七日目(4):悪神、目覚める
「……というか、ハルカはどこだよ?」
俺は言った。
コゴネルは首を振って、
「わからん。この広間の内部にいるとは思うんだが、巻き込まれないように退避しているのか――」
「あるいは、あのゴレムに、術者を狙うだけの知性があるか、だな」
バグルルが言った。
「召喚術を見て術者を狙うのはセオリーだが、相手にそれだけの知恵があるとなるとハルカも隠れざるを得んだろうさ。
問題はどこに隠れてるか、だがなー。さっぱりわからん」
「……というか、探してどうするんだ? この状況で」
コゴネルの言葉に、俺は答えた。
「いや、狭いところまでは追って来れねえだろ。あの石像。図体からして。
だから、ハルカを回収していったん退避するのも手かと思ったんだけどな……」
「悪いが無理だ」
「なんで?」
「召喚魔法って、燃費がもんのすごい悪くてな。
いくらハルカが召喚の名手だっつっても、あれだけ高位の召喚原理を二度呼ぶのは無理だ。退いたらジリ貧にしかならん」
「だからって、あの状況に俺たちがなにかできるか?」
「わからん」
コゴネルは渋面で言った。
「正直、どっちが優勢かもわかんねえよ、あんなん。どうしろってんだ」
「優勢なのは石像の方だろ?」
「あん? なんでそう思うんだよ、ライ」
「え? だって……」
俺は指さし、
「あいつのパワー、どんどん増加してるじゃん。さっきから見てても一回り光が増してるぞ」
「……。
待て。ライ、おまえ、神力が視認できてるのか?」
「え? なんだそりゃ」
「コゴネルよう。そんな言い方じゃライには通じねえぞ。
んで、ライ。重要なことだから聞くぞ。おまえには、あの石像は光って見えるのか?」
「え? うん。ていうか、光ってないの?」
「俺たちには見えねえ」
バグルルは断言した。
「つうことは、運命力というか、神力というか、とにかくおまえだけが視認できる不思議な力をあのゴレムは持ってるってことだ」
「おい……待てよ。そんじゃああのゴレム――神力持ってるってことじゃねえか!」
「そうだ」
バグルルはあごを撫でながら、言った。
「間違いなく、神造兵器だな」
「……っ、まずいぞこれは! 勝てる余地が見当たらねえ!」
「だよなあ。……ここまでのモンを用意して、俺たちをただ迎撃するだけの目的とは思えねえ。グラーネル・ミルツァイリンボ、なに考えてやがる?」
「落ち着いてる場合か! ええいくそ、せめてシンかサリかセンエイがいればまだなんとかなるが……」
「コゴネル、あぶねえ!」
「な!?」
気がつくと、石像がコゴネルの目の前に迫っていて。
「さんかく~☆」
「おらぁっ!」
バグルルの剣と、そのへんに隠れていたミーチャの不思議力が凄まじい勢いでその石像に突き刺さり、石像がたたらを踏んだ。
……そう。たたらを踏んだだけ。
そのまま石像は腕を振り上げ、
「精霊よ、守りを!」
防御呪文を唱えた直後のコゴネルを直撃。コゴネルはノーバウンドで吹っ飛んで壁に激突した。
「コゴネル……っ」
「馬鹿野郎ライ、身を守れ!」
「!?」
気がつくと石像の目が、俺の方を向いていて。
その額に刻まれた文字が、不気味に光った。
(あ、ダメだこれ)
なぜか冷静に、俺は思った。
たぶんミーチャはあれで力を使い果たしている。バグルルの剣も効かなかった。
俺ができることは、せいぜいが剣で斬りかかるだけ。……そして、それではもう、どうにもならないレベルの暴力が、迫ってきている。
『ならば、俺に任せてみるがいい』
という声が、内から聞こえて。
そして俺の意識は、ぷっつりと途絶えた。
(……って、それじゃシャレにならねえだろうが!)
くわっ、と目を見開く。
ぷっつりと強制中断されたはずの意識を、それでもかろうじてつなぎとめ、せめてなにが起こるかを見届けようともがく。
視界の中。俺の身体を操っているなにかが、石像を圧倒していた。
「は。どうやら亜神レベルの神力は持っているようだが――」
俺の声が、どこか遠くから響いてくる。
その後ろで、弱り切ったイルルヤンカが、悲鳴を上げてのたうちながら消えて行くのが見えた。
「本物の神威を前にする価値なし! 貴様なぞ剣一本で十分よ!」
ごばぁ! と音がして、俺の剣から光が走り、石像の表面を大きく削った。
同時に余波がすさまじい勢いであたりの空間を舐め、バグルルが叫んだ。
「待てよライ! このままじゃまわりの連中、みんな巻き込んじまう! ハルカもコゴネルもミーチャも死んじまうぞ!」
「うるさい」
俺の声が、冷たく響いた。
「うるさいわ下等生物が! 俺のやることに意見するとはいい度胸だ、後で仲間もろとも切り刻んでやるから覚悟しておけ!」
「……っ、マジで暴走しやがったのか……!」
バグルルの、少し焦ったような、若干悲しそうな顔に目をやり、
「? ……意識が残っているな。不快な」
俺が、吐き捨てる声がした。
「だがまあ、なにもできんだろう。せいぜい視線を動かす程度の力、無駄遣いしてあがくがよい」
(こいつ……!)
戦神、バルメイス。
スタージンが、『神殿がいなかったことにしたい神』とまで述べたその相手が、いま、俺の身体を支配している。
と、正面から風を感じた。
「おっと」
がきぃ! とすさまじい激突音がして、俺の持つ剣がいともたやすく石像の拳を受け止めた。
「生意気な石像だなあ。痛みを感じるわけでなし、恐怖を感じるわけでもなし。
ただ神を殺す本能に従って動く、大巨人の傀儡か。不快だな」
俺の声がそう言い放ち、剣を構え直す。
「ライ……いや、バルメイス神! そいつの弱点は額だ! その文字を一文字削れば……!」
「要らん。不要だ」
コゴネルの言葉を、バルメイスは不快そうにさえぎった。
「この程度の敵、弱点を突くまでもないであろう。
正面からたたき切ってやる。それで一切合切の決着が着く」
「ま、待て! そいつには殺し方があるんだ! 無茶をしたら蓄えられた神力が暴走して、大爆発を……!」
「だから?」
バルメイスはあくまで冷淡だった。
「爆発した程度で俺が死ぬはずもなし。貴様らが巻き込まれて潰れてくれるなら手間も省けよう」
「……っ、まずい!」
「そらそら、さっさとくたばれ!」
そう言ってバルメイスは、嵐のような剣捌きで石像を削り始めた。
その石像は、徐々に光を帯び始め、傷ついた場所から強い力が流れ始める。
「さんかく~!」
「お、おい、これ本格的にまずいぞ!?」
「ハルカ! ハルカはどうした!? イルルヤンカは消えたんだ、さっさと出てこい!」
「ここです、コゴネル。ですが……!」
魔人たちは必死で身を守ろうとしている。が、間に合わない。
「ははは、さあとどめと行こうか!」
バルメイスはそう言って、剣にぐっと力を込め――
その瞬間、石像の頭の上で、がすっ、という小さな音が響いた。
「……なに?」
よく見ると、小さな――石像と比して本当に小さな短刀が、石像の頭に掘られた文字のひとつに刺さっているのが見えた。
石像が悲鳴を上げ、光が急速に細っていく。
そして、それはバラバラと砕け、地面へと落ちていった。
「…………」
バルメイスは殺意を込めて、その石像の奥を見やる。
そこに、見慣れた彼女がいた。
左目に黒い眼帯。だぼだぼの大きいシャツの上にマントを羽織ったその女の子は、小さく吐息してこう言った。
「魔女サリ・ペスティ――見参」
「不愉快だ」
バルメイスが吐き捨てた。
サリは淡々と、バルメイスの――俺の方を、その目で見つめるのみ。
「こいつは俺の獲物だった。それを横から出てきてかすめ取るとは、無礼にもほどがある。貴様、それほどむごたらしく殺されたいのか?」
「ライ」
サリは言った。
「わたしの中には、魔物が潜んでいる」
「だから?」
「魔物はわたしの意識を乗っ取ろうと、機会を見ては支配しようと実行する。だけど毎回、わたしは意思の力で閉じ込めている」
「それで?」
「そのたびに、魔物はわたしの中に潜伏して――力を貯める。力さえ貯めれば、少しだけわたしを意のままにすることもできる。それで力関係が逆転することはないけど……」
「で?」
「そういうこと」
言って、サリは剣を構えた。
バルメイスは不快そうに舌打ちした。
「なにを言い出すかと思えば……自己紹介か? それとも脅しか?」
「…………」
「魔物憑きごときが偉そうに。不快極まりない。貴様は念入りに殺す。その中の魔物、もろともにな」
バルメイスは宣言して、剣をサリに向けた。
(…………)
俺はその中で、奇妙な落ち着きを取り戻していた。
もし、俺の中の考えが、間違いじゃなければ――
「はあっ!」
「陣形『針千本』、実行!」
がきがきがきがき! とバルメイスがサリのまわりに展開した刃をはじき飛ばす。
「防御形態とは臆したか! 貴様のその魔剣、俺に通じるか試さぬのか?」
「…………」
サリは油断なく、バルメイスを見つめるのみ。
バルメイスは不快そうにサリを一瞥し、
「ならそのまま死ねい!」
剣が大きく光を発した。
俺は叫びたくなるのをこらえ、状況を直視した。
「我が神威を受ける栄誉を受け取るがよい! この閃光は、貴様の死出のはなむけとなろう!」
「……陣形『盾結界』、実行!」
サリのかけ声と共に、抽象的な文字が短刀と短刀の間を埋めて巨大な盾を形成し、
「神威――幻想の太陽!」
そこに爆発的な光の剣気が、突き刺さった。
爆風が荒れ狂い、コゴネルがなにか叫んでいるのが聞こえた――が、意味までは取れない。
(とりあえず、あっちは生きてるな)
それだけを考える。
やがて剣気が衰えていき、同時に状況も明らかになる。
サリのあたりの短刀はほとんど吹き飛んでいたが、サリ自体はほぼ無傷。姿勢を低くし、いまにも飛びかかろうとしているように――
「ふん!」
「はあっ!」
がぎいんっ!
――次の瞬間、バルメイスとサリは、刃を合わせていた。
つばぜり合いのような形になりながら、とどまる。
最初から、サリは、読んでいたのだ。
例の必殺技の後にバルメイスが間髪入れずに突進してくることを。そして、それに対処するには、ぼろぼろになった短刀の防御では不十分だということを。
だから自分から前に出てきた。……が、それは、非常にまずい行為だ。
バルメイスのイェルムンガルド外殻の影響で、サリの全身から煙が上がる。
「……っ」
「はは、これはいいぞ! 娘、貴様、魔物を飼っているのが仇となったか!」
バルメイスが哄笑する。
「……ダメ……いま……出てきたら……」
「どうした? 苦しいか? 痛いか? このままつばぜり合いを続けていても俺にはなんの消耗もないのだがな?」
いたぶるようにバルメイスは言うが、サリはそんなことは聞いていなかった。
聞いている余裕がなかった。
次の瞬間。
「!? 邪格だとっ!?」
バルメイスが飛び離れたところを、銀光がなぎ払った。
ごう、とどす黒い邪気がサリから立ち上る。
「ぐ、ぐが――」
サリが、うめいて。
「ぐぎゃあああああああああああ!」
「……馬鹿め。魔物に乗っ取られたか」
バルメイスが小さく笑った。
「だが委細なし! その方が面白い――魔物に乗っ取られた貴様の方が、なにか逡巡していた貴様より万倍も殺し甲斐があるわ! リハビリにはちょうどいい!」
言って彼は剣をサリに向けて……いまだ。
「どっせえええええええええええい!」
「な――なにいいいいいいいいいい!?」
躊躇なく俺は、全力を振り絞って剣をにぎる右腕を支配し返し、その力でもって剣を投げ放った。
ぽーい、と放物線を描いて剣は飛び、ざくっと音を立てて遙か遠くの地面に突き刺さった。
「き、貴様ああ! 俺を放り投げるとは、正気か!?」
「やかましいわ! さっきからさんざん人の身体で暴れやがって、おまえみたいな剣、もーいらん! そこで一生埋まってろ!」
「な……!」
わなわなと剣が震える。
――そう。サリがバルメイスに向かって言っているように見えたのは、自己紹介なんかではなかった。
サリは最初から、俺に向けて。
魔物がそうしているように、一瞬ならば俺も身体を乗っ取れると。
その一瞬を利用して、バルメイスの支配を解けると、告げていたのだ。
「遅くなっちまって悪いな、サリ――」
「ら、い――」
サリは。
どす黒い瘴気をまとったサリは、悲しげに首を振った。
「だ、め。間に合わな、かった。逃げ――」
「おうよ、逃げるさ!」
俺は言った。
「だから追ってこい、サリ――外まで俺は逃げ延びる。逃げ延びれば、センエイがいる!」
「あ……」
サリが、驚いたような顔をした。
……よし。まだ大丈夫だ。
まだ、サリの判断力が残っている。主従は、完全に逆転してはいない。
「援軍を増やすぜ! そんで絶対助けてやる――だからおまえも、絶対にあきらめるな! 助けてもらった奴を助けられないなんてかっこわるいこと、俺にさせるんじゃねえぞ!」
言うだけ言い放って。
そして俺は、サリに背を向けて走り出した。
用語解説:
【神威】
神や大巨人の持つ、神話に刻まれた偉業に由来する超必殺技。
戦神バルメイスぐらいの神格ともなれば、強力な神威を複数個自在に使いこなせる。
基本的にワンオフであり、その神にしか使えないところが魔術などとの大きな差である。




