五日目(3):悪党、臆病者に会う
ずしーん、ずしーん、ずしーん……
ぐぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉっ!
「な、なんつーか、いったい何体いるんだよこいつら!?」
「知らんよ……というか、洞窟緑竜って群れて巣を作るんだな。初めて知った」
「他人事みたいに言うなー!」
「と、ともかく逃げましょうっ」
ずっしん、ずししん、ずしん……ずしーん!
がらがらがらがらがらっ!
ずどーん!
「きゃああああああっ!? なに、なんですかいまの!?」
「ど、洞窟崩す気かあいつ!? 正気かオイ!」
「ちょっと興奮し過ぎだな。あの大きさの岩塊がぶち当たったら竜だってやばいだろうに、たいした度胸だ」
「お、俺たちがなにをしたってんだよぉ!? なにが不満でこっちくるんだあいつらは!」
「ははは、野暮なことを聞くな。単にごちそうだとしか思われてないに決まってるじゃないか」
「だから他人事みたいに言うなー!」
ずしんずしんずしん……ぎゃおおおおおっ!
ずしーん! ずしーん!
「み、右からも左からも来るぞ!? どうする!?」
「直進しかないだろ。ていうか何匹いるんだろうな、緑竜ども。さすがに多すぎないか?」
「とってもいまさらな発言ですけどね」
「だぁぁぁぁ! キスイまで他人事みたいに言うなー!」
「ははは。あきらめが悪いな少年。これは単に気力が尽きつつあるだけだよ」
「冷静に分析するなー!」
「天国のおとーさんとおかーさん……もうすぐ会えますね……うふふふふ」
どすんずしんがきんばこん!
しぎゃぁぁぁぁぁっ!
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がつんっ!
「うおあっ」
べしゃっ、とひっくりこける。
「おい、大丈夫か?」
「いつつつつ……膝すりむいた」
「ふう。
……まあ、どちらにしろもうそろそろ止まるべきだな。どうやら休める場所まで来たようだし」
「あん?」
「あの……ここ、どこですか?」
キスイが心細げに言う。
言われてみれば、いま自分たちがいる広い空洞はそれまでの洞窟とは雰囲気が違っていた。
どこかしら静謐で、まるで聖堂のなかにいるような――そういう空気。
「こいつは……竜母が住んでいたのか、この洞窟。
なるほどな。緑竜どもが集まるわけだ」
「竜母?」
「古竜と呼んでもいいがね。竜祖に近い、極めて強大な竜さ」
「つまり、このへんの主さんですね」
「そういうことです、『生贄』」
「で、どうしてそれがいるってわかったんだ?」
「そりゃ、この場所に来てから緑竜どもがぴたりと追ってこなくなったからさ。
竜の気配自体は消えていない。しかし追ってはこなくなった。ということは、より強大なものの住処に迷い込んだということだ。そしてそんなもの、上位の竜くらいしか思いつかん。
それに、若い竜は老いた竜の近くに生息しようとする傾向があると聞いたことがある。古い竜がこのあたりにいると考えれば、あの竜たちの馬鹿げた頭数も説明できる」
「つまり、ここはその竜母とやらのテリトリーっていうことで……そこに入ったから、竜たちは怖がって引き返した、と?」
「そうなるな。こちらに気付いていないのか興味がないのか、竜母が見当たらないのは気になるが」
よっこいしょとキスイを降ろしながら、カシル。
俺はこわごわ、あたりを見回した。
「いいのかね。こんなところで休んだりして……」
「構わんさ。また竜が近寄ってくれば逃げるだけの話だ。
それに、だいぶおまえもバテているようだしな」
「つーか、子供ひとり抱えてあれだけ走って普通にしていられるおまえが、心底信じられん」
さっきこそカシルも肩で息をしていたが、気づいたらバテてるの俺だけだし。普通に回復してやがる。
「情けないやつだな。まあ、私としては好都合だがね。頃合いを見て『生贄』を連れたまま逃げればおまえも追ってこれないだろうし」
「そ、それは困ります」
「ていうか、まだそんなこと考えてたのかよ……」
「当然だ。戦士は最後まで勝負を捨てない。一度はあきらめかけたが、バカのおかげで振り出しにもどったんでね。この機会を捨てるわけにはいかんよ」
「それが、理のない勝負であっても?」
「理など後で考えればいいことです、『生贄』」
「勝てば官軍、ということですか」
「その通り。勝った後に官軍として振る舞えばよろしい。途中の正義など問題とするに足りません」
「目的が手段を正当化する。そう言いたいのですか」
「はい」
「でもあなたは、その目的すら把握していないではありませんか」
キスイの語気があまりにも鋭かったからか、カシルは息を呑んで沈黙した。
「目的が正当でなければ手段が正当化されることはない。あなたの主の目的がなにか、あなたは本当に把握しているのですか」
「それは――」
「『生贄』を帝国に戻す? ならば、なぜ最初にそれを請うべくわたしの下へ使者をよこさないのですか」
「それは、しかし」
「あなたの主が真に『生贄』であるわたしを帝国へ返したいのであれば、理由はどうあれわたしの説得から始めるべきでしょう。違いますか」
「――――」
言葉をなくしたカシルを見て、キスイは小さくため息をついた。
「あなたの主は嘘をついている。残念ですが、彼の狙いはわたしとはべつのところにあると考えたほうがいい」
「べつのところ……とは?」
「決まっているでしょう。女王です」
「ですからそれは!」
「誤解しないように。彼にとって女王の代理は誰でもよいのです。伝統に沿った年齢の女子で、神器を持っていればそれで十分でしょう。
だから、彼はわたしの生死なんて問わないと思いますよ? むしろ思い通りになりそうもないわたしは邪魔でしょうね」
「しかしそれは憶測で――」
「憶測であるなら、なぜ力ずくでわたしをさらおうとしたのですか」
「…………」
「あなたは昨日、彼にはべつの言い分があるかもしれないと言った。つまり、あなたの言い分では筋が通らないことを認めたはずです」
「……はい」
「では問います。あなたが予測する限りで、彼が主張し得るその「言い分」とやらを思いつくのですか? わたしには思いつきません」
「…………」
「ですから、わたしは彼の目的が『生贄』ではないと断言します。少なくともそれでは彼の行動を説明できませんから」
がっくりうなだれたカシルに向けて、キスイは手を差し出した。
「剣をお出しなさい、カシル・ヴァロックサイト」
「あ、あ……っ」
「お出しなさい」
それまでとはうってかわって弱々しく、カシルが剣を差し出す。
受け取って、キスイは剣を抜き放った。
そして刃の先を持ち、柄のほうをカシルへと向ける。
「受け取りなさい」
「はい」
剣が、カシルの手にもどる。
「もう一度言います。あなたの雇い主の目的は、この神器であってわたしではありません。むしろわたしは邪魔です。
ですから、あなたがわたしを斬り殺してこれを持ち帰れば、あなたは目的を達成できます。
その覚悟が――その目的を正義と信じて果たそうとする覚悟が、あなたにありますか? カシル・ヴァロックサイト」
「わ、私は――」
「あるのなら、その剣でいますぐわたしを斬り殺しなさい。それがあなたの正義でしょう」
「お、おい!?」
「ライさまは黙っていてください。これは岩巨人族の問題です」
きっぱり拒絶して、キスイは口をつぐんだ。
カシルは、――目に見えて青ざめていた。
(……早まるな、頼むから早まらないでくれ)
「わ、私は……」
「あなたは?」
「私にはできかねます。『生贄』」
「ならば降伏なさい。あなたの目的は正当ではない」
「いいえ」
カシルは、震える声でそれでも食い下がった。
「私は……正直に言って、愚か者です。私は、あなたや私が思いつかない理由を私の雇い主が持っている可能性を否定できません。
ですから……あきらめるわけにはいきません。あなたを帝国へ戻そうとすることには意義がある、そう考えておりますから」
「あなたに誘拐された結果、わたしが殺される可能性があるとしても、ですか」
「その場合は、身命を尽くしてお守り致します」
キスイはあきれ顔で、
「……いくらなんでも、軍隊からあなたひとりでこの身を守りきれるとは考えられませんけど。
まあ、いいでしょう。それがあなたの正義と思えるならば、貫きなさい」
「…………」
(い、意外と容赦ないな……キスイ)
毒舌ではないのだが、辛辣で容赦がなかった。
「あ、その、ええと」
ぼーっと見ている俺に気がついて、キスイは急にもじもじしだした。
「えと、すいません。ライさま。なんだかのけ者にしてしまったみたいで……」
「いや。まあ、いつもとちがうキスイが見られたから、楽しかったけどな」
「うう……偉そうですいません。ときどきひとに言われるんですけど、直らないんです」
ぽりぽりと頬をかきながら、キスイ。
――かしゃん、と剣を鞘に収める音。
「そろそろ行きましょう。竜母がなにをしているか知らないが、これ以上邪魔をするのも……」
「? おい、ちょっと待て」
……なんか。ヘンなものが見えた。
「? なんだ、いきなり。ゲテモノでも口に含んだような顔をして」
「…………」
忍び足、開始。
場所を気取られないように注意しながら、ゆっくりと。そこを踏まないようにして、後ろに回り込む。
「あの、ライさま。なに――」
しー、と合図して、しゃがんで地面に顔を近づける。
そして。
「わっ!」
「ひゃあおあああおえええええ!?」
「わわわわ!?」
「擬態だと!? くそ、気づかなかった……!」
「ままま待って待って剣向けないで恐いから!」
おびえきった様子で、地面に擬態していたそいつはわめく。
……ていうか、なんだこれ。
形状こそ人間の形だが、全身は岩のような鱗に覆われている。
トカゲ人間。そんなかんじ。
「砂小人だと……? なんでこんなところに?」
「しし失敬な! わたしはそんなんじゃないですよぅ!」
「ならばなんだと言うのだ。まさか魔物の一種ではあるまいな?」
「あ、あのぅ……」
「ああっ、そこにいるのは名のある大巨人さまですねっ? そうですよね? うわーん、助けてくださいよおっ」
「え、え?」
「あーこらこらとりあえず落ち着け」
「うひゃあ!? ぼぼぼ暴力反対反対っ。剣を抜くのはNGなんですからねっ」
「……聞く気がねえな、こいつ」
「いっそ、斬るか?」
「ひいいい!? やめてやめてえ!」
「み、みなさんちょっと落ち着いてっ……!」
落ち着いた。
「いやぁ……そうですか。てっきり恐いひとたちかと思ってたんですけど、迷い込んだだけだったんですね。安心しましたぁ」
あははは、とほがらかに笑う爬虫人。
俺はジト目で、
「で、あんた、何者だよ」
「え? ですからこの家の主です。フルネームはナーガラジャ・ランガラクザン・ホルテリコゥ・モトイ・ナクラス・パリアシテラ・コルマラグプタと」
「覚えられねーよ」
「では短縮してナーガラジャ・モトイ・ナクラス・パリアシテラ・コルマラグプタでどうでしょう?」
「んー、まだ長い」
「うう、お客さん買い物上手ですねぇ。よし、まけにまけてナーガラジャ・モトイ・コルマラグプタでどうですかっ!?」
「むむ、もう一声っ」
「ひ、ひどい! これ以上やったら私、首くくらなければなりませんよ!? ええい、こうなったら……」
「貴様ら、楽しいか?」
「……けっこうぐさっと来ますね、その一言」
「気にするな。ていうか、あれはノリという概念を知らない哀れな生き物だからあきらめとけ」
「やかましいぞ、ライ。
で、ナーガ。あなたがこの洞穴に住まう竜母ということでよろしいか」
「超短縮されたー!?」
「どうなんだ、ナーガ?」
「しくしくしく……ええ、そうですよ。私は竜母ですよ。ふん」
こつん、と石を蹴飛ばしていじけるナーガ。
「あの、ナーガ様。じつはわたしたち、これからあっち側の道を通って岩巨人の集落に帰ろうと思っているんですけど」
「え? ああ、べつに通り抜けOKですよもちろん。奥のねぐらまで踏み込まれるのはちょっと嫌ですけどこのあたりなら問題なしです」
「い、いえ、そうではなくて、いやそれはそれで重要ですけど」
「?」
「要するに、あの周囲の竜どもをなんとかできる方法はないかということだ。このままでは食われかねん」
とたん、ナーガが困った顔になった。
「うう……あの子たちですか」
「ん、なにか問題でもあるのか?」
「いや、だって……あの子たち。恐いじゃないですか」
「待てやコラ」
「だだた、だって! 身長とか体重とか私の何倍もあるんですよ!? 踏みつぶされたら超痛そうじゃないですか!」
「なあ。こいつ、本当に竜の偉いやつなのか?」
「……私も自信がなくなってきたな」
「ええと、あの竜たちはあなたとどういう関係なんでしょう、ナーガ様」
「どういう関係もなにも他人ですよぅ。だいたい、あの子たちってなんでこのあたりに群れているんでしょう?」
「いや、こっちに聞かれても」
「言葉も通じないし図体だけは一人前でよく食べるしうるさいし粗暴だし。ついでに私を見ると慌てて逃げていくのは誠意のなさの表れですよね?」
ぶつぶつ言う。とりあえず役には立たなさそうだ。
「わかった。なら近道とか教えてくれよ。この近くの道には詳しいんだろ?」
「そうですねぇ。最寄りの岩巨人の集落なら……あっちの出口から出て、ふたつめの十字路を左に曲がって、吊り橋を渡ってすぐに右に行けば早いかな」
「よし、それさえ聞ければさっさと行くぞ、ふたりとも」
「行くのはいいが、今度はおまえがア・キスイを背負えよ?」
「げ。マジ?」
「マジ。ていうか疲れた。たまにはおまえも働け」
「あ、あはは。よろしくお願いします、ライさま……」
と、そのとき。
「あ、ちょっと待った」
「?」
ナーガに呼び止められた。
「ええとですね、そこのひとですけど」
「俺か?」
「はい。見たところタチの悪い呪いにかかっているみたいですから、さっさとお祓い受けたほうがいいですよ?」
「……マジ?」
「はい。そのままだと狂い死ぬんじゃないかっていうか、よくまだ平気だなーと思いますけど」
うわ、超ブラックなお告げ。
「つっても、しばらくはそんな余裕ないぞ……街も遠いし」
「帰ったら、わたしがお祓いしましょうか?」
「あ、ホント?」
「はい。簡単なものなら、わたしの秘儀でもできるはずですし。なにもしないよりはいいんじゃないかなって」
「助かる。
……って、こりゃますますキスイは無事で帰さなきゃいけなくなっちまったな」
「あはは。それについては、頼りにしてます」
用語解説:
【竜母】
竜の分類のひとつ。創世後に生まれた竜で、長生きをして大きく変質した存在を指す。たいていは大災厄を生き延びた長老格。
創世の瞬間からすでに存在していた竜は竜祖と呼ばれて別区分。
年を経ているためか、理性的な竜が多い。もちろん、力は例外なく強大……な、はずである。




