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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
二十四日目:大決戦! 神様の剣と懲りない悪党
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二十四日目(1):悪党、決戦の前

「気づいている。カイ・ホルサは……」

 聖地トマニオにて。

 魔王退治の立役者であるライナー・クラックフィールド神を欠き、いまいち戦勝ムードも高まらない中、聖地の修復事業はコゴネルの指揮の下で順調に行われていた。

 バグルルとペイという魔人たちも加わり、体勢自体は盤石である。不届き者もそうそう手出しはできないだろう。

 そんな中。巫女パルメルエは、いつものように目隠しをして、紅茶をたしなんでいた。

「なにか気がかりなことでも? パルメルエ」

「決まっているでしょう、コーイ。聖典世界へと入った、ライナー・クラックフィールド神のことです」

「まあ、そうでしょうね」

 言って、お茶の相手であるコーイは、ため息をついた。

「事情を聞きました。たしかに特別な状況であるとは思いますが……そもそも、通したのはあなたでしょう、パルメルエ」

「それはその通りです」

「あの混沌たちに、やはり執着があるのですな」

「もちろんです」

 パルメルエは即答した。

「そも、女王(クイーン)の混沌を育て上げるのは、歴代巫女の義務のようなものです。あれは本当に頻繁に発生しますので。

 その女王(クイーン)が起こした不始末。関心がないわけがないでしょう」

「それはまあ、お気持ちはわかりますが」

 コーイは首をかしげた。

「であれば、悩む必要はないのでは? ライナー・クラックフィールド神は、明らかに彼ら混沌を助けようとして聖典に踏み込んだ。それはあなたにとって、好都合なことでは?」

「それ自体は、たしかにそうですね」

「では、なにか気になることが?」

「ですから、そのライナー・クラックフィールド神ですよ」

「彼がなにか? 若干特殊な哲学を持っているという話は聞き及んでおりますが、彼の人格に破綻は見られません。おかしなことを起こす可能性は少ないでしょう」

「人格ではなく、能力が問題なのです」

「……というと?」

「彼は」

 パルメルエは、重苦しく口を開いた。

「二度、抜けない剣(・・・・・)を抜いています。ひとつはバルメイスの神剣、もうひとつは擬園の聖域(スードエデン)における世界剣のレプリカです」

「それは、存じておりますが」

「もしそれが、彼の偉業(・・)として神話に記述された場合――」

 パルメルエは、目隠しの下で目を鋭くした。

「彼の神威(カムイ)として、それが登録されるかもしれない。抜けない剣が抜ける(・・・・・・・・・)という、神威(カムイ)が」

「……それが、なにか?」

 コーイはまた首をかしげた。

「抜けない剣などそうそうあるものではありません。使い道は非常に限られるのでは……」

「わかりませんか、コーイ。なぜフィーエン・ガスティートが創造主になり損ね、世界を滅ぼしかけたか」

「それは――」

「それは、世界庭園(エデン)にて、世界剣が折れていたから。折れていて抜けなかった(・・・・・・)から、その力を授かることができなかったのですよね?」

「…………!」

 コーイは絶句した。

「では、まさか――」

「そう、ライナー・クラックフィールド神は……もしかしたら、抜ける(・・・)かもしれない。あの、折れて使い物にならなくなった、そのはずの世界剣を」

 パルメルエはそう言って、ため息をついた。

「カイ・ホルサは罪人です。彼は最終的に袂を分かったとはいえ、途中まではフィーエン・ガスティートに手を貸した。

 しかし、その彼もいまは、世界を滅ぼすという選択肢は忌避している。だというのに……気づいていながら、この可能性をあえて、見逃すようなことをしたのです」

「では、彼にはなにが見えているのですか?」

「わかりません」

 パルメルエは言って、ため息をついた。

「私にはわかりません。おそらく、当代のホルサの剣士に野心はない。だとすると、彼は世界が滅びない(・・・・・・・)というなんらかの確信があったのだと思われますが……さて、私が知らなくて彼が知っていることは、なんなのでしょうね?」



-------------------------



「で、ないんだろ? 確信なんて」

「起き抜けに唐突だね、センエイ」

 廊下でいきなり出会ったセンエイにかけられた言葉に、シンは苦笑した。

 この、なにも前提を置かずに放たれた言葉に対して、相手の言いたいことがわかってしまうのは、おそらくは事態の深刻度を表しているのだろう。

「今回の件、パルメルエ様からは、カイ・ホルサの決断と見なしてよいのかと問われたよ」

「なんて答えた?」

「半分はそうで、もう半分はシン・ツァイの判断だと」

「この大嘘つきが」

「あはは、やっぱバレたか」

 まあ、そんなものだろう。

 神話の常識に精通している――逆に言えば、囚われている(・・・・・・)巫女と違って、彼女は簡単にはだませない。

 ロカン氏族の最後の継承者、大賢者センエイ・ヴォルテッカ。

 彼女には常識は通用しない。半端な嘘も、覚悟のない欺瞞も通用しない。

「王子の二重性。カイ・ホルサが判断したからには、世界の崩壊の可能性はないのだろう」

 謳うようにセンエイは言って、それからにやり、と笑う。

「なーんて、笑わせるぜ。王子の二重性なんて実際にはない(・・・・・・)んだろう? おまえは徹頭徹尾、カイ・ホルサの記憶を継承してるだけのシン・ツァイだ」

「……秘術を盗んだときに、見たな?」

「それだけじゃないさ。

 というか、こんな混乱しきった状況で未来が完璧に見通せる奴なんているかよ。サリの神威(カムイ)ですら怪しいもんだ。確信できることなんて、ことここに至っては、なにひとつない」

「それで当たりをつけたってわけか。ま、そういうこともあるよね」

 そう。センエイの言う通り。

 カイ・ホルサの後継者――『見えざる神殿の王子』の、いわゆる二重性などというのは存在しない。

 ただ単に、後継者たる者には、二千年からなる後継者たちの記憶と、自身の記憶が混じる。

 そこで自我が壊れないほど強力な自我を持っていることは大前提として、やはり恒常的にその状態であるというのは、人の身には負担が大きい。

 だから『仮に、カイ・ホルサが自身を操って命令していたとしたら』というような仮定を置いて、その仮定の下にルールを設けて、そのルールの外側では自由行動、ルールの内側でのみ強制行動……とするのが、いわゆる王子の二重性。

 なんのことはない。これは、自我を守るために定めた、自主規制に過ぎない。必要があれば、無視できる類のものだ。

 センエイはため息をついて、

「そこまでしてあのジジイ、狩りたいものなんかねえ? おまえの自我、いま軋みっぱなしじゃねえの? 世界の危機を目前に控えながら、それより私怨の遂行が先と来た」

「まあ、否定はしないがね。

 ただ、大嘘つきってのは言い過ぎなんだよ、センエイ。カイ・ホルサのルールからしても、グラーネルはもはや一線を越えた(・・・・・・)。生かしておくべき対象では、ない」

「そうかい」

「僕にしてみれば、君こそ理解しづらいな、センエイ。

 なぜ、彼らにライ氏のことを話さないんだ? この場でライ氏の危険性に気づいているのは僕と君だけだ。僕はややこしいことになるから黙っていたが――君は、話した上で彼を止めると思っていたよ」

「おいおい。私にだって、それ相応の報酬があると踏んだからここにいるんだぜ、シン。

 そいつを棒に振りかねないものなんて、やるわけないだろ」

「報酬?」

「ああ」

「だが、グラーネルとの取引なんぞ、いまさらできるとは思えないが」

「誰があんなのと取引するかよ。私が狙ってるのは、もう一人の奴だ」

「それは」

 シンの声が、固さを覚える。

「センエイ・ヴォルテッカ。まさか――アレ(・・)とやる気なのか」

「ちょうどいいだろ? 狙わせてもらう」

「だが、転生の法(・・・・)は極めて危なっかしいぞ。こんなに炎獄回路ムスペルヘイム・サーキットに近づいたところで……」

「その程度のリスクを越えられないほど、私がなまくらだと思うか?」

「…………」

 ため息をついて、シンは降参のポーズをした。

「おーけー。好きにするといいさ。僕も好きにする」

「どーも。

 さて、そろそろ私は行くよ。いろいろ準備が必要なんでね」

何秒展開できる(・・・・・・・)?」

1.7秒(・・・・)

 なんの話かを告げずに言った言葉に、当然のようにセンエイは返した。

「それが限界だった。1.7秒が勝負だ。その一瞬であれば――私は、この世界で最強だ」



-------------------------



「というわけで、いざ出発だ皆の衆!」

「なんでおまえが仕切ってるんだ、センエイ……」

 思わずコゴネルみたいな台詞を吐いてしまった。

 翌日の朝。みんなで食事を取って、いよいよ出発のために集まったところである。

「ん? なんだ。不満か? ライくん」

「いや特には。行こうぜ」

「おお。よし行こうみんな! 輝く未来が待ってるぜ!」

「な、なあ……サリ」

「なに。ライ」

「あいつのテンションが異様なんだが、なんか昨日変なスイッチでも入れたのか?」

「踏んで蹴ってふんじばって魔術刻印で二重封印した上で自室に転がしておいたけど」

「…………。

 そこまでやってこいつぴんぴんしてんのか」

「朝普通に起きてきたから、どっかで抜け出したんでしょ、たぶん」

 サリはさらりと言う。いやまあ、そうなんだろうけど、なんかすげーな。二人とも。

 ともあれ。俺は、目の前の洞窟を見た。

 竜宮城塞クリスタル・フォートレスの最下層、そこからつながる洞窟。

 薄暗い洞窟の入り口は、まるで俺たちを拒絶しているようにたたずんでいる。

 外典第五領域、無間岩塊エバーラスティング・タルタロイ。伝説の地獄。

 まわりの連中も、雰囲気に飲まれて少なからずプレッシャーを感じているみたいだった。

「たんけん、たんけん~。きゃははは」

 ……前言撤回。

「あはは。マイマイ、楽しそうだね」

「うん! あたしが求めていたのはこーゆーのだったのっ」

「そりゃよかった。この洞窟は基本的にはほの明るいけど、まっくらになるところもある。そういうところでは光の幻術が必要になると思うから、よろしく頼むよ」

「まかせといて、シンっ」

 やたら和気あいあいとしゃべるシンとマイマイ。まるでピクニックだ。

「いいんだろうか、こんなノリで行って……」

「いいんじゃないの?」

「そういうおまえもやたら気楽そうだな。リッサ」

「ここまで来たら腹くくるしかないでしょ。ライも変なところで気が小さいね」

「ア・キスイ。疲れたらすぐ言ってください。休憩は肝要です」

「はい、カシル。でも大丈夫ですよ。わたしも岩巨人ですから、洞窟には慣れています」

 よく見ると、そもそも誰も緊張している様子がなかった。

 まあ、このパーティなんてそんなもんだろう。

 結局、最後まで自分たちは、自分たちでしかないのだから。



 第一の試練。「脅威」の試練は、俺とキスイの神力であっさり突破。

 第二の試練。「盲目」の試練は、マイマイの幻術とセンエイの看破で突破。

 第三の試練。「恐怖」の試練は、リッサとカシルの連携によって突破。

 第四の試練。「激怒」の試練は、サリが指一つ動かさずに仕掛けを破壊して突破。

 第五の試練。「叫喚」の試練は、シンがごくあっさりと片付けて突破。

「……皆さん、すごいでごわすね。我々でもここまで通るの、けっこう苦戦するでごわす」

「手練れアルなー! すごいアルなー!」

 オルトロスが感心するような速度で進み、あっという間に、俺たちは地図に記されている最後の場所までやってきていた。

「第六の試練。「孤独」の試練だ」

 シンが言った。

 目の前には、いくつもの入り口が並んでいる。これから先、バラバラに道が分かれているようだ。

「いままで見てきたとおり、無間岩塊に落とされた魂は、転生へ至る前に七つの試練を課されることになる。

 そのうちのひとつが、この「孤独」だ。進む者は強制的に一人ずつにばらけさせられ、それぞれ独立に移動することを余儀なくされる」

「なるほど、それでオルトロスが半分になっちまったってわけか。……しかし」

 俺はあたりの情景を見回し、

「たくさんの入り口があるわけだけど、どれが正解ってのはないんだよな?」

「ああ、どこから入ってもいいんだ。ただしひとつの洞穴に同時に入れるのは一人だけ。

 そういう仕組みなんだよ。二人目が入ろうとするとバリアに阻まれる。オルトロスみたいなのが無理に入ろうとすると、身体をバリアに分断されるはめになる。

 だから僕たちも、ここで八人全員、バラバラに別れることになる。オルトロスともここでお別れだ」

 シンはそう言って、みんなを見回した。

「正直、危険な道だ。

 グラーネル一味の残党がどこにいるかわからない以上、一人で会う危険性はどうしても避け得ない。あまりに強大な相手と当たったら、事前に配った命綱の符で竜宮城塞クリスタル・フォートレスへと帰還すること。

 先に抜けた人間同士で集い、ライ氏とア・キスイが揃い次第出発する。後続を待つことはしない。これでいいね?」

 全員が、真剣な顔でうなずいた。

「よし、じゃあ解散!

 みんな、生きてまた会おう!」

 シンの声とともに、俺たちはみな、それぞれ違う洞穴へと飛び込んだ。

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