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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
二日目:悪党、宝探しをする
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二日目(3):悪党、敗北する

 隊の中央へともどる途中に、見覚えのあるやつがこっちに走ってきた。

「いやあ、まいったまいった」

 男はそう言って汗をぬぐうと、ふとこちらを見て、にかっとさわやかに笑った。

「おお、これはどうも、一日ぶりですなあ!」

「……ああ」

 たしか、あの暴力女の周りにいた男だった。

 名前は……

「えっと……スタージン、とか言ったっけ?」

 男はきょとんとした顔でこちらを見た。

「おや、手前の名をご存じで?」

「いや、知らないけど。誰かがそう呼んでいたみたいだったから」

 いいかげんに言ったつもりだったが、当たりだったらしい。

「それはいいとして、どうかしたのか? なんか、逃げてきたみたいな様子だったけど」

 たずねると、相手はぽりぽりと鼻の頭をかきながら、

「いやあ、お恥ずかしい。実はケンカに巻き込まれそうになりまして、あわてて逃れてきたのですよ」

「ケンカ? だれとだれの?」

「手前の連れです」

 言われ、俺はこいつの連れたちの顔を思い浮かべた。

「単純暴力女と陰険策略男の戦争か?」

「神官と神官補のケンカには絶対に思えない言い回しですな」

「……まあ、そうだな」

 というか、あのケチくさそうな小男が神官補だったということ自体、初耳なのだが。

「ま、人を外見で判断するのはよくない、と、よく言うからな……」

「役職で判断するのもよくない、とも言いますよね」

「微妙にきわどいこと言ってないか、あんた?」

「はて、なんのことでしょう?」

 とぼけて、大男。

 ……まあ、深くは突っ込まないことにしておく。

「しかし、なんでいまどきケンカなんかしてるんだ、あいつら?」

「いやあ、それが……どうも昨夜の件に関係しているようでして」

「昨夜?」

 つまりは、例の夜走り大襲来のことだろう。

「ええ。まあ、手前はぐっすり熟睡していたので、なにがあったのかは知らないのですが」

「……マジですか」

 あの騒ぎで起きないなら、真横でゾウがタップダンスを踊っても熟睡していられるだろう。

「それで、どうもポエニデッタ神官が魔物と一騒動を起こしてしまったみたいでして。

 パリーメイジ神官補は、彼女が戒律を守らなかったとお怒りなのですよ」

「戒律?」

「神殿が定めた、聖職者のための規則のことをそう言うんですよ」

「いや、それは知ってるけど、なんで襲ってきた魔物を返り討ちにするのが戒律違反なんだ?」

「魔物は『神話の欠落』ですから、関わると神話の運命律を乱されてしまうのです。

 ですから、神話を重んじる神殿は彼らと関わることを一切禁じているのですよ」

「それも知ってる。けど、あれは――」

(俺を助けてくれるためだったんじゃないのか?)

 出かかった言葉を、なぜか俺は飲み込んでしまった。

 大男は、残念そうに首を振った。

「動機は問題ではないのですよ。『ともかく魔物と関わっちゃダメ』というのが規則ですから」

「なんか、おかしくないか? 襲いかかられたら、黙って殺されろって言うのかよ?」

「だれかべつの人に護衛として守ってもらうのが定番ですね。自分は死なないで済みますし」

 さらりと大男は言って、それから苦笑した。

「そんなに怖い顔でにらまないでくださいよ。手前が定めたルールではないのですから」

「……そうだな」

 たしかに、ここでこいつに文句を言うのは筋違いだ。

「あの女、ええと、ポレネダッタだっけ?」

「ポエニデッタ神官です。フルネームはリクサンデラ・メザロバーシーズ=キルキル・ポエニデッタ」

「あーそれはどうでもいいや。どうせ覚えられないし。

 で、あいつ、いまどこにいるんだ?」

「あっちの森のほうです。もっとも、あんまり刺激しないほうがいいと思いますけどね」

 それには答えることはせず、俺はそっちのほうに向かって歩き出し、

「リッサ、と呼んであげてください」

 大男の言葉に、足を止める。

「なにが?」

「ポエニデッタ神官の愛称です。だいたい、同年代くらいのひとからはそう呼ばれていたご様子でした。

 異動で同い年くらいの友達がいなくなって、寂しそうでしたから。できればそう呼んで差し上げてほしいのですよ」

「考えとく」

 言って、俺はまた歩き出した。彼女の下へ。



 相手は、すぐに見つかった。

「お、もうケンカは終わったのか」

 うずくまっているリッサに笑いかける。

 彼女は、こっちの言葉に反応することなく、ひたすらうずくまってじっとしていた。

「おーい、無視はひどいじゃないかよー」

 ひょい、と顔をのぞきこもうとする。相手は、さらに深くうずくまった。

「バカー、アホー、暴力はんたーい」

 目の前で手をひらひらさせてみる。無反応。

(む、むう、手ごわい……)

 こうなったら、奥の手しかない。

 むに。

 俺は相手の口に人差し指を突っ込んで、ぐにーと左右に押し広げた。

 これぞ、秘奥義、口裂けの恐怖!

 かけられた相手が無視することは絶対にできない、究極の必殺技だ。

「…………」

 こめかみがひくひくと震えているが、やはり無視。

(こ、このやろっ……)

 ぐにぐにぐにぐに。

 口に突っ込んだ人差し指を、さらに上下に動かしてみる。

 さらに、中指を鼻にひっかけて、ぐいーっ、と引っ張る。

 なかなか、いい感じにゆがんだ顔面表皮ができあがった。

 というか、

「うっわ、すげー馬鹿面……」

 ごきゅっ!

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あんたねぇ、人がへこんでるときにそれがやること!?」

 顔面にクリーンヒットしたこぶしを目の前に掲げて、彼女は吠えた。

「な、なにすんだ!? 俺はただ正直に感想を口にしただけで――」

「まだいうかこのっ!?」

 げしげしとヤクザキックで追い討ちをかける。

「あうっ、あうっ」

「いっぺん死ねっ! このやろっ!」

「ちょ、ちょっと、待て、落ち着けっての、リッサ!」

 ぴた。

 言葉に、連打がやんだ。

「……あれ? どうした?」

「なんであんた、その呼び方を知ってるの?」

「あのおまえの連れのデカイ方が、おまえのことをそう呼べって」

「スタージン神官が……?」

 困惑したような表情で、リッサ。

 ていうか、

「あいつも神官なのか……?」

「え? うん、そうだけど」

 ショック。

(ぜったい下っ端だと思ってたのに……)

 人は見かけによらないと言うのなら、小男よりもよっぽど見かけによらない。

「……神官って、そんなにうじゃうじゃいるもんだったっけ?」

「そ、そういうわけでもないと思うけど……」

「だよな。だいたい、おっさん達はともかく、なんでおまえが神官なんだよ?」

 ふつう神官って言ったら、ひげもじゃのじいさんが定番だろうに。

 そう言うと、リッサは急にしゅんとなったようにうつむいた。

「どうかしたのか?」

「やっぱり、ボクって神官に見えないかなあ……?」

 妙に元気のない言い方だった。

「なんだよ、そりゃ? まあたしかに、神官はひとをそう簡単に殴ったり蹴ったりはしないだろうけどな」

「あ、あれはあんたが――って、けど、たぶんそれが問題なんだよね。はぁ……」

 またまた元気なくつぶやく。

 こっちとしても、もう少し元気なリアクションを期待していたのだが。

「おい、ほんとにどうかしたのかよ? なんかおかしいぞ、おまえ」

「うん。まあ、愚痴なんだけどさ」

 断ってから、彼女は話しはじめた。

「わたしは、このあたりの生まれじゃないんだ」

「まあ、それは名前でなんとなくわかるが」

「うん。ほんとは、もっと東のほうの出身でさ。

 それで、こっちの神殿に弓矢の腕を買われて、神官としてスカウトされてきたんだ」

 言われて俺は、そういう制度が神殿にあるという伝え聞きを思い出した。

 秘儀(ミラクル)、という技術がある。

 神の奇跡を人間がまねて作り出した、まじないみたいな技術のことだ。たとえば昨日こいつが撃ってた雷撃とかも、その一つ。

 弱い秘儀(ミラクル)は、神殿がその方法を喜捨と引き替えに教えてくれる。神殿の重要な収入源だ。

 しかし一部の極めて高度な秘儀(ミラクル)、いわゆる大秘儀(メジャー・ミラクル)は、神官とかでないと伝授してもらえない。

 で、ここで困ったことが発生する。

 たとえば剣舞を演じることで発動する大秘儀(メジャー・ミラクル)などは、ふつうの神官では扱えない。剣の使い方なんて神官は知らないからだ。

 そういった、スキルを前提とした大秘儀(メジャー・ミラクル)は、放っておけば途絶えてしまう。

 神殿にとって、神の技術を廃れさせるのはまずい。なんとかして大秘儀(メジャー・ミラクル)の知識を保持していかなければならない。

 そこで、神殿の外部から優秀な技術者を抜擢して神官とし、これに件の大秘儀(メジャー・ミラクル)を伝授することがときどきある、という話を聞いたことがあった。

 リッサも、そのような優秀な技術者のひとりということなのだろう。

 つまり、まとめると、

「ひょっとして、おまえ、すげー重要人物……?」

 口より先に手が出る暴力娘は、実はバリバリのエリート神官だった。

(い、いままでで一番、衝撃の事実……)

 が、リッサは自嘲するように笑った。

「ぜんぜんダメだよ、わたしは。

 なにせ、こっちの戒律とかも知らないし、神官としての覚悟も足りないってよく言われるし」

「え、戒律って、地方によって変わるものなのか?」

「基本はおなじだけど、解釈がちがうんだよ。魔物と戦っちゃいけないなんてのも、1年前は知らなかったし。

 それで、禁を何度も破っちゃってさ。神殿長に嫌われて、地方送り」

 そう言って、彼女はあははと笑った。

「……いや、笑い事じゃないよね。わたしはともかく、あのふたりには完全なとばっちりだったし。

 それでまた禁を破ったら、そりゃ怒るよね。彼らだってさ」

 リッサはそう言って、吐息。

「はぁ……わたし、なにやってるんだろ。

 いっそ、なにもしなければこんなに怒られなくても済んだのになあ」

「死んでたけどな」

「え?」

 リッサが、こっちを向いた。

「そしたら、俺は死んでたけどな、って言ったんだよ」

「……いや、その、」

「実はさ」

 言いながら、俺は立ち上がった。

「『助けてくれて、ありがとう』って言おうと思って、来たんだが。

 けど、おまえがそういう気持ちなら、べつに言う必要はねーや。またな」

「あっ……」

 リッサが口を開きかける。

「どうした?」

「えと、その……」

 なんだかもごもごしながら、とまどっている。

「待ってやるから、頭のなかを整理してから言え」

「あ、えっと……。

 ごめんなさい」

「俺を殴ったことなら気にするな。痛かったけどな」

「いや、そっちを謝る気はさらさらないんだけど」

「バカたれっ! すっげー痛かったんだぞあれは!?」

「当然。だって、痛いように殴ったし」

「うううううううーっ」

 ぽかりっ。

「イタタッ。な、なにするのよっ」

「さっきのお返しだっ!」

「倍返しっ!」

 ごきゅっ!

「……きゅーっ」

 ばたん。

 かなり効いた。

「お、いいところにヒット。ラッキー☆」

「喜ぶなっ」

 ぶんっ。

 すかっ。

「ぐ……残像か!?」

「いや、単なる空振りだけど」

「なに!? では幻術か。やるなリッサ」

「ただの脳しんとうじゃない?」

 正解。

「くそぉ……今日のところはこの辺で許してやるっ」

 捨て台詞を吐いて去ろうとするが、足がうまく動かない。

 ばったり。

「ち、ちくしょう……この、世紀の大悪党にもヤキが回ったか……」

「なにわけわかんないことをぶつぶつ言ってるの?」

「く――だが、悪党の誇りにかけて、こんな単細胞暴力娘ごときにやられるわけにはいかん!」

「とどめ刺していい?」

「俺が悪かったですごめんなさい」

 うすっぺらい誇りは、生命の危機の前にもろくも崩れ去った。

「ほら、いいかげん立ちなさいよ」

 そう言って、彼女は手を差し出してきた。

 俺はその手をつかみ、

「ていっ!」

 思いっきり体重をかけて引っ張り倒す!

「おっと」

 ぐいっ。

 あっさり引っ張り起こされた。

「……なにげにすげー力持ちか、おまえ?」

「弓使いだからね。引く力には自信あるよ」

 完全敗北。

「あはは……」

 彼女は楽しそうに笑い、それからこっちを振り向いた。

「ありがとね、ライ」

「あ?」

「気をつかってくれたんでしょ? おかげで、なんか吹っ切れたよ」

「ああ……」

 べつに、そこまで深く考えて行動していたわけじゃないが、まあ、あえて水を差すこともない。

 ついでに、気になることを指摘しておくことにする。

「それとな、リッサ」

「ん?」

「遠慮せずに『ボク』って言っていいんだぞ」

 はっとして、リッサは自分の口元を押さえた。

「『ボク』って、言った?」

「そもそも、最初に会ったときにそう言ってた」

「あ、あれは動揺してたから……」

 あわてふためいて弁明する。

「そもそも、なんで一人称をふたつも使うんだよ」

「い、いやその、『ボク』は神官の一人称としてふさわしくない、って言われたから……」

「それで動揺したら地がでるってか? わかってねぇな」

 俺は、はぁ、と、ため息をついた。

「な、なにが?」

「外面を作ってることがバレバレじゃねえか。いや、そりゃ誰だって外面くらい作るけどな、表面に出しちゃいかんだろ、それは」

「う……」

「たとえば、だ。俺がクランの前でだけ『わたくし』とか言ってたら、おまえ、どう思う?」

「あはははははははははは!」

「そこは笑いどころじゃねーっ!」

「ご、ごめん。あんまりにも笑える構図だったから……」

 刺すぞオイ。

「と、ともかく、それじゃ上に媚びへつらうバカにしか見えんだろーが」

「……そりゃ、そうかもしれないけど」

「だから、遠慮なく『ボク』を使え。そのほうがよっぽどマシだろ」

「えっと、けど、でも……」

「返事は『はい』!」

「は、はい……」

 よし、勝利。

「ま、これからは裏表を相手に見せないように気をつけろよ」

「う、うん。わかった」

 気圧されたままリッサがうなずいたちょうどそのとき、鐘の音がした。

「もうすぐ出発か?」

「そだね。

 ライは、これからどうするの?」

「これからって、昼休みが終わったあとか?

 たしか、魔人たちとミーティングをする予定があったはずだけど」

 俺が正直にそう告げると、リッサはちょっと顔を曇らせた。

「どうした?」

「いや、さっき、魔人とかとあまり関わるなって言われたんだけど。

 このあたりでは、それがふつうなの?」

「魔物を狩る連中だからな。魔物と関わるな、ってのが戒律なら、だいたい理由は推測できるだろ?」

「そっか……そうだよね」

「リッサたちは、これからどうするんだ?」

 なんか、話が暗い方向に行こうとしていたので、むりやり方向転換させてみる。

「本当は、一刻も早く任地に到着しなければいけないんだけど……」

「けど?」

「きのうの襲撃でもわかるとおり、周辺の魔物たちが活発に動いてるみたいだから。

 少人数の旅は危険そうなんで、しばらくはこの隊商と同行させてもらうつもりなんだ」

「…………」

(昨日の襲撃?)

 あれは、要するに俺を追ってきた奴らだ。

 つまりは、こいつが任地へと急げない理由は、おもいっきりかんちがいなわけだ。

 わけなのだ、が。

(まさか、正直に言うわけにもいかないし……)

 正直に言った場合のことを、俺は想像してみた。


「よくもだましたわね! 食らいなさい、神の鉄槌を!」

 ちゅどーん!

「あ、加減まちがえてコナゴナになっちゃった。てへ☆」


(……お、恐ろしすぎる……)

「? なんでそこでだまっちゃうの?」

「い、いや、なんでもないぞ。うん」

「……どうして目を合わせようとしないの?」

「お、もう昼休みも終わりか。またなリッサ」

「え、ちょっと……」

 逃げるが勝ち。


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