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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
三日目~五日目:悪党、洞窟をさまよう
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四日目(2):悪党、洞窟に放り込まれる

 見覚えのある十字路まで来たところで、不意に嫌な予感に襲われた。

「――!? わ、たっ――!」

 突然振り下ろされた剣をかわしたはいいものの、バランスを崩して後方へしりもちをつく。

 瞬間、その俺と敵の目の前を、黒い風が駆け抜けた。

「ぐ!?」

 敵が剣を手放し、右手で左の手首を押さえた。

 ――出血、している。

 駆け抜けた誰かが手首を切り裂いたのだと、瞬時に理解する。

「な、なんだ!?」

『それがしが助勢した』

「なんだって?」

『我が名はトゥト。魔人と呼ばるる、古き奥義の継承者の一人也。

 少年、何故に戦場へ来た。此処にて散歩を愉しむには、少年の技能では不足であろう』

 姿を見せぬ影が言う。

「先に俺のほうが聞きたいね。戦場とあんたは言うが、そもそもこんなところまで敵に攻められるほど防衛線が後退しているのか?」

『奇襲也』

「奇襲?」

『然り。後背より忍びて、岩巨人の姫君を狙っていると見える』

「キスイを!? あいつはいま、どこに!?」

『この通路を右に折れ、進んだ先に――』

「助かる!」

 駆け出す――俺の耳に、声が流れる。

『待て少年。我が質問に答えて頂きたい』

「なんだよ?」

『先程と同じ質問也。元来、岩巨人どもの闘争は少年と無関係であろう。捨て置けばよいものを、何故に戦場へ身を投じる?』

「決まってるだろ!? 親切にしてくれたひとを無下に扱うなってのが、クラックフィールド家の家訓なんだよ!」

 言い捨てて、それ以上は顧みることもせず、俺は走り出した。



 岩をくり抜いた岩巨人式の住居が並ぶ通路を抜けると、そこが終着点だった。

「キスイっ! ……っ」

 止まる。

 すさまじい戦闘の後だった。

 十人を超える、さっきと同様のスタイルの兵士たちが、無惨に身体を引き裂かれて大地に転がっている。

 その奥。

 大地に空いた大穴を背に、キスイと、キスイをかばうようにして立つハルカがいる。

 その手前。抜き身の剣をふたりに突きつけている、ほぼ無傷の女戦士。

「増援か。先に我らを足止めしていた影とは別口のようだな」

「ライナー・クラックフィールド……!」

「ライさま!?」

「よう。いちおう、間に合ったな」

 俺は、キスイとハルカに手を挙げて挨拶する。

 ふん、と女戦士は鼻で笑った。

「間に合ったかどうか。それは微妙だな」

「なに?」

「そこの魔女は霊魂技師(ディアボロス)と見たが。奴らの用いる召喚の外法、これは日にそう幾度も使えるものではない。

 先に、我が部下を殺戮した怪物を討った。であればもうその女はただの森小人。私の敵にはならぬ。

 貴様一人で、私を止められるか? 少年よ」

 挑発するように言う。

 ……むか。

「へ。わかってねえな」

 仕返しとばかり、バカにした口調で言った。

「なんだと?」

「あんたは、俺がここに来た意味を理解してねえって言ってるのさ。おい、ハルカ」

「年上を呼び捨てにするのは感心しませんね。なんですか、ライナー・クラックフィールド少年」

「簡単だ。その女が一歩でも動いたら、キスイのペンダントをぶち壊せ」

「なるほど。理解しました」

「な、なにぃ!?」

「え、えええ?」

 目に見えて動揺するふたり。

 ……よし、脈あり。

「ふん、やっぱりそのペンダントが狙いか。背後から攻め込んでおいてわざわざキスイをターゲットにする以上、それっきゃないとは思ったがな」

「貴様、正気か!? よりによって我ら岩巨人族が主、女王(クイーン)の宝器を破壊するなどと――」

「あいにく俺は岩巨人族ではないからな。そんなことは知ったことじゃない」

「くそ、卑怯だぞ!」

「卑怯で上等。こちとら知性派なんでね」

 こういう悪事になるとえらく頭が回る自分はちょっと人としてどうかと思うが、まあそれはそれとして。

「む、無念……」

「さて、じゃあ武装解除といこうか。わかってると思うが、動くなよ?」

 にんまり笑って、俺は彼女に近づいた。


 ……第一の誤算。

 周囲の兵士が完全に死んだかどうか、俺は確認を怠った。


「うわぁ!?」

 がばあ、と死体と思っていたモノにいきなり抱きつかれ、俺は悲鳴を上げた。

「隙あり!」

「あ、うっ……!」

「ひっ!?」

 その一瞬の隙をついて、女戦士がキスイを奪おうと動く。

「この、させるかぁっ!」

 組み付いてきたやつを蹴倒して、俺はあわててそちらに突進した。


 ……第二の誤算。

 女戦士は、ハルカがなにかまだ隠し手を持っている可能性を失念していた。


法則互換運動バリアブルロウマニューバ多次元欺瞞座標(フォールスグリッド)展開(オープン)――飛べ!」

「なっ、しまっ……!」

「って、うわあああっ!?」

「ライさま!?」


 ……第三の誤算。

 ハルカは、女戦士の反射神経と移動速度を誤解していた。


「た、ただで吹き飛ばされてたまるかぁ!」

「きゃあああああ!?」

「あ、しまっ……!」

「う、うわあああああっ……!」


 ……かくして、さまざまな誤算の結果。

 俺たちは、いっしょくたになって吹き飛ばされた。



「いっててててて……

 な、なにがあったんだ?」

 暗い洞窟。

 ひどい獣臭。

 一寸先もわからぬ闇の中、うごめく気配に身震いする。

(そっか。ハルカの魔法で一緒に吹き飛ばされて……)

 それでごろごろ転がった結果がこの有様らしい。

 この高さから落ちて無事だったのは、ちょっと奇跡的かもしれない。

 思って上を見上げ、そして愕然とする。

(え?)

 さっきまで落ちてきた穴が、ない。

 たしかに転がり落ちた記憶はあるのに、そちらのほうには黒い空洞しか見えない。

 そもそも、上の壁は光っていたのだから、見上げればその輝きくらいは見えてもいいはずなのに、それもない。

(ともかく、明かりがないとなにも見えないな)

 とりあえず剣を抜く。あたりを白い光が照らし出し、視界が開けた。

「…………へ?」

 周囲には――大量の獣が、こちらを音もなく取り囲んでいる。

 狼に似た、優美さすら感じさせる体躯。

 狼と違うのは――口にあたる器官が、ない。

 正確に言えば、口はある。全身に、いくつも。

 が、発声するためにノドに通じる大きな口がない。

 ――魔物。

「ど、どえええええっ!?」

 即座に走ってその場を逃げ出す。

 相手は、追ってこなかった。

 それでもひたすら走り、相手が見えなくなるあたりまで駆けてから、ようやく一息。

(し、心臓に悪い――

 でも、なんで追ってこなかったんだろ)

 魔物の行動はよくわからん。

 思っていると、ふと横で気配がした。

「く、くそっ……」

 剣を杖の代わりにして歩いてくる、女戦士。

「よう、あんたも生きてたか」

「身体は……丈夫なんでね……岩巨人の……ぐ……体躯には、感謝をしている。

 この程度の傷なら――未だ、戦えるか」

 剣を構える。

「やめとけって。この状況で戦ってもいいことなんかないぞ。肝心のキスイは見当たらないしな」

「だとしても、潜在的な敵を減らすことにはなる……!」

「お、おい……」

「勝負!」

「うわっと!」

 ひゅんひゅんと繰り出される剣をあわててかわす。

「てい、やっ、はっ」

「わ、わわっ、わっ、と」

「くそ、この、避けるな貴様ー!」

「無茶を言うなー!」

「ていや、必殺剣、十七狂主(アヴァタール)の閃光!」

「おのぅわ!?」

 もんのすごい勢いでびゅんびゅん振られる剣をかわし、飛び離れてなんとか距離を取る。

 相手は歯ぎしりをして、

「くそ、なぜ当たらん! 相手は素人なのに!」

「……そんなこと、俺に言われてもな」

 たしかに、ちょっと不自然だった。

 相手の剣は鋭く、強く、俺を執拗に追跡してくるのだが、なぜか避けたほうには来ないのだ。

 まるで、それが最初から予定されているような――


『なぜならそれが運命だからだ――』


 ふと。

 昨夜、キスイの言っていた言葉が思い出される。

(……ま、理由なんてどうでもいいや)

 頭を振る。

 とりあえずいま必要な事実は、俺にこいつの攻撃が当たらないということだ。

「なあ」

「なんだ」

「休戦にしないか?」

 俺が言うと、そいつは不愉快そうに眉をしかめた。

「する理由がないと思うが?」

「そうか? 俺は、むしろ戦う理由こそないと思うけどな」

「だから言ったはずだ。潜在的な敵を――」

「この局面で、」

 言葉をさえぎって、ぴっと指を立てる。

「重要なのは、俺たちのどちらが勝つかじゃない。俺たちを探すであろう連中の、どちらとより早く合流するかだ」

「…………」

「だろう? キスイを見つけても、結局この集落の連中に先に見つかれば、おまえには勝ち目がない。俺も同様だ。

 なら、いまここで殺し合っても意味はない。違うか?」

 沈黙。

(さて、相手はどう出るか)

 まあ、詭弁ではある。

 現状、どうやら俺は相手の敵らしい。「念のために」俺を排除しておくことにはそれなりの意味がある。

 だが、なぜか剣がぜんぜん当たらないというこの状況下では、戦うという選択肢は選びにくい。

 乗ってくるか、どうか。

「よかろう」

 す、と相手が剣を下ろす。

「わかってくれたか」

「おまえの論に、完全に納得したわけではないがね。

 不本意だが、ここはいったん協力すべきらしい。共通の敵がいるからな」

「え?」

 女戦士が、あごで自分の背後を示す。

 果たして。

 そこに、さきほどの狼もどきどもが、音もなくこちらを見つめていた。

「な、なんで? さっきは追ってこなかったのに――」

「追ってこなかった、だと?」

 はん、とそいつは鼻で笑った。

「馬鹿を言え。地擦狼どもが、己のテリトリーに侵入したモノを生かして逃すはずがないだろう。音無く忍び寄ってきたから、気づかなかっただけだ」

「地擦狼?」

「ああ、そうだ。

 気を付けろよ。奴らは地と同化して動く。足音に頼って気配を探ると、たやすく足をかみ砕かれるぞ」

 言って、彼女はこちらを見た。

「一気に駆けて抜ける。名は?」

「ライナー・クラックフィールドだ。ライで通ってる。そっちは?」

「個名はカシル。家柄名はヴァロックサイト。好きなほうで呼べ」

 うなずいて。

 そして、俺たちは駆けだした。

魔物解説:

『地摺狼』

脅威度:C- レア度:D+

洞窟奥で瘴気から生じる、全身にたくさんの口がある狼のようななにか。

見た目のグロさと比較して単体の強さはそこまでではないが、無音で移動し、執拗に獲物を追跡するため、弱い人間が逃げ切ることがとても難しい。

逆に言えば、普通に強い戦士であれば、群れでかかられても蹴散らしてしまえる程度の敵である。



魔術紹介:

『空間転移』

系統:召喚術 難易度:B+

契約した魔獣を召喚する技術を、「場所を移動する」ことに転用したもの。こちらに呼ぶのではなく、どこかに移動させる技術である。

相手の同意があれば容易だが、同意を得ていない場合、契約がないために抵抗(レジスト)されやすく、隙を突かなければ有効ではない。今回は不意打ちだったために、かろうじて成立した。

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