七日目(5):悪党、いつものように逃げる
そして、ライとサリは去った。
「くそ、俺たちも追うぞ……っ」
「待てやコゴネル。状況を冷静に見渡せ」
「だがよおっ!」
「俺は剣が壊れかけ、おまえとハルカは魔力切れ、ミーチャはもうちょいならなんとかなりそうだがテンが負傷中。この状況であのレベルの魔獣と化したサリ相手に、なにができる?」
バグルルの言葉に、コゴネルはぎりりっ、と歯を食いしばる。
「……どうも。足手まといで申し訳ありませんな」
「いや、テン。あんたを責める気はないよ。悪かった。
だが……くそっ。いくら魔物の暴走っつっても、サリがあそこまでになるなんて聞いてないぞ。なんだあれは?」
「心当たりがないわけじゃねえ。ハルカ、おまえはどうだ?」
「――いえ。
憶測で物を言う気にはなれません、バグルル。さしあたりは、我々もゆっくり離脱しましょう」
「そうだな……あのゴレム以外のヤバいもんがないとも限らん。まずは安全を期して地上へ――」
『帰れると思うか?』
コゴネルの言葉に応えた声は、誰もいない場所から聞こえてきた。
「なんだ!?」
「! 気をつけて下さいコゴネル――あのライナー少年の投げた剣は、未だ生きています!」
『然り……!』
烈風のような神気が吹き寄せる。
『馬鹿者めが、我を捨てるとは……思い知らせてくれたいが、まずは身体がなければ話が始まらん。
雑兵ども、その身体、ひとつもらい受けるとしよう。なに、ひとつあれば後はいらん。残りは皆殺しだ』
「っ、この状況で神退治かよ……! 冗談じゃねえぞ」
コゴネルはうめいたが、
「いや、その必要はないよ。コゴネル」
――続いて涼やかな声が、この広間の入り口から響いた。
「……シン?」
バグルルが、鋭い顔になった。
コゴネルは一瞬だけバグルルの顔を見て、
「シン。……ひとつだけ答えてもらおう。いまのおまえは敵か? 味方か?」
「どちらでもない」
即答。
シンは、特になにも負い目がないという表情で、ひょうひょうと言った。
「どちらでもないよ、コゴネル。勅命は下り、僕は君たちの仲間ではなくなった」
「じゃあ……」
「が、向こうさんの取引条件は、そこの剣の回収でね。ちょうど君らと敵対していたようだし、幸いにも僕は、君たちとは戦わなくてよいらしい」
「…………」
『いま、なんと言った? 木っ端魔人が』
声は、不機嫌そうに響いた。
『この俺を回収すると言ったのか。もちろん、新たな宿主となるという意味ではないのだよな?』
「そりゃあそうだろう。そんなことになったら、取引相手に渡せない」
『どうやってやる気だ!?』
ごう、と再び、神気が場を揺るがせる。
だが、シンは平然とした顔でそれを受けた。
「べつに難しいことでもないだろう?
君を黙らせて、呪術でくるんで持っていけばいいだけだ。その程度のこと――サリではないが。真儀解放すら必要ないね」
『貴様、このバルメイスを愚弄するか!』
「貴様こそ! バルメイス神を僭称するな、残滓ごときが!」
シンの一喝に、コゴネルはうめいた。
「え? マジで? あれ、バルメイスじゃないのか?」
「そういうことです、コゴネル」
答えたのは、ハルカだった。
「トマニオの聖典はご存じでしょう? そこの託宣によって、バルメイス神の死は確定している。
死んだ者が蘇るなど、外法でも使わぬ限りあり得ません。あれは、バルメイス神本体ではなく、それと似た現象に過ぎません」
『言ってくれるな、魔人如きが!』
バルメイスが吠えた。
『そこまで吠える以上、命を賭ける覚悟はできているのだろうな! この俺の前に立って――』
「ないよ。そんな価値は君にない」
『…………』
シンがあっさり言ったので、バルメイスは沈黙した。
「わかっているだろう? 君の存在を成り立たせていたのは、ライ氏と君との所有者契約だと。
そのライ氏が、剣を手放すと公式に宣言したんだ。あれは痛快だったな――おかげで、君の能力は、ひどく弱っている」
『黙れ』
「黙らせてみせろ」
ぎぃん! とシンの付近で金属音がした。
バルメイスは舌打ちして、
『……貴様、幻覚なのか? 手応えなくすり抜けるとは』
「まさか。これは本体だよ」
『ならば一体――』
「『秘剣』カイ・ホルサ。それが余の銘だ」
シンは平然と言った。
「魔術師にして神たる異端。その余が残した唯一の遺産――カイ・ホルサの夢幻刀儀。貴様が見たものは、それだ」
『夢幻刀儀だと?』
「そうだ」
『馬鹿な! それは遡及打撃の別名だ! それを使って攻撃することならともかく、防御に使うなど――』
「我が夢幻刀儀は幻と現の境界を乱す技だ。
その技は普通に使えば、幻を本体ということにして斬り殺す――だが逆に、本体を幻にすることもできるんだよ」
『…………』
「我は見えざる神殿の王子――名はシン・ツァイ。これと、よりによって幻と親和性の高い無地の燎原でまみえた不運を嘆け、剣の亡霊よ」
『貴様、貴様ああっ……!』
吠える剣を、目の前にして。
シンは堂々と目線をそちらから切り、コゴネルに移して、笑ってみせた。
「そういうわけだ、コゴネル。
ここは悪いが退いてくれ。ちょっと――荒っぽい仕事になるからね」
「……礼は言わねえぞ、シン」
「当然だ。僕は自分勝手にここにいる。
――さらばだコゴネル・アングストン。君の往く道に、栄光あらんことを」
「行くぞコゴネル! 撤退だ!」
「さんかく~!」
テンとハルカを担ぎ上げたバグルルとミーチャに、コゴネルは叫んだ。
「うっせえなわかってるよ! いま行く!」
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(よし、追ってきてる!)
サリが入ってきた道。
そちらに走り込んだ俺は、サリが普通に追ってきているのを見て、小さくガッツポーズをした。
ここで追ってこなかったらどうしようと思ったが、ついてる。後は逃げ出してどうにかするだけ――
「って、速っ!?」
すんごいスピードで追いすがってくるサリに、悲鳴を上げる。
――間もなく、あわてて回避する俺の上をサリの短剣がぶうん、と音を立てて通過した。
サリはそのまま駆けて、ちょうど曲がっていた洞窟の壁に激突して、止まる。
(……そうか。サリが内部で抵抗しているから――)
身体スペックはサリのままだけど、器用には操れないんだ。
「なら、十分望みはあるってこった!」
走るの再開。全力で走り、また引きつけて、なんとか回避する!
――と思ってたら、飛んできた短刀に足を引っかけられてつんのめった。
「……なんのっ!」
即座に前転に切り替えてやり過ごしたが、その間にもサリはものすごい速度で迫ってくる。
(くそ、あの遠隔操作の短刀も使えるのかよ!)
こりゃあさすがにまずいか……? と思った直後。サリが大きくぶっ飛んだ。
「え?」
「逃げるんだろう? 加勢しておくぞ、小僧」
なにもないと思っていた空間から出てきたのは、獣人のシルエット。
そして、その横にすたっと降り立った、黒ずくめの小さな岩小人。
姿を見るのは初めてだったが――
「どうやら状況に応じて、共闘できる相手で助かった。――時間を稼ぐ。逃げおおせろ、少年」
「トゥトか! 助かる!」
俺は言って、
「そっちのおっさんも! 後でまたな!」
走り出した。
「おっさんって言われるほど俺は年食ってねえぞ、ボウズ――!」
後ろから抗議の声と、ざくん、ぎゃりん、という異様な交戦の音が響いてきた。
(……しかし)
俺はちょっとだけ、疑問に思う。
いや。まあ獣人のおっさんは、たぶん敵だったのだろうけど。
(この状況で共闘……? なにか、本格的に都合の悪いことがあったってことか?)
そして、それからは大きな障害もなく。
俺は、ふたたび洞窟の入り口まで戻ってきていた。
「てい、ジャンプ!」
転移トラップをジャンプしてかわし、外へ。
「――
どこだ、ここ?」
森の中。
見渡す限り、うっそうと茂ったなんだかわからない木、木、木……それらが、俺をぐるりと取り囲んでいる。
(幻覚、なんだろうな……さっきとぜんぜん違う光景になってるけど)
問題は、だ。
「ええと、どっちに向かって幻覚を消せばいいんだっけか?」
と。
黒い風が、こちらを取り巻くように吹き抜け、一人の黒装束の男に変わる。
――岩小人の忍者、トゥト。
「申し訳ない。それほど時間を稼げなかった」
「げ。もう来たの?」
「ミスフィト――我が敵対する魔人が阻んでいるが、すぐ来る。
なにか策があって逃げていたのではないか、少年? 聞かせてもらいたい」
「ああ。とりあえず、センエイたちと合流すりゃなんとかなるかと思ってな」
「……なるほど。一理ある。外法には外法師だ」
「でも、どっちが娑婆だったか覚えてなくてな。たしか、消えろって念じてそっちに走ればいいんだったよな?」
「消した直後に一瞬だが現実の光景が見える。その瞬間に、そちら側に向かって走り出すしかない」
「おい、限度があるぞ! なにか策があるなら急げ!」
後ろから、ミスフィトのおっさんの声がした。
俺は覚悟を決めて、念じた。
「幻像よ、消えろおおおおおおおおおおお!」
瞬間。
ばきばきばきばき……というにぶい音とともに、世界が唐突に崩れ出した。
「――!」
あたりを見回す。
空が割れ、森にひびが入り、大地が崩れ去っていくそのなかで、次第に視界に通常空間の光景がもどってくる。
……こっちか!
「だああああああああっ!」
全力で走る。
いったん崩れた幻影が、足下でどんどん再構成されていくのがわかる。
(間に合え――!)
ただそれだけを願いながら、無心に駆け抜ける。
そして――だんっ! と、固い地面に足が着いた。
「あ、おかえりー。ライ兄ちゃん」
「って、トゥトもか。それに――なんだ、もう一人いるのか?」
マイマイとペイはのんきに言ったが、
「それどころじゃねえ! 後ろを見ろ、俺の後ろ!」
「へ?」
後ろを見たマイマイが硬直する。
トゥトとミスフィトの後ろに、禍々しい――すさまじい気配をまとったモノが、すぐそこに迫ってきていた。
ペイがどなった。
「こぉらライ! てめーなに引きずってきやがった!?」
「サリだサリ! なんかすげー暴れてるんだって!」
「な……なんだってぇ!?」
センエイはそんな光景を、面白くもなさそうに見ていたが。
「二番目かー。まあ、悪いとまでは行かないかな」
「なに言ってんだ?」
「この結果は、予想していた中で二番目にいい結果だって言ってんだよ。ライくん」
「…………。
一番いいのは?」
「君がくたばってくれれば最善かなって」
「そんなこったろうと思ったよちくしょう!」
「まあまあ。生き残ってきたのは仕方ないとしてだ」
「仕方なくねえ! 僥倖だって言え!」
「覚悟を決めろよ、ライナー・クラックフィールド。決戦の幕は、まだ上がったばかりだ」
思ったよりまじめなセンエイの顔に、言葉を飲む。
「おい……そろそろ説明してくれよ。あの異常な殺気をまとったサリは、いったいなんなんだ?」
「おや。そういえばこの場には、未熟者が多いんだったな」
ペイの言葉にセンエイはおどけて、それから――宙に浮き上がり、無表情にこちらを見るサリを指さして、告げた。
「なら覚えておけ。あれはな、ああいう存在を、我々魔人たちは古来より『魔王』と呼んでいるのさ。ペイ、マイマイ」
【雑感】
この作品は最初の計画ではゲームの予定だったと、前に述べましたが。
基本的にはアドベンチャーパートを挟んでダンジョンアタック、を繰り返す予定でした。
なので弧竜の草原の洞窟やら、岩巨人の洞窟やら、今回やらとやたら洞窟が多いのですが……
ライ、よく見ると洞窟から毎回逃げてますね。そういう星の下に生まれたんでしょうかね。




