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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
六日目・七日目:悪党、悪夢と出会う
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七日目(1):悪党、タイルを踏む

 そして、翌日。

 センエイの呼んだでかい鳥に運ばれ、俺たちがやってきたのは、

「…………。

 なんだ、これ」

無地の燎原(ロスト・ヴァルハラ)。古戦場よ」

「いや、それは前にも聞いてたけど」

 サリに言葉を返す。

「ていうか、この四角くて色とりどりの地面はなんだよ? サイケデリックで気持ち悪いんだけど」

「ほほ。気をつけてくださいね。その四角は、ひとつひとつが強烈な効果を持つ幻術ですから」

 テンがそう説明した。

 ……なんというか、こう、いわく言いようがない光景なんだけど。

「なんていうか、でっけえすごろくのタイルみたいな地面だな」

「そいつは言い得て妙だが――すごろくと違ってこれは、一歩ずつ地道にしか進めねーぞ?」

 コゴネルはそう言って、それから付け足した。

「あと、すごろくはふつう、盤を壊したってすぐに新しい盤になって再生したりはしねーだろうな」

「? なんの話だ?」

 俺の問いに答えたのは、センエイだった。

「この空間はね、タイルも幻術なら枠も幻術、そしてその上の空間や空に至るまでぜんぶ幻術なのさ。すべて幻覚でできている。

 で、幻覚ってのは、普通なら破術すると消えるんだがね。ここはおかしな呪いがかかっていて、幻覚を解くと、即座にその上に新しい幻覚が再生するのさ」

「へんな場所だな」

「そりゃあそうだとも。二千年もの間、多くの魔人たちが解きたくても解けなかった神秘の迷宮だ。

 で、これほどの神秘となると、それを利用しようっていう悪人も山ほどいるわけさ。見つかりにくい環境を利用してアジトを作ったり、ね。暴くには相応に苦労する。

 今回はコゴネルが関係者から場所を聞き出したから、なんとかなるがね。で、どこだって?」

「ここから直進で10マス目だとさ」

「……ずいぶん遠いな。やはり老グラーネルの実力はたいしたものだ。

 で、『見徹』は届くか、マイマイ?」

「ムチャ言わないでよぉ。……うう、視界が気持ち悪いぃ」

「あー、マイマイ。悪ぃことは言わんからしばらく目ぇつぶって休めや。この空間で幻験に頼りすぎるとしまいにゃ発狂するぞ」

 バグルルがふらふらになったマイマイに言う。

 サリが続けて、

「マイマイ、どの程度までならいけそう?」

「な、7マスぅ……それ以上はムリぃ」

 ふらふらしながら、マイマイ。

 コゴネルは渋面で、

「つまり3マス……最後のマスはまあ仕方ないとしても、2マス分を自力で進まなきゃならないわけだ。きついな、おい。

 バグルル、おまえはどうた?」

「あん? 俺、見徹なんて技術持ってねーぞ」

「とことん使えねーなおまえ」

「なんだとこのやろう!」

「さんかく~☆」

「あーふたりとも、とりあえずじゃれるのは後にしたまえ。

 ――2マス。2マスね。微妙な距離だな」

 センエイがつぶやくように言う。

 コゴネルも渋面になって、

「実際問題、どうやって通っていく?

 ひとつのマスは、入ってみればかなり容積がでかい異空間になっている。抜けていくのは容易じゃねえぞ」

「んー、まあ、私にも考えがないわけじゃないが……あれ、そういえばトゥトはどうした?」

『ここに――』

「……たまには顔出せよ。いくら忍者ったって、いつも声だけだと幽霊みたいで不気味だぞ」

『外法の使い手に謂わるる筋ではないぞ、センエイ』

「そーかい。

 で、あんたの意見はどうよ」

『是非もなし。兵は拙速を尊ぶとはいえ、この大迷宮に真っ向から挑むのは無謀に過ぎる』

「センエイ、考えというのは?」

 コゴネルの言葉に、センエイはため息をついて、

「ま、しゃーないか。タネを明かすとね、私も使えるんだ。『見徹』」

「ほう。意外ですな」

「なにがだ? ドクトル・テン」

「偽物を標榜するあなたが、偽物を看破する術を持つことがですよ。センエイ」

「ふん。真贋を判定できないやつに詐欺はできないんだよ。見識が浅いな」

「これは失礼をば。

 必要な距離は2マス。届きますか?」

「たぶんな。まあ、遠いと無理がありそうなんで先にやらせてもらうが。

 私が見徹を使って、幻が再構成しないうちにマイマイが術をかけ、さらに全員が走って10マス目に飛び込む。シビアなタイミングだが、このメンツならなんとかなるだろ」

 シビアと言いながら、センエイの顔に浮かんだ笑みはあくまで不敵だ。

 と、コゴネルが手を挙げた。

「なあ。脱出のときはどうするんだ?」

「ああ、そりゃ簡単だ。ここの幻術強度はさほど強くなくてね。だから破幻程度なら念じるだけでできる。

 周囲の空間全体に「消えろ」って念じるといい。それであたりの幻は、片っ端から破壊される。その後、幻覚が再構成されるまでの間は通常空間に戻るから、ダッシュで逃げ帰れば無事に帰れるよ。幻に平衡感覚を乱される可能性があるから、地上の方向を見失わないことだけは気をつけるように。

 ただし、アジトの中にまで入ってしまうとこの手は使えない。アジトは幻覚内にあるとはいえ、アジト自体は実体だからな。アジトを出てから使える手段だってことは、肝に銘じておけ」

 センエイが息をつくと、今度はハルカが手を挙げた。

「最後のマスには『見徹』を使えないのですか。それができれば、もう一段階楽になると思いますが」

「ダメだ」

「なぜ?」

「幻のなかにアジトへの入り口があるんだ。幻を吹っ飛ばしても、入り口自体に入れずに立ち往生だよ。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。この際、覚悟してやるしかない」

『問題は、そのアジトの入り口が容易に見つかるか否かであろうが』

「たぶん簡単にわかる」

 言ったのは、サリだった。

『何故だ? サリ・ペスティ』

「まわりはすべて幻覚だけど、アジト自体は幻覚じゃないもの。

 ずれが生じて、だいぶ目立っているはずよ」

『見ればわかる。そういうことか』

「そう。

 ――代案がなければこの作戦で行くけど、どうする?」

 サリの宣言に、みんな顔を見合わせる。

「……賛成というか、対抗案がないな」

「素直じゃねえやつだなぁ、コゴネル。賛成だけ言えばいいだろが」

「うるせえ黙れバグルル」

「残りのひとたちも?」

 特にそれ以上異論も出なかったので、サリはうなずいた。

「じゃあ最後に注意事項。

 気をつけるように。マスの中は幻覚のるつぼよ。アジトに駆け込めば多少は安全だろうけど、それでも油断しないほうがいい。

 すべて現実でない可能性を疑うこと。幻覚であると認識しているかぎり、「消えろ」と強く念じれば消すことができる。

 あと、センエイとマイマイは見徹の後はろくに魔力が残っていないだろうから、突入しないでここで待機してもらうことになるけど――」

 いったん言葉を切って、サリはちょっと考え込む。

 ふと、目が合った。

(…………)

 普通に見つめ返すと、サリは静かにうなずいた。

「そうね。ペイがいいわ。ふたりの護衛をしてもらいたい」

「べつに構わねえけどよ……こいつじゃいけねーのかい?」

 言って、ペイがぽんと俺の肩をたたく。

「? なんで俺なんだ?」

「だっておまえは部外者だろ。危険な仕事は本業に任せておいたほうがよくないか」

「まあ、そうかもしれねーけど」

「だめ。ライは前線に出てもらう」

 きっぱり、サリは言った。

 コゴネルは、その態度に不審を覚えたようで、首をかしげた。

「なにか、考えでもあるのか?」

「……あの剣の力をどれくらいと見積もればいいのか、わたしにも評価しづらいけれど。

 たぶん、あれをきちんと使いこなせば、ライは切り札として十分機能できる」

 ほう、と周りのみんなが改めてライを見た。

「あの、サリ・ペスティにそこまで言わせるほどか」

「ええ。

 というか、この件に関してはセンエイとハルカの意見を聞きたいところね。二人とも、意見はある?」

「サリの意見に賛成だ」

「戦の風が吹いています」

 センエイもハルカも、あっさりうなずいた。……いや。ハルカのは本当に肯定だったのかわからんけど。

 ぱん、とセンエイが手をたたいた。

「というわけで、人選終了だ。さっさと始めようじゃないかね。

 マイマイ、準備は?」

「いつでもできるよ」

「じゃあやろう。

 全員、『見徹』と同時に走れ。もたもたしていると再生する幻影に取り込まれるぞ」

「始めるよー! いっせいのぉ……せっ!」

「りゃあああああ!」

 瞬間。

 ばきばきばきとすさまじい音を立てて、地面のタイルがぶち壊れていく。

「ライ、走って」

「お、おう!?」

「てめーら、ちゃんと無事で帰ってこいよぉ!」

「うおりゃあああああああ!」

「重労働です」

「さんかく~☆」


 壊れていないマスに乗った瞬間、立ちくらみのような感覚が走った。

「と、とっ……」

 不思議な空間だった。

 空は暗雲がたれ込めて薄暗く、大地は乾燥してひび割れているのだが、やたら蒸し暑い。

 平原――だった。

 その平原のなかに、ぽつんとひとつだけ異彩を放つ、黒い洞窟が見える。

「あれが、アジト……?」

「バカ、止まってねーで走れ!」

「え、ええ?」

「後ろから来ます」

「さんかくさんかく~☆」

 どどどどど……と、地鳴り。

 あわてて走り出し、コゴネルとミーチャの後ろに続く。

「な、なんだなんだぁ!?」

「知らん! なんか牛みたいな河馬が群れを成して押し寄せてきてる!」

 コゴネルが答えた。

「そ、それも幻覚なのか!?」

「だろうな! だが、いちいち消している間に巻き込まれて押しつぶされる! とっとと逃げ込まなきゃ死ぬぞ!」

「どーでもいいがおまえら足遅いなぁ。鍛えてねーとこういうところでバカ見るんだぜ?」

「うるせーぞ筋肉馬鹿! だまって足動かせ!」

「へーい。じゃ、先行くぜー」

 バグルルが余裕で加速して追い抜いていった。筋肉だるま、伊達じゃねえなあ。

「――ライ、急いで」

「うがあああ!」

 手前の地面がもこもこと盛り上がり、へんな怪物が頭を出す。

「この、邪魔する――うおぁ!?」

 どごお! という音とともに爆発がバケモノを吹っ飛ばした。

「見ましたかみなさん! これが私の発明の威力! 発明は火力ぅ! うひゃひゃひゃひゃはひゃは!」

「バカたれ! こっちまで吹き飛ばされそうになったじゃねえか!」

「文句言うひまがあったら走れ、ライ。押しつぶされるぞ?」

「わかってる!」

「風精ブーストぉ! じゃ、先行ってるぜバグルル!」

「あ、てめコゴネル、待てコラぁ!」

「さんかくー!」

「重労働です」

「幻覚である以上、あの群れは洞窟の内部には入れないはず。いったん洞窟のなかに避難するわよ」

「わかった!」

 必死で走る。

 そして――


 洞窟に滑り込んだ瞬間、それまで感じていた地鳴りがすべて止んだ。

「……あれ?」

「幻覚が消えたな。

 とうとう、敵さんのアジトにご招待ってわけだ」

「そうなのか」

 コゴネルの言葉に、答える。

 洞窟のなかは暗く、明かりがないとまともに視界も効かない。

 と。

「ライ!」

「ん、どうしたサリ」

「早くその場から離れて! これは――」

 言葉をさえぎるように、いきなり地面に光の魔法陣が発生した。

「なっ!? しまっ……」

「さんかく~!?」

「うおおおおっ?」

「なんだってぇ?!」

「……っ!」

 ばつん! と、眉間のあたりにへんな感触があって。

 そして、光が消えた。

「…………

 あれ?」

 別におかしなことはない。それまでと同じ、洞窟の中。

 だが、サリがいない。

 サリだけじゃない。あたりにいた魔人・魔女たちが、根こそぎいなくなってる。

「ひとりぼっち……?」

 あー、これは、アレか。

(前にハルカの術に巻き込まれたときと同じ――空間転移、か)

 二度目だからさすがにわかる。

 というか、うん。

「罠だこれー!?」

【用語解説】

『見徹』

幻術師特有の幻術破壊能力。幻術使いは幻術を実体と区別する能力に優れているため、これを利用して通常の破幻、つまり「俺は信じないぞ」という宣言を大きく超える幻術破壊を発生させられる。

通常ならば幻術使い同士の戦いで多少優位に立てる程度の能力でしかないのだが、無地の燎原(ロスト・ヴァルハラ)のように幻覚が自然発生するような環境では非常に有効な能力として機能する。この場所だと通常の幻術も使いやすいので、その意味でも非常に幻術使いと相性がいい。

……なお。トゥトもこの技術を使えるのだが、センエイはなにかを計算した結果、トゥトではなく自分が『見徹』することを選んだ模様。


『幻術強度』

幻覚の持つ世界に対する説得力のこと。

説得力の少ない幻術は、信じないと宣言するだけで霧散する。

が、説得力の強い幻術は本物の触覚と大差ない影響を与え、結果として幻覚の剣で刺されただけで激痛を覚えてショック死に至ることもある。

さらに幻術強度が高まると、無生物をすら錯覚させることができ、それによって「幻術の岩で押しつぶされた地面が本当にへこむ」というレベルの現象を引き起こす。このレベルに達した幻術になると無対策で受ければ通常の攻撃魔術と同様にダメージを受け、死に至る。

……もっとも、通常の幻術使いであれば、世界最上位クラスでも上のような幻術強度を準備なしで用意するのは不可能である。なにか裏技を使わないと、幻術で直接に他者を攻撃するのは難しい。

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