七日目(2):悪党、罠にかかる
罠であることはまあわかったとして。
「とりあえず、自分でなんとかしないとなー……」
この洞窟は岩巨人のと違って、自然に壁が明るくなったりしない。
なので、よく光る剣(便利)を抜いて、とりあえずたいまつ代わりにしているのだが。
(目印もなんもないから、どーやって探索すりゃいいのかもわかんねーな)
そもそも、洞窟に到達したらなにをするのか自体、聞いてない。
(いかんな、人任せにする癖がついてる)
ぽりぽりと頭をかく。
いかんせん、組んでる魔人たちが優秀すぎて、気づいたらおんぶにだっこ状態になってることが多い。
反省しないとなあ……と思いつつも、彼らに頼らないとこの場を切り抜けられないことも、また事実だ。
「おーい、誰かいないかー!」
というわけで、声を出してみた……が。
(うわ、ごわんごわん反響してる)
すでに俺が出した声なのかも曖昧なほどに響く音に、しかめっ面になる。
これじゃ相手が聞き取ってもどうにもならんだろう……と思っていると、
「……ライ! そこにいるの!?」
「ん……んん!?」
聞こえてきた声は、意外な声だった。
「リッサ!? おまえか!」
「いまそっちに行く! 待ってて!」
「お、おう!?」
なんでリッサがここに――と思いながら、声がした方を見ていると。
「やっぱりいた! ライ!」
カンテラを提げた笑顔のリッサが、曲がり角からひょいっと現れた。
「なんでおまえがここにいるの? たしか、隊商と一緒にもう北に出発したはずだろ?」
「なに言ってるのよライ。隊商は魔物で出発できないし、それに、ついてっちゃおうかなって前に言ったでしょ?」
「そりゃあ、言ったけど……」
「ともかく、無事でよかった! 慌てて追ってきて罠にかかっちゃったときはどうしようかと思ったけど、なんとかなるものだね!」
「まあ、そうだな……」
俺はつぶやいた。
「けど、おまえも罠にかかったってことは、他の連中との合流のアテはあいかわらずなしか。参ったね、こりゃ」
「そりゃそうだけど、でもここに来る前に大きな道の合流場所を見つけたよ! つながってる出入り口もいっぱいあるみたいだったし、そこに行って待つのが一番じゃないかな!」
「そっか。そうかもな」
「案内するよ! こっち!」
リッサに言われ、俺は相手の背中についていく。
「ところでリッサ」
「ん、なあに、ライ?」
「おまえの本名、なんて言ったっけ? 長すぎていつも覚えられないんだよな」
「もー。ちゃんと覚えてよね! リクサンデラ・メザロバーシーズ=キルキル・ポエニデッタだよっ」
「長いなー……やっぱ覚えられねえや」
「む。ひどいよライ。言わせといてその発言はないんじゃないの?」
「そんなこと言って、おまえも俺の名前、実は覚えてないんじゃないの?」
「失礼だね。ちゃんと覚えてるよ。ライナー・クラックフィールド、でしょ?」
「そう。ライナー・クラックフィールド――」
刹那。にわかに、剣の光が強まった。
「!?」
「の名において! 消し飛べクソがあああああああ!」
「ぐっ……ごあああああああああああああ!」
ずどん! という凄まじい音とともに剣から飛び出た光の帯がリッサ――の形をしたなにかを貫き、爆砕した。
「…………」
(いや、違うな)
爆砕したのではなく、自爆したのだ。俺の剣光を前に防ぐことを諦め、最初から予定していた爆殺に切り替えようとした。
剣の力に押されて爆風は届かなかったが、そういうことだ。
「な……なぜ……?」
相変わらずリッサの顔をした生首が、リッサの声でうめいた。
「なぜ、看破した……? 僕のこれで仕留められなかったことがないわけじゃないが――こんな形で破られたことなんて、一度も、なかったのに……」
「んー、推測するにアレだろ? 相手にとって最も都合がよく、かつリアリティを最低限保つように自動的に人格を生成する幻覚、みたいなのだろ?」
俺も魔人たちとの付き合いがそこそこあるようになって、そのくらいの類推はできるようになった。
「で、本命は他の魔人と合流してからの全員爆殺。対抗として、疑われて幻術破りを仕掛けられたら、連動して自爆して俺を殺す仕掛けだったと見た。だから俺は、そのどっちも起こる前に先手必勝でバラしちまおうと思ってな」
「あり得ない……あり得ないあり得ないあり得ない! 俺の掌握人形は最高傑作なんだ……! いかなる相手にでも存在する心理的な陥穽を自動的に突き、その当人が「望ましく」かつ「あり得る」と思える、限界ギリギリの展開を実現する技だ!
この技術が演じる限り、おまえは「あり得る」と思う展開が目の前になければならない! それこそ破幻でも試さない限り、フェイクだという確信を得ることは――」
「ああ、うん。「あり得る」とは思っていたよ?」
俺は笑った。
「最初に引っかけの質問をしたのに、それにもきれいに答えられたからな。正直、その技術には舌を巻いたよ。すげえな」
「なら、なぜ信じない!」
「だって俺は、弱い奴をいっぱい見てきたからな」
あっさり、俺は言った。
「弱い奴ほど、相手の弱みにつけこむのに長けてるものさ。だから俺は、どれほどリアルな状況でも、油断なんてカケラもしねえよ。
むしろ、聞き方をしくじったと思った。こいつは俺の心の状態に依存して答え方を自動調節できるタイプだ――と推測したから、俺はその後の展開で最も都合がいいと思えるものを頭の中で整理して具体的に思い描いた。
で、一字一句同じ台詞をリッサが吐いたからな。以上だ」
言って俺は、小さく息をついた。
自分の心理の弱点なんて、掌握していて当然。この手の小悪党への対処なんて慣れたものだ。
「さて、と。まだ頭部が残っているようだが。
残った兵器があるなら出せよ。笑って受け止めてやる――ないなら、不愉快だから潰す」
「……認めない」
「あ?」
「認めない認めない認めない認めない認めない! 俺は! おまえみたいな奴を! 絶対に認めないぞおおおおおおおおお!」
叫んで、リッサの頭部が砕けた。
そこからわき出したガスのようなものは、しばし俺の周りをただよっていたが、やがて霧散して、消える。
(毒ガスの類か。例の、カシルの剣を逸らした謎バリアに弾かれて消えたみたいだが……やれやれ)
俺はため息をついた。
「相手にならねえほど弱いが――不快な小悪党だな」
バグルル、コゴネル、ミーチャの組み合わせと出会ったのは、それからしばらくしてだった。
「ずいぶんボロッボロだな、バグルル」
「くっそ強いチビと戦ってな。
ちっくしょ……サリの魔化した大剣と打ち合って刃こぼれひとつしない短刀って、あんなんありかよ。信じらんねえ」
「強い魔女はフレイアだけじゃねえってことだろ。クヨクヨすんなバグルル」
「さんかく~☆」
「おまえらは上機嫌だよな……ぼこぼこにされたの俺だけだもんな……」
珍しくバグルルに優しいコゴネルを見て俺は警戒したが、偽物っぽさはあまり感じなかった。
「おまえはどうだった、ライ? なんか遠くから爆発音が響いてたが、あれはおまえか?」
「たぶんなー。リッサの顔した人形が出てきた。偽物だと看破してなけりゃたぶん、この合流したタイミングで自爆して大惨事だったぜ」
「そいつは……どういう奴だった?」
言われて俺は、コゴネルに敵の特徴を話した。
彼はふむ、とうなずいて、
「サリの報告にあった、人形遣いの敵だな。名前はレイクル・サバーリッチ――まあ偽名だろうが、人形術と幻術の組み合わせで悪事を働く、お尋ね者の魔人のはずだ」
「有名なのか?」
「一部界隈ではなー。人間を人形に改造したとか、逆に人間みたいな人形を娼館に売りさばいて稼いでるとか、いろんな噂があるな」
「あんな小悪党っぽいのがねー……ふーん」
「性格が小悪党でも、魔術の腕があればいろいろできちまうからな。だから魔人は嫌われるんだろうよ」
コゴネルは若干不快そうに言った。
「しっかし、よりによって入り口に転移の罠とはな。もっと直接的に攻撃してくるのなら対策してたんだが、意外すぎて意表を突かれたぜ」
「このパターン、珍しいのか?」
「考えてもみろ。転移の罠ってな、相手に直接危害を加えることはできねーんだよ。
そんでもって、アジトの外に放り出す類ならまだわかるけど、内側に放り込んで、しかも即デストラップってわけでもないと来た。じゃあ、これはいったいなんのためにやったんだ?」
「お? なんだいなんだいコゴネルちゃんよ。そんなこともわかんねーで悩んでたのかよ。実は馬鹿か?」
「…………。
一応、殴る前におまえの推理を聞いてやろう、バグルル。一応な」
「がはは! 任せろよオイ!
ほれ、ライの身体にゃ、例のイェルムンガルド外殻が張られてるんだろ?」
「まあ、そうだろうな」
「待った。そのいぇるむん……て、なに?」
「神や大巨人の持つ、防御バリアみたいなもんだよ。
厳密に言えばバリアじゃなくて、幸運だ。神と大巨人は世界に愛されてるんで、ズルしてすげー運を持ってることになってる。その結果、相手の攻撃が偶然当たらないようなことが毎回起こる」
「あー、なるほど」
コゴネルの説明に俺は納得した。
確かに、カシルの攻撃を防いだり、毒ガスをこっちに来させなかったりといったバリアの力は、それっぽい。
「んでまあ、その剣はどうも聖遺物っぽいし、なんかそれ系のものが張られているというのは俺たちも予測していたことだが。それでどうしたって、バグルル?」
「だからよ、致命的な罠なら、運良く回避しちまうだろ、こいつは。
イェルムンガルド外殻、魔術攻撃には効きが悪いって話だが。でも罠っていうカテゴリに対して作用するなら話は別だ。そうだろ?」
「らしいな。なんでも、物理座標を指定していることから物理と干渉していて、その干渉をたぐって幸運を発動させられるんだっけ? 俺も専門家じゃねえから詳しくはわからんけど」
「そう。だからあえて相手は、致命的じゃない転移罠で俺たちを分割したのさ。それで各個撃破する。それならなんとかなると踏んだんだろ?」
「なるほど。それがおまえの推理か。バグルル」
「おうよ! どうだ俺様の完璧極まる推理ぐぼほっ!?」
言い終わる前にコゴネルの放った光球がバグルルの顔面に突き刺さった。
「テメエ! なにしやがるコゴネル!」
「殴る前に聞いてやろうっつったろ。内容次第で殴らないとは言ってない。
それ以上に的外れだぞバグルル。その推理、土台からおかしいだろうが」
「あ? なにがだよ」
「いや。だってライがここに来るのは本当に旅の直前に決まったことだろ。なんで相手がそれを見越した罠張ってるんだよ」
「あー……」
「しかく~※」
バグルルは気まずげに沈黙した。
俺はそれを見ながら、ふと思いついたことを口に出した。
「直前で気づいて罠を張り直したとかは? あるいは、内通者がいるとか」
「おまえ、けっこう考えることがエグいよな……」
微妙に引いた感じで、コゴネル。
「まあ、順番に答えるとだ。この規模の罠を張り直すのは数日単位なんで、まあ、前者はないだろうな」
「なるほど」
「で、内通者だが……これについてはわからん。魔人なんてみんな一癖も二癖もあるからな。だが」
コゴネルは言葉をいったん切って、
「今回の戦いの前から、シンとサリ以外の連中はみんなちょいちょいつるんでいた仲だ。いまさら内通ってのも考えにくいね」
「すると容疑者はサリかシン……ってことか」
「そうだな」
コゴネルは言って、そして少し沈黙した。
「どうした?」
「悪い。身内に内通者って思考は俺にとって居心地が悪くてな。
ライの意見を聞きたい。その二名、どちらかが内通者である可能性は?」
「サリはないだろう」
「なんで?」
「サリの実力でこそこそ内通する理由がない」
「……うん。まあ、そだな」
「で、シンもないだろう」
「――……。
なんでだ?」
「いや。接触してきてないだろ、行方不明になって以来。
あいつがいま、敵か味方かはわからんけど。でもこの罠を張り替えるのに必要な情報を送るためには、最低限、俺の行動を監視してなきゃいけないわけで。二日以上ブランクがあるから、いくらなんでも無理だ。予知能力者じゃあるまいし」
「…………」
「がはは。面白い見方するじゃねーの」
バグルルが言って、笑った。
「ぶっちゃけ、おまえシンのことを疑ってたんだろうがよ。コゴネルちゃんよ」
「うるせえ。魔人としてのシンの特性を知ってれば、そりゃあ疑いたくもなるだろうさ」
「ん? どういうこと?」
俺が問うと、バグルルが答えた。
「あいつぁ魔人としても特別でな。『見えざる神殿』とかいう、面倒な系統の魔術結社の代表やってる。
んで、その結社は「カイ・ホルサ」って名前の神様が作ったもんでな。その神の意向にはなにがあっても逆らえんのよ。だからシン個人がどれだけ誠実だろうと、カイ・ホルサの方が裏切りを決めたら逆らえねえ」
「なるほど……」
「が、それもない。となると内通の線もナシってことかね?」
「いや。俺、実はもうひとつ考えてるんだ。内通候補」
「は?」「え?」「まる?」
三人の魔人たちは、一斉にきょとんとした。
「どういうことだ、ライ? もう出尽くしただろう、候補」
「いや、だからさ」
素で思いつかないという顔をしているコゴネルに、告げる。
「クラン。あの隊商のおっさん、怪しくない?」
「……………………」
コゴネルはしばらく絶句した。
「え。マジで? なんで?」
「いや。俺も最初はぜんっぜん考えてなかったんだけどさ。日を増すごとに首をかしげたくなってくるんだよ――普通、この規模の、しかも護衛も連れてない隊商に、金貨数万単位の魔剣が転がってるかなあ、って」
サリが「金目の物」と認識するレベルの異物が、あんな適当に入った幌馬車なんかに転がっているというのは、どうにも考えづらい。
「いくらメサイが定住しづらい民族だ、っつったって、信頼できる貸金庫ぐらいあるだろ。取引の予定があるわけでもなければ、普通このレベルの貴重品はそこに預けとく。となると逆に考えれば、この剣は取引の予定があって北に運んでいたってことになるわけだが――」
「聖遺物の取引レベルとなると、相手も限られてくるな。実は妖術師に渡す手はずだった……と?」
「しかもたぶん、剣の封印を解く方法を発見して、解けるぎりぎり直前の状態で運んでたんじゃないか? それを俺が台無しにしちまった。慌てて作ったセカンドプランが、この罠に俺を誘い込んでなんとかする、っていう――」
……沈黙が落ちた。
自分で言っててなんだが、最初ただの思いつきだったわりには、妙に説得力のある話である。
北に出た隊商を魔物が襲ってきたのも、この話の筋で考えれば、納得がいく。もしかすると、俺が自分からここに行くと言い出さなければ、次の手みたいなのも考えられていたのかもしれない。
「……ま、しかし、いまは仮定の話を出ないな」
「そりゃあ、そうだな」
俺の言葉に、コゴネルがうなずいた。
「とりあえず、そろそろ動こう。内通者の可能性は、それから考えてもいい話だ」
「賛成、だな」
「まるまる~♪」
みんなそれにうなずいて、洞窟の奥に向かって歩き始める。
俺もそれに続きながら、しかし同時に、こう考えてもいた。
(もし内通者がいて、それが俺たちの戦力を正確に伝えているとすれば。
それは、サリを含めたこちらの全戦力を、同時に相手にできるだけの罠を仕掛けている、ということになる)
ぞっとしない予感を抱えたまま、俺たちは闇を往く。
【追記】
ライはほとんどなにも説明してませんが、彼はかなり熟考した末に、リッサではあり得ないという確信を得ています。
そもそも、リッサが追ってきた場合にセンエイと会話せずに『見徹』したブロックを駆け抜けるか、等のことを考えれば、リッサでないことは明白なのです。
ライは、自分の「信じたい」という願望を完全に無視してその種の検証を行えます。レイクルからするとそれは信じがたいことだったのでしょう。




