十三日目(3):悪党、なんとか逃げる
夜が明けてきた。
「はー、はー……っ」
「大丈夫? ライ」
「わ、悪い……かなり、きっつい――」
「ん、ああ。わりぃ、気が回らなかった。けっこう急な山道だったしな」
『こっちもくたくただぜ……いい加減、ちょいと休まないか? それなりに距離も取れただろ』
「よし、そうしよう。どうやら、妖精どもを撒くことには成功したみたいだしな」
休憩のお許しを得て、俺はその場にへたり込んだ。
「うう……体力ねーな、俺」
「そうでもないよ。ボクは高原小人族だから山歩きには適性あるし、そこのふたりは魔人だもん」
「ああ、俺もそう思うぜ。
つーか、逆に弱音を吐かなすぎたから、へばってんのに気づくのが遅れた。あんま無理するなよ、小僧」
「無理……までは……してねーよ……うう」
みんなに合わせようとして動いていたら、気がついたら限界を超えていた。
ぷしゅーと音がして、ペイがマシンから降りてきた。
「実際、いまどうなんだ? まだ魔物どもと戦ってんのか、あいつら」
「どうかな。魔物を操ってる奴の腕次第だが……妖精どもは強いからな。
さすがにもう戦闘は終わってるかもしれないが、妖精たちも俺らを見失ったってことだ。そうなるとな」
「そうなると?」
「俺たちと、土着の獣の区別が、妖精にはつかない。
だからこの先、妖精とはち合わせしても、まずスルーだと思うぜ。侵入者と思われずに済んだってわけだ」
バグルルはにかっと笑って、言った。
予想以上――というか、予定外にスムーズに進むことができている。
「この調子なら……そのまま行けるかな? 目的地まで」
「いやぁ……それがな。そうはいかないんだわ、これが」
一転、うんざりしたように、バグルルが言った。
ペイが不思議そうに、
「? なんだよ。これまで通ってきたかぎりじゃこの山には魔獣もさして生息してないし、妖精が障害にならないなら問題はなにもないだろ?」
「バカたれ。まさか、妖精だけが山の障害だと思ってたのか、ペイ」
「あん?」
「いいか。いままでほとんど魔獣が出てきていないのは、妖精たちが致命的な魔物を掃討していたからだ。
だが魔物でない、ただの獣とか――あるいは、致命的だと思われない魔獣。それから、縄張りがメインコースから離れてる魔物なんてのは、妖精の管轄外だ。そうなると、ほら……」
ぐおおおおおおおおお……
タイムリーに、吠え声が響いた。
「ほれ、出てきた」
「げげ!?」
「で、でけえ……! なんだあのバケモンは!?」
「擬竜だな。竜と違ってオツムは悪いが、戦闘能力だけはいっちょ前にありやがる。
手を出さないで隠れるのが鉄板なんだが――道の真ん中で休んでたからなあ。思いっきり見つかっちまった」
「どうする!?」
「決まってるだろ、撃退するんだよ! ほれ、さっさと構えろ!」
「ちょっ、マシンの準備できてねえ! おまえらちょっと時間稼げ!」
「お、おうよ!」
俺は相手に向けて腕を差し出し、
「ライナー・クラックフィールドの名において――くらえ!」
ばしゅうううう! と光の剣が手から伸び、その剣から斬撃が敵に向かって放たれる。
それは擬竜の身体を直撃し――
ちょっぴり傷がついた。
「おい嘘だろおおおおおおおお!?」
「な、堅いだろ? だからやっかいなんだよ」
バグルルはぼやいて、それから怒ってこちらに突進してくる擬竜に大剣を向け、
「おぉりゃあああああああ!」
がぎゃっ、と、肉と剣がぶつかった音ではあり得ない音がして、両方とも吹っ飛んだ。
「バグルル!?」
「くそっ。さすがにこの足じゃ踏ん張りがきかねぇや。
ライ、頼む! 追撃だ!」
「わ、わかった!」
「ライ、前で回避専念して! 矢で援護する!」
「おう!」
リッサに言われるまま、前に走り出る。
相手は不愉快だと言いたげに、こちらに向けて顎を伸ばしてきて――
「当たるかー!」
左右にフットワークで回避。がちんがちん、と相手の口が空振りし、さらにそこに
「迅雷!」
リッサの矢が突き刺さる。たまらず後退した相手にさらに肉薄し、
「ライナー・クラックフィールドの名において――いやぁっ!」
放った斬撃が、今度こそ至近距離で炸裂。
「やったか!?」
「馬鹿、油断するな!」
「うお!?」
突進してきた相手の巨体をかろうじてかわす。
さすがにさっきよりは重傷だが、まだ相手の動きには鈍さが出てきていない。
「ありえねえええええ! なんだこの堅さ!」
「ライ、後退!」
「お、おう!」
『おーら復活だ! 行くぜええええええ!』
ばららららら、とペイの小銃が相手を乱打し、擬竜が悲鳴を上げた。
怒った擬竜は突進して来ようとするが、そこにバグルルが
「ふん!」
剣をたたきつけて動きを止め、さらにそこにペイの雷砲の嵐。
しばらく悲鳴を上げてのたうち回っていた擬竜だったが、やがて地面に倒れ、動かなくなった。
「ふぅ……なんとかなったなぁ。あぶねえあぶねえ」
「な、なあ……バグルル」
「あん? なんだよ」
「このレベルの魔獣がごろごろいるのか? この山」
「魔獣じゃねえ。ただの獣な」
「どっちでも同じだろ」
「いちおうこれでも、妖精の通り道であるこのあたりはまだマシなんだぜ?
20年前には神殿のチームが半壊したほどだ。当然、これくらいはあって当たり前だろ」
『信じらんねー魔境だな……』
「あの……この山道、あとどのくらいですか?」
「ああ、半分は超したってところかな。けっこう長いぜ」
「決めた。休まないでさっさと行こう」
「あんまり無理し過ぎると死ぬぜ?」
「悠長に休んでたほうが死ぬだろ……」
「そこまで危機的でもないと思うけどな。きちんと体力が残ってりゃ倒せない相手じゃねえ」
「いや、そりゃそうだけどさ。二体とか出てきたらどうしようもないぞ」
「わはは。心配すんな。あのクラスの獣はふつう群れねえから。問題なのはむしろ――」
おぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーん……
…………
「なあ……いまの遠吠えって」
「休息は中止! 逃げるぞ全員!」
バグルルが、緊迫した口調で言った。
『な、なにがあったってんだ!?』
「狐だよ狐! ああもう、あいつだけはヤベェんだ! この戦力でぶつかったらどんなコンディションだろうと全滅確定だ!?」
「な――え、ひょっとして百面狐ですか!?」
「なんだよ、それ?」
「街ひとつ食らい尽くしたって怪物! 竜なんてくらべものにならないくらいタチ悪いんだから!」
「話してる暇はねぇ! 知ってるなら嬢ちゃんだってわかるだろ!?」
『さっさと行くぞ!』
こうして。
ろくな休息も取れないままの、山中強行軍が再開された。
その後も、何度も生命の危機を乗り越えて。
「な、なんとか……生きてるな」
「――――」
「よしよし、ここまで全員生きてるな。順調だ。……が、だいぶ刃こぼれしてきたな、俺の大剣」
『おい、戦闘機動多すぎだ。これ以上何度も戦ってると魔力がもたねぇ』
「知ってる。だが我慢しろ。ここが男の見せ所だぜ、ペイ」
『へん、わかってるよ。ここで活躍すりゃ、俺も少しは未熟者の汚名を返上できるかもだしな』
バグルルとペイは軽口をたたき合っている。
一方、
「――――」
「リッサ、大丈夫か?」
「……いちおう。でも、さすがに厳しくなってきた」
かなり疲れた顔のリッサは、それでも無理して笑った。
よかった。笑う余裕があれば、まだ大丈夫。
いまはまわりに妖精たちがいる。どういう状況かはわからないが、あわててこちらを見向きもせずに下へと駆けていく者多数。
「……もしかして、下の戦い、まだ続いてんのか?」
『だとすれば間一髪だったな。こんな大量の妖精が動員されるほどの魔物の群れ、まともにかち合ってたらどうなったことか』
「そうだな。いまのうちに急ごう。ないとは思うが、妖精どもが突破されて下から魔物が追ってきたら目も当てられん」
バグルルはそう言って足を運び、
――ばしゅっ!
「!?」
その足を、光の槍が貫いていた。
バランスを崩して倒れそうになるのを、バグルルは剣を杖にしてこらえる。
――よかった、貫かれたのは幻像の足だ。本体はダメージを負っていない。
「なんだぁ!?」
「さんかく~☆」
「ち!?」
どどどどどどっ!
ペイの砲が火を吹き、妖精はあわてて逃げていく。
『へ! ざまぁ見れ!』
「勝ち誇ってんな! 次が来るぞ!」
『なにぃ!?』
いつのまにか、いままで下に向けて流れていた妖精たちがみんなそろってこちらを目指して来る。
『なんだ、なにがあった!?』
「わかんねー。魔物を倒し終えたのかもしれんし、奴らの防衛ラインを踏み越えちまったのかも」
「どうします!? こうなったら戦うしか――」
リッサが言ったが、バグルルは静かに首を振った。
「ここからは別行動だ」
「は?」
「俺とペイでこの場を守る。おまえたちは先に行け」
「……おい、おっさん。それ死ぬんじゃね?」
「いんや、死なねえ」
バグルルはにやりと笑った。
「なぜならおまえらがいなくなった後、俺たちも別方向に逃げるからな! おとり作戦って奴よ!」
「で、でも……この戦力ですよ!?」
あたりに急速に集まってくる妖精を見て、リッサが叫ぶ。
が、俺はうなずいて、
「わかった。リッサ、行くぞ!」
「ちょっと、ライ!?」
『おうライ、せっかく俺たち邪魔者がいなくなるんだ。戦果を期待してるぜ!』
「なんの話だボケ!」
「がはは、そりゃいいや――おい、限界だ! 行け!」
「よしリッサ、行くぞ!」
「わ、ちょ、ひ、引っ張らないで――!」
リッサの手を取って、駆け出す。
「頼むぞテメエら! ちょっとでいいから敵を足止めしてくれ!」
「おう、任せとけっ!」
『ち、しゃーねぇ。こうなったら弾丸惜しんでる暇はねーな。派手に行くぜぇ!』
振り向かずに、全力で疾走する。
……大丈夫。大丈夫なはずだ。
そう、自分に言い聞かせて。
しばらく歩いたところで、リッサが不意になにかにつまずいて倒れた。
「っ……」
「立てるか?」
「ごめん。ちょっと……力、抜けちゃった。
ちょっとだけ。ちょっと待って。――ちょっと、頭の中がごちゃごちゃしてて」
「わかった。休もう」
近くの岩陰に背をもたれて、休む。
どっと、疲れが押し寄せてくる。
(さっきから休もうとすると非常事態が起こってばっかだったから、ろくに体力が残ってないな……)
このタイミングでなにかが襲ってきたりしたら、さすがにダメだろう。
が、そうならないと、俺は確信していた。
「バグルルさんとペイさん、無事かな……」
リッサがぽつり、とつぶやいた。
「大丈夫だ。断言するけど、あいつらは死なない」
「なんで?」
「いや。あいつらが死ぬ展開なら、サリが予知してるだろって思ってな」
「あ……!」
リッサの顔が明るくなる。
「そっか。サリさんが悪いことを予知してない。ってことは……」
「よっぽどの下手を俺たちが打たない限り、ちゃんと生き残れる運命は残ってるってこった。
だから心配しなくていい」
「また……会えるよね?」
「当たり前だろ」
にやりと俺は笑った。
リッサは、ふにゃ、と力が抜けた様子で、
「怖かったあ……ライ、よくそこまで頭回るね。ぜんぜん気づかなかった」
「まあ、過信は禁物だけどな。あいつにも読めないことはあるだろうし」
「前にセンエイさんが言ってたけど、あの予知って、ただの魔術とか、ライが運命律の流れを見るような技術とも性質が違うんでしょ? なんか、計算も含めた総合的な予測能力だって言ってたけど」
「ああ。だから計算外の行動をすれば、俺たちが死ぬこともあるかもしれない」
「あるいは計算外の要素があれば、だね。
いろいろありそうだもんねえ。コゴネルさんがフリーナスタル家のひとだなんて、思いもしなかったし」
「おまえ、あの単語の意味、知ってるの?」
「法皇も輩出してる名家だよ、フリーナスタルって。
ただ、現当主は病床に伏せってて、後継者と目される人が行方不明だって聞いたけど。たぶんそれがコゴネルさんだったんじゃないかな」
あー、なるほど。
「そっか。暗殺とかの危険があったから、バグルルと親子ってことにして身分を偽装してたのか」
「そういうことじゃないかなあ。たぶんね」
魔人にもいろいろあるんだなあ、と、しみじみ思う。
「ま、ともかく」
リッサは少しよくなった顔色で、立ち上がりながら言った。
「サリさんの予想外になるようなヘマはしないようにしないとね。
ボクたちもちゃんと、生きて頂上にたどり着かないと。それがボクたちの役目なんだから」
「もちろんだ。ここで死んじまったら、大悪党として世に名を残せないしな」
「そうだね。ここで死んじゃったら、ライを悪党の道から更正させられないし」
「おまえまだそんなこと言ってんのか」
「ライこそさっさと諦めればいいのに」
ふたりしてむー、とにらめっこして、それから笑う。
……まあ、ともあれ。
どうなるにせよ、まずは生き残って役目を果たしてから。すべてはそこからだ。
【余談】
何度も言っているように、この作品は元はゲームの予定だったのですが。
百面狐は、ここでしか戦えない、ラスボスより強い隠しボス、の予定でした。
なのでラスボスより強いです。ラスボスがなにかはともかく。




