五日目(5):決戦! 洞窟の暴竜-2
ずずんっ。
意外に軽い音がして、緑竜の体躯が大地に落ちた。
「意外と苦戦しましたが、こんなものでしょう。……私も年齢のせいか、ずいぶん鈍ったものですね」
「……いや、十分だから」
つーか、めちゃくちゃ強いんだけど、ドッソ。
カシルは、呆然と竜の死骸を眺めている。
「信じられん光景だ……竜が、たったこれだけの人数に倒されるなど」
「岩巨人族の狩人であれば竜くらい一人で狩れるでしょう。当然のことです」
「嘘だ! ぜったい嘘だ!」
(……ひそかに同意)
まあ、外見からしてデタラメだったから、なんとなく予想はついたけど。それにしてもドッソ・ガルヴォーン、マジで一騎当千としか言いようがない。
そのドッソは、キスイの身体を降ろし、斧を軽々抱えて背中に戻そうとした。
――が、そこで彼の動きがぴたりと止まる。
「……どうした?」
ドッソは答えず、ただ不思議そうな目で正面を眺めていた。
つられて目で追っていくと、そこにカシルの姿がある。
まだ剣を収めてはいない。構えたまま、まるで戦闘態勢のようだ。
……ていうか、戦闘態勢じゃん。
「なにやってんだよ、おい」
「ここが勝負の付けどころだと思ってね」
意味不明なことを言う、カシル。
……えーと。
「デカブツ。あんたに御前決闘を申し込む」
「理由は?」
「このままだと、そっちの集落に『生贄』を連れ帰られてしまうんでね。あんたを排除すれば五分に戻せる」
「おい、本気か? つーかそもそも、俺を含めてこっちはふたりだぞ?」
「おや、おまえにとっては『生贄』が生きていればどうでもいいんじゃなかったのか?」
「あ、あれはそりゃ、その場の方便で――」
「男に二言は見苦しいぞ。いさぎよくあきらめて観戦でもしておけ」
……むちゃくちゃ言いやがるな、おい。
ドッソはため息をついた。
「あなたの技量で私と戦うのは無理かと思いますが」
「ふん。たしかにあんたは強いがね、しょせんは同族だ。倒す方法はいくらでもある」
「だとしても、勝ち目は万に一つでしょう」
「だからどうした。万に一つでも勝ち目がある限り、私は退かぬ。それが私の道だ」
「その道が正しい道とは、私には思えませんが――」
ふう、とドッソはもう一回、ため息をついて、
「戦士の決断だ。認めましょう。
ア・キスイ、ご観覧をお願い申し上げます」
「…………わかりました」
「感謝する。
できれば、名を」
ドッソは斧を目前に構え、静かに名乗った。
「名はドッソ。家柄名はガルヴォーン」
「名はカシル。家柄名はヴァロックサイト」
「「いざ、両者の誇りにかけて――参る!」」
言って、ふたりはそれぞれの得物を掲げ――
「ふん!」
ごがんっ。
一瞬で、ドッソの拳がカシルの腹に突き刺さっていた。
……拳?
(斧は、どこへ?)
一呼吸遅れて、だいぶ遠くへと飛んだ斧が地面にがすんと突き刺さった。
……ほ、放り捨てた、のか?
(ぜんぜん見えなかった……)
「……ぁっ」
「こちらのスピードを見誤りましたか。
斧を捨てれば速度は上がる。得物の大きさに幻惑されたが故の敗北と知りなさい」
「む、無念っ……だっ……」
どさ、と、カシルは倒れた。
……勝負、ついちゃった。
「本当に大丈夫ですか? ずいぶん辛そうですが」
「ほ、ほっとけっ……気のせいだっ」
「いや、脂汗流しながら言われても……」
あきらめてドッソの肩に乗せてもらえばまだ楽だろうに、カシルは意地でも歩くつもりらしい。
……まあ、意地なんだろうけどさ。
「おい、ドッソ。これ、骨は折れてないのか?」
「確認しました。折れてはいないはずです。ひびが入っているかもしれませんが」
「それにしてもずいぶん辛そうだな。肩、貸そうか?」
俺が言うと、カシルはちょっとだけ躊躇したが、結局腕を伸ばして俺の肩につかまった。
「済まん」
「無茶するからだ。ったく、体格差見た時点で勝てないことに気づけっての」
「無茶は承知の上だったんだがな……さすがに、あそこまで一蹴されるとは思わなかった。恥ずかしい」
「あの」
ふと、キスイが声を上げる。
「なんだよ?」
「ええと。決闘の件についてはもういいと思うんですけど。
それよりも、我々がいまどちらへ向かっているのか、聞かせていただけないでしょうか。ガルヴォーンの君」
「無論、我らが集落にです。ア・キスイ」
丁寧に彼が答えた。
「集落は……現在、安全なのでしょうか」
「私が出てきたときまでは、安全でした」
「そうですか……」
「なにか、お考えでも?」
「今後のことです。皆は、今後どのようにしてあの襲撃に対処するつもりなのでしょうか」
「外部と連絡が取れれば、神殿に援護を頼んで助けていただくことも可能でしょうが……だとしても、神殿がいつ重い腰を上げるかは、不透明です」
「では籠城して時間を稼ぐしかありませんか。
それは可能ですか?」
「食料と水の確保の当てはあります。一ヶ月程度の籠城は十分に可能であるかと」
「その先は?」
「場所を移るしかないかと思われます。ア・キスイ」
「どこに」
「鋼の宮が現状では最適かと」
「……遠いですね」
キスイはひとつ吐息。
「あるいは、さっさと神器を渡してしまったほうが、皆にとっては幸福なのでしょうかね」
「ア・キスイ、それは――」
「手段のひとつです。
受け入れなさい、ドッソ・ガルヴォーン。我々は追いつめられています。解決策を放り捨てる贅沢はできません」
「……いずれにせよ、それは合流してから考えるべき問題でしょう」
「そうですね。いま、どのあたりですか?」
「環の広場の付近です。そこで、探索にご協力いただいている方々と待ち合わせしております」
「わかりました」
言って、キスイは目を閉じた。
……だいぶややこしい話になってきた。
ていうか、
「一ヶ月の籠城って……俺たちも?」
「うーん、それはどうでしょう。
いちおう、安全な経路を確保して逃げられるように手配はするつもりですが……場合によっては、やはり付き合ってもらうしかなくなると思います」
「困った話だな……」
「事前に襲撃の予測ができたなら、なんとかなったんですけど。
今回の事件は突発的な嵐みたいなものでしたから。付き合わせてしまって申しわけないです」
「……まあ、キスイのせいじゃないとは思ってるけどさ」
と。カシルが歩を止めた。
「なんだよ?」
「不審なざわめきがある」
「は?」
「たしかに妙ですね。
失礼、先に行かせてもらいます」
「あ、ちょっと!?」
止める間もなく、ドッソの巨躯はあっという間に岩の向こうへ消えた。
「わたしたちも行きましょう」
「いいのか?」
「立ち止まっていても仕方がありませんから。この先、環の広場はもうすぐのはずです」
「わかった。……走れるか、カシル?」
「捕まりながらなら、なんとか」
うなずいて、俺たちは走りだした。
「で、これがオチかよ」
「い、いっぱい集まってますね……」
「ライ、無事だったんだ!」
「よぉ。ちゃんと守りきったみてぇだなぁ?」
「ふん。ま、怪我もなさそうでなによりだな」
「まるまる~♪」
リッサ。バグルル。コゴネル。ミーチャ。旧知の仲のみんなが、いっせいに声をかけてくる。
それはまあ、いい。
いいんだが……
「ふん、ようやく主賓の到着か」
「カミルヘイムの君!」
「遅かったな、カシル・ヴァロックサイト。無事にその小娘を手に入れたようでなによりだ」
……一緒にいる、この大量の重武装した岩巨人たちはなんでしょうね?
「あははは……はち合わせしちゃってさ。さっきからにらみ合いなんだよね」
「ったく、最悪のタイミングで帰ってきやがったな。てめえら」
「あ、あはははははは……」
「さて。そろそろ終わりにしよう。
カシル。小娘を連れてくるがよい」
「あ、し、しかしっ……」
カシルはうろたえながら、男とキスイのほうを交互に見やる。
「なにをうろたえる。さっさとせんか」
「――っ」
「その必要はありません」
きっぱり。
キスイが言って、そして彼女はずいと歩み出た。
「お、おい!?」
「侵入者。名を名乗りなさい」
「なんだと?」
「あなたも岩巨人でしょう。女王の前で、名も明かさぬつもりですか」
「ふん……」
男は小馬鹿にしたように笑った。
「貴様のような小娘が女王を語るか。不遜なことだ」
「それは『生贄』に対する侮辱ですか」
「侮辱だと? 違うな。私は貴様のような田舎娘など『生贄』と認めておらぬ。それだけのこと」
男はあっさりと言った。
「伝統に則り、儀式を経て正当に『生贄』となった者を認めないと?」
「ふん。そのような儀式、私の目の前でされていないのに行ったことなど信じられるか。嘘をつくな」
「……おいおい」
目の前で見ていないから嘘だなんて、いくらなんでも決めつけだと思うが。
と、男の目がこちらを向いた。
「貴様が女王の意思に則っていないことなど、そこの小僧を見ればわかることではないか」
「なんですって?」
「聞けばその小僧は神の代理という。神と同席して、大巨人たる女王が平静にして居るわけがなかろう。なぜ貴様は戦いを挑まない」
……こらまて。
「おっさん、そんな話誰から聞いたんだよ?」
「我々には協力者がいてね。情報提供には困らなかった。それだけのことだ」
「グラーネル・ミルツァイリンボ……か?」
バグルルの言葉に、男の眉がぴくりと上がった。
「なぜその名前を知る?」
「あっちゃあ……どんぴしゃだぜ、こんちくしょう」
「なんか、俺たちがいるときに襲ってきたことから予測はしていたけどな……やっぱあの爺が裏で糸引いてやがったのか」
「さんかく~☆」
騒ぎ出したこっちを見て、男は小さく舌打ちをした。
「しゃべり過ぎたか。
まあいい。どのみち皆殺しにすればよいことだ」
「うわぁ……さっきの女とおなじ思考回路だよこいつ」
「待ちなさい。わたしの話はまだ終わっていません」
「聞く耳持たぬ。全軍、戦闘を――」
「カシル・ヴァロックサイト!」
大声に、全員の動きがぴたりと止まる。
「答えなさい! わたしを『生贄』と認めるか否か! 一日を共にしたあなたが答えなさい!」
「…………」
す、とカシルが顔を上げた。
「彼女は……間違いなく『生贄』であります。カミルヘイムの君」
広間にどよめきが走った。
「静まれ! 静まるのだ!
カシル・ヴァロックサイト! 貴様、この期に及んででたらめを吹聴するか!」
「でたらめではありません! 彼女が起こした奇跡、私は何度も目にしました!」
「……っ! ええい、この役立たずが!」
地団駄を踏んで、男。
「軍を引きなさい、侵入者。それ以上の狼藉は女王にも、『生贄』たるわたしにも不敬です」
「バカを言うな! ここまで来て引き下がることができるわけがなかろう!
せっかく『生贄』を手に入れるチャンスなのだぞ! 手に入れさえすれば、次の大会議でカミルヘイム家は他家を出し抜いて皇帝となれるのだ!
くそ……だいたい! カシル、なぜ貴様、一日行動を共にしながら宝器を奪って殺してしまわなかったのだ! そうすれば後はどうとでもなったものを!」
「あ……あなたは、それを本気で言っているのですか!?」
「当然だ、当然だともさ! だいたい『生贄』などお飾りに過ぎん! そのくそ生意気な娘が『生贄』だろうと、殺して他の赤子に継承させればそれで済む話ではないか!
そうだ! いまからでも遅くない。カシル、その小娘を殺して宝器を持ってこい! もはや『生贄』だろうとそうでなかろうと、そんなことは些細な問題だ!」
「……断る」
「なんだと!? くそ、貴様、雇い主を裏切る気か!?」
「あいにくだがヴァロックサイトの家系は代々、金よりも名誉を重んじる愚か者でね。あまりに重んじるんで没落して一文無しになるくらいだ。
――『生贄』に対する不敬、余りある。チリギリ・カミルヘイム、たった今よりあなたは私の敵だ!」
びしっ、と指を突きつけて、カシル。
……本当は剣を突きつけたかったんだろうけど、それはドッソに武装解除されたままだ。ちょっとかっこわるいけど、この際は仕方ない。
チリギリと呼ばれた男は、うろたえながらも背後に向けて指示した。
「え、ええい! この裏切り者を処分しろ!」
……しーん。
「なにをしている! 戦え! 皆殺しにしろ!」
……しーん。
「部下にも見放されましたか。……無様ですね」
「……っ! ならば、直接殺して奪ってくれようぞ!」
じゃきっ、と剣を抜き、
「覚悟ぉっ!」
――ぢぃんっ!
「させるかよっ!」
「ライさま!?」
「貴様、邪魔するかぁっ!」
「って、う、うわぁっ!」
「きゃあっ!?」
どんっ。
後ろにいたキスイもろとも吹き飛ばされる。
「いつつ……ずっと走っていたせいで踏ん張りが効かない……」
「ライ、大丈夫!?」
「俺は大丈夫だけど、キスイは――あれ?」
駆け寄ってきたリッサに答えようとして、ふと押し黙る。
彼女は、俺の横でうつぶせになって倒れている。
……倒れて、いるんだけれど。
「……あのぅ……キスイ、さん?」
「ふ、ふふ、ふふふふふふふ……」
あ、まずい。
「くそぅ! 貴様、邪魔だてするか!」
「女王の化身たる『生贄』をお守りするのは岩巨人族の使命であるが故に――」
「どけぇぇぇぇぇ!」
「いや、あのさ。逃げたほうがいいよ、おっさんたち」
あきらめを込めながら、一応まだやってるドッソと敵のおっさんに言う。
と。キスイが、ゆぅらりと立ち上がった。
――うわぁ。なんだこの神力。
(だだ漏れみたいになっている……その漏れた分だけで、思わず圧倒されてしまうほどの――)
「ドッソ・ガルヴォーン。そこを退け」
「は。しかし――」
「命令だ」
「……仰せのままに」
「は! とうとう諦めたか!?」
事情をぜんぜんわかっていないチリギリが吠える。
……南無。
「いいかげんにしろ無法者。さきほどからの狼藉の数々、目にあまる」
「ふん、知ったことか。無法だの狼藉だの、そんなものは目撃者を皆殺しにしてしまえば済むこと。勝てば官軍という言葉を知らんのか、小娘」
「は! わらわを前に「勝つ」だと!?」
瞬間。
どぉん! という音とともに、彼女の身体中からまばゆい神光があふれ出した。
「う、うひゃあああああっ!?」
「愚か者が! 神話の頂点を前に、たかだか岩巨人ごときが「勝つ」などとは思い上がりもはなはだしいわ!」
「な、なんだとぉ!?」
悲鳴を上げる俺、喝破するキスイ、動揺するおっさん。
キスイは薄い笑みを浮かべて、
「くくく……これで三級。ここまで行くと神力というものが物理的な意味を持つ。武器として使用も可能だ。
我がイェルムンガルド外殻は鉄鋼にも勝る鎧となり、光の狼牙は刃向かうすべてを打ち砕く。
勝つ、だと!? 大巨人を相手にして勝てるとでも思ったか! 身の程を知れ!」
「あ、あ、ああああああっ……!」
やけっぱちで振ったチリギリの剣が、彼女の手前でなんの前触れもなく腐って溶けた。
「ば、バケモノ……!」
「不敬なことを言うな、このっ」
どしゃあああああっ! というすごい音とともに、チリギリの手前の地面が肘から手首までくらいの深さでえぐり取られた。
「む、狙いが逸れたな。次は当ててくれよう」
「ひ、ひいいいいいっ!?」
「あ、こら、待てこいつっ。逃げたら当たらないではないかっ」
どしゃあああっ! どごおおおっ!
すごい音を立てて地面が陥没していく。
「このっ、このっ」
「た、助けてくれえっ! だれか助けてっ!」
「……なあ。これでいいのか?」
「すべては女王の思し召すままに――」
「…………」
だめだ、ドッソは頼りにならん。
そうこうするうちに、チリギリがとうとう壁際まで追いつめられていた。
「ひ、あ、お、おお、お助け……」
「……ふふふふふ」
「あああああ、も、もう殺すとか言いませんっ。皇帝とかぜんぶ諦めますからっ……」
「……ふふふふふふふ」
「や、やめてええええええっ……」
キスイはにやにや笑ったまま、チリギリのほうを見下ろしている。
そして、見下ろしたまま、あお向けに倒れた。
ばったり。
「き、キスイっ!?」
あわてて駆け寄る。
「きゅう……」
「あ、だめだ。完全にのびてる」
「あーやっぱりな。たぶん、神力を使いすぎて疲れ果てたんだろ」
後ろから見ていたコゴネルが言った。
と、チリギリが立ち上がった。
「ふははははっ! やはり天は私を見放さなかった! 今度こそ我が勝利だ!」
「……さっきまでえらく情けなかった分際でなにを言うかな、このおっさんは」
「黙れ黙れ! さあ部下ども、今度こそ小娘を捕らえて宝器を――」
ごんっ!
リッサの拳によって、彼は沈黙した。
「そろそろしつこいと思ったから黙らせとくけど……いいよね?」
「いや、俺に言われても」
「いいだろべつに。もう誰も、これ以上伸ばしたいなんて思っていないさ」
あたりを見回しながら、カシルが言う。
まあ、なんとか一件落着……か?
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自分の肉の焼ける音で、なんとか我に返る。
(危なかった――)
足に突き立てた『新月』を抜き、ほっと一息。
全身、かなり深いやけどに覆われている。
焼いても焼いても相手が退いてくれなかったので、最後の手段として剣を自分に突き立てたのだ。
(もう少しで、完全に支配されてしまうところだった)
みんなの前でなくてよかった。そう思う。
と。その視界に、見慣れた姿が映った。
「苦しんでいますね、サリ」
「ハルカ――?」
「命に別状は?」
「ないと思う」
「身に背負った魔物が、身体を乗っ取ろうと動いているのですね。
それは、あなたが魔女になってからずっとですか」
「うん」
うなずく。
「隠れた敵のいる場所を探るために時間稼ぎに付き合っていたら、精神操作を受けてしまった。
そのせいでこの通り。無様をさらしてしまった」
「生きているのがなによりです。
むしろ、そういうときこそ我々を頼ってもらいたいものです。敵の場所を察知したとて、一人で行くことはないでしょう」
「一人のほうが戦い慣れてるから」
吐息。
「それにしてもひどい発作だった。
術を受けたとはいえ、こんな発作になることはそうそうなかったのだけど。どうしたのかしらね」
「感情のせいでしょう」
「感情?」
ハルカは、ええ、とうなずいた。
「魔物がつけいるのは感情です。あなたはそれが乏しい。いえ、正確には乏しいふりをして、魔物をごまかしている。
でも、ここ数日はそうではなかったはずです。あの少年が来て、ずいぶんあなたは変わってしまった」
「そう。……ライが来たから、こうなったのね」
「後悔していますか?」
首を振る。
「今は、まだ」
「そうですか。ならばそれは、たぶん幸福なことです」
「うん」
吐息。
それからわたしは、この珍しくも饒舌な魔女を見返した。
「今日は、よくしゃべる」
「そうですね」
「なにかあった?」
「さあ。……真夏の西風のようなものでしょう」
よく分からない。
けれど、それでいいような気がした。
「聞いてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。そろそろ立てますか?」
「たぶん。……腱は切っていないから、再生し切らなくても歩けるとは思う」
「ならばそろそろ行きましょう。少年に心配をかけたくはないでしょう?」
「余計なお世話」
「知っています」
「……そう」
三日目~五日目は、ここまでです。
ちょっと時間が早いので、続けて六日目~七日目を投稿予定です。




