二十一日目(2):決戦! 黄昏の魔王-1
「カタパルト隊、一斉射! てぇ!」
がたんがたんがたたん!
サフィートの号令とともに一斉に石が発射され、遠くへ飛んでいく。
ずしんずしんずしん!
「有効です! 魔物ども、ひるんでいます!」
「ふはははは。即席の兵器も役に立つものだわ! それ、次の射行くぞ! 石を用意せい!」
「「「了解!」」」
『司令部より。大魔法行くぞ! 弓隊は目をやられないように注意!』
ごぅ、とすさまじい魔力が渦を巻き、続いてやぐらから光の帯が何発も放たれた。
そして爆音。
「……こうして下で待っていると、ちょっとした疎外感だな」
隣にいるコーイに話しかけると、彼もうなずいた。
「左様ですな。
ですがその手持ち無沙汰もすぐに解消するでしょう。なにしろ――」
「敵、よじ登ってきます!」
「ち!?」
慌てて動こうとするが、コーイが止めた。
「お待ち下さい。あなたが行くべきではない」
「けど!」
「敵、落ちていきます!」
「早っ!?」
「ふふん、そこは本当の城壁じゃなくて、幻影でできたニセの城壁なんだよー。それ、堀に落ちちゃえ!」
マイマイの声と共に、ばしゃばしゃばしゃーん、と盛大に水しぶき。
「ミーチャ、追い打ちっ」
「さんかく~☆」
ちゅどどどどどどどどっ!
あきれるほど一瞬で、ケリがついた。
「適所に適材を配置して頂いております。かの場所のことは、かの場所に任せてしまってよいかと」
「わ、わかった……」
うなずく。
たしかに見たところ、こちらの軍は相手にまったく押し負けていないように見える。
(けど、このままは行かないだろう。なにか起こる)
思ったそのとき、城壁の上あたりでざわめきが起こった。
「何事だ!?」
(ライ! 大変だよ!)
やぐらからリッサの声。
(なにがあった!?)
(そっちに情報送る! 視覚をボクに合わせて!)
(わかった。やってみる!)
念話と同じ要領で、集中してみる。
と、ぼうっ……と、光景が見えてきた。
やぐらの上。そこから見える、敵の行動。
――陣列を組んで、密集隊形で突撃して……?
「やばい、来るぞ!」
『全員、踏ん張れ! 揺れるぞ!』
コゴネルが言った次の瞬間、地面が震えた。
「う、わっ――」
ずどどどどどど!
千を超す魔物たちが、一斉に城門に体当たりする。
先頭のほうの魔物がすりつぶされるのも、一切お構いなしの大暴走。でたらめな衝撃に、門がぎりぎりときしんだ。
「だ、大丈夫か!?」
「あの門もある種の呪物です。そう簡単にはじけ飛ぶことはないと推測しますが……二度来れば、耐えられぬかと」
(ま、また集まってるよ、ライ!)
『次撃、来るぞ! くそ、思ったより集まるのが早い!』
「ち、どうする!?」
答えたのは、やはり横にいたドッソだった。
「ご安心を。罠は設置済みです」
「罠!?」
「はい。
一度きりの仕掛けですが……あのような猪突する敵に対しては、最も有効なものです」
にやり、とドッソは笑う。
そうこうするうちに、またも地響きが始まった。
「来るぞ!」
「…………!」
ずどぉ、と衝撃が走り。
そして、今度こそ耐えきれなくなって、城門がはじけ飛んで。
あふれんばかりの勢いで突進してきた魔物たちは、一斉に、――落とし穴に、落ちた。
どどどどどど、と地響きと共に、群れた魔物が脇目も振らずに落とし穴の底へと次々、飛び込んでいく。
「こいつら……そうか。簡単な命令しか聞けないから、こういうのに対応できないのか!」
『いまだ弓隊、射撃開始! 連中を這い上がらせるな!』
コゴネルの言葉と共に、ざぁ、と雨のように城壁から矢が降り注ぎ、見る間に魔物たちが殺戮されていく。
『射、やめ! 地上部隊、攻撃開始! こしゃくな魔物どもを追い返せ!』
「参りましょう、ライナー様」
「おう!」
応えて、俺たちも飛び出す。
こうして、俺たちは敵を城壁の外に追い出し、ふたたび城門を閉ざすことに成功した。
太陽が高くなってきた。
「あーもう、ひっどい数だなこれ……」
城門の上によじ登った魔物をたたきつぶしつつ、愚痴めいた言葉をこぼす。
落とし穴作戦の後にいったん退いた魔物たちだったが、戻ってきたときにはさらにタチの悪い作戦に出てきた。
すなわち、城門の下に大量に集まり、死体になるのも構わず陣取って居座る。
それを狩っていくうちに自然と城門前には死体が積み上がり――そして、階段状になって城壁の上に通じるようになった。
そうなればもう、門を守っていても意味がない。後は、聖地内部への唯一の通行路と化した城壁の上で、やってくる魔物どもを倒しまくるしかない。
うんざりしていると、横をごう、とハンマーが通り過ぎて魔物の頭をたたきつぶした。
「ふふん、こういう乱戦でこそハンマーの威力がものを言うのです。私の超活躍、見ていてくださいねー、キスイさまー♪」
言うジロロの横を、ぐぉん! ととてつもない勢いで巨大な斧が飛んでいき、魔物たちを殺戮しながらブーメランのように旋回してドッソの手に収まった。
「――失礼、邪魔をしました」
「……ま、まあ、ああいう規格外はともかくとしてですね」
「おいジロロ、右!」
「え!?」
右手からジロロに、大量の魔物たちが一斉に飛びかかり、
ざしゅざしゅざしゅっ、と飛んできたナイフに貫かれ、一斉に絶命して果てた。
「油断しないように」
サリはそう言って、一瞬で戦場を横切って行ってしまった。
「形無しだな」
「……ぐふり」
うなだれるジロロ。
それは置いといて、しかし。
「コゴネル、まだか? いい加減、バテてきた兵士も少なくねえぞ!」
『歯ぁ食いしばって耐えろ! そこを抜かれたら後がないぞ!』
(ライ、大変!)
(どうした!?)
(敵部隊のほう! 見て!)
言われるままに俺はそちらを見て、
「なにぃ!?」
思わず声が出た。
魔物たちがふたたび密集隊形を組みつつある。標的は、城門の上の俺たち。
「くそ、今度は遮蔽物がないからシャレにならねぇ!」
『大魔法行くぞ! ――ぉおおおおおおお!』
コゴネルの咆吼と共に巨大な光塊が敵中央に落ち、爆散して敵を吹き散らす。
が、いったん散り散りになった魔物たちも、ふたたび密集して隊形を組み始めた。
「ちくしょう、これ、本当に際限がねえぞ!? いったいどんだけ相手は魔物を呼び出せるんだ!?」
『ライ、死体の山だ! そいつを崩しちまえば道がなくなる!』
「バカを言うな! そんな簡単にこんなのを撤去できてたまるか!」
ふと。
横を見ると、ハルカがいた。
「どうした?」
「これほど早く切り札を切る時が来るとは、多少予想外でしたが」
「あん?」
う゛う゛ぁっ! というにぶい音とともに、彼女の横に巨大な青い獣が現れる。
「最後の技です。――神技を見せてあげましょう。少年」
「て、おまえ……っ」
「は!」
どぅんっ! と、風より早く駆け出すハルカと青い獣。
それらは、いままさに向かって来ようとする魔物たちに突っ込み、蹴散らし、引っかき回し、ぐちゃぐちゃにたたき伏せた。
「っつったって、いくらなんでも単騎特攻はねーだろ!」
『ハルカ、戻れ! もういい、その程度引っかき回せば十分だ!』
見る間にハルカは包囲され、四方から魔物たちに狙われる。
「ああ、だから言わんこっちゃない!」
『ライ、助けに行けるか!?』
「任せろ! すぐに、」
(ライ! 行っちゃだめ!)
「リッサ?」
(いま行ったら、あれに巻き込まれる! 死んじゃうよ!)
「あれってなんだよ! いったい……」
言っている途中、その光景を垣間見る。
リッサの視覚だろう。弓兵らしく、ずっと遠くまでよく見通せる。
視界の中で、ハルカの手元に。赤い、禍々しい光が。
「あ、れは――」
フラッシュバックする。草原で、弧竜を貫いたあの炎。
フラッシュバックする。岩巨人の洞窟でのぞき見た、はるか世界の果ての炎の輪。
フラッシュバックする。――
フラッシュバックする。――――
「始源の炎――!?」
『レーヴァティン、それも無方向召喚だと!? バカな、やめろハルカ!』
ハルカはちらりとこちらを見て、
……少し、笑ったように見えて。
そして。
炎が、広がった。
とてつもない破壊だった。
世界そのものが食われたような、半球状にぽっかり空いた地面の穴。
魔物を駆逐した――どころの騒ぎではない。周辺でこちらに攻めかかっていた連中は、すでに跡形すらもない。
そして、その中心にいた、あいつも。
「バカ……やりやがって……!」
「年長者にバカとは何事です、少年」
「うどわああああ!?」
ていうか、なにを何事もなかったかのように足下に湧いてるかな、この女は。
『は、ハルカ。無事か!?』
「当然です。転移の術で脱出しました。……なにか疑問でも?」
『……あいかわらずむちゃくちゃだな。オイ』
「つーか、召喚魔法ってそんなにホイホイ使える術だったっけか?」
ジト目で言う俺に、ハルカは無表情で胸を張り、
「ふ。この私にとって、日に二回や三回程度の召喚魔法など造作もないこと。センエイごときとは鍛錬が違うのです、鍛錬が。
とはいえ、さすがに疲れました。ここで私はリタイアします」
言うだけ言って、ごろんとハルカは寝っ転がって、そのまま寝息を立てはじめた。
「……まあ、いいけどさ。生きてたんだから」
自由だなあ、こいつも。
『勝機だ! 次の群れが来る前に、城門前の死体をできるかぎり撤去しろ!』
「ミーチャ、出番だよっ」
「さんかく~☆」
すどん、ばごぉん、と爆音がして、死体の山が打ち崩されていく。
俺も一息ついて、遠くの空を眺めたりしてみる。
……はて。
さっきより、黒い空が広がっている、ような。
というか。
頭上まで、黒い空が広がっている?
『中止、中止! 本体が来やがった!』
「なんだって!?」
『総員、待機! 敵総大将のお出ましだ!』
――ぞくり。
怖気が走った。
アレは、凄まじい。
方向性はともかく、アレはとんでもないレベルの神秘の固まりだ。
だが、あれこそが俺たちが打倒すべきもの。
悪しき神秘の権化――魔王、だ。
「では、捉えましょう。皆さん」
「お待ちを、コーイ師。
地形が悪い。もう少し近寄るまで待つべきでは」
ジロロが、前に出ようとしたコーイを止めた。
「地形とは?」
「あの極大攻撃魔術でできた、半球状の地形――クレーターです。
斜面が急すぎる。あれを徒歩で通り抜けることは難しいでしょう」
ジロロが言うとおり、たしかに足場はかなり悪い。
クレーター、さすがに本当に完全な半球というわけではない。ないが、境界の部分はかなり切り立っていて、転落したら普通に死にそうな高さである。
と、マイマイが前に出てきて、胸を張って言った。
「大丈夫っ。あたしが魔術で橋を作るよっ」
「――お願いします。ただ、それにしても、たしかにもう少し引きつけたほうがよいかもしれません」
「そうだな……コゴネル、どうする?」
『コーイ師に判断を任せる! 交戦タイミングはそちらで決めてくれ』
……よし。
「敵はスピードを上げていますね。一気に決めるつもりですか」
「ではえぐれた斜面の手前あたりで仕掛けましょう。コーイ師、準備を」
相談しだした周囲はとりあえず置いておいて、俺はリッサの目をまた借りて遠望することにした。
(ええい、動揺するな! きょろきょろするな!)
(そ、そんなこと言っても……)
さすがは弓手。あたりが超よく見える。
(んー……本体はあのあたりか。
で、あたりを囲む半球状のドームは――!?)
ぞわっ、と怖気が走った。
超やばい。これは――
「やばい! コーイ、早く対処を!」
「む? いえ、しかしまだタイミングが――」
「それどころじゃねえ! あいつ、イェルムンガルド外殻を派手に展開して、それでこっちを強引に押しつぶす気だ!」
「なんですと!?」
『まずい、間に合わん!』
「ええい、仕方ねえ!」
だっ、と俺は駆け出し、城門から大きくジャンプして手をかざし、
「止まりやがれーーーー!」
ごかきんっ!
と音がして、魔王の動きが止まった。
俺のまわりに白いバリアが、そしてその正面に薄く黒い半球状のドームが、少しずつ光って見えた。
これが、お互いのイェルムンガルド外殻。
神力――世界かくあるべしという理想を押しつける『投票権』を利用し、自分の周囲に不可侵の領域を作り出して身を守る、神格防御の力だ。
「ぐぬぬぬ……」
大きさがまったく違うから、一見して小さな俺が相手の外殻の端にひっついているだけに見えるが――実際はそうではない。ふたつの力は、伯仲していた。
俺だって神の一人。『投票権』の大きさはそれなりにある。
だからかろうじて、拮抗状態に持ち込めてはいるのだが――
「おい、さっさと助けろコゴネル! 若干力負けしてるから、あんまり長くは保たねえぞ!」
『ライ、助かった!
やってくれ、コーイ師! ことは一刻を争う!』
「いま始めます!」
背後に、強大な神力が集まっていくのを感じる。
「――聖戦士化、確認。
見よ! あれが我等が敵! 神話の敵ぞ!」
瞬間。
それまで、いまにもこちらを打ち砕こうとしていた力が、ふっと消えた。
「って、おわああ!」
ぐしゃっ、と俺の身体が支えを失って、地面に落っこちる。
魔物の死体がクッションになってくれたおかげで助かったが、これ、危なかったな。
顔を上げると、相手――魔王の本体は、とまどったようにその動きを止めていた。
「輝ける峡谷の結び手――ウィンツ・ペルモスター!」
マイマイの言葉と共に、きらきらきら……と、虹色に光る橋が目の前に現れて。
そしてコゴネルの絶叫。
『全員、突撃っ!』
「よし行くぞ、俺に続けえっ!」
「「「「「おおおおおおおっ!」」」」」
怒号を背に受けて、走る。
「お?」
と、即座にサリが脇を駆けていった。
「ちょ?」
そこを少し遅れて、ドッソとコーイが続く。
「え、待、おーい!」
あいつら足が速すぎる。特に、サリはともかく、ドッソとコーイはあの重装備なのに。
「俺が先頭だったのにー! テメエら無茶すんな……って、うわあ!?」
がきぃ! と俺がとっさに出した光剣が、堅い鋼の剣を受け止める。
「ひゅー、やるねぇキミぃ。あたしの金剛殺し、その剣で受けられるものなんだ」
「テメエ、ええと、えーと、ええええっと……誰だっけ?」
「プ・チ・ラだっつーの! 忘れてんじゃねーよボケ!」
「意外と精神攻撃がうまいな、小僧」
「あーどうも。ミスフィトだっけ? おひさ」
「だからなんでそっちは覚えてんだよボケ!」
地団駄踏むプチラは放っておいて、俺は前を見た。
(くそ。分断された)
サリ、ドッソ、コーイ――こうした強い味方から完全に切り離されて、このふたりの奇襲を受けてしまった。
だったらその三人が戻ってくればいいじゃないか、と思いきや、ことはそう簡単にはいかず。
そちらの三人の前には、空飛ぶパンダの怪物を引き連れて、一人の女が立っていた。
「やーどもどもー。殺しに来たよー」
フレイア・テイミアス――『花嫁』の異名を持つ大魔女は、そう言って獰猛に笑った。
魔術・秘儀解説:
1)レーヴァティン(無方向召喚)
系統:召喚術 難易度:SSS+++
本来のレーヴァティンは、炎獄回路から炎を借りて剣の形にして使役する召喚術なのだが、この形態が絶対に機能しないというのは以前に解説したとおり。
そこで普通は、方向付けした形で術を暴走させて攻撃魔術として撃ち出すのが通常の使い方なのだが、あえて方向付けせずに、全方位に炎をまき散らす使い方も存在する。それがこの技。
高位の召喚師のみが使える最高級の自爆技だが、これを自爆技ではなく使えてしまうところがハルカの度外れたところ。普通は使うと自分も巻き込まれて死ぬ。
2)聖戦士宣言
系統:大秘儀 難易度:A
本来ならただの、使用者の能力を強化するだけの技なのだが……
ここで「聖戦士は神話の敵と戦う」という記述が神話にあるために、「魔王を神話内部に取り込んで弱体化させる」という使い方ができるようになってしまった。
あまり知られていない能力なので不意打ちとして機能することも多いが、今回のグラーネルは対策を練っていた模様。




