七日目(6):悪夢!燎原の魔王-1
「……ところで、なんでサリ、あそこに浮いたまま近づいてこないんだ?」
率直な疑問を述べる。
さっきまでの勢いなら、そのまま轢き殺さんばかりの勢いで突進してきていたのに。まるで空中にピン留めされたように、サリの動きが止まっていた。
センエイは胸を張って、
「そりゃあ私の罠が発動してるからだよ。見りゃわかるだろ?」
「罠?」
「ああ。まあ運がよければライくんも引っかかったんだがなー。残念」
「おまえマジで俺を殺そうとしてるよね。ねえ?」
はっはっはと陽気に笑うセンエイに、ジト目を送る。
「ま、なんにせよ準備時間が必要だろう。だからこの燎原の構造を利用して、幻術の無限ループに入ってもらった。
ずっとってわけにはいかんだろうが、しばらくはなんとかなる。いまのうちに情報を整理しておくのがいいと思うね。異論は?」
「賛成だ」
「異論なし」
獣人のおっさんとトゥトが、真っ先に言った。
獣人のほうはその後、首をかしげた。
「……とはいえ、なにが聞きたい。『偽物』。正直、貴様ほどの大魔女なら、必要な情報はおおむね揃えているだろう」
「買いかぶりはよしてくれよ、『蒼』の。私は、私が来たとき専用の「追加の罠」が発動するのを恐れて、洞窟入りを控えた程度の、小物に過ぎんよ」
「それは最善手だ。最善手を迷いなく打つ人間が謙遜するな」
「……ふん。ま、いいさ」
意味深な会話を繰り広げるおっさんとセンエイ。
「おい。センエイ、よくわからんから教えてくれ。このおっさんとおまえ、面識あるの?」
「おっさんじゃねえっつってるだろうがボウズ。俺の名前はミスフィトだ。あと年齢もまだ30前だ」
「年齢じゃなくて雰囲気がおっさんくさいんだよ、あんた」
「ぶはははは! 確かに!」
「笑うなセンエイ・ヴォルテッカ。魔王を前にして殴り合いでもしたいか」
「おっと、それはシャレにならん。あんたをからかうのはまた今度にしよう」
センエイはそう言って笑いを収めた。
俺は首をかしげて、
「さっきから気になってるんだけど……おっさん、サリがこうなる前は敵側だったんだよな? なんでナチュラルにこっち側に寝返ってんの?」
「いや、どう見ても世界の危機だからだが。
俺があの妖術師に雇われたのは金のためだ。そして金は、世界が滅びたら使えんだろう」
「あー、まあ……え、ちょっと待った。これ、それほどの大事?」
「――どうかな。俺の直感はそう告げているが。
センエイ・ヴォルテッカ。霊魂技師としての見識を問いたい。あれはどのくらいだ?」
「邪格等級5級。知界年代7年」
センエイはすらすら答えた。
「……そして、サリの能力付きだ。いまは不完全な支配力のようだが、完全状態になってトマニオに進軍でもされたら、マジで聖典攻略の再来だな」
「我が直感も当たりであるか」
トゥトが、ぽそりと言った。
一方で、青ざめてガタガタ震えているのはペイとマイマイである。
「ら、ライ兄ちゃん、怖いよぅ……」
「なんなんだよ、なんだよ魔王って! 説明してくれよ!」
「……ったく。そういうところで冷静になれないから未熟だって言われてるんだぞ、ペイ。
ま、いい。魔人でないライくんもいることだし、軽く解説してやろう。魔王について」
センエイはそう言って、こほん、と咳払いをした。
「そもそもね、この世のすべての生き物は、『魂』と呼ばれるものを持っている。で、『魂』とはなんだ? ライくん?」
「根性のことか?」
「ははは、まったく的外れの答えを自信満々に言ってくれるな君は。そのクソ度胸だけはマジで才能だと思うよ」
センエイは笑った。
「答えを言うとね。こいつは――言うなれば『投票権』だ」
「投票権?」
「そう。あ、投票ってわかるか?」
「んー、見たことはあるかな。参加したことはないけど」
正しいと思う政策に人々が「票」と呼ばれるものを入れ、その「票」の合計が大きい方の政策が実行されるという制度だ。
政治に関わるものには貴族しか参加できないが、盗賊団がリーダーを決める投票みたいなのは見たことがあった。参加はしなかったのだが。
「だが、なんの投票をするんだ?」
「だから、世界の在り方について、だよ。
世界がどうあるべきかについて、意見を述べ、その方向にねじ曲げることができる権利。世界の改変権。それを我々霊魂技師は、魂と呼ぶ」
センエイはそう言って、吐息。
「ただし、その権利は平等じゃない。神やら大巨人はすごくでかい投票権を持っていて、意のままに世界を操れる。それは『幸運』という形で作用するから、神格というものは『幸運になる能力』だと誤解されているが――本質は、馬鹿でっかい投票権なんだ」
「じゃあ、さっきおまえが言ってた邪格とかいうのは? なんか関係ありそうだが」
「捏造された投票権さ」
センエイはさらりと言った。
「これこそが我らが魔人の知る最大の禁忌。世界そのものをだまし、投票権を捏造して使役する。世界外の世界操作者。そいつが『魔王』と呼ばれる生物の、正体だ」
「じゃあ、いまのサリは……」
「そう。剣を持ってたときのライくんと同じだ。イェルムンガルド外殻――投票権による防衛的世界改竄能力を持つ、神にも等しい能力者だ」
センエイはそう言って、一息。
「実際のところ、邪格等級5級というのはたいしたことはないんだ。亜神と神の境目程度――このレベルの魔人集団なら問題なく対処できる。
だがサリ・ペスティの方が問題だ。あれは規格外だ。邪格を持たない、制御されたサリですら、世界最強クラスの魔女だった。それが邪格まで手に入れたとなれば、これはもう世界を一人でひっくり返しかねない。世界の、危機だ」
「そいつはまあ、わかったんだがな」
言ったのは、おっさん――ミスフィトだった。
「正直、なにが目的で情報整理している? いや、情報を交換したいという動機はわかるが、さっきから貴様、俺になにも聞いてこないで無害な解説をしているだけだ。なにを企んでいる?」
「ひみつ」
センエイはにやりと笑った。
「だがまあ、そろそろ聞こうとは思っていたよ。ミスフィト、第一の質問だが、相棒……プチラはどこだ?」
「知ってるのか。……おおかた、洞窟内でのされて倒れているんだろうよ。そのうち目を覚まして、自力で出てくるだろ」
「あらそう。じゃあ次の質問。この戦闘に限り、あんたらはこっちの味方って解釈でいいんだよな?」
「まあな。これはいくらなんでも、妖術師との契約外だ」
「じゃあ三番目の質問。――妖術師の今回の目的は、なんだと聞いている?」
言われてミスフィトは、小さくため息をついた。
「……買いたたかれている気配がするな」
「我慢したまえ。それとも魔王を前に殴り合うか?」
「ちっ。わかったよ。
そこのボウズの剣か、それともサリの死体か。どっちかだそうだ。いまごろはシンとかいうのが、ボウズの剣を回収してるだろう」
「ふうん。なるほどねえ」
「……なにを考えている?」
「ひみつ」
「…………」
ミスフィトはセンエイをにらんだ。
「わかったわかった。そう怖い顔をするなよ。私がしたかったのは、意思の統一だ」
「意思の統一? どういう?」
「だからあ」
センエイはあっさりと、しごく当然といった風に言った。
「サリを殺さずに無力化できれば、それでいい――そういう、確認がしたかったんだよ」
「…………」
ミスフィト、絶句。
一方の俺は首をかしげて、
「え? それ、確認するほどのことか?」
「ライくん。ミスフィトはこう見えて敵なんだ。むしろ、サリを殺さない理由の方が少ないだろう」
「おっさんなんかいい人そうだから、そのへんは後でも適当に言いくるめられるかなって思ってたんだけど」
俺の言葉にセンエイは爆笑し、ミスフィトは憮然とした顔になった。
「ぎゃはははははははは! たしかに!」
「……もういい。とにかく、サリを殺さない算段があるというのだな? センエイ・ヴォルテッカ。このクラスの魔王を相手に、そんな手心を加える余裕が――」
「手心? 冗談じゃない。むしろそれしかないんだ――ミスフィト。こんなクラスの世界の危機を相手に、戦力となる魔人が三人と、未熟者ふたりと、素人ひとり。これでどうにかできると本気で思っているのか?」
「ならば、どうする?」
「だから、サリを味方につけるしかないだろうよ。
確認するがね、ライくん。まだサリの意識は完全には消えていないんだろう?」
「俺が見たときは、そうだ」
「だったら、それに賭けるしかない。……戦闘によって、サリの身体を操る魔物の余力をなくし、それによってサリの介入する隙を作る。そして、その隙間にサリに接触して、魔物を再度、封印する」
センエイはそう言って、ぎらりと笑った。
「正念場だ。ペイ! マイマイ! 準備しろ――前衛までやれとは言わん。サリにとりついてる魔物、そいつの気を逸らすように、攻撃を仕掛けるんだ!」
「……腹ぁくくるしかねえか!」
「うん。がんばるっ」
ペイとマイマイがそれぞれ、うなずいた。
「ライくん。君も覚悟はできてるか?」
「剣、なくなっちまったんだけどな」
「それでも君は前衛だ――サリの心の拠り所は、たぶん君だからな。逆に魔物は、君を真っ先に狙ってくる。
前衛でひたすら引きつけて逃げ回れ。私が魔術を使うための、時間を稼ぐんだ!」
「わかった!」
「トゥトとミスフィトはライくんの援護! 相手が罠を突破した直後から――こちらの気配を隠す必要が失せた直後から、私はまず大召喚の準備を始める。それが終わるまで、なんとしても時間を稼げ!」
「承知……!」
「了解だ」
トゥトとミスフィトがつぶやいた、直後。
爆発的な気配が、燎原から放たれた。
「!」
「来るぞ! ライくん、避けろ!」
「うわああっ!」
はじけるように突進してきたサリの身体を、かろうじてかわす。
と、俺の手にいつの間にか、鈍く光る短剣がにぎられていた。
「気休めだが使え! ないよりゃマシだろ!」
ペイの言葉と共に、またサリが突進。
「わっ、と!」
身体をかわしながら、振り抜いてきた短剣をかろうじてこちらの短剣で、ぎぃん! と受ける。
それで短剣がぽっきりいった。
「おいペイ、これマジでポンコツだぞ!」
「無茶言うなよ! サリの剣は世界最高レベルの魔法剣だぜ! 一発受けられただけでも奇跡だ!」
「自慢げに言うこと、か、よっ、はっ、たっ!」
次々繰り出される短剣の斬撃を、危なっかしい動きでかわす。
「深淵なる燎原の輝石――カララ・マイアスター!」
マイマイの声と共に、サリの目線が少しだけずれる。
――が、軽く切り払う動作をしただけで、具現化しようとしていた幻は一瞬で霧散した。
「ぎゃー! あたしのグラリスライムの幻影が一撃で消えた!」
『避けろ、少年!』
姿を消したトゥトの声に従い、俺は反射的に身を逸らす。
――そこに突進してこようとしたサリの身体に、くないが突き刺さった。
「当たった!?」
『否。直前で止まった。拙者ごときの霊術ではあのイェルムンガルド外殻を貫けぬ』
「うおお、やべえ!?」
すぐ活動を再開したサリの攻撃をかろうじていなし、かわし、叫ぶ。
「せ、センエイ! いい加減限界だぞ! なんとかしろーっ!」
「ええいわかってるよ! こっちだって最速で召喚してんだ、もうちょい耐えろ!」
声の聞こえた方向から、ばちばちと、雷のような音がしてきた。
サリがふと足を止め、獰猛な目をセンエイに向ける。
そしてほとんどノータイムでサリはそちらに駆け出し――そして、ぶっ飛ばされた。
「うわ!?」
「ふん――さすがにこのレベルの技を簡単に回避はできないようだな!」
センエイの手元に、巨大な光の球ができている。
それはやがて形を変え、大きな生き物の形へと変わり――
「其は外典第三領域、三途大河が源流へと昇りし偉大なるモノ! 真なる竜の一!
嵐を統べる者! 帝王の守護者! 陽気の体現者! さあ出てこい我が同胞よ――竜祖ノボリゴイっ!」
センエイの言葉に従って表れたそれは……
それは……
「えっと……」
サカナ?
超巨大な、空を泳ぐ魚。そうとしか形容しようがないものが、目の前に浮かんでいる。
シュール、としか言いようのない光景だった。
「そう、これこそが登竜門を登り切った竜の王者! 最強の竜祖ノボリゴイだっ! 正直こいつにかかりゃあ弧竜なんて目じゃないぜ!?」
「……なら、あのとき召喚してりゃよかったのに」
「すんごいコストかかんだよ! 正直いまでもギリギリな上に、金貨数千枚の呪具使ってるんだからな!」
醜くわめくセンエイの言葉を聞いてか聞かずか――
魚、ノボリゴイは、ふひょう、とへんな声を上げて、サリの方を見た。
――瞬間、サリの身体がはじき飛ばされた。
すさまじい衝撃の余波が、遅れて飛んでくる。なにが起こったのかはわからないが、なにかの攻撃をしたのだろう――サリのマントの端が、少なからず焦げていた。
「おお、ホントに強いな!」
「よーしよしよし、その調子だノボリゴイ! さあ、そのまま追い詰めてしまえ!」
調子に乗ったセンエイの言葉に従い、ノボリゴイはふたたびひょう、と小さな声を上げ――
その身体に、どすどすどすっ、と無数の短刀が突き刺さった。
「え?」
そしてその短刀たちが、刺さったところを中心に発光を始める。
――刺さったところの傷で、魔法円みたいなのを描いて、なにかしようとしている。
「センエイ、これ……」
「に、逃げろ! いや伏せろ!」
センエイがその場の全員に叫ぶと同時に。
大音響と共に、ノボリゴイの身体が爆散した。
【補足】
なんとなくごまかしてますがミスフィトとセンエイは初対面です。
魔術紹介:
1)『魔法剣作成』
系統:付与 難易度:D-
文字通り、魔法剣を作成する能力。
ライに投げ渡されたのはペイの習作であり、サリの『新月』を相手に一撃だけでも防げたのは本当に僥倖としか言いようがない。
ペイの腕がもう少し未熟だったら、ライは死んでいただろう。
2)『スライムグラリ』
系統:幻術 難易度:B-
グラリスライムと名前がついた架空の生物を呼び出し、地面がぐらぐらしている錯覚を与えて相手の動きを制限する術。
広範囲に作用するため難易度が高い。
3)『霊術:影縫い』
系統:付与/忍術 難易度:C+
魔法剣に近い特殊な処理が施されたクナイを打ち、相手を攻撃するだけではなく、外れたとしても行動を制限する呪詛を振りまく特殊魔術。
今回はイェルムンガルド外殻によって着弾自体しなかったことで、呪詛は未発動で終わった。
4)『竜祖ノボリゴイ招請』
系統:召喚術 難易度:SS
『偽物』センエイ・ヴォルテッカの必殺技。
最強というのはセンエイの自称に過ぎないものの、ハルカの呼び出した竜祖イルルヤンカと比較してもさらに高位の竜祖であり、呪具ありとはいえこのレベルの召喚原理を招請の形で完全召喚できるのはセンエイの腕の高さを表している。
……雑魚じゃないよ? ちゃんと強いよ?




