一日目(3):悪党、剣を抜く
夕暮れの廃村をぶらぶら歩いていたら、さっきのサリとかいう女の子と出くわした。
「お、よう」
「…………」
「仕事とか、しなくていいのか? いや、ほら、みんな野営の準備してるみたいだし」
「…………」
「ひょっとして、俺のこと覚えてない?」
ふるふると首を振る。
「そっか、それならいいんだ」
「……ライ」
どきっとした。
「え?」
「ライナー・クラックフィールド。通称ライ。弱きを助け強きを挫く、世紀の大悪党。ただし自称」
言って、彼女は俺のほうを向いた。
「合ってる?」
「つか、どうやって調べた?」
たしか、こいつには名前すら告げていないはずだ。
相手は目を閉じて、
「あなたが名乗ったのよ」
「いつ?」
「近い未来」
……なんだそりゃ。
「あんたは? たしか、サリって言ったよな」
言うと、彼女はぼーっ、とした目でこちらを見返して、
「わたしが名乗った?」
「ちがう。聞いたんだ」
訂正する。
相手はなんだか残念そうに、
「そう」
と言って、ふたたびそっぽを向いた。
……へんなやつ。
「で、仕事とかはしなくていいのか?」
「してる」
「してるって、さっきからずっとぼーっとしてるだけに見えるけど」
「ぼーっとはしてない」
「へえ? ま、いいけど――」
「サリ!」
呼ぶ声がした。
「サリ、探したよ。センエイがきみに見せたいものがあるって……」
そこで、俺の存在に気がついたらしい。
「サリ、このひとは?」
「ライナー・クラックフィールドだ。ライでいい」
簡潔に俺は自己紹介して、それから彼女を見た。
「だれか呼んでるってよ」
「知ってる。さっき逃げてきた」
……逃げてきた?
「やっぱり、そういう話なの?」
「そうだと思う。たぶん」
「困ったね。彼女も、ああいう癖がなければいいひとなんだけど」
「なんの話だ?」
俺が口を挟んだ。
「あ、ああ。すまない、置いてきぼりにしてしまったね。
僕はシン・ツァイ。霊魂技師のシンだよ」
「……魔人、か?」
確認すると、相手はびっくりしたような表情になった。
「あ、そ、そうだけど、」
サリのほうを振り返り、
「ひょっとして、教えちゃまずかった?」
「べつにいい。隠すことじゃないから」
そのやりとりを聞いて、俺はそのことに気がついた。
「てことは、サリも魔女なのか?」
サリはちょっと首をかしげ、俺のほうを見た。
「そんな気がするの?」
「ああ。そんな気がするぞ」
言われて、サリはしばらくそのまま考え込むような姿勢で固まったのち、
「そう」
なぜか、ちょっとだけうれしそうに言った。
……やっぱり、へんなやつ。
「しかし、初めて見たな、魔人とか魔女とか」
魔物を狩ることを生業とする者。
だが、それは神殿が毛嫌いする行為だ。
魔物に積極的に関わることは、たとえ敵対行為であっても神話への背信なのだ。
だから魔人や魔女はいつでも、社会の嫌われ者。
「でも、かんちがいしないでくれよ。魔人や魔女は、けして普通のひとに危害を加えたりは――」
「んなこた、見りゃわかる」
俺はぱたぱた手を振って相手の言葉をさえぎった。
「それより、さっきの話にもどろう。なにがどうしたんだっけ?」
言うと、相手はややほっとしたような顔をした。
「あ、ああ。いや、センエイっていう仲間の魔女がいるんだけどさ」
「さっき、サリを呼んでるって言ってた奴だな。それで?」
「……女の子が好きなんだって」
ぽそりと。
とても衝撃的なことを、サリはつぶやいた。
「……マジか?」
サリはうなずいた。
「それも、嫌がる女の子をむりやりむぎゅーっとするのが好きなんだって」
「……すごい人格だな」
「それで、とても困ってる」
そりゃ困るだろう。
「どうしてそんなのを仲間にしたんだ、おまえは」
「力量は文句ない。有能で、頼りになるひと」
「面目ない。いや、元々センエイは僕たちのチームの一員でね。サリには今回、特別に参加してもらっているんだ」
すまなそうに、シンが言った。
「今回って、この隊商の護衛か?」
シンは笑って首を振った。
「いや、これはたまたま行く方向が同じだから、ついでに護衛を申し出ただけだよ。かわりに食事といくばくかの報酬をいただいて、ね」
「ふうん」
なんとなく、それ以上はあまり関わってはいけないことのような気がした。
「君はどうなんだい? 最初に旅に出発したときにはいなかったみたいだから、新入りだろう?」
「いや……」
俺は言葉をにごした。
正直、この隊商に居着くべきなのか、いまだに迷っている。
いいかげんな答えはできなかった。
(いいところだとは、思うんだけどな)
「いまは、まだ居候だ」
「そうなんだ。
では、僕はこれで失礼するよ。センエイには、サリは用事があるみたいだって伝えておく」
告げて、シンは元来た方向へ帰っていった。
「サリは、これからどうするんだ?」
振り向いて。
そこで俺はまた絶句した。誰もいない。
あわてて周囲を見回すと、すでにはるか遠く、村はずれのほうを散策しているサリが見えた。
「……なんつーか、つかめない奴だな」
ふう、と、ため息をひとつつく。
それから俺は、もう一度自分のやることについて考えてみた。
いい隊商だ、と思う。
クランは善良かどうかは知らないが、有能で、少なくとも部下に対しては誠実でもあるように見える。
周囲の働いている連中を見ても、みんな生き生きしていて雰囲気もいい。
街の外は危険なものだと思っていたが、しばしば魔人や魔女と組むことがあるというのなら、それもたいしたものではないだろう。
街の片隅でこそ泥やっているより、すべてにおいて改善された環境がそこにあった。
(ここなら、まっとうに幸せな生活を送ることが、ひょっとしたらできるかもしれない)
素直にそう思う。
思えば、悪党を気取っていたのだって、周囲の退廃と絶望に飲み込まれるのがいやだったからだ。
そして、そのどっちだってここにはありはしない。
もう一度、周囲を見る。すでに夕暮れは深まり、影はどんどん濃くなっている。
だが、その下にいる者たちの表情は明るい。
各々、焚き火のそばに集まっては、おしゃべりをしたり、寄り添ったりしている。
考えてみれば、ここで働くのを断る理由なんて、なにもないじゃないか――
(なーんて、ね)
がさがさ、がさごそ。
(俺は大悪党なんだ。ちょっといい環境が目の前にあったくらいで妥協するなんて、そんなかっこ悪いことできるかっての)
器を月明かりにすかして品定めしながら、心のなかで毒づく。
(どうも値段がわかんねーな……いいや。次)
ぽい、と放って、今度は杖を手にとる。
豪勢なワシの彫刻が彫られた、強そうなやつだ。
(これもよくわからん……ち、早くしないと見張りのヤツが起きちまうってのに)
ぽい。
(次はなんだ? ……馬のフンか、これ? にしては香ばしいにおいだな。ひょっとして食べられるのか?)
がぶり。
ぶっ。
ぺっ、ぺっ。
(期待して損した……うう、にがっ)
「ああ、もう。なんか傍目から見てもすぐわかる金目の物とか、ないのかよ」
「これ」
「ああ。ありがと。
って、これ剣か? なんだか重たい――」
硬直。
「……サリ」
「なに」
「おまえ、なんでここにいるの?」
「見回りから帰ってきたら、ライの姿が見えたから。
なにやってるんだろうな、って」
大悪党、お縄の危機。
(オーケー。まずは落ち着こうライナー・クラックフィールド)
そもそも、サリは俺がなんでここにいるのか理解していない気がする。
なら、うまくごまかせばなんとかなる。たぶん。
「どうしたの?」
「え、いやなんかめずらしいものがいっぱいあるなーって。そう思わないか?」
「思う」
「だろ? いやしかしこの剣なんかもこの照り返しがみごとで」
言って、彼女の前で鞘を軽くずらしてみせる。
露出した刃が、月の光を浴びてきれいに輝いた。
と、サリの表情が、ほんのちょっとだけ変わった。
「どうした?」
「その剣、抜けるの?」
え?
「抜けるの?」
「い、いやそりゃ、抜けない剣なんてあるのか?」
「珍しい」
「いや、そう言われても……」
「珍しいから、珍しいのが好きな金持ちが買う。
その剣は、そういう物」
……えーと、つまり。
「この剣は、抜けない剣だってことか?」
「でも抜ける」
「いや、まあ、うん。べつに普通に抜けるぜ? ほら、こうやって――」
言いながら、俺は剣の鞘と柄を持って、抜き放って見せた。
瞬間。
(な、なんだ!?)
光が、抜き放った刀身から溢れるように飛び出した。
音も衝撃もない。ただ、溢れる光はどんどん強くなっていく。
すでに倉庫の中は真昼のようになっていた。それでも、光は止まらない。
(や、やばい! なんか知らないが、これは異常事態だ!)
本能的な危機を察し、急いで剣をしまおうとする。
そのとき。
「敵襲だっ!」
がんがんがんがん、と、銅鑼を鳴らす音がした。
「な、なんだあ!?」
「来たのね。魔物たちが」
聞き耳を立てる姿勢だったサリが、言った。
それから俺の方を向いて、
「手伝って」
「って、魔物退治をかよ!?」
「当然。
抜き身の剣は、戦うためにあるのよ」
それが常識であるかのように、サリは言う。
そうする間にも、戦いは始まっているようだった。悲鳴や怒号が早くも飛び交っている。
なかには、女の声もあるみたいだった。
「戦えるのに、見捨てる気?」
その言葉を聞いて、俺の腹は決まった。
「わーったよ! やったろーじゃん!」
「じゃあ、こっちへ」
「おい、おまえらいったい――ぐえ!?」
いつの間にか起きていた見張りを蹴倒すと、俺はサリの先導するまま戦場へ飛び出した。
――剣の光はいつの間にか、たいまつくらいの明るさになっていた。