二十三日目(1):悪党、決断する
目が覚めると、すでにあたりは夜だった。
「やあ、おかえり。ライ氏」
「シン……あれ? 俺、どうなってたんだ?」
「バルメイスの視点を借りて、見ていたんだろう? 丸一日もの間、お疲れ様。ゆっくり休んでいいよ」
……えーっと。
「ひょっとして、もう……」
「うん。なんでか知らないけど、『最後の王国』の秘術は解けてね。
解けてしまえば、グラーネルにはもう、世界を滅ぼす方法などない。世界は救われたよ」
「……剣が、折れてるからか」
「おや、そこまで見たのかい。
ということは、バルメイスは世界庭園までたどり着いたんだな」
シンはそう言って、笑う。
……まだ、頭が寝起きの状態で、よくまとまらない。
と。隣の部屋から、すごい大騒ぎが聞こえてきた。
「離してくださいっ。離してっ」
「き、キスイさまっ。落ち着いてくださいよっ」
「これが落ち着いてなんていられますか! も、もう、本当に、あの子は――!」
「えいっ」
ごん! という音が聞こえて、静かになる。
……えー。
「どうなってるんだ?」
「さあ。君たちが見たものは、君たちにしかわからないからね。僕らも君たちの意識をある程度魔術で追っていたけど、細かいところまではわからなかった。
だから、まずは見たことを会議で報告してくれるかな? ライ氏。ア・キスイは聞いての通り、どうも落ち着いて報告できる状況になさそうだから」
「あ、ああ……」
言われるままに、ベッドを抜け出す。
ふと。女王と呼ばれていた子供の、最後の言葉が耳についた。
『ライナー・クラックフィールドとやらいう小僧を連れて――』
(わざわざご指名か……なんだろう)
「……ということがあったんだ」
また元の会議室。
人数は減っていた。岩巨人勢がカシルだけになって、コーイも抜けている。いまいるのは俺、リッサ、サリ、シン、コゴネル、カシル、パルメルエだけだ。
「つまり、おそらくはセンエイとスタージン神官が起こしたなにかによって、『最後の王国』の術式は破られた――と、そういうことになりそうだね」
「言った通りでしょう」
シンの言葉に、無表情に胸を張るサリ。
それは置いといて、俺は尋ねた。
「で、これからどうするかなんだが」
「どうもこうもない。事態は解決を見た。これ以上なにもしないでいいだろう」
「え、でも――」
シンは肩をすくめた。
「さっきも言っただろう。もうグラーネルにはなにもできないよ。
二千年も前、フィーエン・ガスティートが同じことをやって、できなかったんだ。フィーができなかったことが、グラーネルごときにできるとは思えない」
「け、けど……そのとき、世界は滅びかけたんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。だけど滅びかけた理由は、フィーがスールト機構に対して一週間以上も抵抗したからだ。
スールト機構というのは、世界庭園に到達した異物を強制排除するためのシステムでね。本来は滅びの大巨人スルトを召喚して異物を排除するシステムだったが、フィーが小細工を施した結果、転生の輪の流れを一時せき止め、炎を溢れさせる仕組みに変質した。
前はその上で、フィーが限界まで試行錯誤を繰り返したからね。溢れた炎は聖典世界に留まらずこちらにまで流れだし、火山となって各地で大噴火を起こした。これが世界が滅亡に瀕した理由なんだ」
「じゃあ、今回は……」
「フィーと違って、今回世界庭園にいる者たちは誰も始原の炎に対抗できる力を持っていない。
だから期限が来て焼き尽くされて終わりか、その前に諦めて聖典世界から帰ってきて終わりか。その二択しかないよ。どちらにしろ、僕たちがしなければいけないことはもう、なにもない」
告げて、シンはやれやれとため息をついた。
と、パルメルエが皮肉げに言った。
「よくご存じですね。カイ・ホルサはやはり、盟友のことをよく記憶しておいでですか」
「なんだい。そんなこと言われたって、この程度の知識は君たちだって継承しているだろう、巫女様。
心配しなくても、もうカイ・ホルサはフィーの再現を許容したりはしないよ。それは誓ってもいい」
「……まあいいでしょう。信じませんけど、今回は不問とします」
「おい。なんの話だ?」
「いろいろあるんだよ、ライ氏。
まあ、とにかくこれで今回の仕事は終わりだね。魔人たちにはまだ、グラーネルが諦めて聖典世界を出てきたときに捕まえる仕事が残っているけど、岩巨人さんたちはこれでお役ご免だ。いままでご苦労様」
「ちょ、ちょっと待てよ」
「ん、なんだいライ氏」
「女王のペンダントはどうするんだよ」
「ああ。
あれについては、巫女様から言ってもらったほうがいいんじゃないかな」
「え?」
視線を受け、パルメルエが口を開いた。
「女王のペンダントは、『生贄』が神話に記述される際に必要になるだけのものです。
ですから、たいして重要ではありません。『生贄』が、ペンダントを作り直すと宣言すれば作り直せます」
「…………」
「おそらく、あの女王の混沌はそのことを知らないのでしょうね。
まあ、気にする必要はありません。彼らがなにを企んでいようと、炎に焼かれて無に還るだけのこと」
パルメルエは、静かにそう宣言した。
「あんたは……」
「?」
「あんたは、それでいいのか? 育ててたんだろう?」
俺の言葉に、パルメルエはしばし沈黙して、
「……自分でしたことは自分で責任を取る。当然のルールです。
いま、聖典世界はスールト機構が発動しており、グラーネル一味の残党も残っている。たいへん危険な状態です。
そんな危険を――誰かに押し付けてまで、助けに行ってもらうようなことは、できませんよ」
と、言った。
そういうわけで、戦争は終わった。
なんだか煮え切らない状況で、パーティを開くとかそういうこともないまま、みんな、黙々と戦後の片付け処理を行っている。
本来なら俺も、そっちに行ってなにか手伝う立場なのかもしれないけど。
「……で、なんで着いてきてるの。リッサ」
俺は、後ろをしっかり着いてきているリッサに声をかけた。
「いや、ライがどうする気なのか気になって」
「どうするって、なにを」
「放っておく気、ないんでしょ? バルメイスのこと」
「…………」
図星。
「どうするの? 相手、ライのこと呼んでるんでしょ」
「ああ、そうみたいだな」
「じゃあ――」
「ま、でもとりあえず、キスイ次第だよな」
「え? あ、ええと」
「だから、これから聞きに行くんだよ。キスイがどうする気なのか」
言って、歩き始める。
――さて。
キスイは、どうしたいんだろう?
と思ったら、部屋の入り口でドッソに止められた。
「祭り役の使命でこれから引きこもるそうです。特にあなたは絶対通すなと」
「……そ、そうか」
明らかにジロロの口からでまかせだったが、そう言ってこいつが納得するとも思えない。
なので、いったん引き下がる。
「どうするの、ライ?」
「しょうがねえ。搦め手を使おう」
「え?」
「カシルに頼んで連れ出してもらう。
気分転換に散歩でもしようって感じで言ってもらってさ。それならなんとかなるだろう」
「……カシルさん、お願い聞いてくれるかな?」
「リッサ。俺はキスイがどうする気なのか聞くだけだ。
べつになにをさせようってわけじゃない。『生贄』の意向を聞くだけ。それなら、あいつが反対する理由はないだろ」
言って、俺はカシルの部屋に向けて歩き出した。
果たして、効果はあった。
「ライさまっ……」
「よお。連れてきたぞ」
「ご苦労さん、カシル」
手を挙げてカシルに応え、それからキスイの方を向き直る。
「さて、キスイ」
「はい」
「知っての通り、馬鹿やった連中が俺たちを呼んでいるそうだ」
「……はい」
「で、だ。おまえは、どうしたい?」
キスイは、への字口でしばらく動かなかったが、やがて口を開いた。
「わたしは、『生贄』です」
「うん。そうだな」
「『生贄』は、女王の代理として、岩巨人を導くのが使命であり、責任があります。
ですから、軽はずみに危険に飛び込むことはできません。『生贄』としての働きになにかがあったら、すべての岩巨人に取って損失になります。
それに、ライさまにも迷惑をかけることになりますし」
「そういうことが聞きたいんじゃないんだ」
「……はい」
「もう一度言うぞ。責任とかそういうのはどうでもいい。
おまえは、どうしたい? と聞いてるんだ。キスイ」
ふたたび、長い沈黙。
キスイはうつむいて、しばらくためらっていたようだったが、
「――わたしと、彼女なんですけど」
「ああ」
「ずっと一緒に育って。コミュニケーションはあんまり取ってませんけど、家族というか、姉妹みたいなものだと思ってるんです。
だから――」
顔を上げる。
「わたしは、彼女を助けたいです」
「そっか」
「ライさま……その、すごく図々しいお願いであることはわかっているんですけど」
「ああ、その先は言わなくていいぞ。キスイ」
「え?」
「俺も、ちょっとバルメイスに野暮用があってな。
ちょうどいい。一緒に行こうぜ。キスイ」
「…………。
はいっ」
ふたりでうなずいて、笑い合う。
そして、俺たちは、聖典世界への扉に向けて歩き出した……のだが。
「……。
なんで着いてきてるの。おまえら」
リッサとカシルに問う。
カシルはふん、と鼻で笑って、
「決まってるだろう。『生贄』の守護に岩巨人が参加しないなど、そんな馬鹿なことがあるか」
「か、カシル……そんな、これは『生贄』としての行動ではないから」
「ア・キスイ。あなたがどう行動しようと、あなたが『生贄』であることに代わりはありません。
どうか、この私に忠義を貫く機会をお与えください」
「……はい。わかりました」
キスイは照れたようにうつむいて、そう言った。
「で、リッサ。おまえの方だけど」
「え、なにか疑問あるの?」
「いや、だから。なんでおまえが着いてくるのかって」
「そんなの当然でしょ。ライがまた無茶しようとしているんだもん。そばにいなきゃ危なっかしいじゃない」
「……俺は子供か?」
「なによ。ひとりで行くつもりだったの? 抜け駆けは許さないんだからね」
「その通りよ」
「うどわっ……もご!?」
「ライ。静かに。みんなに怪しまれる」
俺の口を押さえて、サリが言った。
……いや、ていうかですね、サリさん。いつものように気配を消していきなり背後から話しかけられたら叫び声くらい上げますよ。
「さ、サリさん!? いつの間に!?」
「ライがなにかこそこそやっていたから。
なにしてるんだろう、って思って」
「いつから?」
「たぶん、会議が終わった直後から?」
なら声をかけろよ。
「へへーん。ちなみにあたしもいるよー、ライ兄ちゃんっ」
「うげ、マイマイ!?」
「幻術で隠れていたわ。わたしからは丸見えだったけど」
「サリ姉ちゃんには気づいてなかったからねー。あたしも。
ねえねえ探検行くんでしょ? あたしも行く!」
「おまえな……遊びじゃないんだぞ?」
「抜け駆けは許さないんだからねっ」
「真似するな。
サリ、おまえからもなにか言ってやれ」
「わたしも行く」
「……いや、だから」
「抜け駆けは許さない」
「…………」
ははは。もうどうにでもなれ。
「モテモテだねえ、ライ氏」
「うげ、シン!?」
「そんなに警戒するとはひどいなあ。
で、やっぱり行くことに決めたんだね、ふたりとも」
「なんだよ。止める気か?」
「いやべつに。それより、道案内は必要じゃないかい?」
「道案内?」
「僕が持つカイ・ホルサの記憶なら、効率的に聖典世界を移動できると思うけど。
どうだい? どうせだから、僕を雇わないかな?」
「雇わないかな、って……おまえが、なんで俺たちに味方してくれるんだ?」
「まあ、いろいろあってね。
とりあえず君たちに害のある話ではないから、気にしなくていいと思うよ?」
「いや、まあ害があっても気にしないけど。便利だし」
「それはさすがにどうかと思うな……」
苦笑しながら、シンが言った。
ていうか、いつの間にかとんでもない大所帯になってる。
「これ、みんなで行くのか?」
なんとはなしに言ってみる。
「よ、よろしくお願いします……」
「行こうよ、ライっ」
「ま、ア・キスイの護りは任せておけ」
「大丈夫。ライはわたしが守るから」
「ライ兄ちゃん、よろしくねっ」
「よし、それじゃあ行こうかライ氏」
みんな、ノリノリだった。
……はあ。
(なんか、にぎやかな旅になりそうだ)
まあ、こんなのもいいだろう。
俺たちには最後まで、こういうノリがふさわしい。




