六日目(3):悪党、帰還する
先頭車両に行くと、隊商の男たちが武器を持って応戦しているところだった。
「敵は――魔物か!?」
前脚の異様に長い犬みたいな奴が、群れを成して大挙して襲いかかってくる。
木を前脚でつかんで空中から。あるいは後ろ足で器用に二足歩行しながら。
(やばい。数がかなり多い)
「しぎゃーっ」
「うわ!?」
いきなり上から降ってきた魔物を避けながら、剣で切り飛ばす。
ざしゅっ。と魔物は両断され、あっさり絶命した。
「…………。
あれ?」
とまどっていると、
「ぎゃぎゃーっ」
「うひゃ!?」
横からタックルをかましてきた相手を、バックステップでかわしながら剣でざっくり。返す刀で一歩踏み込んでもう一匹ばっさり。
「……えーと」
(強くなってる、のか? 俺は)
なぜか、自然に身体が動いている。
と、
「迅雷! いっけぇ!」
ばちばちばちと紫電を奔らせながら矢が飛び、軌道の周囲にいた犬たちを根こそぎ吹き飛ばし、打ち倒した。
「ライ、大丈夫!?」
「リッサか! 助かる!」
「ここはボクに任せて! 真ん中あたりが危険だから、助けに行って!」
「わかった!」
駆け出す。
リッサの言ったとおり。中央部は、すごいことになっていた。
「ど、どんだけいるんだこいつら!?」
むちゃくちゃな量の魔物に辟易しながら、剣を振り回して走る。
「うりゃあああああーっ! どけどけー!」
体当たりで魔物をひるませ、剣で薙ぎ、払い、突き、ぶっ飛ばす。
あっという間に魔物たちが倒れ、消えていった。
――なんか戦えてる。すげえ。
と、ふと横を見たら、腐れ神官補が馬車の陰から顔をのぞかせていた。
「こら小僧、遅いぞ! 神官補を危地に陥らせるとは何事か!」
「やかましい! てめーの上司どもも戦ってるんだ、さっさとてめーも手伝え!」
「馬鹿者、神殿に身を置く者が魔物と関わっていいはずがなかろう! いいからなんとか守り切れ小僧っ!」
「だああああ、んなこと言ってる場合かっ! 負傷者の手当てだけでもいいから働けバカ野郎っ!」
「ち。仕方がない。その程度は助けてやるから感謝しろよ小僧!」
「なんでそこまで無駄に偉そうなんだよ、アンタは……」
まあ、バカの相手をしているひまはないので、この程度にしておくが。
周りを見ると、魔物たちはこっちには敵わないと見たのか、隊商の後部へ移動していったようだった。
「急いで追わないと!」
最後尾。
「だあああああ、しつこいんだよてめえらーっ」
ぜーぜー息をしながら、残った最後の魔物に剣をたたきつける。
悲鳴を上げて魔物が消滅したのを見て、ようやく一息。
「は、はー、はー……くそ。さすがに体力が尽きてきた」
ずっと走り回りながら剣を振ってたら当然だが、まだ休んでいる暇はない。
事実、森からはさらに魔物たちが集まってくる気配がしている。
(きりがないな……やっぱ、逃げるしかないか)
と、遠くからスタージンが駆けてくるのが見えた。
「どうした!?」
「全馬車とも、通達し終わりました! 号令すればいつでも逃げられます」
「了解! んじゃ、その号令かけてくれ」
「あなたは?」
「もうひとっ走りして前の馬車のほうまで行く。最後尾がいちばん攻撃が集中するからな、なんとかしないと!」
「承知。では、こちらはお任せあれ!」
スタージンの声を背に、駆け出す。
先頭まで行ったら、リッサが前線で格闘していた。
「があああああーっ」
「甘いっ!」
襲ってきた黒い狼みたいなのをかわして、至近距離から矢をたたき込む。
相手は悲鳴を上げたが、まだ倒れない。リッサのほうに飛びかかって、
「でいやー!」
ざくん、と俺の剣に両断され、絶命する。
「大丈夫か、リッサ!?」
「ライ! 助かったよ! この連中、秘儀がまともに効かないの!」
「わかった! 俺が前衛張るから援護頼む!」
「了解!」
剣を構えた俺を、3匹の狼たちが取り囲む。
「この野郎、なめんなーっ!」
叫んで剣を振り回し、一匹目をすぐに切り伏せる。
二匹目はそれを見て飛びかかってくるのを躊躇し、そこをリッサの矢が直撃。悲鳴を上げて逃げ出した。
それを見て、三匹目はおぉーん、と叫ぶ。――やば、仲間呼んでる!?
と、後ろで馬車が走り出す音。
「ライ、馬車に乗って! 逃げるよっ」
「ちょ、ちょっと待て! 走り過ぎて足が保たない――」
「バカ、なにやってるんだよっ! 置いて行かれたら確実に魔物のエジキだよ!?」
「く、くそーっ!」
走るが、間に合わない。
「ともかく先に行ってろ! 俺は後でテキトーに合流するから!」
「――ぃっ」
「……あ?」
「できるわけないって言ってるの! ああもう、このバカっ」
言いながら。
リッサは、ざん、と馬車を飛び降りた。
――って、おい。
「なにやってんだテメー! 死ぬ気か!?」
「死なないわよ! 後で合流するって言ったのはキミでしょ!?」
「そ、そりゃそうだけど……」
がらがらがらがら……と、馬車の音が次第に遠ざかっていく。
うまく逃げていけたようだった。
それはいい。――問題は、こっちだ。
周りにはすでに、かなりの量の魔物たちがひしめいている。
「取り残されたな」
「案外、冷静だね。ライ」
「最近こういうピンチが多いからな。いい加減に慣れた」
「だからって、今回も切り抜けられるって保証はないんだけどね……」
魔物が俺たちを取り囲む。
なにが目的だか知らないが、敵対的な意図であることは間違いない。
「参ったな。ぜんぶ倒してたら、体力が保たない」
「逃げるしかないよね?」
「そうだな。
……森の中に入るのは、自殺行為だよな?」
「そうだね」
「なら、隊商を追うのが一番だな。体力、残っているか?」
「ボクは大丈夫。……だけど、矢の本数が、ちょっと」
「ふたりってのがきついな。せめてもうひとりくらいいればいいんだが――」
「手伝おうか?」
「うどわあぇっ!?」
「ひゃあぅんっ!?」
いきなりのサリの声に、ふたりして奇声を上げる。
「どっから湧いて出たテメエ!?」
「森」
「……いや、そりゃそうだろうけど」
「助けにきてくれたの?」
問いかけにサリは答えず、ただぼーっと敵の魔物たちを見つめるのみ。
……ていうか、おい。
「おまえ、じつは寝てないか?」
「……………………寝てはいない」
「なんだそのレスポンスの遅さは?」
「ぐー」
だめだこいつ。
「起きろ! ともかく走って逃げるぞ!」
「おっけー!」
「……眠い」
俺たちは、それぞれ得物を持って駆け出した。
岩巨人の集落の入り口。
「というわけで、戻ってきた」
「おう。災難だったな」
「良い風が吹いています」
「まるまる~」
出迎えてくれるいつもの面々。
……が。
「なんか、いつもより少なくねーか?」
コゴネル、ハルカ、テン、ミーチャ。
残りはどこへ行ったんだろう、と思っていたら、
「半分くらい休憩中でな。
残ったこの面子で、ちょっとあたりの地形を見回ってみようと思っていたんだがな。魔物が異常に多いんで、こいつぁやばいって逃げ帰ってきたところさ」
と、コゴネルが教えてくれた。
そこにクランが、汗をハンカチで拭きながらやってきて、
「いやはや、困りました。移動しようにも今回のように襲われては、怖くて仕方がありません」
「クラン、隊商の被害は?」
「おかげさまで。怪我人は多数出ましたが、ライさんやポエニデッタ神官の活躍もあって、死人もなく積み荷も無事でした」
「そりゃあよかった」
「ライさんを雇っておいて正解でしたな。いや、助かりました」
ほっほっほと笑う、クラン。
……まあ、とりあえず一安心。
とはいえ、
「これって、異常事態だよな」
「だろうな。少なくとも自然に出てくる量じゃねえぜ、あれは」
コゴネルが同意する。
「そのことだけど」
口を開いたのは、サリだった。
「なんだよ?」
「敵に、魔狼がいた」
「魔狼? なんだそれ」
「ほう。コゴネルは魔狼を知らないのですか。意外ですね」
テンが、本当に意外そうに言った。
「……そんなに有名な用語か? それって」
「センエイなら『偽物』と称するでしょうがね。ええ、とても有名ですよ」
「神格持ちの召喚原理のことです、コゴネル」
ハルカが補足説明すると、コゴネルは目を丸くした。
「そんなやつ、実在するのか? だいたい、単体で召喚したって神格がついてこないだろう。世界ごと召喚したのなら話は変わるだろうが――」
「前例があるのです。
方法は知られていませんが。少なくとも、過去に実現したことがある現象です」
「とはいえ、今回は数が多すぎる」
サリが言った。
「それぞれの魔狼を単体の召喚原理として呼び出すのでは、まず術者の魔力が保たない。なにかべつの方法を使っている可能性が高いわね」
「まあ、どっちだっていいさ。要するにあの魔物どもはジジイの差し金なわけだろ。ジジイ倒せば解決ってわけだ」
「…………」
「ん、どうしたんだサリ? なんか言いたいことでもあるのか?」
「ぐー」
寝てるよ、おい。
「さっきからずっとこの調子なんだが、よほど昨日の作業は疲れたのか?」
「……みたいだな。
まあ、サリは基本的によく寝るタイプではあるから、睡眠時間が削れるのはつらいんだろ」
「そうなのか」
だからって立って寝ることはないだろうに。
「で、今後の予定だが」
「どーせジジイがくたばりゃこの異常事態も収まるんだ。それまで集落でのんびりしていけや」
「集落は安全なのか?」
「そりゃそうだろ。三千人からなる軍隊が駐留してるんだぜ」
「そういやあいつら、出かける前まで外で野営していたじゃねえか。どこ行ったんだ?」
野営の跡は残っていたのだが、誰もいなかった。
「ああ、地下に潜ったみたいだな」
「地下?」
「森よりは住みやすいんだと。岩巨人ってのはそんなもんらしいな。
いちおう、集落との出入り口は地下のほうで確保しているそうだから、なにかあったらすぐに駆けつけられると言っていたが」
「……地下のほうがはるかに住みにくいと思うんだが」
「慣れの問題なんだろ」
「そういうもんか?」
疑問に思ったが、とりあえず。
「要は、おまえらの敵がいなくなれば隊商も安全に動けるようになるんだな?」
「ああ、まあそうだと思うが」
「ならさ」
言った。
「どうせなら、俺もそいつを手伝おうか――?」




