四日目(3):悪党と関係のない戦闘
岩巨人は、基本的には地下に住む種族である。
その主要な生息地は『北の都』と人間たちが呼ぶヴァントフォルンからさらに北の、山脈地帯の地底に築かれた巨大な帝国だ。
この帝国は、人間たちと幾度か戦争をしたこともある。いまは休戦状態だが、交流もそれほど多くなく、基本的に人間社会とは敵対している。
岩巨人族の得意とする戦法は、地底に張り巡らされたネットワークを経由してのゲリラ的な戦術だ。
地底における完璧な地図を独占できれば彼らは極めて強いのだが、人間の居住地の地下の地図は人間たちが持っている。
だから彼らは、外地においてそれほど活躍できず、特に本国から離れた場所で活動するのは難しい。
攻めに弱く、守りに強い。これが、岩巨人の帝国が持つ戦力の、おおよその特徴だ。
要約すると。
今回、彼らがこんな場所まで外征してくることができたのは、地図を提供してくれる者がいたからこそなのだった。
「ふん。どうやら、奇襲には失敗したか」
森の中、洞穴の出口にあたる場所に設置した司令部で、彼は毒づいた。
精鋭を以て地底から集落を強襲し、一気に『生贄』を奪還する。
その作戦は優れたものであるはずだったのだが、彼は最初から乗り気でなかった。
特に理由はない。あえて言えば、発案者があの女だったのが気に入らなかっただけだ。
「せっかく発案どおりにやらせてやったというのに、無能者めが。――ふん、つまらん」
自分が戦力を出し渋ったことは棚に上げて、つぶやく。
もとより、彼の機嫌が悪いのは奇襲の失敗が原因ではない。
それについては、厄介な部下を切り捨てられてせいせいしている。敵には感謝したいほどだ。
むしろ問題なのは――
「まだ突破できぬのか?」
問いに、参謀は首を縦に振った。
「そのようです。予想外に堅い上に、強力な兵器を所持している様子。このままでは犠牲が増すばかりです」
「なぜだ……! そんなものを用意するだけの準備時間などなかったはずなのに、何故にここまで耐える!?」
集落の入り口に仕掛けられたバリケードは、未だ落ちるそぶりすら見せない。それが、彼にとってはきわめて不愉快である。
「こちらには3000の兵がいるのだぞ!? たかが60名程度の同族を相手に、なぜこうまで苦戦せねばならぬ!」
「ふははは、見ましたか野蛮なる兵士ども! このわたしの発明した新・鋼鉄攻弾! 真の天才とは力ではなく、頭脳で戦うのですよ!」
「こぉらそこのバカたれ! のーがき垂れるのはいいからてめーも発射準備手伝え! 後がつかえてるんだよ!」
言っているあいだにも、どぉん! という音とともに鉄の弾丸が地面に着弾、爆砕し、周囲の兵士たちをなぎ倒す。
――すごい威力。
「あ、あれ、なんです?」
近くにいたコゴネルに尋ねてみる。
「ん? ああ、神官のお嬢さんか。
あれって、ペイがいま装弾してるあれか? あれは鋼鉄攻弾っつードクトル・テンの発明した兵器だよ。
本来は、小型の魔物どもを残らず掃討するための器具なんだけどな。ああやってペイと二人で運用するんだが、威力は抜群さ」
「まるまる~♪」
「おぉら、装填完了! 行くぜぇ!」
また、ずどぉん! という音がして、兵士が木の葉のように吹っ飛ばされた。
彼らがいるのは、集落にいくつかある森側への通風口のひとつだ。
敵の兵士たちは、森のどこかに置かれた本陣から、ひとつしかない集落の出入り口へ向けて一斉に攻めてくる。
が、出入り口にはバリケードが置かれており、そこを守る戦士たちもいる。
それらを倒そうと右往左往している敵兵士たちを上から狙撃するのが、ここにいるひとたちの役目だった。
いちおうこちら(神殿側)も、相手が『生贄』の身柄を狙っているとわかった時点で、参戦することが確定している。神格を持つ人物の保護は神殿の大切な義務のひとつであるから、これは当然だ。
当然なのだ、けれど。
「このままなら、わたしたちが加勢するまでもなく、守り切れるんじゃないですか?」
圧倒的有利な戦況を見ながら、コゴネルに問う。
が、返答はあまり芳しくなかった。
「いや……それがな、あまりそうもいかねえんだよ。
問題は、敵がこの戦闘を「攻城戦」であるといつ気づくかだな。そうなったら、とたんに状況は悪化するぞ」
「攻城戦、ですか?」
ああ、とコゴネルはうなずいた。
「つまりは、出入り口が城門で、ここが城壁ってわけだ。そして攻城戦というのは、城門を破るだけがセオリーじゃない。
城壁をよじ登る戦術を相手が取ってきたら、この人数差で守るのは厳しい。奥に立てこもることになるが、そうなると狭いから鋼鉄攻弾は危なくて使えなくなる」
……たしかに、それはそうだ。
けど、
「なら、なんでいま敵はその戦法で来ないんでしょうか?」
答えたのは、バグルルのほうだった。
「相手は地下戦闘メインの岩巨人族だからな。城攻めなんて慣れてねえんだろ。
まあ、こっちとしては好都合なんでね。相手がよじのぼるって発想に気づく前に、できるかぎり数を減らしておかねぇとな」
「……そういうおまえはなんで戦闘に参加しないんだよ。筋肉オバケ」
「バカ言えよコゴネル。筋肉なら、人間の俺は岩巨人に対してはむしろ不利だ。それに、敵は正面から攻めてくるだけとは限らねぇ。
現に、いつまた下から襲ってくるとも限らないんだからな。ここに戦力を置いとかないとまずいだろ」
彼の言葉に、先程から壁によりかかって苦しそうに息をしていたハルカがこくりとうなずいた。
ひどく疲弊しているのは、無理をして魔術を連発したからだと言う。
「攻城戦の定番、その第三の策だ。地面から穴を掘り、城の内側へと侵入する。
この場合、穴は最初っから空いてるわけだから使ってくるのは当然だろうが――さすがに、これだけ速攻されると厳しいなぁ」
「トゥトとハルカが目ざとく気づかなければ、あれで勝敗は決していただろう。いや、それも不正確か。
解せないのは、なんであの程度の戦力しか出さなかったのかってことだな。敵はバカか?」
『敵を侮ることは感心せぬぞ、コゴネル』
「いや、けど……なあ、トゥト。あっちから攻めてきた戦力が5倍くらいだったなら、この集落って落ちていたと思うんだが。
中途半端に奇襲に失敗して、結果としてこっちに奇襲の可能性を教えちまったのは、どう考えても下策だろ」
『敵には敵の事情があろう。又、敵が失敗したとも断言は出来ぬ』
「というと?」
『目的が岩巨人の姫君である以上、集落から姫君を追い出したのには十分な意義があろう』
「そのことなんですけど、彼女、いまどこにいらっしゃるんでしょうか? ボク、そのあたりのこと、ぜんぜん聞いてないんですけど」
問うと、ハルカが答えた。
「今回、私が試みた術は、いわゆる転移の術です。相手を地下の魔物の巣に放り込もうと仕掛けたもので、これに彼女は巻き込まれました。
転移の術に巻き込まれた場合、ほとんどのケースでは始点と終点を結ぶ線分上に出現することになります。
このとき、線分上の選ばれた点――結点と呼ぶのですが、結点にたまたまべつの固形な物質がある場合は、状況によって結果が二分されます。
ひとつのケースでは、転移術は結点の物質の存在力に負けて、キャンセルされます。が、これは現実を見る限り、今回のケースには当てはまりません。
残るケースですが、術が物質の存在力に勝った場合、強制的に転移は起こるのですが、その仕方が特異になります。
まずもって、転移の術というのはあくまで転送の意味しか持たないため、物質の存在形態に作用することはできません。
ですから、結点そのものに転送することは不可能です。そこでイレギュラーケースとも言うべき転送のゆがみが生じます。
今回の場合、始点と終点を結ぶ線分のほとんどが地中を通っているので、イレギュラーが起こった可能性は高いと言えるでしょう。この場合に正確に転移する場所は双乱流非計量型可微分構造付パラコンパクト多様体上の関数方程式で決まることが知られているのですが、これは誤差評価が非常に難しいので近似解の収束について極めてデリケートな問題を含みます」
「…………」
ええと。
どう聞いたものかと考えていると、コゴネルが代わりに聞いてくれた。
「で、結局あの子はどこにいるんだよ」
「わかりません」
「なら最初からそう言え!」
「はん……だがまあ、よくわからないところはあまり多くねえな。前半だけでもだいたいの予測はつくぜ」
バグルルが言った。
「どこだよ?」
「だから、地下の魔物の巣さ。決まってるだろ?」
――さぁっ、と、自分が青ざめたのを知覚する。
「た、たいへんだ……!」
「まったくだぁな。
ま、それを知っている敵は転移した女指揮官しかいねぇわけだから、敵戦力が即座にそちらへ殺到することはないと思うがな」
「不幸中の幸いだな。やれやれ」
「幸いじゃありません! ああ、ど、どうしよう!? よりによって、うわあ、うわあああ」
「あー落ち着け落ち着け。いまさら慌てたってあの子は帰ってこねえぞ」
コゴネルにたしなめられて、とりあえず口をつぐむ。が、心臓はまだばくばく言っている。
と。
「ただいま」
「たっだいまー! バリケードの設置、終わったよー!」
「終わりやしたー!」
一仕事終えたらしいサリ、マイマイ、グリートたちが帰ってきた。
「ささささサリさん!? どど、どうしよう!」
「?」
「『生贄』の話だ」
コゴネルが言うと、サリはああ、とうなずいた。
「心配ない」
「し、心配だよおっ。どうしよう、『生贄』になにかあったら、ただごとじゃ済まされないよぉ」
なにしろ大巨人の代理だ。神殿にとって、これほど大切な人物は他にいない。
が、サリはあっさり言った。
「大丈夫。ライがいるし」
「…………」
「?」
「ごめん。心配のタネが増えた……」
そういえば、彼もいっしょに飛ばされたんだった。
「どちらにしても大丈夫。下級の魔物は、神格持ちの存在力が周囲に有るだけで滅びてしまうから。
それに、あのふたりが行った」
「ふたり? って、誰が?」
「それは――」
------------------------------
「ったく、面倒な話だな。ハルカのヤツがドジ踏んだせいでさ」
「文句言わない。ほら、ちゃんと仕事するよ」
「ったってさー……どうせ地下にゃ、あのライくんがいるんだろ?
あいつ、戦闘技術はゴミだが、いっちょまえに神器なんぞ持ってるんだ。うちらがなにもしなくたって勝手になんとかしてくるだろうに」
「その神器が相手の狙いだった可能性もある。油断はしないほうがいい」
「あん? なんだよシン。なにか敵について、追加の情報でもあったのか?」
「いや、ただの可能性の話だよ。断定できる情報はない」
「そうかい。まあいいけどな。
だが、神器が狙いだったとして、ライくんにはやはり敵も手出ししづらいんじゃないかね。あれは女王のペンダントなんかと違って活性化している。正直、サリの件を抜きにしてもいまのあいつにゃ近づきたくないよ、私は――導火線に火が付いてる爆発物みたいなもんだ」
「……。
それは、本当に?」
「なんだよ。見りゃわかるだろ。
魔技手工のサリならともかく、あんたは私やハルカと同じ霊魂技師だろうが。神格の状態くらい見えないもんかね」
「僕は現代的な術系に疎いからね」
「……ああ、そうだったな。神にして魔法使いであった異端、カイ・ホルサの霊統はなぜか現代の魔法に触れたがらない。
私には理解できないね。力を求めるのなら、現代的な術のほうが効率がいいんじゃないか?」
「べつに。彼女に通じないのであれば、どんな方式でもおなじだから。
始祖が使えた形式の魔法は、僕たちにも学ぶ必要なく使える。それ以上を魔法には求めないよ」
「レーヴァティンは? 現状、あれを防御できる生き物なんかいないだろう。いるとすればそれこそ、いにしえの逆神格くらいか」
「無理だろう。本来の使い手である彷徨える魔王ならともかく、僕ごときでは――かの氷雪原野の氷を撃ち貫くこと、それすら難しい。存在力の格が違う」
「そんなもんかねえ。
まあ、しかし力を求めていること自体は変わってないんだな。見えざる神殿は」
「ああ、そうさ。2000年前から変わってないよ、それは」
「でかい話だよな。まったく
――見えざる神殿で思い出したことがある。あのクランとかいううさんくさいじじい、あんたの知り合いか?」
「面識はなかったよ、少なくとも。
彼に、なにか?」
「べつに。ただ、ちと気になってな。このタイミングで我々の同行者が神器を持っていたっつーのは、いくらなんでもできすぎていると思ったのさ。
あいつ、北の妖術師と組んでるんじゃないのかね。我々の動きを監視しつつ、やつの望むものを届けるためにさ」
「まあ、その可能性はあると思うけど。ただ、全部が計算ではないだろうね」
「へえ? なんで?」
「あの剣、抜かなければ神力を発揮できないだろ。そしてあれを抜けるライ氏と我々の出会いは、どう見ても偶然としか思えない」
「そりゃそうか。あの神官たちまでグルとは思えないしな」
「そういうこと。
ま、しかし外見通りの善人ではないだろうね。あのレベルの呪物、売り歩くために隊商で持ち歩くようなものじゃない。なにかきなくさい」
「賢人会議の関係者かもしれないわけだな、そうなると。
――あーもう、なんで私がこんな面倒な仕事を……」
「愚痴らない愚痴らない。
じゃあさ、僕はライ氏を捜すから、君は『生贄』を探してくるといい」
「あん? まあいいけどさ、それで私にどんなメリットがあると?」
「いや、男の子よりは女の子のほうが、君も燃えるんじゃないかと思ってね」
「バカ。おまえもへんな誤解してるぞ。私はこれでも――」
「はいはい、文句はいいからそろそろ仕事に入るよ」
「……まったく」




