十三日目(5):悪党、パワーアップする
そして、俺は剣を元のように地面に刺し直した。
「これだけか?」
「はい、ご苦労さまでした」
にこにこしながら言うプロムと、うずくまってぶつぶつ言っているスライデン。
「馬鹿な……このような悪夢が……何故」
「なんか変わった気はしないけどなー。これでパワーアップしたのか?」
「ええ。保証しますよー。なにせスライデンが超ショック受けるくらいですから」
「その基準でいいのか。いや、まあ、たしかに超ショック受けてるように見えるけど」
「貴様あああ……!」
なぜかこっちを殺意込めてにらんでくるスライデン。やだなー。なんか逆恨みっぽいぞ。
プロムはそんなスライデンをさっぱり無視して、
「さてと、それでライナー。最後にちょっと作業をしてもらいたいのですが」
「ていうと?」
「はい。『バルメイスの剣の所有権を放棄する』と宣言してもらいたいのです」
「は?」
なにそれ。
視線で説明を求めると、プロムは笑った。
「もともと、あのバルメイスが存在していられるのは「その剣の所有者がいるから」です。代理であるあなたが所有権を失えば、彼――混沌に過ぎぬ虚像のバルメイスは消えます。
そして、世界剣に触れたいまのあなたには、そうする能力がある。リスクひとつなく、相手を無力化できるんです。悪い話じゃないでしょう?」
「――んー」
なるほど、そういうわけか。
そういうわけなのは、いいのだが。
……なんか、もやもやする。
どうしたものか。
「悩むことはないでしょう。
あれほど危険な存在を放置しておく理由はない。あなたと敵対している相手でもありますしね。だからさっさと消してしまって――」
「なんか、気が乗らない」
「は?」
「やっぱいいや。そっちはやめとく」
「ちょ、ちょっとライ!」
「いや、でもですね……」
あわてるリッサとプロム。
俺はひょい、と肩をすくめて、
「俺、流れで誰かを助けるってのは、まあいいかって思うんだけどさ。
流れで誰かを殺すってのは、気に入らない。だからやらない」
「…………」
プロムは沈黙した。
「ら、ライ……いいの? だって、あいつ、ボクたちをまた襲ってくるかも……」
「そうだな」
「そしたら、また前みたいに、岩巨人のひとたちとか、関係ないひとが傷つくんだよ?」
「そうだな」
「それでも、ライは、あのバルメイスを……ええと……」
「リッサ」
俺は途中で口を挟んだ。
「あいつを消そうとすれば、いつだって消せるんだ。手放す宣言をしたタイミングであいつは消える。だったら、なぜいま消す必要がある?」
「そ、それはそうだけど……」
「特に恐いヤツでもないのに用心のために殺すなんてのは、小悪党のすることだ」
「…………」
「だから俺はやらない。それだけだよ。
ほら、銅貨一枚のためにひとを殺すのはいいが、無益な殺生はNGってのがクラックフィールド家の家訓だし」
「嫌な家訓だね……」
「俺もそう思う」
プロムはそのやりとりを見て、
「――ふふふ」
「?」
「なんでもないですよ。
うん、ならいいでしょう。剣はそのまま持ち続けて構いません」
「いけませんプロム様」
あ、スライデンが復活した。
「プロム様。あなたは自分の職責を全うされるべきだ。鬼籍から逃れようとする者を捕らえるのがあなたの役割でしょう」
「まあそうですけど。べつにいいじゃないですか。ちょっとくらいなら」
「なりません! バルメイスは滅びるべき存在だ、それが在界していることは矛盾を生み出してしまいます!」
「そして彼女にかかる負担がさらに増える――あなたの言いたいのはそれですか」
「……それは」
「けどもう決めたことです。それに彼女も、どうせおなじ結論に達したでしょう。規則破りと言うなら、この庭園自体もそういうものですしね」
スライデンは沈黙した。
……やりとりの内容はよくわからなかったが、話はまとまったのだろう。
「で、そろそろパワーアップの内容を教えて欲しいんだが」
「そうですねー。まあ、神格的にはあまり変わらないんですけどね。安定した意識的な力の行使と、あといくつかの儀式が行えるようになった感じでしょうか」
「……? なんだそれ」
「ですから、」
プロムは笑って、
「世界剣を抜いたわけですし? ライナーは晴れて神になったのですよ」
と。とんでもないことをさらりと言った。
「「はあ!?」」
「ああ、大巨人のほうかもしれませんね。まあそれはトマニオの聖典に記述されたものを確認しないとわかりませんけど」
「ちょちょちょっと待て。いまなんつった!?」
「動揺しないでください、ライナー。こんなちっちゃいことで動揺するなんて大悪党らしくないですよ?」
「ちっちゃくないです、プロム様」
「ほら、スライデンもこう言ってますし」
にこにこしながらプロム。意味がわからない。
「……ていうか、神ってそんな簡単になれるもんなのか?」
「いやあ、無理でしょう。ていうか普通、世界剣なんて抜けませんし」
「え、なんで?」
「あなただって最初抜けなかったじゃないですか。常人にとって世界剣を抜くというのは生理的に受け付けない行為なんですよ」
「……あんなもん、目ぇつぶって抜けば楽勝だぞ? なあ、リッサ」
「無理。ぜったい無理。ごめんライ」
あわてて手を振るリッサ。うんうんとうなずくスライデン。
まあ、そんなもんか。
あれを成し遂げるためには、世界全部を敵に回して「なにが悪い」と言い切れる胆力がなければいけないっぽいし。
実際にやった俺には、それがよくわかる。
そして俺は、幸か不幸か、そういうことができる人間だったのだ。
「まあ、戦力が手に入った以上、文句はないけどさ」
「そ、そうだよね」
「よし、目的達成だぞ、リッサ!」
「うん、やったねライっ」
なんだかむやみにハイテンションな感じで喜び合うふたり。
……で。そろそろ現実を見よう。
「帰り、どうするんだ?」
「……ええと」
またあの山道を下ると思うと、ぞっとする。
加えて、下界に降りたとしても、その後どこに行けばいいのかがわからない。岩巨人の集落に戻っても、アドバイスしてくれるひとはだれもいなさそうだし。
「……なにも考えてなかったのか?」
「ら、ライだってそうでしょ!?」
「…………」
「…………」
ふたりして沈黙する。
と、そこでプロムが、
「あら、じゃあ足を貸しましょうか?」
「マジか!?」「本当ですか!?」
「ええ。そのくらいならいくらでも。ただし……」
「?」
「どちらにしろ、今晩は泊まっていきなさいな? その身体で戦場に行っても敵と戦う前に倒れますよ」
「いいんですか?」
「無論です。久々の客人だもの、私も料理のしがいがあるというものだわ」
「な――ぷ、プロム様自ら料理なさるおつもりですか!?」
「む、なんですかスライデン。私の料理に含むところがあるとでも?」
「い、いえ滅相もない。ですがプロム様、あなたほどの高貴なお方が調理場に立たれるなどということはいけません。どうぞ妖精に任せて――」
「だめ。せっかくのお客様の料理ですもの。私が作らないで誰が作るというのです、スライデン?」
スライデンはちらり、と俺たちのほうを見て、
「……まあ、そこまで言うのであれば、これ以上止めはしませんが」
「なんだ。意外とすんなり認めたな」
「ふん。笑っていられるのもいまのうちだ。せいぜいつかの間の平穏を楽しんでおけ」
「あ、ちゃんとスライデンの分も用意してあげますから心配しないでくださいねー」
「絶対に駄目ですプロム様! このような無礼な客をもてなす必要などございません!」
……いきなり豹変したな、この男。
「ダメですよスライデン。亜神に二言はないんですからねー」
「うぐっ」
「ちょ、ちょっと待った。
――その、プロム。あんた、料理……ちゃんとできるんだろうな?」
「あははもちろんですよライナー。みなさん評価を聞けばひきつった顔でおいしかったと答えてくれますから」
「……それはダメなんじゃないのか?」
「私もそう思います」
思うなら作るなよ。
「あ、それじゃボクが作りましょうか?」
「え?」
「えー、でも……」
「高原小人族の料理は評判いいんですよ。それに、いろいろお世話になりっぱなしというのも悪いですし」
「……んー、いいでしょう。なんだか流れには納得できませんけど、評判のいい料理だというなら興味はありますし」
「はい。期待してくださいね」
にっこり笑って、リッサは言った。
深夜、プロムの家。
「あー……すげー食った」
想像していたレベルをはるかに超えて、リッサの飯はうまかった。
食材がよかったから、と、当人は言っていたが。
「ふふ、ちょっとがっつき過ぎちゃいましたね」
「まったくだな。――あれ、そういやリッサは?」
いつの間にか隣にいたプロムに、たずねる。
「後片付けだそうです。本来なら妖精に任せるところなのですけど、あの子は律儀ですね」
「そっか」
空は一面の星。
あたりには虫の声がひびき、風は涼やかで心地よい。
……なのに、どこか。
この場所は、寂しさにあふれている。
これは理想の近似。しょせんはまがいものだ。
それで、ふと。
「そういやさ、ちょっと聞きたかったんだけど」
「なんでしょう、ライナー」
「なんであんた、俺たちに協力してくれたんだ?」
そんなことが、気になった。
プロムは……笑っている。
「なんだよ?」
「いえ。――やはりライナーは面白いな、と思いまして」
「は?」
「逆に問いましょう。なぜあなたは、我々に本格的に参戦するように要求しないのですか?
本来、神話世界を守るのはおまえたちの役割だろう――とか。言わないのはどうしてでしょう?」
「あれ、神とか大巨人ってそういう役目だっけ?」
「まあ一応は。神話の危機となれば、かつて神と大巨人は結託して対処に当たったものです」
……あ、そうなんだ。
「ま、でも今回は乗り気じゃないんだろ?」
「はあ。気分の問題というわけでもないんですけど、そうですね。参戦する気はないです」
「だから気になるんだよ。どういう気まぐれで俺たちに肩入れしてくれたんだ?」
「あら、ライナーはわたしが、協力したと思っているんですか?」
「え?」
プロムはにっこり笑って、
「世界剣を抜けば力が手に入るから、抜いてみろ――なんて、そんなことを言うことが協力のうちには、入りませんよ」
「……まあな」
あれは、ちょっと特別な人格にしかできない、一種の荒行だ。
「私がライナーと会ったのは、バルメイスの件があったから。バルメイスが生まれたことによる世界のゆがみを消し去るつもりで会ったのです。
まあ、結果として拒絶されましたけどね」
「悪いね」
「悪くはないでしょう。それに、いまから考えれば、ライナーの考えの方が私よりずっと面白い。
ライナー、ひょっとしてと思うんですけどね――あなた、あのバルメイスを、助けるつもりなんですか?」
言われて、俺は頬を掻いた。
――どうも、こいつ相手に隠し事は、できそうもない。
「考えてないわけじゃあ、なかったよ」
「なぜ、そんなことを?」
「だってあいつ、生まれたばかりのガキだぞ? それがバルメイスなんて看板しょわされて、無茶やった挙げ句にその結果までしょいこんじまった。
ほっとけねえよ。ガキはガキらしく責任なんか放り出せって、誰かが言ってやらねえとダメだろ」
言って、笑う。
プロムは興味深そうにこちらを見つめていたが、ふっ、と少しだけ笑って、
「面白いひとですね、あなたは」
「そうか?」
「ええ。そんな程度の理由で命を賭けて戦うなんて、普通じゃないでしょう。
本当に面白い人だこと。あなたは誰から見ても善行をしているのに、その動機は善ではないのですね。
正直、その生き方には憧れますよ」
「そういうものかな?」
「ええ。しがらみに囚われることの多い者には、あなたみたいな生き方がまぶしく見えるんですよ。私も含めてね」
……むぅ。
「聞いてると、なんだか俺が未熟者だから、みんな守ってくれてるっていう風にも聞こえるんだが」
「あはは。それもあるかも」
ぺろっと舌を出して、プロム。
そして、彼女は俺に、ひとつの宝石を差し出してきた。
「?」
「贈り物です。たいした宝器ではないけれど、今後なにかの役に立つかもしれない」
「いいのか?」
「もちろん。ライナーには、これを受け取るに足る資格があります。私はそう判断したのですよ」
「わかった。受け取っとく」
宝石を手に取って、懐にしまう。
「ではもう休みなさい。明日、早いでしょう?」
「ああ」
「おやすみなさい」
言って。プロムは去っていった。
俺は、ぽりぽり頬を掻いた。
……結局最後まで、彼女には全部お見通しだった気がする。
だがまあ、それもまたよし。
(俺がやるべきことは、俺がやりたいことなんだ。――そこがブレてなければ、問題はない)
決戦は明日。
晴れ渡った空の下、月明かりが庭園を照らしている。
【お知らせ】
13日目はここまでです。
次の投稿については、数ヶ月お待ち下さい。たぶん7月下旬には再開できるかと思われます。
【2018年6月27日追記】
7月3日から再開します。




