二十一日目(4):決戦! 黄昏の魔王-3
そして。
「敵、近づいてきます!」
『よし、全軍戦闘準備!』
にわかに周囲が騒がしくなる。
門を埋め尽くす程度の敵の死体は残してある。
この状況だと門の上に来る敵は増えるが、相手も門を通って攻めることはあきらめなければならない。だから得策だろう、という判断だ。
しかし……
「本当に、どれだけいるんだ。魔物どもは」
うんざりとつぶやいた、カシルの気持ちもわかる。
あれほど多くの魔物たちが全滅してもなお、奴らの軍勢はまだ、まったく少なくなった気配がない。
というか、増えてる気がする。
「まずいですね……奴ら、魔王を前線には出してこないつもりです」
コーイが言う。
「戦法がばれちゃったからかな。どうしよう」
「とにかく、魔物たちを片端からたたきのめしていくしかないでしょう」
「……地味な作業だよな」
渋い顔をして、言う。
どうやら。
今回も、簡単に勝てる、とは、なかなかいかないらしい。
と思っていたのだ、が。
意外なことに、前よりもずっと守りやすかった。
『弓隊、一斉射撃!』
コゴネルの指令と共に、ざぁぁ、と大量の矢が降り注ぎ、城壁に取り付いた魔物どもを駆逐していく。
そう。
ハルカの開けた、あの馬鹿みたいにでっかい穴。それが、魔物が近づく上でのこの上ない障害物になっているのだ。
さすがに穴の下に入ったらよじ登れないと知ってか、魔物たちは山側に大きく迂回して城壁を直接よじ登るようになってきた。
だがそれには大きく時間がかかるし、なにより密集隊形からの突撃のような戦法が使えない。
あとは、奇跡的によじ登ってきた魔物たちを、待ちかまえて切り伏せればいいのである。
「おりゃあ!」
ざくっ、と、何匹目かの魔物をあっさり切り伏せる。
「今度はわりと楽ですねー。このままいけるかな?」
横でハンマーを振るいながら気楽に言うジロロに視線を向け、
「……そうは行かないんじゃないかな。たぶん」
「む、なぜ?」
「いやな。なにしろこの戦い、始まってからずっと、順調に行ってるように見えた直後にだな……」
す、と空を指差し、
「ほら。ああいうことが起こるわけだ」
「げっ」
『くそ、コウモリで空輸に出たか!』
そう。
人よりでかいコウモリどもが、大型の魔物を持ってこちらに飛んで来る。
城壁の中に、投げ入れるつもりなのだろう。
『慌てるな! 引きつけて弓で打ち落とせばなんとかなる! 弓隊、構え!』
(ライ、斜面側!)
「な!?」
リッサの言葉にそちらを見ると、東の山嶺のふもとのあたりから、魔物たちが、やぐらみたいなものを自分たちの肉体で作って、迫ってきていた。
『くそ、一気に攻め落とすつもりか!』
「乗り込まれてからでは間に合いません! 弓の援護を!」
「し、しかしそれではコウモリのほうが!」
指揮系統が混乱する、その間にもどんどん敵は近づいて来る。
「ええいくそ、どうにかしないと……」
――ふと。
視界の隅に、それが映った。
「キスイ?」
キスイが、誰かの手を引いて、城壁の最前部までやってきている。
手を引いているのは、目隠しをした――パルメルエ。
「こら、危ないぞ! 城内に引っ込め!」
俺の声に、気づいたパルメルエはそっと黙礼をして。
そして、目隠しを取った。
「な……」
「まずい! 待ちなさい、パルメルエ!」
コーイがあわててそちらに行こうとするが、遅い。
パルメルエは、はっきりとその肉眼で敵を見通して。
真言を、唱えた。
「《雷は》《落ちる》《敵の》《頭上へ》」
瞬間。
色を失って黒い空に、それよりなおどす黒い雲が発生した。
それは雷を孕みながら急速に拡大し、そして――
『全員、耳を押さえて伏せろぉぉーーーー!』
音とすら言えない、衝撃が走った。
数瞬。気を失っていたらしい。
気がついたら、へたりこんで呆然と空を見上げていた。
敵の大軍勢は、すでに跡形もない。
当然だ。
創造神にすら匹敵する神力で呼び寄せた奇跡なのだ。相手を守る異界の法理など、薄紙一枚ほどの防御にもならないだろう。
まわりを見ると、大半が俺と同様にへたっている。中には、本格的に気絶している者もいた。
その中で。コーイが、駆けていた。
誰よりも早く。
一も二もなく、といった風体で、倒れたパルメルエに駆け寄る。
「パルメルエ、無事ですかっ」
「だ、大丈夫です。わたしが、サポートしましたから……うぐ」
へなへなとその場に座り込むキスイ。
パルメルエのほうは、血まみれだった。
吐血しながら、彼女は何事もなかったかのように目隠しをする。
「……偽の神託を下しました。本来なら、代償として命を落とすところなのですけど」
「結構。もう休んでいてください」
「あとは……頼みます。みなさん」
言って、彼女は吐息し、動かなくなった。気を失った、みたいだ。
『状況確認! 全員、寝ぼけてねぇで起きろ!』
コゴネルの喝で、ようやくみんな目が覚めたように動き始める。
敵の大軍勢のうち、過半は吹き飛んで、跡形もない。
脇で肉体やぐらを組んでいた魔物たちが多少残っているが、その彼らも明らかに浮き足立っていた。
たん、と足音。
「ライ、行ってくる」
「サリ?」
「あの量なら一人で行ける。
たぶんすぐに魔王が来る。対応お願い」
たん、たん、と跳ねて、サリが視界から消えた。
同時に。
(ライ、近づいてきたよ!)
「了解!」
リッサの視覚を借りて、俺もそれを感知する。
黒い、どす黒い塊。魔王が、ゆっくりと黒い世界の中から近づいてきていた。
しばらくすると、自分の肉眼でも十分視認できるほどに、魔王が近づいた。
『イェルムンガルド外殻は?』
「展開しているが……まだ、距離は十分にある」
俺は報告して、それからやぐらの上のコゴネルを見上げた。
「だが視界内だ。もう、攻撃に入ったほうがいいかな」
『準備はいいか?』
「こちらリッサ。いつでも整ってまーすっ」
「……だ、そうだ」
うう、心臓に悪いなぁ。やだなぁ。
思うが、くよくよしても予定は覆らない。
『よし、ではまずコーイ師、頼む』
「承知」
言って、コーイはぶつぶつと術式を唱えだす。
やがて、彼の身体が金色に光った。
「聖戦士化、完了しました」
『では、次は宣言だ』
「はい。お待ちを」
す、と指を相手のほうに向けて、
「見よ。あれが我等が敵。神話の敵なるぞ!」
ごぅ、と風が吹き、相手のイェルムンガルド外殻が消失する。
だが、それでも相手の動きは止まらない。
『あいつ、構わず突進してくるつもりか!』
「上等だ! リッサ、頼む!」
「う、うん!」
『よし、ではライナー砲、発射だ!』
「「「「「ライナー砲、発射!」」」」」
……うう。そのコールだけはやめてほしいなぁ。
「いくよ、ライ!」
「おう!」
「いよし、飛んでけ、ライナー砲っ!」
「っておまえもかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
直後、すさまじい速度で俺は、敵へ向けて射出された。
「ぁぁぁぁぁぁあああああっ、ととっ!」
着地。
途中、黒い膜のようなものを突き抜けて飛んできたが、着いた場所はなんだかよくわからないところだった。
周囲はなんだか、でかい生き物の腹の中に入ったような感じにうごめいて……
「って、うおあああ!?」
すごい勢いで転がってくる、どでかいお肉の塊みたいなキモい生物。
見た瞬間に俺は、その場で回れ右して逃げ出した。
相手も当然、追ってくる。
挙げ句に反対側からもやってくる。
「だあああああうぜえええ!」
光の剣を出して切り払いながら、必死で駆け抜ける。
しばらくして、なんとか追われていた分は振り切れた。
「ぜー、ぜー……か、勘弁してくれ」
ここが敵の本陣であることを痛感する。
いや、わかってはいたけど。わかってはいたけど、グロ系の視覚攻撃があるとは思わなかった。ああいうのは苦手だ。
改めて、俺はあたりを見回してみた。
……思ったより広い。黒い闇の中を通路のようなものが走っているのは見えるが、どこに敵の親玉がいるか、よくわからない。
(ていうか、よく考えたらライナー砲の後になにやればいいのか誰からも聞いてねえぞオイ!)
割とあいつら、そのあたり抜けてるよね。プロみたいな顔してるくせに。
さて、困った。
「せめておおざっぱな方向だけでもわかればなあ……」
つぶやいた瞬間、俺の服の胸ポケットから輝きが漏れだした。
「って、なんだ!?」
驚いている間にも光はどんどん強くなって――
ぽんっ。
「はーい、呼ばれて飛び出ておはこんばんちわ~」
「…………」
出てきたちびっこいプロム(?)を無視して、俺は探索を再開……しようとして、腕をひっ掴まれた。
「はいはいライナー、見なかったことにしてどっか行こうとするのはやめましょうねー? 助けてあげるんですから」
「ええい、やかましい。なんだよプロム、冗談ならいま忙しいから後にしてくれよ」
「ふふふ違いますよライナー。私はプロムとかいう超絶美人の大巨人とは縁もゆかりもない、ただの願いを叶える妖精ちゃんです」
くねくね気持ち悪いポーズを取りながら、ちびプロムが言った。
「願いを叶えるぅ?」
「ええ。見たところお困りの様子じゃないですか。助けになりますよ?」
怪しい。
が、こういうときは藁にでもすがりたくなるものだ。
「じゃ、どこに行けば悪玉と会えるか教えてくれ」
「ああ、あっちですよ。あっち行けば会えます」
言って、プロムは壁の向こうを指差した。
……いや、ちょっと待て。
「壁があって行けないんだが」
「いやですねえライナー。その壁は魔物の一種ですから、気にせず直進すればあなたの神格に圧されて消えますよ」
「え、マジ?」
あ、本当だ。手をかざしたら壁が消える。
「助かった! じゃあこれで」
「さて、願い事はあとふたつ~」
……いつの間にそんなルールができたんだろう。
「面倒だなぁ。なら、助っ人出してくれよ。こう、ばばーんと強いやつ」
「はーい。では願い事ふたつ分だからふたりご招待~。がんばってくださいね~」
言うだけ言って、ちびプロムは消えていなくなった。
代わりに、なんか怪しげな光とともに現れたのは。
「ふん。バグルル様、華ぁ麗に復っ活ぅ! がはは、腕が鳴るぜぇ!」
『へへへへへ……壊すぜ壊すぜたたきつぶすぜぇ!』
「……あ、なるほど」
バグルルとペイだった。しかも、別れたときそのままの装備。
まあ、たしかにプロムの持ってくる助っ人って言ったら、このあたりだろう。
「なんだよ。そこはもっと大げさに驚くところだろが、ライ」
『そうだそうだ。ノリの悪いヤツだな』
「面倒な連中だなあ……で、なんでここに来たの?」
「いや、妖精どもに捕まって引っ立てられて、そのまま宝石に封印されてた。その後はまあ、宝石の内部から状況は見てたぜ?」
「……あー。つまり説明はいらないわけだな。そりゃよかった」
『気づかずにあの神官とエロ展開になってたら超面白かったのにな!』
「ああ。その言葉そのままリッサに伝えとくからな」
ただし念話で。対話できる距離で伝えると、巻き添えで俺まで殴られそうだし。
「まあ、そんじゃあ行こうぜ? もう敵の位置は知れてるし、迷うこともないだろ」
「バカ言え。まわり見ろ」
「え? ……げっ」
気がつくと、俺たちはモロに敵に囲まれていた。
それもさっきの肉塊。グロ系の敵が群れると壮絶にグロい、ということを、俺は生まれて初めて知った。
『ちょうどいい。俺たちはここでこいつらを食い止めるから、おまえは先を急ぎな』
「またその展開かよ……」
「へへ。でもなライ、悲観することはねぇぜ。おまえがちゃっちゃと解決すれば、俺たちも助かるんだしな」
『そういうことよ。そら、走れ!』
「わかったよ。恩に着るぜ、ふたりとも!」
言って、脇目もふらずに走り出す。
背後からは、爆音じみた戦闘の音がひっきりなしに聞こえていた。
(さっさと――終わらせる!)
そして。
俺は、そこにたどり着いた。
巨大な、広場みたいな場所。
その奥に、ひとりの老人の姿。
「てめぇが親玉か!」
「いかにも」
「よし、殺す!」
だっ、と駆け寄り、
「って、どわぁ!?」
横から飛びかかってきた魔物を避けて、急停止。
「なんだぁ!?」
「ふぉふぉふぉ、まだまだいるわい」
魔物に囲まれて、冷や汗を流す。
というか、この敵には見覚えがある。
「こ――こいつら、いつかの光の狼……?」
「ほう。よく気づいたのう。たしかにそれはその亜種じゃよ」
「なんでだよ。こいつら、バルメイスに奪われた上に、サリに全滅させられたって話じゃなかったのか!?」
「うむ。まあ魔王本体は死にかけじゃよ? じゃから、今回は裏技を使わせてもらっておるわい」
「裏技?」
「魔王は二体いるということじゃ。そして、第一の魔王の特性を、魔術で強引に第二の魔王に転写しておる。
よってこやつらは、二体目の魔王の影じゃ。ふひひ、前回とは比べものにもならんぞ。感じぬか? この場を統べる異界の法を。それが貴様の神威を浸食し、弱体化させているのじゃ」
「……その異界の法とやらは、聖戦士の力で無効化されていると聞いたが?」
「普通はな。じゃが、この儂がいるこの空間だけは別じゃ。
そうそう簡単に大事な魔王を弱体化させてたまるかい。その程度の対策は当然講じておるわ」
「えー、そんなのズルいじゃん」
ぶーぶー、と文句を言う俺に、じいさんは気色悪く笑った。
「さて、ではこの魔狼の相手でもしてもらおうかの。
これらは皆、魔王の足跡。魔王の身体の一部をちぎって作り出した木偶どもよ。そしてその本体こそがこの空間。魔狼の王の内部に入って、生きては還れぬと知れよ、小僧!」
「う、うわあ!」
狼たちが一斉に動き出す。
だが。その瞬間、光が走った。
ざしゅざしゅざしゅっ。先頭の狼たちが、一斉に血を吹き出して地に伏せる。
「なにい!?」
「……あれ?」
俺は、ふと冷静になって、その狼の死体のあたりを見た。
そこには一本の青白く輝くナイフが、宙に浮いて……って。
(これ、サリのナイフじゃん)
ナイフはこちらに向けてちょいちょい、と挨拶すると、一気に狼たちに襲いかかった。
そこから先は、語るまでもない。
次々湧き出してくる狼たちを、たった一本の空飛ぶナイフが切り伏せ、叩き倒し、刺し貫いていく。
虐殺と言っていい光景だった。
たった一本で。
(たしか、サリのナイフって28本あるんだっけ……)
マジ半端ねえ。
「くそ、魔狼どもなにしている! さっさとそんなものはたたき落として――」
「おっと、おまえの相手は俺だぜ?」
「なにい!?」
ぎん! と、魔術師はかろうじて俺の光剣を杖で受け止めた。
「ぬうう……!」
「おりゃあ!」
一気に切り込む。
ぎ、が、がきん、となんとか魔術師のほうは攻撃を捌こうとするが、杖のほうが保たなかった。
ずばん、と真っ二つに折れる。
「ま……」
「うりゃあああああー!」
ざくん。
魔術師は倒れた。
急速に、彼の目から生気が失われていく。
「こ……んな、小僧……ごと、きに……」
「悪いなじーさん。俺もさすがに、今回は勝たないと立つ瀬がなくてな」
俺が言うと、じーさんはにやりと笑って、
「ふ……ん。どの……みち、きさ……ま……も、みち……づれ、よ。せい……ぜい、か……ちほこ……るが……よい」
言い切って、動かなくなった。
「……って、え?」
ごごごごと周囲が鳴動し、急速に崩壊が始まっている。
「これって……やばい?」
答えは返ってこなかった。
というか、確認するまでもなかった。
どしゃあ! と、なんだかよくわからない塊が真横に落ちてきて、
「ど、どわあああああっ!」
俺は、その場を慌てて逃げ出した。
「で、出口はどっちだー!」
叫びながら走る。
なにしろ、本体を殺した後の魔王である。実態は魔物に等しい。
だから周囲のものは俺が近づくと溶けるように消えていくが――なにぶん、量が量である。
消し去る前に押しつぶされてはかなわない。そう思って必死で走っているのだが、
「く!?」
気づいたら、さっきの肉の塊みたいなのに取り囲まれていた。
「ちくしょー! 魔王は滅びたんじゃないのかよ!?」
絶叫するが、事態は変わらない。
こりゃ、やばいか……?
思った瞬間。
『……へ……』
「なに?」
『ひだ……へ……』
「なんだ、誰がいる!?」
『……だりへい……』
「左? 左だな!?」
そちらに向かう。
直後、
『……刀、儀……』
それまで俺がいた場所を、すさまじいなにかがなぎ払った。
「!?」
『いそ……時間……い』
「助かる! ありがとう!」
誰だか知らないひとにお礼を言って、駆ける。
やがて、明かりが見えてくる。
「よっしゃあ!」
歓喜しながら俺はその明かりの中に飛び込み、そして――
「っと」
たん、と地面に足をつく。
普通の、土でできた地面。どうやら、外に戻ってきたようだった。
(なんとかなったかあ……バグルルとペイは、無事かな)
そんなことを考えつつ、俺は頭を上げて正面を見て、
「え?」
目を疑った。
目の前にあるのは、聖地トマニオの城壁。
なのだが。
その城壁は、一部が崩れ落ち、煙を上げていた――




