六日目(4):悪党は悪党だった
結局、魔人たちの出発はさらに半日ほど後回しになった。
「まあ、サリとかあのままで出撃しても使い物にはならないだろうからな……」
「あはは、そうですね。
でも、すごかったんですよ、サリさん」
「ん? なにが?」
キスイに尋ねる。
「こうですね、いきなりばっ、と起きあがって、ライがピンチだ、って言って、びゅーんっ、と……」
「……擬音が多くてわかりづらい」
「あうう……」
ぽかりっ。
「いってーな! なにすんだよハンマー馬鹿!」
「ふん。キスイさまのぱーへくつな説明に暴言を吐くからですっ」
「おまえ、ほんっとーにセンエイと似たもの同士なのな……」
ふんっ、と鼻息荒くそっぽを向くジロロを見て、げんなりする。
(まあ、けどサリには後でちゃんと礼を言っておかないとな。無理して出てきてもらったわけだし)
思いながら、あたりを見回してみる。
ここは、最初にキスイと会った広間だ。
多少は時間が伸びたとはいえ、決戦前ということもあって、魔人たちはほとんど姿を見ない。
代わりに隊商の連中が、あちこち暇そうにうろついている。
出立が遅れてみんなそれなりに焦ってはいるようだが、かといって彼らにはなにもできることがない状態である。
せめて役に立てることはないかとクランが岩巨人たちに申し出たのだが、
「女王の客人たるあなたがたが働いたりしたら、わたしたちが困ってしまいます」
と、断られたらしい。
「手が空いているんだから、雑用にでも使ってやればいいのに……」
「そういうわけにもいかないでしょ。特にここのひとたちは、キミとちがって信心深そうだし」
「……いきなり湧いて出たな、リッサ」
そういえば、こいつは帰ってきてからすぐに姿を消して、いままで見かけなかったのだった。
「ていうかおまえ、どこ行ってたんだ?」
「えへへ……隠れてた」
「隠れてたって……だれから?」
「サフィートさん」
…………?
「ほら、さっき魔物のなかに飛び込んで思いっきり戦っちゃったでしょ? だからさ」
「あー、そういやぁあのおっさん、たしかにそんなこと言ってたっけ」
つーか、襲ってくる魔物に応戦してもいけないとは窮屈な話だ。
「で、出てきたってことは見つかったのか」
「あ、やっぱりわかっちゃった?」
てへへ、と笑う。
「いやー、すごかったよサフィートさん。おっかなくてさ」
「……えらくあっけらかんと言うんだな」
「まーねー。ボク、もう覚悟決めちゃったし」
「覚悟?」
「そ。たとえだれがなんて言おうと、自分の流儀を貫くっていう覚悟。
無理してがんばって、結果として自分を見失ったりしたら本末転倒だもん。だから、怒られても気にしないことにしたの」
ずいぶんさっぱりした顔で、リッサ。
「そのうち、神官クビになったりしてな」
「べつにいいよ。そしたら故郷に帰って狩人にもどるから」
「……なるほど。たしかに、だいぶ肝が据わったな」
「まーね」
ちょうど、そのとき広場の入り口にスタージンが顔を出すのが見えた。
「あ、そろそろ戻らなきゃいけないから、もう行くね」
「ああ。テキトーにがんばってこい」
「ライも。――行くんでしょ? 魔人のひとたちと一緒に」
「ああ」
「ならしゃっきりしないと。今度は決戦なんだから。テキトーとか言ってると、死ぬよ?」
「わかってるって」
「心配だなぁ……ついてっちゃおうかな」
「バカたれ。無駄に怒られるネタを増やすなっての」
「はぁーい。じゃ、健闘を祈るよ、ライ」
「おう、まかせとけ」
手を振って、リッサは去っていった。
キスイはそんなリッサを見送って、
「事情はよくわかりませんけれど、いい顔してましたね。あのひと」
「そうだな」
「昔からのお知り合いなんですか?」
「? いや、つい数日前に知り合ったばかりだけど」
「そうなんですか。でも、ずいぶん仲良しさんなんですね」
「そうか?」
「はい」
うなずくキスイの横で、うふふふふと不気味にジロロが笑った。
「数日であれだけ仲良くなるなんて、たいした女たらしですよねー」
「……おまえ、なんか俺に言いたいことでもあるのか?」
「キスイさまに手を出したらどうなるか……ふふふのふ」
「ええい、だからその物騒なハンマーを持ち上げるなっつーの!」
「あ、あうう……」
まあ、なにはともあれ。
これから俺が行く場所は、戦場だったりするわけで。
にもかかわらず、実はたいしてあわててもいない自分がいたりする。
(…………)
「肝が据わったのは、俺のほうなのかもな」
なんとなく、そんなことを考えて。
その「俺のほう」という響きが、あることを連想させた。
「あ、そうだった」
「え?」
「完全に忘れていた。キスイ、たしかお祓いしてくれるって話じゃなかったっけ」
「うわ、そうでしたっ」
「えー、お祓いぃ?」
「……なぜそんな声を出す」
「キスイさまとふたりっきりになれる環境……ぶつぶつぶつ」
「不安ならおまえも同席すればいいじゃないか」
「むぅ。これでも私、けっこう忙しいんですが。キスイさまのためとなれば仕方がないですねっ」
「ダメです。ていうか、サボりの口実にわたしを使わないでください、ジロロ」
「バレたっ!? なぜ!」
「……まあ、俺はどっちでもいいけど」
ともかく。
無駄かもしれないが、いちおうお祓いくらいは受けておこう。
夜。
少し寝付きが悪くて部屋から外に出ると、そこにサリがいた。
「よう。寝なくていいのか」
「これから寝る」
「そっか。じゃあおやすみ」
「うん」
「…………」
「…………」
「寝ないのか?」
「寝る」
「おやすみ」
「うん」
「…………」
「…………」
だめだ。これはらちがあかない。
「なんか、言いたいことでもあるのか?」
「――わからない」
「ん?」
「なぜ、ライはわたしたちについてくることにしたの?」
「そりゃ、おまえらと利害が一致して――」
「利害なんてライにはなにもない。もともと、隊商の護衛は成り行きでやることになった仕事でしょう」
「……そうだけど」
「どうして?」
「んー……さあ」
「真剣に答えて」
さて、困った。
(べつに、明確な理由があって決めたことじゃないからなあ)
「むむ……なら『友達を助けてやろうと思った』じゃだめか?」
「いま考えたの?」
「ああ」
……なんだかやるせないため息をつかれてしまった。
「ライって、不思議」
「なんだよ、急に」
「合理的に見えて、へんに頑固。だから、いつも危険な目にあう」
「そいつは違うよ、サリ」
「?」
「合理的なんてのは、目標の定め方次第で変わる基準なんだ。そして俺は、俺の目標に向かっていつでも合理的なつもりだぞ」
「ライの目標は――」
「もちろん、世紀の大悪党。
かっこいいだろ? 男はなによりもかっこよさを大事にしろ、ってのが……」
「家訓?」
「――……」
ふと。
俺は、それに即答できない自分に気がついた。
(…………)
家訓、ではない。まあ、それはそうなのだが。
それ以前に、これだけは家訓にできないもののような気がしたのだ。俺にとっては。
「まあ、なんでもいいさ」
ごまかすように言う。
サリはそんな俺を見て、小さく息をついた。
「実は、自分でも迷っている」
「なにが?」
「ライをいますぐす巻きにして人目につかないところに放っておけば、とりあえず戦いからは遠ざけられるかなって」
「……あ、案外過激ですね」
ちょっとだけ彼女から距離を取りつつ、俺はうめいた。
サリはうつむいて、いつになく深刻な顔で考え込んでいる。
「胸騒ぎがするの。
自分でもよくわからないのだけれど、なにかがよくない方向に進んでいる。このままではいけない」
「それは、これから行く場所のことか?」
「わからない。けど、そう恐れている。
ライ、わたしの目を見たことがあるでしょう?」
「一度だけだけど……」
「これは、魔物の目。そして、わたしの目でもある。
魔物と戦い続けているこの目は、時折未来の破滅を幻視する。運命律を読んでいる、らしいのだけど」
「運命律って……神話が決めた未来ってやつか?」
「そう。
わたしが近くにいる場所で、破滅的な問題が起こる場合。その場合、この目はそれを見てしまう。だからわたしは、それが見えなくなるように行動する。そうすることで、破滅を回避する」
サリは言った。
「今回は、特段に幻視したわけじゃない。なにも見えない。普段ならそれで安心するところだけれど――なぜか、嫌な予感が消えないの。
もしわたしの胸騒ぎが正しくて、運命律がわたしたちを破滅させようとしているのだとしたら、対抗するための手段はそう多くない」
「対抗するための手段?」
「魔術と、同じく神話の力よ。
ライ、わたしの腕をさわってみて」
「? いいけど」
言われたとおりにさわる。
とたん、じゅっ、という音とともにサリの腕から煙が上がった。
「うわっ!?」
「これが、ライの力。イェルムンガルド外殻。
わたしは身体的には魔物とおなじだから、強い神力と直接当たれば焼けてしまう。いまのように」
「そ、そういうことは先に言えよ!?」
「だからこそ――運命律に対して、ライの持つ神話の力はひょっとしたら切り札になるかもしれない」
「ひとの話を聞けよ……」
「魔術の力は強いけれど融通が利かない。洞窟や屋内でレーヴァティンのような大魔術を使うことには無理があるから。
だからひょっとしたら、ライに助けてもらうこともあるかもしれない」
……まあ、つまり。
「安全のためにはついて来るなと言いたい。けれど、使えるかもしれないから来てほしいと?」
「うん」
「そりゃ嘘だよ、サリ」
俺が断言すると、サリは首をかしげた。
「嘘?」
「ああ。嘘だ」
「わたしの考えに嘘があると? それは――」
「弧竜との戦いのとき、おまえは俺を遠ざけた」
俺は言った。
「おまえはそういう奴だった。魔人・魔女ならともかく――俺を危険にさらす戦術は、絶対に取らなかった」
「あれは――あのときは、ライが死ぬ運命が見えていたから……」
「じゃあ、見えていなかったら、俺に助けを要請したか?」
「…………」
サリは黙った。
「そういうことだよ。おまえはいま、弱気になっている。
なんか気になることでもあるのか? そういえばこの前の戦争、おまえを一切見かけなかったけど。どこかでなにかがあったか?」
「……負けそうになった」
「敵に?」
サリはこくん、とうなずいた。
「かろうじて勝ったけど、後から冷静に考えたら、ちょっとおかしい。たぶん倒せてない――相手は、生きている」
「次は負けるかもしれない、ってことか?」
サリはその言葉に、ふるふる、と、力なく首を振った。
「……怖いの」
「なにが」
「未来が見えないのが、怖い。
この前、竜と戦ったとき。わたしは最後まで、ライが死ぬ光景を見ていた。その未来を幻視して、……そして、その通りにはならなかった。
そして今回。今度はわたしは、わたしが負けようとしている未来が見えなかった。わたしの未来視は――なぜか、破綻している。だから、今度も見えないかもしれない」
「その未来視っての、生まれつきか?」
「いいえ」
「何年前から?」
「……10年は経ってなかったと思う」
「じゃあ、慣れ親しんでた感覚がなくなってとまどってるだけだ」
俺は断言した。
「だいたい、普通の奴には未来なんて見えないんだよ。その上で、なるべく未来がよくなるように予想して、行動してるんだ。
だから今回もそうするんだ。目のことは――その後で考えればいいさ」
「……ライは、強いね」
サリは、なんだか不思議なことを言った。
「おまえのほうが強いだろ」
「いいえ。わたしは弱い。昔からとても弱い。
弱くて、弱くて、少しでも悪いことが起こるのに耐えられないから――だから、わたしには未来視があるんだと思っていた。そうでないと耐えられなくて、死んでしまうから」
「…………」
「だけどその未来視ももうない。わたしは――途方に暮れている」
「……はあ」
俺はため息をついた。
「馬鹿かおまえは」
「…………」
「悪党を前に弱みを見せてどうするよ。悪党にとって、弱い奴なんてのはただの、カモでしかないんだぜ?」
「だってライは悪党じゃなくて、悪ぶってるだけの善人だから」
「おまえ意外とえぐってくるよな! ひとのアイデンティティに関わることを直接!」
前からなんとなく感じていたけど、こいつ、天然で人の心を蹂躙するタイプだ。
「と、ともかく! おまえが途方に暮れる必要なんかねーんだよ――俺は俺の意思で戦いに参加する。魔人たちと条件はフェアだ。だからおまえも、おまえのことを考えろ」
「わたしの、こと……?」
「その逃がした敵、次はちゃんと勝て。それで全部問題は解決だろ?」
「…………。
そうね。そうかもしれない」
うなずいて、サリは背中を向けた。
「どうした?」
「しゃべりすぎた。もう寝る」
「そうか。じゃ、おやすみ」
「――明日、よろしく。死なないでね、ライ」
言って、彼女は去っていった。
……はぁ。
(まあ、俺が死ななきゃいいだけの話か)
結局、今日の話はそれだけのことだ。
自然とあくびが出る。
(寝るか)
頭を軽く振って、そして俺は部屋へと戻ろうとして。
そして、最後に思い出したように、声を出した。
「だけどサリ、おまえは勘違いしてる。
俺は大悪党じゃないかもしれないが、けど、少なくとも悪党ではあるんだよ――これは、絶対の、絶対だ」
【余談】
この作品の最初の企画ではこれはゲームのシナリオだったのですが。
五日目にナーガと出会わないとここでキスイにお祓いを受けられず、結果として七日目に戦う相手が死にます。という分岐のはずでした。
いまは小説なので、正解分岐の方が描かれています。




