十一日目(7):決戦! 悪神バルメイス
そして、ナーガの巣に到着。
「よう、来たぞ」
「どうもー」
「お、やっとか」
「ライ兄ちゃん、お疲れっ」
魔人たちと挨拶。どうやら、無事に合流できたみたいだった。
あたりは、岩巨人の避難民達でごった返している。
広い空洞ではあるが、やはりこれだけの人数がいると手狭に感じるものだ。
「案外、弱かったみたいだな。相手の襲撃」
「弱くはなかったぜ。ただ、不自然なタイミングで相手が退いていってな。助かった」
「へえ?」
「あと、どうもア・キスイが事前に予知していたらしくてな。襲われることを察知して防ぐ指示を与えていたらしい。それで持ちこたえることができた」
「そうなんだ。……で、そのキスイは?」
「ああ、そっちにいるはずだが――」
なぜか渋い顔で、コゴネル。
「どうした?」
「あーまあいいや。とりあえず行ってこい、わかるから」
「?」
首をかしげつつ、コゴネルの指したほうへ行く。
果たして、そちらにキスイはいた。
……いた、のだけど。
「だだだだって怖いじゃないですか戦神ですよ戦神!? ていうか逃げさせてー! うわーんっ」
「ええい、貴様それでも誇り高き竜母の端くれかっ。根性入れてくれるからそこに直れっ」
「ひー、助けてぇぇぇ!」
「風情がありますねぇ……」
「まるまる~☆」
「うん、なにも見なかった」
「待ちなさい」
がしっ。とリッサに肩をつかまれる。
「離せ。あんなちびっこ怪獣につかまってたまるかっ」
「いいから来るのっ。ていうか、あれそろそろ止めないとまずいでしょっ」
「知るかっ。ていうか他の奴に頼め」
「ライ以外に止められるひとがいないじゃないっ。両方ともの知り合いみたいだし、立場的に仲裁しても格好が立つしっ」
「いつから俺はそんな中間管理職的な立場になったんだよ……」
まあ、岩巨人たちや魔人が仲裁するのもアレではあるが。でも神官の仕事のような気がする。
「うひひ、貴様わきの下にはウロコがないな? そーれ、こちょこちょこちょ」
「うひゃあああああ! やめてー! いじめ反対いじめ反対!」
「あー、そろそろじゃれ合うのは終わりな、ふたりとも」
「ああっ、あなたは!?」
「む?」
振り向いたキスイが、不愉快げに鼻を鳴らした。
「ふん、誰かと思えばいつかのエセ神族ではないか。いまは忙しいのでおまえとの決着は後回しだ。命拾いしたと感謝するがよいぞ」
「あーはいはい。で、わかったからそろそろそいつは許してやれよ」
「む。まあよかろう。使い物にならん奴にこれ以上当たっても時間の無駄だしな」
「そう思うんなら最初からやるなよ……」
根本的に、根がいじめっ子なんだろうなー、となんとなく思う。
と、ナーガが涙目で、
「そそそ、そうですよぅ。時間は一刻を争うことになってるんですから」
「え、なにが?」
「だだ、だって戦神が来るんですよ? 逃げなきゃ怖いですよぅ」
「たわけっ。そやつから皆を守るのが貴様の役目であろうっ」
「む、無理ですよぅ。怖いもん」
「……ま、予想できた展開ではあるが、やはりこうなるか」
そうすると、次はどうするべきかなんだが。
「仕方ない。非戦闘員は逃がして、俺たちで迎え撃つか」
「ふふん。その必要はない」
「あん? なんでだよ、キスイ」
「こんなこともあろうかと、細工はしておいた。――ジロロ!」
「ここに!」
ざしゃあっ! と、無駄に勢いよくやってくるジロロ。
「どうなった?」
「ちょうどいま、確認にいった者達が手当てをしているところだそうです。再戦は無理でしょう」
「む。奴がいないのは苦しいがやむを得ぬな。名さえ名乗らねば生き延びられるであろうと予知したので投入はしたが――」
「おい、なんの話だ?」
「決まっておろう。戦力が足りぬのであれば援軍を呼ぶのが一番よい。時間を耐え抜きさえすれば勝てると女王が予言しようぞ」
「援軍、ってなんだよ。カシルのことか?」
「む。それも期待はしていたがな。だが――」
なにかキスイが言おうとした、そのとき。
「間に合わんよ。悪いがな」
「!?」
ごう、と烈風が吹いた。
いや、あまりにも巨大な神的暴威が、そう錯覚させたのか。
空洞の入り口。そこに、そいつは立っていた。
「テメエ――バルメイスか」
「よう。来てやったぞ、クソ依り代」
バルメイスは邪悪な笑みを浮かべて、俺を見た。
「ふん……前に乗っ取ったときには気づかなかったが、こんなガキに手こずらされていたとはな。我ながら情けない」
「な、なに言ってやがる! おまえだってガキだろうが!」
「ん? ああ、この姿か? 仕方あるまい。おまえの姿をコピーした以上、ガキにならざるを得ないだろう?」
「テメエ! 俺はそこまでガキじゃねえ!」
『嘘つけ』
……そこでなんで唱和しますか、みなさん。
バルメイスは小さく鼻で笑い、
「まあよい。ずいぶん奇妙に引っかき回されたが、いい加減この茶番にも幕を下ろしたいところでな」
「……おい」
「ん?」
初めて。そこでヤツは、キスイのほうを見た。
キスイはきつい顔で、バルメイスをにらみつけている。
「なんだ。大巨人の眷属か?
はは、慌てるな。依り代とその仲間どもを料理した後で、じっくり貴様もなぶり殺してやろう。いまはしばし待て」
「目的はなんだ。悪神、貴様はなんの目的でここに攻め入ってきた」
「ああ。目的ね。目的。そうだな。憂さを晴らすため、とでも答えればよいかな?」
「ふざけた言いぐさだな。まじめに答えろ」
「そんなことを言われてもなあ。元来、戦とは大した目的があってするものでもあるまい?
まあ、あえて言えば。その人間を殺せば我も完全に力を取り戻せるであろうが。実はそれはどうでもいいので目的にはならんな」
「では、貴様は」
「そうだ。別に理由はない。ただなんとなく皆殺しにしたくなっただけ――それが戦神というものであろう?」
どっかで聞いたようなことを言う。
「……最近流行ってるんだろうか、そういうの。迷惑だなあ」
「ははは、そろそろ観念したか人間? だが残念なことにな、楽には殺さぬぞ」
「あーそーかい。まあ殺されるつもりもないけどよ」
「ほざけ。どれほどの隠し手があるか知らぬが――戦神に通用すると思うなよ?」
「……ざけるな」
キスイが、小さくつぶやいた。
バルメイスはもうたいして関心がないという調子で、
「どけ、小娘。貴様の料理は後だ」
「ふざけるなあっ!」
「うわあああ!?」
どごぅ! と音すら響かせ、凄まじい神力の波がほとばしった。
「そんな理由で! そんな理由で貴様! わらわがしもべどもを害したのか! 悪神!」
「――驚いた。どの神格かは知らんが、完全に降臨させることすら可能な器とはずいぶん珍しい。
が。それでは貴様が保たぬだろう?」
邪悪な笑みを浮かべて、バルメイスが言う。
「現状で3級。一瞬だけであれば2級。
主神クラスの神格を操れるのは立派だがな。すぐに倒れるのでは話にならん。
それにだ。たとえ2級の神格を持とうとも、貴様の司るものは戦ではあるまい。格下とて戦神と対抗するには無理があろう」
「……く」
「観念して退け。面白いものを見た礼だ。素直に道を空ければ、命だけは助けてやろう」
「……くく、くくく」
「――なにがおかしい、大巨人」
冷や汗にまみれた顔をゆがませ、キスイは相手をにらみ返す。
「一時はどうなることかと思ったがな――間が保った。
後は任せるぞ、人間」
「なに? ――――!」
神格を収め、肩で息をつくキスイをよそに、バルメイスが背後を振り返る。
そこに。魔女が立っていた。
「サリ……?」
むっつり口にいつもの眼帯。手には青く輝く霊剣と、――そして、その身体を取り囲む、無数のきらめく刃。
……なんてこったい。
(せっかく、魔女なんて物騒なものから足を洗えるいい機会だったのになぁ)
勧めはしなかったけど。べつの人生を歩むには、ちょうどいい引き時だと思っていたのだ。
けどそれは、どうも余計なお世話だったらしい。
だって。
このサリは、いままで見たどんなサリよりも自然体で、そしてきれいに迷いがなかったのだ。
――まるで。
それが自分の進む道であると、そう、無言で主張しているみたいに。
「ほう、見た顔だな」
「そうね」
「先には魔物に囚われていたが、解放されたか。まあ、些細な差だ。
……それで。これっぽっちが貴様の言う援軍か、大巨人」
ざざざざざっ、と、魔人たちがバルメイスのまわりを取り囲む。
「サリ、援護するぞ!」
「いらない。下がってて」
「……は?」
コゴネルの目が点になる。
サリはのんびりと――あるいは、のんびりとしているように錯覚させるほどリラックスした体で、ごくごく自然に言った。
「この相手。対集団攻撃用の神威をたくさん持ってる。一方で、致命的な単体攻撃用神威はひとつだけ。だから一人で戦うほうが楽。
それよりコゴネル。戦闘の余波が非戦闘員に行かないように防いで。形勢が悪くなったら、こいつは必ず非戦闘員を人質に取ろうとするから。それを妨害して」
「……ずいぶんな物言いだな?」
バルメイスは静かに、だが確実な怒気を含めて言った。
「この俺が、戦神バルメイスが貴様一人に追い詰められるなどという、ありえぬ仮定も不快だが――それを認めたとして。俺が人質などという姑息な戦法を取ると、そう貴様は言ったのか?」
問われたサリは、きょとんと首をかしげた。
「ええ。だって見たもの」
「…………」
「わたしがここにいるのはそのため。べつにこの場の戦力でも、というかライ一人でも、あなたは倒せるけど……そうなると岩巨人たちが人質に取られて、ひどいことになる。それを防ぐためにわたしはここに来た」
「誇り高き戦神の矜持を侮辱するか、魔女――!」
「そもそも、あなたは戦神でもなんでもない」
サリの言葉に、相手が硬直した。
バルメイス。かつて狂える戦神として君臨したその名を持つ、こいつは。
「戦神みたいな物言いをして、戦神みたいな挙動を取ってるのは、ただの慣性。戦神らしい存在として生まれて、戦神として生きなきゃいけないとすり込まれたから、戦神みたいなことをしているだけ。
実際には、あなたはわたしと同じでなにもない。ただの空っぽの器。だから追い詰められれば戦神の矜持だの見栄だの栄光だの、そんなの全部、なんのためらいもなく捨てるでしょう。あなたはしょせん――その程度だ」
「地割刺域!」
バルメイスの言葉に地が揺れ……一瞬で収まる。
(え、え?)
よく見ると、大地の、サリの真下に二本ほどナイフが刺さっていて、なにかの図形を掘っていた。
おそらく、それがバルメイスの必殺技を止めたのだろう。
「そして、同じ空っぽなら、ライがいる分だけわたしのほうが強い。……ところで、いまのは攻撃だったの?」
こくん、と首をかしげて真顔で問うサリに、バルメイスはこわばった顔を向けた。
「――貴様、何者」
たじろいた戦神……ではない。ただのバルメイスの質問に。
「いまは、サリ・ペスティと名乗っている」
静かに、彼女は答えた。
そして。
「陣形『剣乃舞』、準備。
――あなたごときに、自動制御など必要ない。これで押し通る」
「ぐ、野良の亜神ごときがっ……舐めるなあ!」
叫ぶバルメイス。
その周囲に、光り輝く槍が何本も現れて、一気にサリに向けて撃ち出される。
そう、一瞬前のサリに。
「なに!?」
「遅い」
「ぐ、うっ!」
ぎががががががががんっ!
――なにが起こったのか、速すぎてまったく見えなかったが。
ただ、とにかく複雑な音がして、バルメイスがやっとの体でかろうじて、近接し潜り込んだサリから身体を離したのが見えた。
その身体にはすでに無数の切り傷。
「脅圧!」
バルメイスの言葉と共に、がくん、と観客――俺たちの身体がつんのめった。
「な、なんだあっ!?」
「あれも神威だ! 相手の心に恐怖を、身体に重圧をかけて行動を制限する術!」
コゴネルが叫ぶが、そのときにはサリがもう動いている。
きゅっ、という靴が大地をこする音だけを残して、気づいたら相手のふところへ。
「な、なんっ……!」
「遅いと言った」
「がっ!?」
バルメイスの身体が半回転して地面にたたきつけられた。
即座にそこから飛び跳ねて距離を取ろうとするが――その背後に、数本のナイフが。
「なめるなああああああ!」
がきがきがきがききんっ!
バルメイスの光る槍がナイフと交錯して、かろうじて捌ききる。
が、そのときにはもうサリがふところに潜り込んでいる。
「っ、ちいっ!」
焦ってなにかしようとしたバルメイスだが、当然なにもできずに吹っ飛ばされ、そしてその場所にはまたナイフが。
パターンの完成である。これを繰り返す限り、バルメイスはなにもできない。
だが異様なのは――
「お、おい。サリにこの術、効いてないのか?」
俺は、いまにも地面に膝をつきそうになる重圧に耐えながら、コゴネルに尋ねる。
こんな重圧の中でなぜサリがあんなに速く動けるのか、なにかトリックがあるのかと思ったが……しかしコゴネルは首を振った。
「んなわけねーだろ。実際のところ、おまえが感じている圧力、おまえの神格でだいぶ緩和されてるからな。サリも神格があるからマシとはいえ、おまえが感じてるよりやばいプレッシャーを常に感じながら、行動しているんだ」
「じゃあ、アレは?」
「見ての通りだろ」
コゴネルは静かに言った。
「神威のプレッシャーを受けてなお、サリの技はあんな速度なんだよ。相手に見えないほどの神速の踏み込みと、そこから繰り出される変幻自在の短剣術と格闘術。そしてそれらを捌ききった相手がかろうじて距離を取ろうとしても、全方位に展開した短刀が、まるでサリ自身が手に持っているかのように迎撃する。それらをかろうじて捌いた相手に待っているのは、すでに距離を詰めたサリの次の攻撃――抜け出す余地はない」
「センエイはあれをやられて、一切の技を出す余地なく倒されました」
ハルカが補足した。
重圧を受けて、これ。本来ならば俺たちには見えないほどの速度で、これを繰り返す。
これが、サリ・ペスティの戦法。
28本の短刀と自身の身体を自在に操る、世界最強の魔法剣技だ。
だが、相手も神格持ち――それも、戦神の神格持ちだ。このまま終わるはずもなく。
「ああああああああっ! 嵐性結界!」
ごうっ! と空気が渦を巻き、サリの身体とまわりの短剣を一気に引きはがす。
(けれど、いまのは消費もでかい)
俺は直感した。
サリが封じることができなかったということは、バルメイスにとっても一種の切り札だったのだろう。事実、あいつはいま、肩で息をしている状況だ。
戦神の継承者がそこまでしてようやく、一息だけつける隙が生まれる――それがサリ・ペスティ。
「まさか、これを日に三度も使う日が訪れるとはなぁ……!」
「そう。来るのね」
サリは動きを止め、短刀を引き戻す。
「だが次の技は止められんぞ! これなるは我が最強の神威、止めるも避けるも不可能と知れ!」
「知っている。秘神断裁、というのでしょう?」
さらっと言ったサリに、バルメイスが硬直する。
「貴様……なぜ、我が技を」
「? だって見えたから」
こともなげにサリは言った。
「それを使う未来が見えた。見えてさえしまえば、その技がどんなものであろうと――対策なんて、いくらでも思いつける」
「なにを、なにを言っている!」
「偽典繰り」
サリは言った。
「センエイがそう名付けていたわね。わたしにとって都合の悪い未来を、視覚の形で表現する技術。わたしが亜神だと言うなら、これは神威に分類されるのかしらね?」
「貴様の、神威――だと」
「だから対策も容易。要は、未来が見えない行動を取れば、それが正解よ。言ったでしょう、その技がどんなものであろうと、対策が思いつける、と」
「ならば!」
激怒したバルメイスの手の中にある、神の剣が輝く。
「その対策とやらをやってみろおっ! くらえ、秘神断裁!」
「陣形『盾結界』、実行!」
がきぃっ!
サリの周囲に展開した短剣が描き出す魔法陣が、斬撃を中空で受け止める。
ぎりぎりぎり、と音。
(……ダメだ)
俺は心の中で、つぶやく。
(これじゃあ防ぎきれない――これじゃあダメだ!)
俺にはわかる。この技は単なる物理攻撃ではなく、相手の身体に切り傷を召喚する技だ。
その概念的な攻撃を、空中の神聖文字で受け止めたのはさすがだが、強度が足りない。あれでは持ちこたえきれない。
だったらなんで……と、思って。
(ライ一人でも――)
(ライがいる分――)
「あ」
俺は理解した。
そもそも、偽典繰りというのは、都合の悪い未来が起きそうなときに、それを察知する能力。
だから、都合のよい未来は見えない――つまり。
(どうやって対処すればいいかまではわからないから、俺が判断しろってか!? ひでえな!)
だがまあ、それなら覚悟は決まった。
俺は手に、剣のイメージを重ねて、
「要は俺に止めろってんだろ! ならこれしかねえ!」
「な、貴様、依り代――」
「ライナー・クラックフィールドの名において、食らええええええええ!」
ばしゅううううう! と、光の帯がサリの食い止めている斬撃に食らいつき、そして。
「が、……はあっ!」
バルメイスがうめいた。
その肩から袈裟懸けに、一条の切り傷を受けて。
俺の技を受けて跳ね返されたバルメイスの斬撃威力が、バックファイヤの形で逆流したのだ。
傷自体は軽いが、確実に相手の攻撃を封じられた。二発目は、もうない。
「なにが――なにが起きた? 我が必殺剣が、なぜ、返された……?」
「べつにおかしなことじゃないでしょう」
サリはあっさり言った。
「ライもあなたと同じ、バルメイス神の力を継いでいる。
同じ力がぶつかり合えば、本来の力が強い方が勝つ。だから最初から言ったでしょう――勝つだけならライ一人で十分だと」
そういうこと。
あいつの使う神威のことごとくは、おそらく俺には通用しない。
だから純粋に腕力勝負――となれば、しょせん神の力頼りのこいつなんか、俺には相手にもならず。
「で。じゃあ次はその足下に隠している魔王でも使う?」
「…………!」
さらっと言ったサリに、バルメイスは歯がみ。
だが、そこで。
『それは困るのう……ここで魔王を消耗されると、ことじゃからの』
「なんだ!?」
突如として聞こえてきた声に、あたりを見回す。
だが誰もいない。俺は視線を前に戻して、
「……え?」
バルメイスが、消えていた。
まるで、最初からそこには、誰もいなかったかのように。
だが、地面に落ちたわずかな血だまりだけが、戦闘の痕跡を物語っている。
(消えた……いや、逃げられた?)
「あー、まあ。なんだ」
ついついつぶやいた俺の目と、こちらを振り向いたサリの目が合う。
……まあ、いろいろあったけど、とりあえず。
「おかえり、サリ」
「ただいま。ライ」
【魔術紹介】
『盾結界』(シールドグラフ)
使用者:サリ・ペスティ
系統:付与/価値干渉 難易度:S-
空を飛ぶ『端末』と呼ばれる術式を操って空中に神聖文字を描き、それによって強力な防御を実現する魔術。
そもそも、「複数の『端末』を同時に精密に操る技倆」と、「神聖文字を鍛冶に組み込める技倆」が両方必要になるという点で、ほとんど使用できる人間はいない。
その分、効果は絶大で、単なる物理攻撃でない搦め手まで含めたあらゆる攻撃を概念的に「防御」する。このため、この魔術は付与魔術でありながら、価値干渉系にも分類されている。
サリ・ペスティの切り札のひとつ。




