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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
八日目~九日目:悪党、人助けをする
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九日目(4):悪党、吠える

 で。その後どうなったかと言うと。

「……はぁ」

「……」

「……ふぅ」

「…………」

「……ほぅ」

「………………」

「……ひぃ」

「ええい、いい加減うっとおしい!」

 ため息をつきまくるマキノをどなりつける。

 マキノはどよんとにごった目でこちらを見て、

「だってさー……エフがいないしさー」

「しょーがねーだろうが。兵士ども、有無を言わさずこっちを捕まえやがったんだから。

 つーか、あの流れでなんで俺たち牢屋入れられるの?」

「俺に言われても」

 俺とマキノは顔をつきあわせて、はぁー……と、長いため息をついた。

 あの兵士ども、エフを聖女様聖女様と持ち上げるだけ持ち上げた挙げ句、こっちの言い分をなにも聞かずに拘束して牢屋に放り込みやがった。

「あー、エフは大丈夫なのかなー。泣いてないかなー、ちゃんとご飯食べてっかなー」

「まったく……親バカなのもたいがいにしとけっての。おまえがグチったからってエフは戻ってこねーぞ」

「わかってっけどさー。じゃあどうすればエフは戻ってくるって言うのさー」

「貴様ら、うるさいぞ! いい加減黙れ!」

 看守らしき男の声が聞こえ、俺らは一瞬黙った。

「そういえば気になってるんだよな。おまえの話じゃ、牢屋はいっぱいで仕方なく犯罪者は片っ端から殺されるってことだったのに、なんかおかしくね?」

「だから俺に言われても」

「おまえに言わないで誰に言うんだよ。あの頭足りてなさそうな声の看守にか?」

「馬鹿、声でかいってにーちゃん! しー、しーっ」

「気にすんなよ。どうせびびって様子も見に来れないから声だけ張り上げてるアホだろあんなん」

「にーちゃん、やっぱ性格歪んでるよね……よくそんな的確に人の心をえぐる罵倒できるな」

「相手が言い返せないときは罵倒に手を抜くなってのがクラックフィールド家の家訓でな」

「家訓からして性格悪いなー」

「ほっとけ。それよか脱走計画でも練ろうぜ。看守があのレベルってことは人手不足だろうしどうとでもうひゃっ!?」

 言葉の途中でざしゅっ、と鉄格子の向こうから差し込まれた槍が俺の背中をかすめた。

「うーわ大人げねえ。つーか悪口に対して問答無用で殺しにかかるとか、本当にクズだな」

「やかましいわ! いま殺してやるから待ってろ!」

「うわああ、お、俺は無関係だぜ!?」

 槍の届かないところまで後退した俺とマキノに、兵士はがちゃがちゃと鍵束をいじり始める。

 ……いや、まったく。

(ここまで相手がアホだと、興ざめだな)

 がちゃり、と扉が開いた。

「さあ、お待ちかねだ。遺言はあるか、ガキども?」

「ああ、うん。用済み」

「は?」

 俺はぽかんとしている兵士の懐にいきなり入り込むと、突き出していた槍をつかんで引っ張った。

 奪われるとあわてたのだろう。兵士はとっさに力を込めて槍を持つ右腕を後ろへ引き、

 ――その槍を逆方向へ押し込みながら左足を刈った俺の行動に一切対応できず、すっころんだ。

「ぐは!?」

「よっと」

 ごん! がん! ごん!

 倒れたところの顔面に数発拳を入れると、相手はおとなしくなった。

「ふ……貴様の過ちはふたつ。ひとつはこの世紀の大悪党の腕っ節をナメたこと。もうひとつは、俺をガキと言ったことさ」

「ガキって言わなきゃ手加減してたの?」

「するわけねーだろ」

「じゃあ腕っ節をナメたことだけが過ちじゃねえ?」

「…………」

 なんか、マキノって妙に突っ込みが的確なんだよな。

 才能なんだろうか。

「にしてもにーちゃん、強かったんだな。兵士をマジでのしちまうとは」

「そんな強くもねえよ。昔教えてもらったんだ」

「なにを?」

「右肩押されながら左足引っかけられると人間はすっころぶってな。対角線を逆方向に動かされるとどうにもならんのだと」

 コツさえ知ってれば後は実践だけ。

 後は、付け焼き刃の知識をアドリブで実行する度胸があるかどうか。それだけで、人間たいていはどうにかなるのだ。

「そんなことより、こんだけ騒いでも誰も来ないってのは本当に人手不足なんだな。街に並べる兵士はいても、牢屋に並べる兵士はいない、か」

「それがどうしたって?」

「いや。エフについて考えてたんだよ。聖女様ってのはどういう意味だろうってな」

「そりゃあ……わかんねえよ」

 マキノは言った。

「あの、黒い騎士がいきなり言い出したことだし。俺に心当たりなんてねえよ。

 にーちゃんは? なんか思い当たることがあるのか?」

「まあ……たぶんな」

 俺は言った。

 不自然に街に多かった兵士、それといままで出てきていた情報。それらを集めれば、だいたいの察しは付く。

 だが、まあ。

「どっちにしても、やることは変わらねえよ。相手がなにを企んでいようと、俺たちのやることはひとつだ」

「というと?」

 マキノの言葉に、俺はにやりと笑って答えた。

「エフをかっさらって、とっととずらかるんだよ。ほれ、急げ!」



 牢屋を出て階段を登り、城の中に出る。

 まだ夜である。周囲は暗かったが、城内にはかがり火が置かれていた。つまりこの城は、未だ活動中だ。

「見取り図みたいなのがありゃ楽なんだがな……この状況じゃどうにもならんな」

「どうする?」

「高いところに行こう。まず状況を整理しないとな。それに――なにかが動くなら、兵士が動いている先を見るのがいちばんさ」

 俺は言って、そのへんの窓からひょいっと身を乗り出した。

「屋上行くぞ。ロープ登るくらいはできるよな?」

「あ、ああ……けどにーちゃん、いつロープなんて手に入れたんだ?」

「看守のテーブルのところにあっただろ。使えそうだから持ってきた」

「抜け目なさすぎだろ……」

 あきれたようなマキノの声を背に、俺はひょいひょい、と壁を登って屋上へ。

 そして――あー、やっぱり。

(まあ、手遅れには、ぎりぎりなってないってところだな)

 思ってから、手はずどおりロープをそのへんの角にくくりつけ、下に垂らす。

 すぐにマキノがするすると登ってきた。

「なにがあった?」

「とりあえず伏せろ。そしてなにがあっても叫ばないって覚悟を決めるんだ」

「え? なんで?」

 言いながらもマキノは、伏せて屋根の反対側の端へ。

 そこからは城の中庭が一望できる。

 中央には祭壇のようなところがあって、なんかよくわからん衣装を着せられたエフが座っている。そのまわりを、厳重に兵士たちが見張っていた。

(……に、にーちゃん。これ、どういう状況だ?)

(生贄の儀式じゃねえの? 毎日若いねーちゃんを捧げてるって言ったの、おまえだろ)

(で、でも、さすがにエフは若いってレベルじゃねーぞ!)

(俺に言うなよ。……まあ、聖女様とか言ってたからな。なんか領主には心当たりがあったんだろ)

 つまりは、エフみたいな人材がいて、それを生贄にすればなんとかなるっていう、心当たりが。

 だからこそ城にろくに兵士を置かず、街に兵士を散らばらせていたのだ。

(にーちゃん……)

(ん?)

(領主様は……正しいのか?)

(さあな)

(もし。もしだよ。もし領主様がすべて正しいとして――

 それでも俺は、エフを助けていいのかな)

(…………)

 俺は少し考えて、

(おまえが助けないってんなら俺だけで行くが?)

(な、なんでだよっ)

(俺は悪党なんでね。大義とか善とかより、俺の都合の方が大事だ)

 きっぱり、宣言する。

(で、子供を犠牲にして人々が助かるなんてのは、くそったれだよ。善か悪か以前に、かっこわるい(・・・・・・)。だから俺は、領主が正しかろうが正しくなかろうが、行動を変えるつもりはないね)

(……にーちゃんらしいや)

(で、どうする? 手伝う気、あるか?)

(もちろん。どうすればいい?)

(それは――)



「こちらです!」

「うむ。ご苦労」

 ぞろぞろと兵士を連れて、上等な生地に身を包んだ、やせて体格のよい男が廊下を歩いていた。

 そして、

「てぇい!」

「うわ!?」

 がきぃん! と音がして、兵士の持つ槍がはじき飛ばされる。

 天井から飛び降りた俺が、相手の槍を剣で打ち払ったのだ。

 ちなみに剣は、やっぱりさっきの看守から奪ったものだ。

「む、なにやつ!?」

 領主の声に反応して、残った兵士たちが一斉に槍をこちらに構える。

「よくぞ聞いてくれました――」

 俺はポーズを取って、

「か弱き女の子を守るため、まだ見ぬお宝を探すため、夜風に紛れてやってくる。

 天知る地知る人ぞ知る! 夜を駆ける世紀の大悪党、ライナー・クラックフィールド様とはこの俺のことよ!」

 びしっ! と剣を構えて見得を切る。

 …………

 反応がない。

「――滑った!? そんなバカな!」

「不審者か。――なにをしている! さっさと捕らえんか!」

「ていうか冷静すぎ!? ちょ、ちょっと待ってえええええええ!?」

 一目散に逃げ出す。目的はもちろん目立つこと。そして逃げること。

「逃がすな、追え!」

『了解!』

「よっしゃおらあああ! 追いつけるもんなら追いついてみろやああああ!」

 こうして、城全体を使った、壮大な鬼ごっこが始まった。



「弓隊、構えー!」

『構えー!』

「てー!」

『てー!』

「はははは、当たらねえ当たらねえ当たらねえ! そんな豆鉄砲が大悪党さまに効くかー!」

 叫びながら廊下を駆け抜けて柱を登って屋根を伝って飛び降りて庭へ。

 神格の影響もあるのだろうが、それ以上に夜闇と、俺のジグザグな動きが相手の攻撃を阻害している。

 そしてもちろん、俺は相手の注意を引きに引きまくっている。

 中庭からなるべく離れて奥へ奥へ。そうすることで、マキノが動きやすくするためだ。

 この隙にマキノがエフを連れて逃げて、頃合いを見て俺もずらかる寸法なのだが――

 そう思っていた俺の、目の前に。

「ん!?」

 いつの間にか、例の黒仮面の騎士が、立っていた。

(……来たか)

 本命がこうも早く来てくれるとは、助かる――と言っていいのかどうか。

「やってくれる。こうかき回されると、こちらとしても不愉快だ」

「なら、どうする?」

「言葉にする必要があるか?」

 剣を抜く。闇に沈んだ黒の剣。

 それは心を威圧するような暗黒で、俺の身体というよりは精神を打ち砕こうとしているかのようだった。

 じわり、と悪意のプレッシャーが身体にのしかかる。

「……神格の防御を抜きそうな気配があるな」

「無論だ。我が剣がその程度の付け焼き刃で躱せると思うなよ、異邦人」

「おや。俺が異邦人だって確信はあるんだな。珍しい」

「――しゃべりすぎたか」

 言って騎士は、剣を正面に構えた。

 間違いない。こいつはサリの心に眠っている、魔物の影法師。

「つまりは異邦人仲間ってわけだ! 仲良くやろうぜ!」

「!?」

 ばしゅう! と召喚した光の剣を、先手必勝とばかりにたたきつける。

 それを黒の剣で受け止めた騎士が、笑った。

「部分的とはいえ神威(カムイ)を使いこなすか。侮れんが――それだけでどうにかなるかね?」

「どうにかなるんじゃなくてどうにかする、ってのがクラックフィールド家の家訓なもんでね! てめえこそ、腰が引けてんじゃねえよ!」

「うるさい! ふん!」

「らああああっ!」

 がきんがきんがきん、と相手の剣を弾いて対処。

 一撃一撃の重さはかなりのもの。スピードではこちらが上回っているが、いかんせん、攻撃が重すぎてなかなか潜り込めない。

 シンに稽古をつけてもらってなかったら、パワーに圧倒されて倒れていたかもしれない。

 そうでなくても、旅の間の経験がなければ、あっさり切り伏せられていたに違いない。

 だけど、俺はもう、街を飛び出したころの俺じゃない。

 強きをくじき弱きを助ける、世紀の大悪党とはよく言ったもの。

 あの頃の俺は、俺より弱いものの方が珍しい有様だった。だから全部に反抗して、全部をくじこうと無茶をしていた。

 いまは違う。

 いまの俺には――助けるべき、弱い奴がいるんだ!

「だからおまえなんかには、負けられないんだよおっ!」

「ぐ、ぬぬ……!」

 騎士が気迫に押されたように、一歩下がる。

 俺はそれについていこうとして、寸前で身を引いた――鼻先を、黒い剣がかすめる。

 フェイント。だが見切った。

「ええい、うっとおしい!」

「こっちの台詞だ、このっ……」

 俺の罵倒になにか、反応しようとして。

 そこで、騎士が剣を引いた。

 ……?

 気がつくと、兵士たちが大勢で、俺たちを取り囲んでいる。

 その一角に、領主と、捕まえられたマキノがいた。

「あちゃあ……」

「にーちゃん、ごめんよ。捕まえられちまった」

「……ふん。どうりで、動きが不自然だと思ったわ。あいにくだが、この程度でしてやられるほど我らは迂闊ではない。

 逆らえば小僧の命はない。わかっているな?」

「仕方ねーな……」

 俺は、剣の光を収め、それを放り出した。

 すぐに兵士たちがやってきて、俺を拘束する。

「引っ立てて、魔術を封じた上で広間に連れてこい」

 指示する領主に、俺は目を向けることもせず。

 ただ。

 目の前の、異様な黒騎士だけを見つめていた。

 その口が、小さく動く。

「――よけいなことを。とっくに諦めているくせに干渉だけは一人前だ」

(…………

 ……な、に?)

 ――そう、なのか?



 そして。俺たちは、大きな広間にやってきた。

 座して迎えるのは領主。その傍らに控える黒騎士。

 そして兵士。

 ずらりと並んだ兵士たちが、今度は逃がさないとばかりにこちらをにらみつけてくる。

 その中で。

 俺とマキノは、手足を縛られたまま領主の前に引っ立てられてきた。

「理由を聞かせてもらおうか」

 領主が言った。

 俺は――特にリアクションを返さず、無言。

 かわりにマキノが、おずおずと切り出した。

「あ、あの……

 今日、生贄に捧げようとしていた女の子なんですけど――勘弁してくれませんか?」

「…………」

「お、俺、あの子を育てるためだけにいままで生きてきたんです。あの子がいなくなったら、俺はどうやって生きていきゃいいのかわからないんです。だから」

「ならぬ」

「なんで!?」

「聞けばその娘、触れただけで死海の魔物を退けたという。それほどの聖性があれば、今度こそあの忌々しい領域を壊せるかもしれん」

「だ、だけどさっ」

「これは街の皆を救うための手段だ。ひとりの人間を救うことを優先はできぬ」

 それはマキノが、さっき言おうとしたことだった。

 全部領主が正しいとして、それでもエフを救っていいのかな。

 俺は悪党だから――救っていいと断言したが。

 マキノは、ぜんぜん違うことを言った。

「できてねーじゃん」

「なに?」

「だから、できてねーじゃん! 何人生贄に捧げたって結局あんたはだれも救えてねーじゃんか! ムダなんだろうがよ!」

「それは違う」

「なにが違う!」

「無駄ではない。打つ手が、それしかないだけだ」

「――!」

 苛々しながら、領主は言葉を紡ぐ。

「そうとも。たしかに効果は挙がっていない。死海の影響はますます色濃くなり、街は死臭に満ち、魔物どもは夜に跋扈して人を食らう。

 ――だからこそ。諦めるわけにはいかん。ひとつでも、ひとりでも救う手だてがあるのなら、それを実行しつづけなければならんのだ。

 恨むなら恨むがいい。結論は変わらない」

 言って、領主は座から立ち上がり、退出しようと歩き出した。

 その、背中に。

「バカ言ってんじゃねえ。そんなもん、効果があるわけねえだろ」

 領主の足が止まる。

「なぜ、そう断言できる。少年」

「あん? だっておまえらもう死んでるじゃん」

「な……に?」

「死んでるヤツなんか誰も救えないよ。詭弁を弄するな。テメエは結局、なにもかも切り捨てられずに、生きる価値という借金(・・・・・・・・・・)に苦しんでいるだけだろう」

 ばしゅっ、と。

 なにもない場所から呼び出した不完全な光の剣で、それでもなんとか縄を切り払って、俺は立ち上がった。

 ……あー、ガラじゃねえのに。

 ガラじゃないけど、これだけは言わないとな。

「なにを……っ」

「いやさ、なんかおかしいと思ってたんだよ。捕まったら殺されるとか言いつつべつに殺されないし、妙にみんな寛容だし。

 みんなおまえだってことはわかってたけど、これで合点がいった。要するに、ここはおまえの未練だ。切り捨てても切り捨てられないモノだ。

 まったく……妙なところで不器用なんだな。死人に囲まれて育ったからって、自分まで死人になることはないだろう」

「なにを言っている! 貴様!」

「わからないか? おまえに言ってるんだよ、サリ・ペスティ!」


 ――世界が凍って、モノクロに変わる。

「そうだろう。ひとりきり生き残った。それで街ひとつ分の、生きる価値をひとりで背負い込んだ。

 それがおまえだろう。それで今度はなんだ? もうダメだからとどめを刺せって? 冗談じゃねえよ、それで今度は俺に借金押しつける気か、馬鹿たれ」

 空間は沈黙している。

 ……届いて、いるよな?

「よく聞け、サリ。俺はおまえの代わりに生きるつもりはないし、重荷をしょってやるつもりもない。ここでおまえが死ぬ気なら、それでさよならだ。

 だってそうだろう。おまえだってわかっているはずだ。死人なんて誰も救えない。誰かが借金を返したところで、死人が救われるわけじゃないんだよ」

 ――この、たぶん彼女の体験した過去であろう場所で。

 死んでいったそのただひとりでさえ、誰が救えるというのか。

「勘違いするなよ。人死にはいつまで立っても人死にだ。そこに救いも希望もない。そういうのは――生きている中で、見つけるもんだろ。

 俺はそうやって生きてる。貧乏だったから人死になんていくらでも見てきたけどさ、そんな奴らの人生を背負い込むなんて絶対しない。

 それが俺の、悪党の生き方だ! 屍の山に舌ぁ出して自分を貫くのが俺の流儀だ!」

 あの子の――俺を呪って死んだ彼女のことを思い出しながら、俺は叫んだ。

 そう。彼女は、俺が不幸になることを望んで、死んだのだろうと思う。

 だが、だからといって、俺が不幸になってはいけないのだ。

 日々の幸せこそが生きる価値(・・・・・)なのだとすれば。彼女の死でその価値が目減りしてはいけない。

 それでは俺だけではなくて、彼女も浮かばれないのだ。

 生きている限り、人は幸せにならなければならないのだ。

 それは生きている人間の、義務だ。

 だから俺は悪党になった。呪いを真正面から受け止めず、へらへら笑ってやり過ごした。

 不幸になれ(・・・・・)という呪いを捨てて、幸せになれ(・・・・・)という呪いを背負った――それが俺だ。

「いますぐ道を選べ、サリ」

 モノクロの世界の中、俺は天に向かって手を伸ばす。

「この場で死人となって朽ち果てるか、それとも生き延びる可能性に手を伸ばすか。

 俺はおまえが生き延びる、その可能性に賭けてここに来た。それを踏みにじってまでおまえが死ぬっていうなら、それはそれまでだ――俺はなにも思わない。俺はなにも引き継がない(・・・・・・)

 だけど、もしおまえが、この地獄から生き延びたことをなにかに繋げたいなら――」

 俺は笑った。

「ならば、諦めるな! 俺の手を取れ! 死人にならない限り、俺は必ずおまえを助けてやる!」

 ひゅん、と風がわめいた。

 俺はとっさに光の剣を再召還して、気配の方に振り回す。

 ぎぃんっ!

「――やっぱりてめえが悪玉か!」

「いかにも」

 黒仮面の騎士が、憤然と俺に剣を向けていた。

「……ここまで速く深層に食い込むとはな。どうやら少し侮っていたようだ。

 絶望させて楽しんでやろうかとも思っていたが、気が変わった。おまえは目障りに過ぎる。この場で始末してくれる!」

 俺は相手の黒い剣と、それを押しとどめている光の剣を見て、ため息をついた。

「そっか。気づいてないのか、おまえ」

「なに?」

「わかんねーのか? さっきまで依り代がなければまともに召喚できなかった剣を、いま俺が呼べている意味に。

 そら、行くぞサリ! 寝ぼけてんじゃねえ、正念場だ!」

「なに!?」

 ざぁっ!

 ――世界が色を取り戻す。

「槍、構え!」

『構え!』

 広間中の兵士たちが、一斉に黒騎士に向けて槍を向けた。

「バカな!? この連中はすでに支配下に置いたはず! 私を敵と認識できるわけが――」

「あほたれ! さっきまでの腑抜けと一緒にしてんじゃねえよ――本気で生きる気になったサリ・ペスティが、おまえなんかに好き勝手させるわけがねえだろ!」

「なに! 貴様、さっきの長演説はまさか……!」

 言葉を最後まで聞かず、俺はマキノの腕をがしっとつかんだ。

「逃げるぞ!」

「わ!? え、ちょっと、な、なにが起きたんだっ!?」

「いいから走れ!」

 戦場と化した謁見の間を飛び出す。

「ちょ、ちょっと待ってくれよにーちゃん!」

「なんだよ、いま忙しいんだからろくでもないことだったら後にしろ」

「ろくでもなくねーよ! エフを助けないと!」

 ぴた。足が止まる。

「っちゃー……それを忘れてた」

「忘れるなよ! 馬鹿!」

「いや悪い悪い。しかし困ったな。いまあいつがどこにいるかの情報が――」

「こっちですー」

「あん?」

「早くしたほうがいいですよー」

 謎の声はそう言って、沈黙した。

 マキノと顔を見合わせる。

「……いいか。どうせ最初からイチかバチかだ」

「よし、行こうぜっ」

「ああ!」

 声の聞こえたほうに走る。

「次、右ですー。それからすぐ左ー」

「わかった!」

 複雑で迷路みたいな館をぐにゃぐにゃと曲がりながら走っていく。

 やがて、俺たちを招くように開かれた扉に突き当たる。

「この部屋ですよー」

「おう!」

 飛び込む。

 そこには、

「……グノー! サリ!」

「エフー! 無事かっ」

「うわ、ホントにいたっ」

 エフと、

「ああ、よかったー。なんとかうまく隠れられそうですよー」

 ……やっぱフリイだったか。

「助けてくれてさんきゅ。状況は?」

「出入り口の方はかなり固められてますねー。おにーさんがなにをしたのか知りませんが、一時の猶予しかなかったってところです」

「そっか……」

「それに、時間が時間ですしねー」

「?」

「ほら、外、見てくださいよー」

 言われて、俺は窓のほうを見て。

「――げ」

 気がつくと。

 空は、もうとっくに明るくなっていた。

【お詫び】

今回、ちょっと長いです。途中で適切に切れるポイントがありませんでした。



【能力紹介】

天賦の才能・身体制御

所持者:ライナー・クラックフィールド 強度:B

コツをつかむ能力。要領の良さ。

ちょっと教わっただけで、長剣の扱いとか、身体の動かし方とかを簡単に覚えてしまう。もちろん達人級ではないが、そこそこのものにはすぐなる。

ライナーが旅を通じて急速に強くなっていったのはこの能力のおかげも大きい。もちろん、周囲に強いお手本がたくさんいたことも大きい。

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