四日目(5):悪党、大ぴんち
「つ、疲れた……」
ぜーぜーと息を吐きながら、俺は床に座り込んだ。
カシルの言うとおり、狼どもはやたら戦いにくい相手だった。
それをなんとか振り切って、ようやく彼らのテリトリーから脱出したとたん、力が抜けて座り込んでしまったというわけである。
「バテたか。まあ、無理もないな」
「そ、そういうあんたは……なんで平気なんだ……?」
「まあ、慣れてるからな」
さらりと言って、笑う。
「なにぶん7つのころから戦場にいたのでね。生き延びて戦果を上げる最大のコツは、相手が疲れるまで疲れないことさ。
ついでのテクニックとしてだがな、共闘相手がいる場合は、さりげなく相手に厄介なのを押しつけるという技術もある」
「……なんだか妙に俺のほうに敵が近寄ってきたのはそのせいか」
「悪いね。まあ、今回はまたそれとはべつに、こういう予定もあったからさ」
言いながら、彼女はす、と剣を俺に突きつけてきた。
「そのネタはシャレにならないと思うんだが」
「当然だ。本気だからな」
そう言う彼女の目は笑っていない。
――えーと。
「大ぴんち?」
「ああ、そうだな」
「ままままあ待て。ちょっと待て」
「なんだ。こっちは急いでるんだから命乞いなら手短に済ませ」
「いや手短に済ましたらさっさと殺されそうなんですけど」
「当然だ。急いでいるからな」
「あはははははははは」
「斬っていいか」
「いや待て待て待て待て」
時間をかせぎながら、なんとかしていいわけを考える。
「覚悟の据わらない奴だな。じたばた足掻いても結局斬られるのだから、いいことはないぞ」
「だから斬るの前提で語るのはやめろっつーの。ほら、俺を斬らないメリットだってあるかもしれないだろ?」
「たとえば?」
「えーと……」
「10数える前に言えよ。ひとーつ」
「うわ待てそのプレッシャーのかけ方はやめろっ」
「要望は却下な。ふたーつ」
……聞く耳もたねえ。
「ええっと……ほら、魔物たちに襲われたとき、盾にできるかもしれないぞ」
「べつに盾がなくても負ける気はしないがね」
「あー、それじゃあ……俺の仲間が襲ってきたとき、人質にできるかもしれないぞ」
「おまえじゃあるまいし、そんな卑怯な戦法を取るわけがないだろう?」
「ううううう、じゃ、じゃあいまの状況は卑怯じゃないって言うのかよぅ!」
「――――」
「?」
テキトーに言ったその一言に、相手は考え込んだ。
「む。言われてみればそんな気もするな」
「だろ? だろ?」
「だが抵抗できない奴に正論を吐かれるとなんとなく目障りだ。やっぱり斬るか」
「ちょ、ちょっと待てー!」
がし、と相手の剣を持つ腕をつかむ。
「うわ!? こ、こら、離せ!」
「ふがー! ふがー!」
「こ、このっ……てぇいっ」
げしっ! と蹴り転がされる。
「負けるかー!」
即座に立ち上がって剣を構える。
「そのスタミナでまだ戦う気か。ガッツは認めてやるが」
「うるせー! 俺は世紀の大悪党になる予定なんだ。こんなとこでくたばってたまるかー!」
「悪党には向いてないと思うがね、その性格は。……まあ、いい」
言って、カシルはこちらに向けた剣を返し――あっさりと、鞘に収めた。
「…………?」
「雑談でほどよく体力も回復しただろう。そろそろ行くぞ」
「……なあ、ぶち切れていいか?」
「ぶち切れて、私を殺すか? おまえは回避力はたいしたものだが攻撃能力に欠ける。私と戦うには多少の無理があるな」
冷静に批評して、吐息。
「実を言えばな、まだ少々迷っている。おまえをここで殺すべきか、否か」
「物騒なやつだな。そんなんだから男にもてないんだよ」
「…………」
「おおお落ち着けって。ていうか無言で剣構えるのやめて、マジで」
「いや。断定調なのが気になってな。たしかに私はいまいち男付き合いが持続しないが、なぜそれを貴様が知っている?」
「いや。そういうオーラが出てたんでな」
「やっぱ殺すかこいつ」
「待て待て待て待て剣を振りかぶるな!」
「はは。……まあ、やめておこう。やはり、こういう決着の着けかたは性に合わん」
颯爽と言う。
……まあ、いいけどさ。
「で、これからどうするんだ? なんだか俺たち、魔法でずいぶん遠くまで飛ばされちまったみたいだが」
「決まってるだろう。『生贄』を探すのさ」
「この広大な空洞のなかを、単に歩き回って?」
「それしかあるまい。なにか代案が?」
「んー……実は、ないこともない」
「なんだと!?」
お、驚いてる。
「本当か、それは?」
「ああ。たぶん、なんとかなると思う」
言って、俺は剣を高く掲げ、念じた。
「――――」
「…………」
「――あれ」
「……?」
「ごめん、やっぱわかんないや」
がくん、と彼女がつんのめる。
「期待させておいて、それか!」
「あ、あははは。……いや、ごめん。前にへんな予知とかできたから、今回もできたりするかなーと期待してたんだけど、だめだったみたいだ」
「ったく、しようのないやつだな。自分の能力くらい使いこなせなくてどうする。
……しかし、そうすると本気で足を使うしかなさそうだな。難儀なことだ」
「地図とかあれば楽だけど、こんなところの地図なんてないだろうしなぁ」
「地図? あるぞ」
「は?」
「いまは使えないがね。うちの軍団の本部に行けばあるはずだ。行くか?」
「え、遠慮しとく……」
「だろうな。
本来なら私も引き上げたいところだが、それだとおまえたちに非常に多くの時間を与えてしまうのでね。気に入らないが、留まらざるを得ん。
まあ、とりあえず『生贄』が転移術に巻き込まれたのならば、我々のいた場所と飛ばされた場所の中間くらいの場所にいるだろう。そちらを当たるか」
「ああ」
ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ……
遠くで、そんな吠え声がした。
「? いまの、なんだ?」
立ち止まる。
カシルは、ひどく真剣な顔で聞き耳を立てていたが、
「……反響のせいでわかりにくいが、どうやら進行方向側から聞こえてきたようだな」
「えらく物騒な吠え声だったが、なにかいるのか?」
「断言できるほど、多くの情報はないんだがね――地面を見ろ」
「……?」
べつに、なんの変哲もない岩肌に見えるけど……まあ、集落で見た岩と違ってちょっと赤い感じがするが。
「こいつはね、酸で焼かれた跡だよ」
「酸?」
「そうさ。魔物のなかには、酸を用いるやつもいるんだ。
腐食した金属を食べる種族か、それとも攻撃に用いるのか――ともかく、少数ながらそういうのが存在する。たいていは無害だがね。
しかし、ここまで広い面積が焼かれているとなると、最悪の可能性を考えないといけないな」
「最悪の可能性?」
「洞窟緑竜だ」
げ。
「また、竜かよ……」
「ああ。
困ったね。地図を見た限りでは緑竜の巣は書き込まれていなかったから、だいぶ遠くに飛ばされたらしい。あの術師、そうとう高位の外法使いだったんだな」
ぽりぽり頬をかきながら、カシル。
「やっかいだぞ、洞窟緑竜は。エメラルドの硬皮はどんな剣をもはじき返し、口からはき出す酸の吐息は岩をも溶かす。
倒せば竜殺しの名声付きだがね。まあ魔術でも使えない限り、避けたほうが無難だな」
「それはよく知ってる」
「へえ? おまえ、竜を見たことがあるのか。珍しいな、ふつう竜を見たやつのほとんどはその餌食だってのに」
「……まあ、いろいろあってね」
ふうん、とカシルはそれほど気にしたふうでもなかったが、ふと思いついたように言った。
「そういえば、人間の行商人から奇妙な風説を聞いたことがあったな」
「どんな?」
「武術大会に出場した岩巨人が、主催者のペットであった竜を素手で打ち倒して優勝したという話だ」
「……岩巨人って、すげえんだな」
「あははは、信じるなよ。どう考えたってそんなことができるわけないだろ。
まあ、下手に図体がでかいとそんな伝説もできてしまうってことだ。難儀な話だがね」
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「ハァイ? 元気してる?」
「そちらの首尾はどうだ」
かすれた声が聞こえてきて、彼女は眉をひそめた。
「あれれ。元気ないね。どうしたのかなー?」
「ちと油断してな。狼を一匹失ってしまった」
「ふぅん。その様子だと、遡及打撃でそっちまで怪我したみたいね。だいじょーぶ?」
「ふん。たいした怪我はしとりゃせんわ。
それより、そちらはどうなっている。本来なら、このタイミングで『生贄』を追いつめるのは、おまえたちの仕事だろう」
「それがさあ。なんかヘンなのが追ってきてるのよねー。気配からして、ただ者じゃあなさそうなんだけど」
「貴様がそこまで言うほどの者か? ふむ……ちと、心当たりがあるな」
「えー!? なによ、前はそんなこと言ってなかったじゃない」
「本来なら、もうちっと交渉時間を稼げる心づもりじゃったからのう。まあ、貴様がうまくあしらえばいいだけじゃろうて」
「へぇ……てことは、こっちもそろそろ本格的に始動?」
「ああ。
頼むぞフレイア・テイミアス。この際、貴様の戦闘能力が頼りだ」
「らじゃった! んじゃ、養生して待っててねー」




