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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
六日目・七日目:悪党、悪夢と出会う
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六日目(1):悪党、事情を聞く

 今回、兵士を率いて襲ってきたチリギリとかいうおっさんは、岩巨人の貴族の中では中の上くらいに位置する名門の出らしい。

 まがりなりにも貴族の中の上。暮らし向きには不自由しない。適度に尊敬されるし、権力もそれなりに大きい。

 しかしいちばん上である皇帝を目指すには、中の上ではだめなのだ。よほどのブレイクスルーをしない限り。


「で、『生贄』に目を付けたというわけだ」

「……えらく短くまとめたな、おい」

 俺の言葉に、カシルは肩をすくめた。

「複雑な理由があるわけじゃないんでね。これ以上長くしようがない」

「しかし、疑問があります」

 言ったのは、ドッソだった。

「なにか?」

「なぜ、この程度の兵力で攻めたのでしょうか。

 私の知識では、帝国の総軍は今回の戦いで動員された兵数の比ではなかったはずですが」

「ああ、それはそうだ。だが今回攻めて来たのは、カミルヘイム家の私兵と、彼が募った傭兵だけ。だからこの程度しかいなかったのさ。

 彼はぜんぶ自分だけでやろうとしたんだ。他の貴族に戦果を横取りされたくなかったんだろうね」

「ですが『生贄』の場所と、その周辺の地図を手に入れただけでも十分な功績でしょう。

 それを大会議に提出するだけでも、家名は十分に上がるのでは?」

「それじゃだめだ」

「なぜ?」

「それをやって無事に『生贄』が帰ってきたとすれば、次期皇帝の決定権は大会議から『生贄』に戻ることになる。

 で、ア・キスイや、あるいは帝国が新たに擁立した『生贄』が、彼を皇帝にしてくれると思うかね」

「なるほど。つまり、自分の思い通りになる『生贄』を擁立する必要があったわけですか」

 ドッソの言葉に、カシルは憮然とした顔で頭をかいた。

「私も、それらを正確に理解したのはア・キスイに指摘されてからだがね。

 たぶん彼は最初から『生贄』を殺してすげ替える気だったんだろうな。それに気づかないとは、我ながら間抜けなことだ」

「てことはあんた、途中までは戦争の目的もまともに知らされていなかったのか?」

 俺の指摘に、カシルはうなずいた。

「『生贄』だとは聞いていたさ。彼の私兵だけで戦うのも、単に手柄を独り占めしたいからだと思っていたが。

 何度か諫めたりもしたんだが、聞き入れてもらえなくてな。なにしろ私はだいぶ彼に嫌われていたから」

「なんで?」

「知らん。まあ、たぶん貴族だからだろうな。

 途中で手柄を横取りすれば、私が大会議で皇帝になるチャンスもあるわけだし。警戒したんだろうよ」

「殺伐としてるなー」

「まあな」

 ドッソは少し考え込むようにしていたが、やがてため息をついた。

「いずれにせよ、帝国に集落の位置を暴かれたのは深刻な問題です。

 今回は神殿の仲介もあって停戦となりましたが、次にいつ、なにが来るかわからない。近いうちに場所を移らねばなりません」

「おや、それなら帝国に戻ってくればいいじゃないか。なにを悩む必要がある?」

「……おそらく、無理でしょう。我々とあなたがたの確執はずいぶん深い」

「確執ねえ。ア・キスイのような子がわざわざ、この田舎くさい岩山の集落で一生を過ごすに値するほどの確執とも思えんが」

「おい、そいつは言い過ぎじゃ……」

「いいや。こいつは本心だよ。

 偉大なる『生贄』は、光輝なる都サーラフィージョに在るべきだ。このような辺鄙な地に在るべきではない」

 言って、それからカシルはくちびるをへの字に曲げた。

「ふん。いいさ。あんたたちがそれを聞き入れないことも理解してる。

 だが、『生贄』の帰還を待ちわびる岩巨人も多い。覚えておけ」

「心に留めておきましょう」

 ドッソは、深くうなずいた。

「まあ、そっちはそのへんでいいだろう。うまくまとまったようだし。が――」

 横からコゴネルが口をはさむ。

「それとはべつに、こっちも聞きたいことがある。グラーネルっていうじーさんのことなんだが」

「ああ。あの薄気味悪い妖術師か。彼がどうした?」

「ぶっ殺しに行こうと思ってるんで情報をくれ」

「……えらく直線的な表現だな。魔人というのはみんなこうなのか?」

「わかりやすくていいだろ」

 カシルはなんだか憮然とした表情で、

「知らん。直接会ったのも一度きりだし、情報の提供者としか聞いていないからな。

 あとはチリギリに聞けばどうだ」

「だってあのおっさん、人の話聞かねーんだもんよ。どうにもならん」

「なら拷問しろよ。所詮、そこらの貴族のおぼっちゃんだ。すぐぺらぺらしゃべるようになるさ」

「……きっついなーあんた。仮にも元上司だってのに」

「見放したからな。

 というか、今回の話が神殿経由で帝国に入ればカミルヘイム家は破滅だよ、さすがに」

 ちら、と窓の外、森のなかに陣を張る彼らを見て、

「私のような雇い兵士はともかく、私兵たちは哀れだな。帰っても保護者を失い、路頭に迷う」

「代わりにあんたが保護すればいいだろ。貴族じゃねーのか?」

「金がない。貴族だからって、無一文じゃろくな保護は与えられんよ」

「あー、じゃあそこのアニキがバラした竜の死体でも売り払えば?」

「戦った人数で山分けにしたらせいぜい金貨10000枚だろ。足りんな」

 ……マジすか。

「当たり前だろう。大会議に没収されて競りにかけられる資産を買い戻さなけりゃならんのだ。維持費も含めて、もう一桁ないと話にならん。

 ま、とはいえ一時収入としては十分すぎる額だ。だからすでに手を回して、クランとかいう例の商人に委託して売りさばいてもらう予定だよ」

「……とりあえず、すげー世界だってことはなんとなくわかったよ」

「かもな」

 カシルは言って、それからとんとんと人差し指でひたいをたたいた。

「あの妖術師については、私が覚えている限りのことは教えるよ。アジトにも一度行ったことはあるし」

「どこだ?」

「ここから遠くない。たぶん、陸路で数日といったところじゃないかな。北だが」

「……まさか、無地の燎原(ロスト・ヴァルハラ)か!?」

 言葉に、カシルは重々しくうなずいた。



 広場のほうへ行くと、そこにはごくいつものような光景が広がっていた。

「ふふふふふふふふふ……」

「せ、センエイさん? あの、ちょっと落ち着いて……」

「キスイくぅん……この服、ちょっと着てみない? ふふふのふ」

 不気味な笑みを浮かべて、フリフリの服を持ってキスイににじり寄るセンエイ。

 と、

「はぁあっ!」

「わっ! と!?」

 ぐごぉんっ! とすごい音を立てて、ジロロのハンマーが一瞬前までセンエイがいた場所を打ち据えた。

「ち。外しましたか」

「殺す気かおまえはっ!?」

「無論です。

 ふふ、この衆人環視のもとではあなたの外殻など紙も同然。キスイ様への不埒な行動、いまこそ成敗してくれましょう!」

「隙あり!」

「ええっ!?」

「キスイ様!?」

 がばぁっ、とセンエイがキスイを抱きかかえた。

「ひひひ、この状態でハンマーを振ればキスイくんにも当たっちゃうぞー。どうしたどうした、うりうり」

「く、な、なんて卑怯なっ」

「さあキスイくん、おとなしく観念してこの服を着ようねー。ほれほれ」

「あああ、だ、だめです! そんな奇天烈な服をキスイ様が着ることなど、天が許してもこの私が許しませんっ」

「うはは、泣き叫んでも貴様に止めることはもうできまい。せいぜいそこで悔し涙を流すがいいっ」

「あ、あのぅ……わたしの意志っていうのは、無視なんでしょうか……」

「風情がありますねえ……」

「さんかく~☆」

 …………

「なあ。あれ、なにやってんだ?」

 とりあえず、サリに聞いてみる。

「センエイが、お気に入りの服をむりやり着せようとして相手を困らせている。

 ちなみに、前にわたしもおなじことをされた」

「着たのか?」

「秘密」

「…………」

 気になる。むちゃくちゃ気になる。

「というかあの服、そもそもなんなんだ?」

「センエイの、妹さんの形見」

「――――」

「もしくは恋人の形見」

「……どっちだよ?」

「さあ。時と場合によって違うみたい」

 だめじゃん。

「無事に帰ってきたと安心してみれば、これか……」

「ま、いいんでねえの? 修羅場から帰ってきたんだし、少し遊ばせてやれ」

「なんでおまえが仕切るんだよ、バグルル」

「そりゃおめえ、仕切り屋のシン先生がいつまで経っても帰ってこねえんだ。代わりに誰かが仕切るしかないだろがよ、コゴネルちゃんよ」

「だからなんでおまえが――って、それはともかく。シン、まだ帰ってないのか?」

「おうよ。いま帰って来てるのはセンエイだけだ。なんでも、ジロロとかいうあの女の知り合いに助けてもらったんだと」

「知り合い? 岩巨人か?」

「さあな」

 ……知り合い、ねぇ。

 あの状況をなんとかできる知り合いを想像しようとしたが、どうもぴんとこない。

「まあ、竜をあっさりぶっ倒しちまう奴がいるような集落だし、いまさらなにがいてもおかしくないか……」

「よくねえよっ」

「おわあっ」

 いきなり横から上がった、ペイの叫び声にのけぞり返る。

「なんなんだよ今回の事件! つかフレイア・テイミアスが敵ってどーすんだよ俺たち! ええ!?」

「おおお落ち着け落ち着け。俺に言われてもなんにも状況は解決しないっての」

「ほほほ、そうですよペイ。いまさらキャンセルもできないのですから、腹をくくりなさい」

 テンの言葉にペイはいらだったまま、それでも口を閉ざしたが。

「とはいえ、看過できない問題であることは事実よ。

 あの『花嫁』フレイア・テイミアスはかなりの脅威。他にも複数の魔人が相手方についていて、総合戦力ではこちらとあちら、どちらが上かが計算できない。

 となると、彼女の召喚魔力が回復しないうちの速攻が望ましい」

 続くサリの言葉に、魔人たちは顔を見合わせた。

 コゴネルは腕を組んで、

「まあ、そうだな。敵の狙いはまだ不明だが、どのみちさっさと首取らんとやばいかもな」

「そうでしょうね。召喚に慣れたこの私やセンエイにとっても、かの『花嫁』殿は脅威ですから。

 それで、その敵の位置は? ここに戻ってきたということはなにか情報が手に入ったということでしょう、コゴネル」

「確実な情報じゃねーけどな、ハルカ。奴は、おそらく無地の燎原(ロスト・ヴァルハラ)にいる」

 コゴネルが言うと、あたりからどっとため息が漏れた。

「きっついなぁ……この、シンが行方不明ってタイミングでかよ」

「バグルルとマイマイが頼りだな、そうすると。頼りにしてるぜ?」

「うー、ヤだなぁ。あそこ、目を開けているだけで疲れてくるのよね」

「……? なんだそりゃ」

 俺が問うと、テンが口を開いた。

無地の燎原(ロスト・ヴァルハラ)というのはですね、幻覚で構成された大地なのですよ。

 過去、彷徨える魔王(ワンダリング・デビル)逆神格(サタン)という、二匹の怪物が決戦を行った余波でそうなったとか。無数の幻覚が入り乱れ、長い間直視していると発狂してしまうそうです。

 ですから、幻影使い(イリュージョニスト)であるマイマイと、同じく幻術をかじったことのあるバグルルが頼りなのですよ」

「なるほどな……」

 さっきのみんなの反応は理解できた。が、

「なんか、くらくらしそうな場所だな。できれば行きたくない感じだが」

「行かなければいい」

 サリが言った。

「いや、そうもいかんだろ」

「? なんで」

「なんでって、おまえ……」

「ライは部外者だもの。隊商といっしょに出発すればいい。ここから先は、わたしたちの問題よ」

 ――――

 言葉に、俺はきょとんとした。

 しばし、考えを巡らせ、

「……そっか。そういえばそうだ」

「わりぃなぁ、なんか気を使わせちまって。まあ、あとは俺たちに任せとけってことさ」

「そうそう、まかせとけってことさっ」

「ひしひし♪」

 ――忘れていた。

 俺は隊商の連中といっしょに働いている身で。

 こいつらは、それとぜんぜん関係なく単に同行しているだけだってこと。

 同行する状況じゃなくなったら、別れる。

 そんな単純なことを、すっかり見落としていた。

「なんだよ、湿っぽいな。

 どうせ、竜の死体を売り払った金をまだ受け取ってねえんだ。そのうちまた会えるって」

「……ああ。そうだな」

 コゴネルの言葉に、うなずく。

 すっ、とサリが立ち上がった。

「作業に入る。戦闘で使用、損耗した武具を再精製しないと。半日以上かかると思う。

 それが終わったら仮眠を取って、それからここを出ていく。一日後の夜に出発。異議のあるひとは?」

「異議なし。

 剣の魔力、竜との戦いで使い切ったからな。頼むわ、サリ」

鋼鉄攻弾(カルバリン)の弾薬も補充したいですからね。異議、ありません」

「俺の精霊(アストラル)ロープも補修、頼む。トラップ用に昨日使ったから、ちょっと消耗してる」

「作業がない連中は休養だな。

 こらマイマイ、休養だからな。遊び回って休まないでいたら承知しねえからな」

「わ、わかってるわよっ。もう、信用ないわね、ペイ」

 一気に、あたりが騒がしくなる。

 と、

「あ、あのぉ……そうすると、おいらはどうすればよろしいんでしょうか?」

「……そういやおまえ、いたんだっけ。グリート」

「私の解剖実験に付き合うかい?」

「いやあああああああっ!?」

「ど、どっから湧いて出たセンエイ!?」

「わはは。そんなに驚かれるとこっちとしてもうれしくなっちゃうじゃないか」

「た、助かった……」

 よく見ると、キスイは遠くでほっと胸をなで下ろしているところだった。

「……諦めたの? センエイにしては、めずらしい」

「なんなら着るかい、サリ?」

「ヤだ」

「つーかてめえ、ほんっとーに見境ないのな……」

「ふふふ、言うだけ言っておきたまえライくん。どうせ君の負けは確定している」

「負け?」

「そうとも! ここでリタイヤする君と違って、私はこの仕事が終わるまでサリと同行する権利を持っている!

 ふはは、勝てる、勝てるぞぉ! こんどこそサリは私のものだぁー!」

「煩い」

 ごきゅっ!

「ぐああああああああっ!?」

「なんていうか……このパターンももう、見飽きたなぁ」

「というか、美少女は全人類の共有財産で独占しちゃいけないとか言っていたのは誰だったんでしょうね?」

「う、うるせえぞ岩巨人の女……! キスイくんは美少女だけど、サリはサリだから関係ないんだっ」

「無茶苦茶言ってるぞ、おまえ」

「とりあえず、これはあっちに連れていっておくから」

「お、覚えてろライナー・クラックフィールド、次こそは必ずうううううっ!?」

 ずりずりずりずり……

「まあ、やかましいのが減ってよかったな」

「あ、危なく解剖されるところだった……」

「で、グリート。おまえはどうするんだ? マイマイについていくか、俺と一緒にいくか」

「で、できれば安全なほうが……」

「なら、ライ兄ちゃんと一緒にいったほうがいいよ。これからわたしたちが行くのは、戦場だから」

「……そうだな」

 戦場なのだ。彼らが行くところは。

「隊商の連中は、いつごろ出るんだろうな?」

「明日の朝じゃないかなあ、たぶん」

「てことは、おまえたちよりは前に出るんだな」

「見送りに行くよ、ぜったいっ」

 はしゃぐマイマイを見ながら、俺はぼんやりと考えた。

 ……なんで、こんなに気分が悪いんだろう?

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