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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
十二日目~十三日目:悪党、隠れ家へ赴く
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十三日目(1):悪党、出発する

 翌朝、未明。

「うわ、なんだこのでかいの!」

『私です、ナーガですよぉぉ……』

「いやまあ、知ってるけど」

 一応礼儀として、驚かなきゃいけないと思って。

 改めて俺は、その巨体を見上げ直した。

 竜体――というらしいのだが、ともかく変化したナーガの姿はとてつもなかった。

 まさに竜の中の竜。孤竜だってこんなにでかくはなかったぞ。

 俺の横では、コゴネルとジロロが一緒になってナーガを見上げている。

「たしかにでけぇな。マジで100人乗れるんじゃねーか?」

「たぶん大丈夫ですよ。なんなら試しますか?」

「いや、無理だって。さすがに100人包める調風結界は張れないし、俺」

 そう。それが問題だ。

 竜の飛ぶ速度は速すぎて、魔術的な加護がなければ人間は振り落とされてしまう。

 だから、コゴネルに結界を張ってもらう必要があるのだった……のだ、が。

「何往復するんだ? ていうか、時間は大丈夫なのか?」

「大丈夫だろ。最悪数日かかったとしても問題ない。今日明日中に臨戦態勢まで持っていく必要があるわけでもなし」

「まあ、そりゃあそうだ」

 魔王の聖地への到達時期については、もう一週間くらいは猶予があるという話だった。たしかに、時間は十分にある。

 ジロロが自信満々で手を挙げて、

「そーゆーわけなんで、ちゃちゃっと乗ってちゃちゃっと行きましょう!」

「ちゃちゃっと、はいいけどよ。この人数、実は重かったりしないか? ナーガ」

『んー、この身体なら大丈夫だと思いますけどー。やったことないから実はぶっつけです。あははは』

「……笑うなよ。墜落したらシャレにならんぞ」

『まあ、飛べそうもなかったらそう言いますんで、まずは乗っちゃってくださいー』

「マジでぶっつけ本番なのな、実際……」

「あはは。まあ、この際はしょうがないですよね」

「そうそう。しょうがないよねっ」

「しょうがないですっ」

「試練の時です」

「さんかく~☆」

 なぜか盛り上がるみんな。

 まあ、これだけエキサイティングな体験はなかなかないだろうから、気持ちはわかるが……しかし、それにしても。

 さりげなく魔人たち(と、グリート)に混ざっていたキスイに顔を向け、

「そういや、今日は白キスイなのか?」

「あ、あはは……その言い方はどうなんでしょう。

 まあ、多分わたしが寝れば彼女が出てくると思いますよ。スタンバイ状態だって言ってました」

「会話、できるのか? おまえら」

「入れ替わって筆談したんです」

「あー、そういうこと」

 ……っていうか、読み書きできたんだ。白キスイどころか、黒キスイまで。

 かつて街にいたとき、俺のまわりでそのハードルをきちんと超えられるのは医者のハミルトンさんと、マリアくらいだったんだけどな。

 この年の子供にそんな高度なことをやられると、ちょっとショックというか。

 ふと、じーっとマイマイを見る。

「……? どうしたの、ライ兄ちゃん」

「そういやおまえ、読み書きってできるんだっけか」

「やだなあライ兄ちゃん、そんなの人としてあったりまえじゃない」

「……あ、そう」

 そうかー、俺ヒトじゃなかったんだー。というか、いつからちびっこ達はこんなに進化したのでしょうね。

 まあ、悪党らしくてかっこいいサインとか書くための教養として、ちょっとくらい勉強してもいい……かな?

「なあ、サリ」

「なに」

「今度、読み書き教えてくれよ。読み書き」

「わたしも出来ないから、無理」

「……そういや、そうだった」

 即、挫折。

 ぱん、とコゴネルが手を叩いた。

「無駄話はこのあたりにして、そろそろ出るぞ」

「おう。がんばって来いよ!」

「あいよー。おまえも無事でな」

 そんなこんなで。

 みんなは、旅立っていった。



「さて、それで今度はこっちの話だが」

 みんなを乗せたナーガが飛び立つのを見送ってから、俺は居残り組のほうに振り向いた。

 リッサとバグルル。ペイは集落で、例の機械の組み立てと動作確認を行っている。

 これ以外の別働隊としては、センエイが既に昨日の夜から別行動している。なにか切り札的なものに心当たりがあるそうだ。

「確認しとこう。俺たちはどこに行くんだったっけか?」

 問うと、バグルルが答えた。

「おう。目的地は桃源領域(ザナドゥ・エリア)っつー名前がついたとこでな。

 20年くらい前に神殿の調査団が入ってな。多くの犠牲を出しながらも、かろうじて探索し切った魔境なんだが」

「たしか、さっき聞いた話じゃ生きた神がいる、ってことだったが」

「神か大巨人かはわからんけどな。20年前は門前払いだったからよ。

 ま、道案内は任せとけ。まだボケは始まってねえからな。20年前とはいえ、道順くらいは覚えてるさ」

 がははと笑って、バグルルは言った。

「すぐに移動を開始するんだろ?」

「ああ。ペイの作業が終わり次第、移動を始めようぜ。

 そこそこ遠くにあるからな。気合い入れて行くぞ!」



 出発。

 まだ日は昇りきって間もない。本来なら、昼は俺の神力が目立って敵に察知されやすいから、移動には適していないという話だったのだが、

「さすがに今夜からとなると遅すぎる。ある程度はリスク覚悟で動いて、安全な場所で夜を待とう」

 という、バグルルの考えに従うことになった。

 本物の神であれば、この神力も目立たないように調節できるらしいのだが、いまの俺には無理。

 となると、敵も動きを察知して、道中で仕掛けてくる可能性が高い。油断できない旅だ。

 バグルルは地図を片手に、

「まずは森を抜けて、前にも行った無地の燎原(ロスト・ヴァルハラ)まで行く。そこから脇に迂回して、山を登っていくんだ」

「ああ。そりゃわかった。……けどさ」

「ん、なんだ坊主。バテたか?」

「さすがにこの距離じゃバテねえよ。

 そうじゃなくて、あれ、なんだ?」

 俺はそこかしこに落ちている氷の塊を指さして、言う。

 めちゃくちゃな量だ。正直、歩きにくくて仕方がない。

 俺の言葉にバグルルは眉をひそめて、

「なんだよ。もう忘れたのか?」

「忘れたって?」

「おまえがサリを助けた翌日だよ。白雪(スノウ・ホワイト)が来ただろうが」

「……えーと、ああ、あの」

 言われて俺は、ようやくあの、フレイアとの戦いの顛末を思い出した。

 正直、あまりにショッキングだったので逆に忘れていた、というのが正直なところ。

 ――ショッキングなんてもんじゃない。あれは、人間が出会っていいものじゃなかった。

 強いとか弱いとか、そういう次元ではもはやなく。

 強いて言うなら――死。

 死という概念が、人の形をしていたとしたら、あんな形だろう。

「あれ、なんだったんだ?」

「ん、そっか。知らないんだな、おまえは。

 白雪(スノウ・ホワイト)。本名はルチア・ガスティート=シンボルスタック・スタインバレー。いまはもう滅びて存在しない氷小人族の唯一の生き残りで、神々の戦争で大巨人が対神用に作った、最強の決戦兵器だって話だ」

「対神用……って」

「おまえだってさすがに知ってるだろ? 大巨人と神が戦争していたってのは」

「そりゃ知ってるけどさ。じゃあ、最強クラスの神でも太刀打ちできないのか、あれ?」

 俺やバルメイスみたいに中途半端なのならともかく、神話の時代の主神レベルでも太刀打ちできない兵器というのは、さすがにびっくりである。

 バグルルは肩をすくめて、

「俺だって詳しいことは知らねぇよ。この種の話はハルカやセンエイ、そしてなによりシンの領分だ。

 でも、神や大巨人の防御法――イェルムンガルド外殻には、魔術に対して効きが浅いっつー弱点があるからな。そのへんはおまえも、もうだいぶわかってきてんだろ?」

「まあねー」

 ここんとこいろいろありすぎて、その種の話には慣れっこになってしまった。

 イェルムンガルド外殻。神格の持つ『幸運になる』力を防御に転用し、バリアの形で展開する能力。

 だが、それは魔術には効きが薄いと聞いた。

「ま、それがあるから魔術師ってのは神殿から嫌われてるんだがな。

 んで、ここにある氷、これは魔術的なもの――というか、もっと言うと幻術(・・)だ。マイマイとか俺が使うアレだな」

「え?」

 さすがにそれは想定外だったので、驚く。

 物理的にカチコチで、ひんやり冷気まで発しているように見えるこの氷が、幻術……?

「そりゃあそうさ。でなきゃ、もうあれから日にちが経ったのに、溶けるどころか目減りすらしてないのは不自然すぎるだろ」

「まあそれはそうなんだけど、でも幻術ってもっと脆いもんなんじゃ……それに、たたきつけられた地面がえぐれてるぞ?」

「存在強度が強すぎて、心持つ『人間』だけじゃなく、心を持たない『物質』までだませてるんだよ。だからだまされた地面は衝撃で自分から弾けた(・・・・・・・)んだ。

 これを人間が食らえば、まったく同じ理屈で五体が四散して死ぬ」

「うわあ……」

「一方で幻術だからな。俺みたいな幻影使い(イリュージョニスト)がちょいと加工すれば――ほれ」

 言ってバグルルが適当な氷に手をかざすと、ばきんと音がして氷が消滅した。

「おー、ほんとだ。すげえ」

「ま、そんなわけで、対幻影戦の専門家だったらこの程度の技じゃ死なないってことだな。

 だけど実はこれ、ただの前哨戦らしくってな。白雪(スノウ・ホワイト)の本来の力は、これを打ち破った者だけに見ることが許されるらしいぜ」

「うええ、深淵だなあ」

「伊達に最強って呼ばれちゃいねえってことだよ。

 実際のところ、俺が聖職者から魔人に転職して最初に叩き込まれたのは、あの種の『喧嘩を売ってはいけない』生物についての知識だ。人間の身では挑んじゃいけない連中がいる、ってな」

「そういや、コゴネルも聖職者だったのか? フリーナスタル、とか言ってたけど」

「あー、それについちゃ、当人から聞いてくれや。あの名前出されたら俺にはなんも言えねえんだ」

「あ、そう」

 いろいろあるんだなあ。こいつら。

 と、そこでペイが口をはさんだ。

『おしゃべりはいいけどよー、バグルル、なんか歩き方おかしくないか?』

「え?」

「ああ、数日前から折れててよ。ちょっとな」

「ええ?!」

 びっくりしてバグルルの顔を見る。ぜんぜん気づかなかった。

「ほれ。無地の燎原(ロスト・ヴァルハラ)で罠にかかったとき、撤退戦でちょいといろいろあってな。

 ま、骨自体は固定してるし、幻術でごまかしてるから大丈夫だ。魔力切れしない限りは歩けるさ」

「でも、痛いでしょう? それじゃあ」

 リッサが言う。

「痛くねぇ痛くねぇ。幻術使ってればその辺はどうとでもごまかせるってことよ」

「…………」

「…………♪」

「てい」

 げしっ。

「あ痛っ!?」

「やっぱり! 痛いんじゃないですか!」

「いや……リッサ。それはさすがにどーかと思うぞ」

 バグルル、座り込んで涙ぐんでるんだけど。

「もー、しょうがないですね。いままで我慢してたんですか?」

「……(こくこく)」

「わかりました。足、出してください」

『いや、なにする気だよ嬢ちゃん。さすがに骨折を直す秘儀(ミラクル)ってのは――』

「いいから!」

「お、おう」

 有無を言わさぬ迫力にたじろぎながら、バグルルが足を差し出す。

 リッサはその足に向けて手をかざし、ぶつぶつと詠唱を始めた。

 ――と。

「……あれ」

「終わりです。……一日くらいは保つと思いますけど、痛くなったらまた言ってください。かけ直しますから」

 不思議そうな顔をしたバグルルに言うリッサ。

「痛くない。……なんだ、なんの秘儀(ミラクル)だ? こんなの俺は知らねえぞ?」

麻痺(パラライズ)です。元は相手を攻撃するための秘儀(ミラクル)ですけど、こういう使い方もできるんですよ?」

「へえ。そっか、たしかに感覚がなくなるもんな。

 これ、いまじゃ定番の使い方なのか?」

「いえ、ボクのオリジナルです。そもそも、定番の治療法にするには使い手が少なすぎますし」

「だろうな。大秘儀(メジャー・ミラクル)ってわけじゃねえが、上級の秘儀(ミラクル)だ。

 治すわけじゃねえから消耗も激しくない。いい応用力してるな、嬢ちゃん」

「それはいいんですけど、歩けます? せっかく痛くなくなっても、歩けなくなってたら解くしかないですけど」

「その辺は大丈夫だ。もともといままでだって、足使わずに魔術で移動してたからな。どうとでもなる」

 言いながら、バグルルはひょいひょいといままで通り歩き始める。

 たしかに、麻痺している動きには見えなかった。

「うおお、ぜんぜん痛くねえ。すげー」

『よし、ならさっさと行こうぜ。せっかく白雪(スノウ・ホワイト)が暴れ回った影響で周囲の魔物が逃げ散ってるんだ。今日中に、できる限り遠くに行っておきたい』

 言葉に、全員がうなずいた。

【秘儀紹介】

『麻痺』(パラライズ)

使用者:リクサンデラ・メザロバーシーズ=キルキル・ポエニデッタ

系統:秘儀 難易度:C+

文字通り、相手を麻痺させて行動の自由を奪う秘儀。

今回のリッサの使い方は、それを『麻酔』に応用したもの。リッサが独自に編み出した方法だが、実を言うと他にも似たような使い手はいる。

といっても、大秘儀になるぎりぎり手前くらいの難易度の秘儀であるため、使い手自体は多くない。

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