十日目(3):秘拳! パンダ暗殺拳の巻-1
ずどぉん、と、凄い音がした。
(おー、ハデにやってるなー)
まあ、気になるほどじゃない。出口から近いから聞こえるだけで、集落の中まで戻ればもう、ほとんど聞こえないだろう。
思っていると、廊下の向こう側から歩いてくるサリの姿を見つけた。
のんびり、『新月』だけを片手に抱えて歩いてくる彼女に、
「おい、いいのかそれで」
と、思わず声をかける。
相手は足を止めて不思議そうに、
「なにが? センエイ」
「いや。……なにしに行くの?」
「音が聞こえたから、なにが起こってるのか見てこようと思って。
なにかあったの?」
「いんや。上にはライくんしかいないはずだがね」
「そう」
言ってサリは、すたすたと――さっきより心なしか早足で、去って行った。
「いい運動になりそう」
という一言を残して。
(…………。
マジかよ)
まあ、さすがにサリが負けるとまでは思わないが……
まあいい。
「こっちはこっちで、やることがあるからねー……っと」
こっそりつぶやいて、私はサリと反対方向に歩き始めた。
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呼び出した光の剣を持って、思い切りよく振り回す。
「うらあああ!」
「ふふーん、甘い」
「ぐえ!」
どかんと吹っ飛ばされて転倒。
が、すぐ立ち上がる。
「ててて、いってえなこのやろ……」
「……むう。思ったより強くなってる」
「ん?」
起きあがると、フレイアは不思議なことに動きを止めていた。
「むー、こうなるとちょっと、ここで殺しちゃうのももったいないかなー」
「ていうかおまえ、本気でなにしに来たんだ?」
「なにしにって、わたしはいつも同じ理由で行動してるよ?」
「どんな理由だよ」
「ほら、よく言うじゃない。えーとえーと、俺より強いヤツを皆殺し?」
「言わねえ。どこの未開の地の習俗だソレは」
「そうかなー? まあいいや。ていうことでとりあえず殺すよー」
「さっきもったいないとか言ってなかったか?」
「ん、忘れた」
「そうだったボケてるんだこいつ!」
「ボケてないよー。失礼な。
ていうか、もしかしてわたし、いま時間稼がれてる? 仲間呼ばれてる?」
「そりゃそうだろ。俺だけでおまえをどうにかできるわけねーし」
「開き直ったねえ。ふふん」
なぜか嬉しげに、フレイア。
「なんだよ?」
「束になればかなうレベルだってナメられてる、って考えていいのかな?」
「そりゃあ、束の質によるだろ」
「そだねー」
「んで、それがなにか?」
「サリ・ペスティって名前の子、知ってる?」
「知ってるけど」
「来るかな?」
「来るんじゃね? 起きてればだけど」
「ねぼすけさんなんだー。意外」
「寝ながら戦ってたこともあったぞ。あれはさすがに驚いた」
「そういう恥ずかしいことを言いふらさないで、ライ」
「「うわわわわわわわわ!?」」
俺とフレイア、揃って絶叫。
ていうか。なんでこの二人が気づかないうちに、俺より前に出てるんだよ。
気配も音もない。この見晴らしのよいところで、俺とフレイアの間に立つまで二人とも気づかないとか、もはや面白芸の域だ。
「あー、心臓止まるかと思った。……あなたがサリ・ペスティ?」
「いまは、そう呼ばれている」
「ふうん。……ふーん。ふん」
フレイアは、じろじろと無遠慮にサリを見て、
「で、装備、取ってきたら?」
と、言った。
……え?
「あわてて来たんでしょ? たぶん魔技手工と見たけど、その分じゃ全力を出せる状態にはないんじゃないの?」
言われてサリを見る。
あわてて来たのかどうか、表情にも気配にも出てないからわからないが――
「なにを言ってるの?」
サリはその言葉に、こくん、と首をかしげただけだった。
「わたしは単に、音がしたから様子を見に来ただけ。邪魔だっていうなら帰るけど」
「…………」
俺たちふたり、絶句。
いや。サリさん、割と薄情ですね?
「えーっと……」
さすがに冷や汗っぽいものを流して、フレイアが聞いた。
「敵なんですけどわたし。逃がすと思ってるの?」
「うん。それはそうみたいだけど」
さらりとサリは言って、
「でもたいして強くなさそうだし、襲われても短剣一本あればなんとかなるかなって」
と、ごりっと地雷を踏み抜いた。
(うん、よくわかった)
いつも魔物に囚われ、気を張り詰めていたサリはもはやなく。
ここにいるのは、天下無双のド天然だ。
前々からその気配は感じていたが、ここまでとは……
「ふ、ふふ、ふふふ」
あー、フレイア、キレてる。
キレた笑いを浮かべたフレイアは、手を振り上げて、
「そこまで言われちゃ出し惜しみできないわね! このわたしの全力、ここで出させてもらおうじゃない!」
とたん。
「うわ!?」
ずぶ……と、腰まで沼に浸かったような、嫌な感覚があった。
それほど濃い――物理的圧迫すら伴う、殺意のスープ。
「もう引き返せない。もう戻れない。完全召喚なんてずいぶん久しぶりだなあ。ふふふ。
さあ、出ておいで旦那! 仕事の時間だよ!」
脳天が白くなるような、突き抜けた衝撃。
そして――その、不気味な獣が、場に姿を顕した。
「…………」
「…………」
えーと。
いや、その。
殺意は変わらず濃厚。相手がすげー力量の持ち主だってこともわかる。
けれど……えーと。
その。
「……パンダ?」
「ふふふ、どおだあっ! 超かっこいいでしょーわたしの旦那!」
フレイアさんおおはしゃぎ。
俺はとりあえず、そのパンダ――パンダ?――を見た。
まず、微妙に浮いている。どういう原理か知らないが、このパンダは宙に浮けるタイプの生物らしい。
次に、でかい。ドッソよりもう二回りくらいでかい。二足歩行しているからでもあるが、俺の身長と比較するとたぶん2倍と3倍の間くらい。
そして目つきが悪い。態度も悪そう。
「……かっこいいか?」
「なによーかっこいいじゃないぶーぶー。そっちの子ならわかるでしょー?」
振られたサリは、迷いもせずに即答。
「なんか、おっさんくさい」
「がーんっ!」
痛いところをつかれてショックを受けるフレイア。
……あー、たしかにこいつぁおっさんだわ。
よく見るとぼりぼり爪で尻を掻いてる。完全におっさんの挙動だ。
「なななななによぅ。べつにおっさんでもいいじゃないかっこいいんだし。ていうかかっこいいことに同意してはくれないの?」
「ライのほうがマシ」
「全否定されたー!?」
「待てやコラ」
いまの会話の流れ、微妙に納得いかなかったんですけど。
うううと精神的ダメージを深く負ったフレイアは、やがて狂気に染まった顔でつぶやいた。
「ふふふふ、そう。いいわよ、旦那をかっこいいと思わないヤツは、みーんな皆殺しにしちゃうんだから」
「おい、サリ。おまえがあんまり追いつめるからあいつ、アッチ側に行っちまったぞ」
「ライ。人聞きの悪いことを言わないで。
わたしはわたしの感性を正直に言っただけ。それにライだって思うでしょ、あれよりライの方がかっこいいって」
「うわー否定も肯定もしづらい質問された! もうだめだー!」
ていうか、あれを比較対象にされるのがまず不名誉なんですけど。そのへんはどうなんですかね。
俺は、なんだか手持ち無沙汰風味に立っているパンダを見た。
「えーと……苦労してそうだな、アンタ」
すると、
『是非もない。我は我が仕事を果たすのみ』
「うお、しゃべった!?」
ていうか、しゃべれたことよりも、返答が返ってきたことのほうが意外だった。
サリは、少しだけ眉を寄せて、
「いまのは音じゃない。音と感じるほど濃密な殺気を制御して、音を聞いていると錯覚させた……?」
『勘がよいな、人間の戦士よ。
我は人語を発音する喉を保有して居らぬ故、このような無粋な通信を用いざるを得ぬ。許せ』
しかも礼儀正しかった。ガラ悪そうなのに。白黒なのに。
(ショックだ……)
『その、非礼の詫び、というわけでもないが――』
パンダは、尻を掻いていた手を、ゆっくりと前に上げた。
『全力で。我が秘奥、熊猫殺神拳の極意をお見せしよう』
「おいサリ、あれ、大丈夫なのか」
「まともにやり合うのは大変。ライは足止めに専念して。わたしは召喚者の方をたたきのめすから」
「お、おう、任せろ!」
「ふん、なめてくれちゃ困るわね。召喚で膨大な魔力を失ったけど、まだまだそう簡単には負けないわよー!」
『……参る!』
「「いくぞおおおおおおお!」」




