三日目(5):悪党、いたずらを止める
「あ、ライ!」
リッサは、さっきあてがわれたばかりの俺の部屋の前にいた。
「どうした? なんか、用があるって聞いたが」
「うん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「うん。あのさ、部屋換えてくれない?」
「なんで?」
「いや、そのさ。ライの部屋って、窓から外を見渡せる場所なんでしょ?
テント暮らしに慣れてる高原小人族としては、やっぱり外が見える環境で寝たいなぁ、って」
「あ、そゆことか」
まあ、たしかに密閉された空間は、彼女にはきつそうだ。
「べつにいいけど、いちおうみんなにはそのこと言っておけよ」
「え、なんで?」
「いや、ほら、朝イチに俺の部屋からおまえが出てきたら、いくらなんでもアレだろ」
「……そ、そだね」
実際それで大きく騒ぎ立てそうなのはセンエイくらいだろうが、いちおう予防しておくに越したことはない。
「じゃあ、さっさと荷物移動しちまおうぜ」
「うん。
ありがと、ライ」
「この程度、感謝されることじゃねーよ」
「うん。でも、ありがと」
にっこり、ほほえんで言う。
……なぜか、微妙に照れくさい。
「ほ、ほら、さっさと荷物もってこいよ」
「あ、うん」
ぱたぱたとあわてて、リッサは自分の部屋へと駆けていった。
(……ふう)
とりあえず俺も荷物をまとめるべく、ドアを開けて部屋のなかへ入る。
(荷物って言っても、ここに来てからもらったものばっかりだけどな)
なにぶん、隊商にやってきたときは完全に着の身着のままだったし。
というか、剣すらここに来てから手に入れたものなのだ。
(神の剣、か)
正直、なんで俺が、という疑問は頭から離れない。
信心の面でははっきり言ってボロボロだし、由緒ある血筋ってわけでもないし。
まあ、けど。
(どっちにしろ、なるようにしかならないよなぁ)
あっさり思考を放棄して、窓の外をながめる。
すでにあたりは完全に夜と化し、眼下には得体の知れない夜の森が、うっそうと広がっている。
ふと。
ひどくいやな予感を覚えた。
(――――。
気の、せいか?)
眼下の森は、まるでこちらの視線など意にも介さぬ様子で、ざわざわと風に揺れている。
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「ふふふ、朝はとんだ邪魔が入ってしまったが、今度こそ逃げられんぞ、忌まわしき神の尖兵めっ」
ごそごそ、ごそ。
「うーむ……おそらく、敵は最上級の部屋に泊まっているはずだな? ならば、ここに違いないっ!」
ぎぃぃ……
「むう……暗くて足下がおぼつかん。かといって神力を開放するわけにもいかぬし……
なんだこれは? んん? 弓か?
まあ、いい……ほう、月明かりのおかげでだいぶよく見えるな。むむ、ずいぶんとひどい寝相を……
ふはは、熟睡しておる。今宵が貴様の命日とも知らずに。
食らえっ」
ぽいっ。
「さて、さっさと退散しよう。兵は拙速を尊ぶとも言うしな」
ぎぃぃ……ばたん。
「うわきゃーーーーっ!?」
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「なんだ!?」
ばっ! と飛び起きる。
女の悲鳴……というか、
(リッサ――か?)
ともかく、用心のために剣をひっつかみ、急いで部屋を飛び出す。
リッサの部屋の前には、すでに人だかりができていた。
「あ、ライ兄ちゃんっ」
「おう。なにがあった?」
「ムカデだよムカデ! こーんなでっかいやつ!」
マイマイが、両手をばっと大きく広げながら言う。
……って、おい。
「いくらなんでも大きすぎねえか? それ」
言ったのだが、コゴネルが首を振った。
「そうでもねえよ。マジでそんくらいあったし」
「ほっほ。あれは地底ムカデですな。害はないですが、いちおう立派な魔物ですよ」
「窓から捨てたのはいいけどよ……あれだけでけぇと、はい上がってこないか無性にこえぇよな」
――えーと。
「うぐ、えぐ、……ライぃぃ」
「り、リッサ――」
「ムカデがぁ、ムカデがベッドにぃ……ぐすっ……えぐっ」
「泣くなって。ほら、落ち着け落ち着け。もういないからさ。な?」
床にぺたんと座り込んでいるリッサを、必死でなだめる。
「ライぃ……えぐ」
「なんだ?」
「部屋、換えて……もう、この部屋ヤダぁ」
「わかった。わかったから泣きやめ。な?」
「うぐ……虫は、虫はだめなのぉ。虫、ヤダぁ」
「わかったって。ともかくさっきの部屋行け。ここは俺が使うから。な?」
「……うん」
なんとかリッサをなだめ、肩を貸して部屋のほうへ連れて行く。
「……ごめんね、ライ」
「謝ることじゃねーって」
「うん。でも、みんな起こしちゃった」
「困ったときはおたがいさまだって。それよりほら、さっさと寝ないと明日に響くぞ?」
「うん。……ごめん」
部屋に帰ってくると、リッサの荷物がそこかしこに置いてあった。
「まあ、いいか。どうせ明日に渡せば問題ないし……」
つぶやいて、俺はさっさとベッドにもぐり込んだ。
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「むう、失敗してしまったか。まさか、部屋を替えていたとはな。
だが今度こそはぬかりないぞ。集まっていた連中の話を立ち聞きして、今度こそ奴の居場所を突き止めたからな。
そう、この部屋だっ」
ぎぃぃ……
「むぅ……さきほどと違い、暗くてよく見えんな。
せめて奴の神器が確認できればよいのだが……まあ、仕方があるまい。
食らえっ」
ぺちょ。
「ふはははは。地獄を見るがよいわっ」
ぱたん。
「ひううううううああああーっ!?」
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「今度はなんだ!?」
女の……というか、リッサの悲鳴。
また、とりあえず剣をひっつかみ、部屋から飛び出す。
部屋には、やはりすでに人だかりができていた。
「よお――遅かったな」
「……なにが起きた?」
無言で、コゴネルは部屋のなかを指差した。
「こ、この野郎っ! ちびのレトロスライムの分際で妙にすばしっこいっ……!」
「さんかく~☆」
「くきゅるるるっ」
「待たんかこのーっ!」
センエイとミーチャが、なんかよくわからない生き物と格闘している。
……えーと。
「なに、あれ?」
となりにいたサリに聞いてみる。
「レトロスライム。ゼリーの固まりみたいな魔物。
すごく弱いから、あまり危険のないところでしか出ない。だから「道案内」とか呼ばれてる」
「実害はないのか?」
「ちょっとかわいい」
「……いや、そんなこと言われても」
とりあえず、害はなさそうではあるが。
「う、うわああああああーんっ……ら、ライぃぃぃ」
「り、リッサ……お、落ち着け。とりあえず落ち着け。な?」
「もう、もうやだぁぁ……気持ち悪いのはいやぁぁぁ」
「わ、わかった。わかったから、ともかく落ち着け。な?」
すがりついて泣きわめくリッサをなんとかなだめながら、吐息。
「ほ、ほら。また部屋交換してやるからさ。な? な?」
「ひっぐ、えっく、――うううう」
「ほらほら、いいから肩つかまれって。……よいしょ」
ひょいっと、リッサをおぶさって歩く。
「ううぐうう……うぐ、えぐ」
「ほれ、いつまでも泣かない!」
「うぐ、……うん。
ごめん、ライ。……なんか、みんなに迷惑かけまくってるね、ボク」
「だから、んなことわざわざ気にするほどじゃねーだろ」
「ん。……ごめん」
「……ふう」
さて、問題はこれからだ。
(これって、あきらかに人為的――だよなあ)
いくらなんでも、連続で魔物がリッサの部屋に湧くとも思えない。
それに、さっき俺が寝ていたときにはあの部屋には魔物なんかいなかった。
(リッサに恨みを持つだれかの仕業――
いや、けどなぁ。あの腐れ神官補とかだって、さすがに魔物を仕掛けたりはしないだろうし。
うーん……)
決めた。
(ちょっと、見回りでもしてみようか)
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「ぬぬ、まさかまたもや部屋を替えているとはっ! なんという姑息な手段を取るのだ、外道めっ。
ふふふ、だが今度こそ逃がしはせんぞ。貴様を、恐怖のどん底にたたき落としてやるっ」
ぎぃぃ……
がし。
「ふご?」
ずりずりずり……
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ずりずり相手をひきずって、とりあえず人気のないところまで連れて行く。
「さて、ここまで来ればとりあえず寝ているみんなにも迷惑はかからない、と――」
ぽい、と相手を押さえていた手を放し、問う。
「で、いったいなんのつもりだよ。キスイ」
「ええい、気安くわらわの名を呼ぶなっ」
きっ! とにらみ据える。
「……えーと」
「てい、食らえっ」
「うわわっ!」
投げつけられたヘンな生物をとりあえずしゃがんでかわす。
「く、よけるなこの卑怯者ー!」
「……なあ、なんか勘違いしてたら謝るけどさ――別人?」
「誰がだっ!?」
「いや、なんか昼間とぜんぜん態度がちがうから、双子の姉妹かと」
「そんなはずがあるかっ。女王の器がふたつもみっつもあってよいわけがなかろうっ」
「まあ、そこらへんはよくわかんないから、どうでもいいや」
「どうでもよくなーいっ!」
「そんなことよりおまえ、なんでリッサに嫌がらせなんかしてるんだよ」
「だれがあんな木っ端神官ごときに嫌がらせなぞするかっ。
貴様だ貴様! 貴様を殺すために、我が忠実なるしもべどもを遣わしたのだ!」
「……俺?」
首をかしげる。
いや、まあ、俺がターゲットというのはいいとしても。
「毒もなんもなく気持ち悪いだけのムカデとか、ぷにぷにしてるだけのスライムとかで、どうやって殺すんだ?」
「うううううるさい! ともかく殺すと言ったら殺すのだ! おとなしく殺されろー!」
「んなこと言ったってなぁ……そもそも俺、なにか悪いことでもしたっけか?」
「ふん、決まっているだろうっ。神なんて存在自体が邪悪だ!」
「いや、そんなこと言われても……」
「昼間は猫の皮をかぶっていたようだが、どうせ夜陰に乗じてだまし討ちにでもするつもりだったのであろう!
であるからして、先制攻撃でその機先を制するのが理の必然というか当然というか、ともかくそういうわけで――って、こら、帰るんじゃない! わらわの話はまだ終わってないぞ!?」
「……まあ、あれだ。夜は迷惑だから、戦争ごっこは昼間やろうぜ。な?」
「こ、こらー! この、ひとの話をっ……!」
聞く耳持たず、さっさと帰ろうとする。
その瞬間。
「うわ……!」
轟、とすさまじい気配が背後に生まれた。
あわてて振り返る――と、そこに恐るべき光を身にまとった、キスイがいた。
……降臨、している。
とてつもない量の神気が周囲に満ちあふれ、彼女の周囲を取り巻いている。
シャレにならない迫力に、全身からどっと冷や汗が出た。
「くく……奇襲は失敗したが、ならばわらわ自らが貴様を葬るまでのこと。
見よ、この絶大なるパワー! 運命律すら操作する、大いなる神話の力を!」
「う、運命律を操作する……だと!?」
「そうだ!
この力を用いれば、念ずるだけで貴様は指一本すらわらわに触れることができぬ! なぜならそれが運命だからだ!
ふはははは、どうだ、手も足も出まい! おとなしく参ったと言えば命だけは助けてやってもよいぞ!?」
「…………。
ふっ」
「な、なんだ。その不敵な笑いは!?」
「ひっかかったな。おまえの後ろを見てみろ!」
「な、なにいっ!?」
あわてて、キスイは背後を振り向く。
ひょいっ。
「……む?」
「ふむ。これが女王とやらのペンダントか」
「あ、な、ああああああああっ!?」
隙をついてあっさりスリ取ったペンダントをながめて、にへら、と薄笑い。
当然のように、先ほどまで圧倒的だった彼女の気配は、影も形もなくなっていた。
「まぁ、いくら『生贄』って言ったって、ペンダントなしじゃ力も出ないよなぁ」
「こ、この、返せっ」
「へっへーん。やーなこった」
わざわざ彼女の手が届かない、高いところにペンダントを掲げてみせる。
キスイはぴょんぴょん飛び跳ねて取ろうとするが、いかんせん、手が届かない。
「この、このっ!」
「まあ、あれだ。おとなしく参ったと言えば返してやってもいいぞ」
「誰が言うか、この卑怯者ー!」
「ふふーん。聞こえないなぁ」
「うあああああ! おのれ、こ、こうなったらっ!」
がしっ、とキスイは俺の剣の柄をひっつかむ。
「代わりにこれを奪ってくれるっ!」
「わ、ちょ、ちょっと待てそれは俺以外には抜けない……!」
「うりゃっ」
「うおわあぁっ」
ずべちゃーっ。
ふたりして勢いあまってすっころぶ。
「い、いてててててて……
だ、大丈夫か?」
「きゅう……」
あ、だめだ。目ぇ回してる。
自業自得、ではあるのだが。
(ひょっとして、いまこの場をだれかに見られたら、俺がいじめているだけに見えるんじゃないか?)
そうなったらどうなるか、想像してみる。
「なんてひどいことを! 食らえー、迅雷!」
どかーんっ!
「ふん、天罰だよっ!」
(ぶるぶるぶる、想像するだに恐ろしい……)
なんで即座にリッサが浮かんだのかは不明だが、たぶん見つかった際に最悪の奴だからだろう。
ともかく、相手から売ってきたケンカとはいえ、子供、それも神扱いの超重要人物だ。なんとかフォローしておかないと、後がまずい。
「おい、大丈夫か?」
「あ、あうううう……」
ふらふらしながら、それでもなんとかキスイは立ち上がり、そして。
「あれ?」
不思議そうな顔で、こっちを見る。
「どうした?」
「あ、えっと……ライ、さま? なんで私の部屋に――」
きょろきょろとあたりを見回して、
「あの、……ここ、どこでしょう?」
「たぶん、廊下」
「ああああああああああ、またですかっ!」
「……また?」
「す、すみませんっ」
ぺこりっ、と頭を下げる。
「あの、その、あのひとがまたなにかしでかしたようで――」
「……あのひと?」
「はい。
女王の力を受け継ぐ、もうひとりのわたしです」
「…………。
やっぱり双子?」
「そ、そういうわけじゃないんですけど。
ええと、つまり、わたしがふたりいるんです」
……まあ、だいたい言いたいことはわかる。
「普段は、主人格であるわたしのほうが強いんですけど……眠ったり、強いショックがあったりすると、切り替わってしまうんです」
「その間の記憶は?」
「あったり、なかったり……いちおう、すごく強く念じれば、おぼろげに思い出すことくらいはできるんですけど。
向こうはこっちのことを覚えているみたいなんで、うらやましいんですけどね」
「で、それがあんな性格、ってことか――」
「うう……なにがあったかよくわかりませんけど、申しわけないです」
「まあ、気にするな。こっちのキスイのせいじゃないし。
はい、ペンダント」
「あ、はい」
あわてて受け取って、そこでキスイはふと首をかしげた。
「ライさま? あの、どうしてこのペンダントをライさまが持っておられたんでしょうか」
「いや、神なんて邪悪だから死んでしまえと言って襲ってきたので、自衛のためにしかたなく取り上げたんだ」
「あ、あうう……すいません。
……でも、へんですね」
「なにが?」
「えと、その、」
「もうひとりのわたしは女王本来の人格だっていう話なんです。
ですから、ペンダントがわたしから離れれば消えちゃうんじゃないかな、って思ったんですけど」
「でも、ペンダント取り上げた直後には、直らなかったぞ」
「そうですよね。さっきの様子だと、地面に転倒したショックで入れ替わったようでしたから」
言って、キスイは考え込む。
「……えーと」
「あ、すいません。
えと、ともかくもう夜も遅いので、いったん部屋に帰りませんか?」
「いいけど、また寝たら入れ替わったりするんじゃないのか?」
「そこまで頻繁には入れ替わらないと思うんで、大丈夫ですよ」
「そっか。じゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」




