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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
十四日目~二十一日目:悪党、聖地を守る
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十四日目(1):悪神、惑う

「では、そういうわけで留守番をお願いしますね、バルメイス、女王(クイーン)

 パルメルエはそう言って、扉の奥に消えていった。

 それを見つめてから、

「表で騒ぎ、ね。なにがあったのやら」

「なんじゃ。気になるなら聞けばよかろうに」

「俺には関係ないさ。関係があれば、パルメルエの方から教えてくれる」

「そんな考えだから、貴様はぼっちなのじゃろうに」

「……いや。ぼっちて」

「関係なんぞ、こっちから作るものじゃ。1人ぽつんと立っているだけでは誰も構ってはくれんぞ。

 ま、よいわ。わらわはこれより無の砂漠(イメンス・サハラ)まで遠征してくるので、留守を頼むぞ」

「おまえなあ……さっきパルメルエから、留守を頼まれたばかりだろうが」

「貴様が残ればよかろ。

 ふふふー、ではいざ出発! 今日こそあの巨大アリクイをぎゃふんと言わせてやるのじゃー!」

 上機嫌でるんるんとスキップしながら、女王(クイーン)は本棚の向こうに消えていった。

 ぽつん、と残され、吐息。

「誰も彼も、俺が暇だと思ってやがる。……まったく」

 つぶやく。

 たいした意味のない愚痴だ。そもそも、自分でも暇だと思っているのだから。

 暇だが、やることがない。

 以前は――と考えて、無駄だと気づく。そもそも、自分に以前など、ほとんどない。

 わかっているのは、狂神だと思い込んでいた頃には、狂神らしく振る舞おうとしていたことだ。

 けれど、いまそれをやっても無駄なだけ。

 だから、結局はやることがない。

 ビジョンもない。

 目的もない。

 故に、こうやってごろごろしている。

 この状態を簡潔に表すと、

「……平和、かな」

「怠惰、ではないかな?」

「な!?」

 突然上がった声に振り向いて、愕然とした。

 そこにいたのは、ひとりの老魔術師。

 こいつは、俺の最強の神威(カムイ)で切って捨てたはずだった。

 なのに、

「貴様、生きていたのか!?」

「危なかったのう。価値干渉系の攻撃はこれだから怖いわい。

 斬撃という『結果』を相手の身体に召喚する術技。転移術式での逃げ足だけしか確保しとらんかったら、いまごろ真っ二つだったわ。身代わりの保険を掛けておいて正解じゃったの」

 ひっひっひ、と笑う。

 前は薄汚いとしか思わなかったが、こうして落ち着いて見直してみると……ただひたすらに、不気味で、異様で、そして不快だ。

 人の神経を逆なでするように、意図的に調整された笑み。まるで面を被っているかのようだ。

 その奥底でなにを考えているかも、その一切が不明。

 たかが人間。たかが魔術師。たかが異能――その程度で、こうも外道に成り果てられるものか。

「それで、今度はなんの用だ。また斬られにでも来たか?」

「冗談。さすがにおまえさんと違って、本体で聖典世界に飛んできたりはできんよ。これは幻像じゃ。幻像」

「……ふん」

 警戒は解かないまま、少しだけ攻撃態勢をゆるめる。

 幻像に攻撃する手段も、俺の手持ちにないわけではない。だが、それらは手間がかかるし確実でもない。

 そしてそれ以上に……この相手が出てきた理由を探る前に逃げられるのは、よくない。

「では質問に答えろ。俺は、なんの用だと言ったのだ」

「ほほ。そうかっかするでないわ。

 儂はおまえさんに味方しに来たのじゃぞ。邪険に扱うものではない」

「味方……だと?」

 いぶかしげに問うと、相手は笑った。

「復讐、したいのじゃろ?」

「――……」

 一瞬、沈黙する。

「ほほ、図星じゃな。おまえさんのことだ。どうせあの小僧に仕掛けて、無惨に敗北したのじゃろ」

「貴様、なにを知っている?」

「おまえさんの正体くらいは知っておるよ。そして小僧に技が効かぬ理由もな。

 ま、バルメイスがバルメイスの技で死んだらおかしいからの。神話は技をキャンセルする方向に働く。当然、あの小僧にはおまえさんの技は効かんわな」

「……まあ、そうだろうな」

 その程度のことは、言われずともわかっている。

 というか、サリ・ペスティとか名乗ったあの魔女が言ったことだ。同じ力(・・・)がぶつかり合えば――

(強い方が勝つ。

 つまり、俺の方が、弱いということだ)

 ぎり、と歯をくいしばる。

 老人は、こちらの態度などどこ吹く風で、続けた。

「さて、そこでじゃ。

 どうせおまえさんの技では、あやつには歯が立たない。じゃが、それは歯がゆいじゃろ? 復讐がしたくはないかね? 奴に一泡吹かす気は?」

「断る」

「なに?」

 俺は勘違いしている老人に、その事実を指摘してやることにした。

「ばかばかしい。俺は狂神ではない。ただの混沌だ。

 もはや戦う動機などない――否。最初から戦う動機などなかったのだ。ただ出現したときの俺が、狂神としての記憶と意思をすりこまれていたために、その方向に走ってしまったに過ぎん」

 そう、思いを告げる。

 老人は、ふん、と鼻を鳴らし、

「想像以上に腑抜けおったな、貴様」

 と言った。

「それでいいと思っているのか。そのままで」

「別に……俺には、そのままで悪い理由が見当たらない」

「それはおまえにとってはそうじゃろう。が、他の者にとってはどうかな?」

「他の者?」

「貴様が殺した岩巨人どもは?」

「…………」

 視界を、がつんと揺らされたような気がした。

 老人の声が、地鳴りのように響く。

「貴様が仕掛けたのは、れっきとした戦争だったのじゃ。死者が出なかったわけでもあるまい。

 ちょっとした(かぶ)き心でそんなことをしでかした貴様を、死んだものの友人や肉親は許してくれるかな?」

「それは……」

「許されぬじゃろうなあ。仇を討ちにくるやもしれんなあ。そうでなくとも、貴様を糾弾するじゃろうなあ」

「だが、それは俺の勘違いで――」

「そんな言い訳が通ると思っておるのか?」

 俺は――沈黙する。

 老人は、かっかっかと醜く笑って、告げた。

「わからんか。最初に狂神として行動した貴様に、いまさら無害な善人ぶる資格なぞ残っておらんのだ。

 最後に残ったのは、悪の道だけじゃ」

「悪の……道?」

「ああ、そうじゃ。

 なにが悪いとふんぞり返り、自分のしたいことをして、享楽に生きればよい。

 そのために、敵対する相手はすべてなぎ倒せ。邪魔者なんぞ、目につく端から消し去れ」

「…………」

「嫌か? ならば死ぬしかないな」

「死ぬ……か」

 つぶやく。

 それが選択肢に上がることを、考えていなかった。

 ……死ぬ、か。

 考えてもみなかった。俺は――死ぬべきなのか?

「そんな顔をするでない。死にたいならさっさと死んでよい。じゃが、そうではない。じゃろ?」

「…………」

 よくわからない。

 よくわからないが、たぶん、そうだろう。

 死にたいとは思わない。なにしろ、俺はまだ、この世界をなにも知らない。

 記憶ならある。おそらく本来のバルメイスのものであろう、血塗られた記憶。だがそれは、いまや他人のものだとはっきりわかっている。

 俺は、俺自身すら持っていないのだ。

 だから――それを手に入れたい、という渇望だけは、ある。

 マグマのように。

 燃えたぎる形で、心の奥にたゆたっている。

(なるほど、そうか)

 少し納得した。

 自分は、自分が欲しいのだ。

 その自分を手に入れるまで、死ぬのは、嫌だ。

「ふん。少し目に活力が戻ってきおったな」

「……そうだな」

「ま、死ぬ気でないならそれでええ。

 じゃが、果たしてこれから生きられるかな? なんの手助けもなく、しかも貴様の命を狙う者だらけのこの世界で」

「…………」

「しかも、貴様はいま、生命の危機に立たされておる。貴様の命を握っておるものが、いまにも貴様を消そうとするやもしれんからな」

「? 誰だ?」

「貴様の本体じゃ」

「……あいつか」

 最後に会ったときが、もう遠い昔のような気がする。

「あの小僧な。どうやら神と化したようじゃぞ。誰ぞの加護を得て、なにか儀式を行ったようだな。

 それによって、奴はいまや、貴様を殺すこともいともたやすく行えるようになった」

「というと?」

「わからんか? 奴の神的存在は既に神話の中に刻まれた。神話を動かせる力を得たと言っていい。

 その奴が、たとえば「バルメイスの剣を捨てる」などと宣言してみい。ただちに神話はバルメイスの剣の持ち主を抹消する。貴様のよりどころはなくなり、ただの混沌である貴様はたちどころに世界に消去されるであろう」

「……そう、なのか」

 つまり、それが死ということだ。

「じゃが、儂が手伝えば話は別じゃ。

 貴様を固定する奥義に、儂は心当たりがある。儂ならば、奴の加護なしで貴様を生かすこともできる」

 老人はにやりと、奇怪に笑った。

「どうじゃ。興味が湧いたか?」

「……どうだろうな」

「どちらでもよい、と思っている風情じゃな。だが、そんな呑気を世界が許すかな?」

「…………」

「言ったじゃろう。貴様の生きる道は、もはや悪のそれしかないと。

 儂に従い、儂に協力しろ。それで貴様は生きていける。欲しい物はなんでも手に入る。邪魔する奴は殺してしまえばええ」

「…………」

 沈黙するこちらを見て、老人はしししと笑った。

「ふん。まあええわい。

 少し考える猶予を与えてやろう。好きにするがいい。ま、選択肢なぞ、とうに失せておるがのう」

 言って、老人は消えた。

「…………。

 俺は――」

 独白する。

 俺は、どうしたいのだろう?

 そもそも、俺の欲しい物は、どう生きれば手に入る?

 答えは、誰も教えてくれないまま――

【お知らせ】

2018年7月4日~10日まで作者が日本にいません。

その都合上、告知や返信等が遅れる可能性がありますが、ご容赦ください。

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