二十三日目(2):悪党、合流する
聖典世界の門で、俺たちをパルメルエが待っていた。
「行くつもりですか」
「ああ。
……止めるのか?」
俺が言うと、パルメルエはため息をついた。
「本来なら、止めるべきなんでしょうね」
「…………」
パルメルエはしっかりと、俺……ではなく、シンの方を見て、言った。
「気づいていますか?」
……?
「ああ、もちろん」
「それでも、行くのですか」
「そうだね」
「カイ・ホルサの判断と見なしてよろしいでしょうか」
「半分だね。もう半分は僕――当代の継承者、シン・ツァイの判断だ」
「…………。
わかりました」
言ってパルメルエは、道を空けた。
そして、今度こそ俺の方を見て、
「あの子は……あの子たちがしたことは、私に教育責任があります。
押し付けるようで恐縮ですが、お願いします」
「おうよ」
俺は笑って、うなずいた。
「じゃ、行こうか」
「まずは図書館を出ないと、だね」
「出たら、天乃橋立までは僕が案内するよ。
それと、無の砂漠ではこれを着けるといい」
「……なんだ? その布」
シンの差し出した布を見て、問う。
「砂返しの布さ。必要になると思って、いくつか用意しておいた。
着けておかないとけっこう厳しいよ?」
「あー、そうかもな」
「サリとマイマイには必要ないから、五人分だね。
バンダナでもリストバンドでもいい。好きなところに巻き付けておくといい」
そう言って、シンは布を俺たちに配ってくれた。
図書館を出ると、そこは一面の砂漠だった。
「うわ……ライ兄ちゃん、なんかすごい世界だよ」
「ああ、そういえば俺とリッサ以外は初めてだっけ、ここ」
そういえば、ここで会ったんだよな。黒キスイと。
(あのときは、変な奴だとしか思わなかったけどな)
いま考えてみれば、バルメイスと俺が間違われていたのも納得できる。
あいつらは、同じような境遇で。
だからこそ、なにか通じるものがあるんだろう。
「まあ、とにかく行こうぜ。
こんなところに突っ立ってたって、なにも始まらない。まずは行けるだけ行こう」
そう言って、俺は砂漠に踏み出した。
ほどなく、俺たちは川の縁に着いた。
「わああああ、ライ兄ちゃんすごいよ! 海だよ海!」
「いや、川だって」
「三途大河って言うんですよ。
魂の渡し――価値のない魂は、ここを渡りきる前に沈んでしまうと言われています」
キスイが解説してくれた。
「でも、橋があるぞ。あそこ通れば普通沈まないんじゃないか?」
「それは、後になって作られたんですよ。
天乃橋立と言って、フィーエン・ガスティートってひとが作った橋です。自分で渡るためだけに作ったみたいなんですけど……」
ちら、とシンを見て、
「それであんなに頑丈な橋を造るってことは、なにか意図があったんでしょうかね?」
「どうだろうねえ。フィーの意図は僕にも測りかねるな」
シンも首をかしげる。
そう。
渡るための橋――天乃橋立は、やたらと頑丈な作りになっていた。
二千年前に作られたという話だが、それこそ二千年だろうと一万年だろうと壊れないだろうというくらいの、堅固な作り。
「ま、俺たちにとっちゃありがたい限りだ。とっとと先に進もうぜ」
「ライ、落ちないように気をつけてね」
「……おまえはあそこから落ちるほど俺が間抜けに見えるのか、リッサ」
「だって落ち着きなさそうなんだもん、ライって」
「余計なお世話だ。
ともかく、行くぞ」
言って、歩き出す。
しかし、この橋……
「行けども行けども対岸が見えないな」
知ってたけど。一度体験済みだし。
もうすでに、後ろ側の岸も見えない。
「この川の距離はわかりにくいんだよね。進んでいるようで進んでいないようで。
まあ、そのうち着くよ。気がついたら対岸、なんて感じでさ」
「そうだったな、確か」
バルメイスの経験を思い出しながら、言う。
確かに、あのときも気がついたら対岸へ……あれ?
「なあ。俺たち、なにか忘れてないか?」
「え?」
「そもそも、いま氷雪原野になにがいるか、とか……」
「…………」
言った瞬間、それは来た。
「ら、ライ兄ちゃん、すごい量の白い怪物たちがこっちに来てるよっ」
「ええい、そうだったっ」
前と同じ展開。たぶん、白雪とかいうあのおっかないのに恐れをなして、避難中の怪物たちとはち合わせしているのだろう。
「どうする? 戦うしかないか?」
「戦わないとまずいねえ。図書館まで到達したら、現実世界にあの種の怪物たちが溢れかえりかねない。
僕とライ氏が先陣を切ろう。サリ、サポートできる?」
「準備万端」
「よし、それじゃあ――っ!?」
どごぉん、と、空を埋め尽くしていた怪物の群れの一角が、でっかい火球によってなぎ払われた。
「な、なんだあ!?」
「やっほーライくん。元気にしてたか死ねばいいのに」
「げ、この声は……!?」
そちらを向くと、予想通り。
センエイが、
双頭の、やたらどでかい犬のような生き物に乗っていた。
「うどぁ!? なんだそいつ!?」
「おはつアルね。竜王、オルトロス兄弟言うアル。お見知りおきをアル」
「よろしくでごわす。みなさんよろしくでごわす」
空飛ぶ双頭の犬(?)こと、オルトロス兄弟は、そう言って同時にお辞儀した。
「話は後だ。とりあえずアレを一掃するぜ!
シン、サリ、マイマイ。手伝えるか?」
「ああ。いつでも」
「準備万端」
「大丈夫だよ、センエイっ」
「おっけー。じゃあ久々に魔人の活躍どころだ。
残りはここにいな。ちょっくら掃討してくるぜ!」
言ってセンエイ……を乗せたオルトロスは、大きく加速して飛んでいった。
「陣形『天乃川』準備――行きます」
後を追うように、サリがものすごい速さで空中を駆けて行く。
「よし、じゃあ僕たちも移動しながら援護だ」
「おっけー!」
シンとマイマイが、それぞれ魔術を連打しながら前方に駆けていく。
……おお、すごい。なにもやることがない。
「こうして見ると、専門家ってすごいねー」
「そうだなー、すごいなー」
「……いくらなんでも気合いを抜きすぎだろ。おまえら」
呆れた声で、カシルが言った。
あっという間に雪の怪物を掃討し終えた後、俺たちはセンエイとオルトロスによって、川の真ん中にそびえ立つ城塞に案内された。
「外典第四領域、竜宮城塞。このあたりの治安を統括する場所なんだ」
「そんなところに、なんでおまえがいるんだ? センエイ」
「あん? そりゃ、白雪に追い立てられて、死ぬ気で逃げ込んだからに決まってるだろ。
そしたら、なんてものを呼んでくれたんだって怒られて、手伝わされてるんだ。どうだ不条理だろう」
「不条理でもなんでもねーよ。
つか、やっぱおまえが呼んだのかよ、あの化け物……」
「いや、正確に言うとそうでもないんだがね。
あいつは主に二種類の攻撃を使う。幻術で氷を作って飛ばす攻撃と、氷雪原野から氷を召喚して相手にぶつける攻撃。
んで、後者は当然、使うときには氷雪原野へ続く召喚門をぶち開けなきゃならないからな。それを逆用して氷雪原野に侵入したはいいものの、なぜか相手まで追って来ちまって。
一緒にいたデカい神官は大けがして動けなくなるし、ホント散々だったよ」
やれやれとぼやくセンエイ。
シンはそれを見てため息をつき、
「僕にはそれより、彼女をどうやって呼び出したかのほうが気になるんだがね」
「あん? そんなの決まってるだろ。おまえの『秘剣』の真似をしたんだよ」
「……一回しか見せてないはずだが」
「一回見れば、あの程度の技は盗めるだろ。カイ・ホルサの秘術、案外底が浅かったな」
がっはっはと笑うセンエイ。
シンはげんなりした顔で、
「なんだろう。底知れない屈辱を感じる……」
「ど、ドンマイだ、シン」
「ありがとう、ライ氏。君は友達だよ……」
「ふはは、そうやって負け犬同士で傷をなめ合うがいい。ほーれほれ」
「うるさい馬鹿。というか俺まで負け犬にカテゴライズするな」
馬鹿なことを言い合いつつ、俺たちは城を案内されていく。
「なあ。ところでこれ、どこに向かってるんだ?」
「ん、言ってなかったか? 会議室だよ、会議室」
「会議室?」
「立て込んだことを話すにはそういうところのほうがいいだろ。
私も、状況あんまり詳しくわかってはいないからな。それにオルトロスたちも情報を求めている。外でなにが起こっていたか、そこで教えてくれ」
「あ、ああ。そのくらいはおやすいご用だ」
「よし、着いたぞ」
「早っ!」
タイムラグがなくていいと言えばそうなんだが。
しかし……
「なんか、オルトロスがいる割には人間大だな、この扉」
「あいつらには専用の通路があるんだよ」
「あー、そうなんだ」
たしかに、いままで通ってきた通路だって、オルトロスたちにはちょっと狭すぎる。
「おーいセンエイだよー。開けてくれー」
言葉とともにごんごんごん、と戸を叩く。
すると、ごごごごご……と、音を立てて扉が開いた。
その、奥に。
「おー、待ってたアルよ!」
「いらっしゃいでごわす」
「うお、壁から生えてる!?」
奥の壁に空いた穴から、オルトロス兄弟が首を出していた。
「さ、それじゃ報告してもらおうかね。
いま、外じゃなにが起きていて、奥じゃなにが起きているんだ?」
センエイが、そう言った。
【余談】
竜王と呼ばれるオルトロスですが、分類としては竜祖に該当します。
おおざっぱに竜を分けると、
1)普通の竜。ただの生物に近く、知能はそこそこ。会話はできたりできなかったり。
2)竜母。普通の竜が長い年月を経て変質したもの。猫に対する猫又みたいなポジション。まず間違いなく2000年以上は生きてる。
3)竜祖。世界の最初からいた存在に「竜属性」が付いて竜と見なされるようになったもの。普通の竜を経由していないので、個性的な見かけのものが多く、上位竜祖はどれも「竜」からかけ離れている。
といった感じになります。
【さらに余談】
ちなみにオルトロスの言葉遣いが変なのは、言葉遣いを変えないと頭ごとに違うキャラだと認識してもらえないからです。
彼らも苦労しているんです。




