするつもりだったのだろうな。

 だから結局首はいらないと言って返された。丁重に弔っておいたよ。岩巨人式で申し訳ないがね」

「花嫁と言っていたな。外見的特徴は覚えているか?」

「名前も知っているよ。たしかリタと呼ばれて――」

 びゅおっ!

 言葉の途中で、刃物がカシルの首に突きつけられた。

「おまえ――リタ姉を殺したのか」

 冷たい言葉で、プチラが言った。

 カシルはちらりと、プチラの方を見て、

「聞いてたのか。ああ、そうだ」

「なら、ならば!」

「おい、待てプチラ――」

 プチラはミスフィトの制止を無視して――びしっ! と指を突きつけた。

「慰謝料よこせこのやろー! 金!」

「…………」

「…………」

 沈黙が落ちた。

 だらん、と耳が垂れ下がったミスフィトを横目に、カシルは考える。

「慰謝料、か」

「そうだこんちくしょー! 金!」

「ふむ、たしかに正当な要求だな」

「……およ? 通った? マジで?」

 ダメ元で言ったのにらっきー、という顔をしているプチラに、カシルは正面から目を見据えて、

「では岩巨人の民事法に基づいて賠償をしよう。まずは資格を開示しろ」

「え……え? 資格?」

「ああ」

 剣ごとちょっと引き気味のプチラに、カシルは冷然と言った。

「さっき、リタ姉とかいかにも親族みたいな(・・・・・・・・・・)言い方をしていたが――

 実のところおまえ、あの娘とどういう関係だ? 親族なのか?」

「え、ええっと、いえ親族関係にはないっていうかまあ、子供の頃に近所で親しかっただけで」

「では親族ではない、と。次は代理人だな。親族か、村の支配者であれば、被害に対する賠償を受ける権利があり得る。その代理権があればもちろん、私から取り立てることも可能だ。いまでなくともよいが、書類等を用意できる目算は?」

「あ、あたしたち、魔人になった時点で村から追い出されてるから……それはちょっと……」

「ふむふむ、そうか」

 カシルはうなずいて、

「では論外だ。顔洗って出直して来い」

「ミスフィトー! この冷血女があたしをいじめるんだけど!」

「……まあ、そうなると思ってたよ」

 泣きついてくるプチラを適当にいなしつつ、ため息をついてミスフィトは言った。

 カシルはその二人を見て、

「しかし感心だ。知り合いが殺されたことを知って、最初に実行するのが金の無心とはな。実に合理的だ」

「……合理的か?」

「仇討ちよりはずっとな。

 私も戦争に携わって長いからわかる。仇討ちってのは、ダメだ。なんの足しにもならん」

 カシルはなにかを思い出すように上を向いて、言った。

「仇討ちで得られるのは死体だけだ。憎い奴が死んでも、腹の足しにはカケラもならん。なら、金を取ったほうがまだ自分にとってプラスなだけ、健全な反応というものだ」

「でも、相手を不幸にしてやりたい、って欲求はどうなるのさ?」

「金を取れば相手は不幸になって自分は幸福になる。命を取れば相手はもっと不幸になるが、自分はくたびれるだけで得はまったくない。どちらがいいか、考えるまでもないだろう」

 カシルはそう言ってから、問いかけたプチラに笑みを見せた。

「おまえも、わかってるから刃をギリギリ、止めたんだろう?」

「……ふんだ」

 ぷい、とプチラはそっぽを向いた。

「昔、哲学者を名乗る旅人と、一晩語り明かしたことがある」

 唐突に、ミスフィトがそんなことを言った。

「世間話から天気の話まで、いろいろな話をしたんだがな。その中で印象に残っている話として、殺人についての話があった」

「殺人?」

「目の前に大切な人を殺した犯人がいたとして、償わせるにはどういうやり方があるか、という話だった」

「選択肢は?」

「たくさん例示されたよ。殺すのもよし、金銭を徴収するもよし、いろいろとあった。だが結局その哲学者が言うには、どれもダメだそうだ。犯人が償える方法は、ひとつしかない」

「それは、なんだ?」

 カシルが問うと、ミスフィトは肩をすくめた。

被害者を生き返らせる(・・・・・・・・・・)こと。それ以外では絶対に、真の意味では償いにならないと、そいつは言ったよ」

「……いや、無理だろう。それは」

「無理だな」

 カシルの言葉に、ミスフィトはうなずいた。

「だから金銭で賠償する(・・・・・・・)んだと。どうやっても無理だから、仕方なく代替品を求めるんだ」

「そいつの命ではダメだと?」

「ダメだ。人が殺人を許せない理由は、『自分の大切な者が』『どうでもいい奴に』殺されることにあるんだと、哲学者は言った。どうでもいい奴の命なんか取ったところで、それは大切な人の命とは見合わないだろう? 金の方がはるかにマシだ」

 ミスフィトは言って、それからプチラに笑みを見せた。

「たぶんこいつも、そのときの問答を横から聞いてたんだろうよ。さっきもそうだが、寝たふりがうまいんだ」

「……知らないよ」

 ぷい、とそっぽを向いて、プチラ。

 カシルはそれを聞いて、ふと、首をかしげた。

「しかし、そう聞くとやはり、気になることがあるな」

「なにがだ?」

「いやな。私たちは、合計8名でこの聖典世界にやってきたわけだが。

 一人だけ、その中で明らかに復讐のために同行した奴がいたんだよ。それが気になってな」

「……シン・ツァイか」

「ああ」

 カシルは、彼の裏が見えない笑顔を思い返しながら、言った。

「あれほど聡明で理性的に見えた彼が、しかし今回は明らかに、利害関係を振り捨ててついてきた。

 私にはそれが不思議でな。いったい、どれほどの憎悪があれば、そこまで復讐を思い詰めることができるのだろうな――?」

【余談】

 ミスフィトの話に補足。レイクルと違って、彼はグラーネルに頼って一緒に脱出するという可能性を一切考えていません。

 理由は単純で、間違いなく裏切られるからです。

 ミスフィトはレイクルと違って、グラーネルの人となりをきちんと理解し、その危険性もわきまえているので、そうなると自力脱出しか可能性は残されておらず……ということで、詰みにしかならない、という結論になるわけです。


 あと、終盤のカシルとプチラの話は、民事訴訟に関連する事柄です。

 刑事訴訟の話になると、戦争中の殺人ですので、相手国に引き渡されでもしない限りカシル達は罰を受けないでしょう。ただ、チリギリは『無断で戦争を起こし、『生贄』を殺そうとした罪』がありますので、むしろそちらでやばいことになるでしょうね。

 もちろん、カシルもそれを意識していて、もしプチラに賠償請求資格があったとしても、それはチリギリの財産から購われるということを理解して話をしています。大人は汚いですね。

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