五日目(4):決戦! 洞窟の暴竜-1
ずどどどどどど……どごーん!
「こっちだ! こっちに抜け道がある!」
「あいかわらず無茶するもんだな、竜ってのは……ここまで行くともはや種族的特性か?」
「カシル、もっと近寄ってください! わたしの神格があれば落下する岩くらいは避けられます!」
「了解!」
ぐぁぁぁぁぁ、ぐぁぉ、ぐぁぁぁぁぁぁぁ!
「やばいやばいもう近すぎ!」
「ライさま、前に谷と吊り橋です!」
「好都合だ! さすがに吊り橋は追って来れないだろうから、一気に突っ切るぞ!」
「らじゃーっ!」
しぎゃあああああっ! ぎゃおおおおおおっ!
「くそ、こっちにまでいやがるっ!」
「つべこべ言わず走れ走れ! あんなミドリガメの親戚、全速力で走ればどうってことないさ!」
「あ、あのぅ……それはたとえがひどいんじゃ」
「うおりゃあああああっ!」
があぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
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「つ……疲れた……」
「バカ、ここで倒れたらまずいっ! まだ竜は追ってきているんだぞ!」
「ライさま、わたしも走ります! 下ろしてください!」
「……っ。ちくしょう、この際はやむを得ないか……」
俺はキスイを地面に降ろし、剣を構えた。
「なにを!?」
「しゃあねえ。時間稼ぎするからキスイ連れて逃げろ」
「……諦めるのか? 勝負を」
「べつに。俺にとっちゃそんなペンダントがどこへ行こうがどうでもいい。友達のキスイが生きてりゃ、とりあえずそれで十分だ。
カシル。さっきの約束、守れるんだろうな?」
「それは――」
「守れると誓え。それで十分だ。俺はおまえを信じる」
だいぶヤケになったような言い分だが、いちおう俺にも勝算がなくもない。
瀕死の竜で、多くの援護つきだったとはいえ、一度は竜を倒したことがあるのだ。
あきらめなければ、きっと勝てる。……たぶん。
(住んでた街飛び出したときからずっと、あきらめなければなんとかなってたんだ。今回も大丈夫さ)
悲観的な考察はきっぱり無視し、俺は視線をカシルに向ける。
「私は……」
――足音が聞こえた。
竜が遠くから近づいてくるのではない、もっと小さくて、特定のリズムを持った足音。
「まさか――」
たいまつの明かりが遠くに見える。
その先にいた人物は、俺の見覚えのある人間だった。
というか、忘れようもない。
このでかい体躯を忘れることができるのは、たぶん相当先だろう。
「ア・キスイ、ご無事のようでなによりです」
「ガルヴォーンの君……!」
「敵の攻勢が途絶えまして。おそらくア・キスイの所在が地下であることを敵が突き止めたものと考え、防備は皆に任せて駆けつけた次第」
大男、ドッソは地響きのする方向を見やった。
「洞窟緑竜ですか。向かってくるのは一体のようですが」
「大半は振り切ったんだがな。ここで追いつかれてしまいそうだった。逃げ道はあるか?」
「残念ながら。ここの先は袋小路です」
げ。
カシルはふん、と鼻で笑い、
「なんだ。なら、こいつを見捨てて逃げても同じだったわけだ。かっこよく決めたのに、どうもついてないな、ライ」
「どうする? このあたり、狭すぎてちょいと逃げ道がないぜ。上を飛び越えるにしても足場がないし――」
「是非もない。倒せばよいだけのこと」
……いや、そんなかるーく言われても。
「正気か? 竜を正面から倒せると?」
「戦士殿。あなたは、どうやら竜についての基礎知識が不足しているようだ」
「なんだと?」
「ア・キスイ。失礼致します」
「あ、はい」
ドッソは、ひょいっとキスイを拾い上げ、自分の肩に乗せた。
「これでよし。ア・キスイ、相手が酸の吐息を吐いたときと、土砂が落下してきたときのみ神力で対処願います。後は自分が引き受けますので」
「正気か貴様!? 『生贄』を盾にする気か!」
「無傷で勝てばよいだけの話です」
「――!」
「竜の最強攻撃は質量による圧迫ですが、これは洞窟では使いにくい。吐息さえ封じれば、あんなものは単に図体のでかい亀に過ぎません」
奇しくもさっきの彼女のたとえを用いて、ドッソは言った。
……まあ、理屈は通っている。
ため息をついて、俺は剣を構え直した。
「なにを?」
「手伝う。この剣があればキスイと同じくらいのことはできるはずだからな。攻撃もできて一石二鳥だ」
「助かります」
「無茶しやがって……ええい、仕方がないっ! 私も戦おうじゃないか!」
「あなたは参加なさらないほうがいい。盾がないと酸の吐息にやられます」
「ふん。舐めるな。要はおまえのでかい図体を盾にすればいいだけの話だろう。ヘマはしないさ」
「……どうぞご自由に」
ドッソは背中に持っていた冗談のような大きさの斧を取って、もはや目前まで迫った竜に向けて構えた。
「では、参りましょう」
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「みみみミスフィトー! なにやってんのさ、いくらなんでも10個もナイフしのげないよー!」
「我慢しろプチラ! 俺がどれだけの本数、幻影で引きつけていると思っている……!」
飛び跳ね奥義を尽くして戦いながら、互いに叱咤し合うプチラとミスフィト。
それはまあ、いいのだけれど。
「……わたしは戦闘開始から、まだ一歩も動いていないのだけれど。
それで全力? ずいぶんと腕がなまったわね、二人とも」
「このっ……なめんな、サリっ!」
プチラは叫んで、剣を振りかぶり、
「必殺、金剛空間断裂剣! てりゃー!」
轟音と共に、彼女の近くにあった短刀が一斉に吹き飛んだ。
「いまだミスフィト、こっちに幻術!」
「承知……! 光輪屈曲・逆流閃!」
ミスフィトの声がどこからともなく響き、プチラの身体がぼやける。
わたしはその方向を見もせず、
「陣形『針鼠』、準備」
「へっへーんどこ見てんのサリ。行くよ金剛一撃斬あぎょー!?」
ざごんっ、とわたしの周りに展開したナイフのひとつが彼女の胴体に直撃。刺さりこそしなかったが、彼女は思いっきり吹き飛ばされた。
「なんでよー!? ぜったい見てなかったじゃん、いま!」
「いままでのは陣形『剣乃舞』。自動制御を切って、すべてをわたしが手動で動かすモード。
それを、自動防御の『針鼠』に変えただけ。このモードだと、わたしがなにもしなくても、千手観音は幻影なんてものともせずに自動迎撃してくれる」
「うっそ、卑怯っぽい!」
「……だが、それは幻術のクオリティが低い場合だろう?」
ささやくような声が、真後ろから響いた。
「獲った。甘いぞ、サリ……!」
「そっちが甘い、ミスフィト」
「ぐあっ!?」
背後から忍び寄ったミスフィト本体を、マントに忍ばせていた一本だけの短刀で迎撃。
かろうじてかわしたミスフィトが繰り出してくる蹴りをマントの端で捌いて、
「陣形『天乃川』、準備」
「――なんだ!?」
「こうする」
「な――うわあああああ!?」
あたりの短刀を足場にして跳躍を繰り返し、上下前後左右に揺さぶりながら短剣で切りつける。
相手は手甲でさばくが、当然ながら限度があり、五回さばいたあたりでミスフィトの身体が大きく、ぐらりと傾いた。
その胸に、呪符をそっと押し当て、
「爆砕」
「ぎ――!」
ぼぐぅ、とくぐもった音とともに爆風がミスフィトを吹き飛ばす。同時に身体を回転させて回し蹴り。
「あいたぁ!?」
こっそり近寄ってきたプチラの手に命中。からーん、と、はね飛ばされた単分子剣が地面に落ちる。
「あ、やば、」
「陣形『迦具土』、実行!」
「うきゃー!?」
轟音と共に、短刀の群れがプチラを巻き込み、吹っ飛ばし、地面にたたきつけた。
「きゅう……」
「陣形『針鼠』、準備」
陣形を防御用に変え、一息。
「こんなところかしら。
まあ、わたしを動かしたことだけは褒めてあげるわ。腕はなまってない――けど、それだけよ」
「が、はっ……」
「うにゅう……」
ダメージにうめくことしかできない二人を前に、冷たく告げる。
「悪いことは言わない。ふたりとも、これ以上はこの件に関わるのはやめなさい。次に会うときには、容赦は――」
ぴたり。
言葉を止めた。
「――誰?」
「おや、気づかれてしまいましたよ」
おどけた言葉で。
そして確たる悪意を隠すこともせず、その男は闇から現れた。
「やあどうも、美しいひと。はじめまして。
僕の名は――そうそう、確かレイクルと言うんだったかな」
「そう。
それでレイクル。わたしになにか用があるのかしら」
「もちろんですよ。ええ、もちろん。
端的に言うとですね。あなた、僕のものになってくれません?」
「……断る。気持ち悪い」
「おお!」
芝居がかった仕草で、レイクル。
「なんたること! 気持ち悪い! 気持ち悪いですって!
素晴らしいじゃないか! キモイ、ではなくて気持ち悪い! 正調な言葉に秘められた棘のなんと深く甘美なことか! 僕は――」
「煩い。陣形『迦具土』、実行」
「あれ?」
間抜けな声を残し。
ざくざくざく、と短刀がレイクルの身体に刺さり、突き抜け、吹っ飛ばしてばらばらに四散させた。
ふう、と吐息。
「誰の人形か知らないけど――気持ち悪かった」
つぶやく。
と。
『いやあ、看破されてたか。これは一本取られたな、はっはっは』
声は、吹っ飛んだはずの頭部から聞こえてきた。
「まだ、発声機能が残っていたのね。……不愉快。潰そう」
『おおっと、待ってくれよ。せっかくこれからが本番なんだから』
「本番?」
不愉快に眉をひそめる。
「なにか、まだしようというの?」
『ふふふ。まあ、ちょっとね。
ときに美しいひと。君の身体は、ちょっと面白いことになっているようだね?』
「面白くはない。この程度はありふれている」
『そうかな? うーん、言われてみればそうかなあ。まあ、どうでもいいけどね』
「それで、なに。結論を急がないと潰すわよ」
『怖い怖い。いや、なに。たいしたことじゃないよ。
ただ――まあ、ね。君のその体質は、精神に起因するものみたいだから。
人形遣いにとっては、わりと相性がいいんだよね』
「!?」
ずぐん、と、身体の奥から衝動。
「が、あっ」
『知っているだろう? 人形というのは、物質に精神を込めてできる魔導器具だ。
その人形を扱う魔技手工は、精神操作の術についてのエキスパートでもある』
「あくっ、うあ」
身体が、言うことをきかない。
ものすごい勢いで、体内の魔獣が支配力を広げだす。
『いったん暴走させてからのほうが僕にとっては扱いやすそうなんでね。
さあ、君はどんな醜態をさらけ出してくれるか――ん?』
ぞん、という音がして――声が止む。
(殺った。けど……!)
「あ、ああああああああああっ……!」




