三日目(4):悪党、岩巨人と歓談する
「ではみなさん、食前のお祈りを……」
「いっただっきまーすっ!」
「待てコラ」
がしっ。
「んにゃ!? な、なによぉペイ、あたしの食事を邪魔する気?」
「やかましい。マイマイ、てめーも魔女なら、こういうときの社交辞令くらい身につけろ」
「グリートくん、ごー!」
「アイ、マム!」
「ぐおっ!?」
べちーん!
「へへーん、ペイごときに邪魔はさせないんだからねーっ」
「あめぇな、マイマイ」
ひょいっ。
「うわわわわわわっ!? こ、こらちょっと、離しなさいよバグルルっ」
「はいはい、わかったからちょっとおとなしくしような。ちょっとだからな」
「ばかー! ちかーん! へんたーい! きんにくだるまー!」
「なんだとこのやろう!」
「なー、なんでもいいからさっさと食おうぜ。腹減ったよー」
「風情がありますねえ……」
「――えーと」
「あれは無視していいぞ。当然だが」
「あ、あははははは……そうしたほうがよさそうですね」
苦笑いを浮かべて、それからキスイは祈りの姿勢を取った。
「では、各自、己の魂を託す者に向けて感謝を。いただきます」
『いただきまーすっ!』
「おっしゃあああ! 酒だ! 酒飲むぞ酒!」
「ほほほ、酒も食事も、ずいぶんとまたおいしそうですなぁ」
「ひしひしまる~♪」
「あ、あははは……みんな、できればほどほどにね」
「シン……一応聞くが、それ、できると思ってる?」
「……やっぱ、無理かな」
「わたしが殺意の完全解放をすれば、いちおうみんな止まってくれると思うけど。
やる?」
「やるなっ」
あわてて止める。
もしかしたら冗談なのかもしれないが、サリはいつも真顔で話すので、区別がつかないのである。
「す、すいません……あのひとたち、悪いひとたちじゃないんだけど……」
「あははは。いえいえリッサさん、おかまいなくー。
むしろ、ちょっと安心したかも」
「安心?」
俺の言葉に、彼女はテーブルの向こう側を指さした。
「がははははは、酒だ、酒持ってこいやぁ!」
「うはははは、酒だ酒だー! このセンエイ様がぜんぶ飲み干してやるぜー!」
「おう姉ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ! おい、そこの樽持ってこい樽!」
「……ナチュラルに混ざってやがるな」
「わたしは、お酒とかちょっと苦手なんですけど。
うちの集落のノリはだいたいあんな感じなんで、みなさんが雰囲気負けしたらどうしようかと心配してたんですよー」
「ていうか、あいつら最初からあのペースで続くのか……?」
「たぶん、これから加速度的にヒートアップしていくと思いますけど」
マジかい。
(とりあえず、静かなほうでおとなしくしていよう……)
騒ぎの少ないほうへ来ているうちに、気がついたら隊商のひとたちのところにおじゃましていた。
(さすがに、ここのおとなしそうな連中にあのテンションはついていけないか)
思っていると、
「おやライ殿、こちらに来られたのですか」
「ああ。騒ぎに巻き込まれないように避難してきた」
言うと、クランは苦笑したようだった。
「私も、この年になってあそこまで騒がしいと、どうも疲れてしまいましてな。
まあ、ゆっくりやりましょう。ところで……」
俺が来た方へ視線をやって、
「さっきの娘さんが、『生贄』なのでしょうかな?」
「知ってたのか」
「ははは。まあ、有名ですからな。岩巨人の信仰形態は。
かつて『生贄』が北の帝国にいらっしゃったころは、主要な巡礼先にもなっていた様子でしたし。それも、百年前に『生贄』が出奔なさられてからは途絶えたようですが」
「……え?」
ちょっと待て。それって――
「なあ。ひょっとしてあの子って百歳以上?」
「ははは。まさか。
『生贄』は、20年ごとに交代するのですよ、ライ殿」
「あ、そういうことか」
「ええ。ふつう『生贄』となる娘さんは生まれた直後に選ばれ、それ以降20年だけお務めを果たす習わしですから。
ですから、あの娘さんもおそらく、外見と実年齢はおなじくらいでしょうな」
――ふと。
「……どうかいたしましたかな?」
「いや、なんでも……」
なぜか、不思議な違和感を覚えた。
……なんだろう。
(ちょっと、いま、妙な感じがしたんだけど……まあ、いいか)
「んじゃ、そろそろまた適当に移動するわ」
「ええ。では」
挨拶して、俺はべつの場所に行くことにした。
てくてく歩いていたら、神官たちの席まで来ていた。
……来ていたんだ、けど。
「なんでおまえしかいないんだ?」
なぜか、席に座っていたのはリッサだけ。
「ええっと……いや、これには深いわけがあって……」
「?」
びしっ、と、リッサが指差す。
その先では、
「いやあはっはっは。手前と致しましても、こうもうまいとつい酒が進んでしまいますなぁ!」
「うへぇ、すっげぇなぁアンタ。底なしだぜこりゃ」
「ちゅーか、樽一個丸々ひとりで開けやがったぁ!? バケモノかおい!」
「おーい、こっちにもっと酒だ酒! とんでもねえのがいるぞー!」
「……外見通りというか、なんというか」
「ボクだって、そんなにお酒が弱いってわけじゃないんだけど。
さすがにスタージン神官とは、ちょっと、張り合えないっていうか、巻き込まれたくないっていうか。
あはは……逃げてきちゃった」
「その気持ちは、痛いほどわかる」
「うう……オトナとのお付き合いって、つらいよねぇ」
しみじみ言いながら、ぐびびっ、と一息でカップの酒を飲み干す。
……ていうか、これは。
「なあ……おまえ、じつはけっこう酔ってる?」
「んー、どうだろ。
まだ足腰には来てないと思うけど……ここのお酒は口当たりがよすぎるから、気がついたら酒量を過ぎてるってことはありうるかも」
言いながら、とぽとぽとぽ……と注ぐ。
(実はこいつ、けっこう酒飲みか?)
「キミも飲む? わりとおいしいよ、このお酒」
「いや、いい。酒は前に飲み過ぎて懲りたことがあるし」
「……おいしいのに」
むー、とすねるリッサ。
「ともかく、酒はいいから」
「残念。あはは」
「おまえも、そこそこのところで酒は抑えとけよ。倒れても面倒なんか見てやらないからな」
「はぁーい」
生返事を聞きながら、俺はべつの場所へ向かうことにした。
気がついたら、もとのあたりまで戻ってきていた。
「そういえば、あんたはあの輪に参加しないのか?」
キスイのとなりでちびちび飲んでるドッソに話しかける。
「『生贄』の護衛をするのが私の勤めですので」
「そうなのか。大変だな」
「いえ。集落のなかで、自分の勤めを果たすのは大切なことです」
謹厳そうに言う。
(キスイといいこいつといい、岩巨人ってのはみんなまじめだなぁ)
と。
「なぁ~りおはひめふってふんれすかぁ」
「うわっ!?」
いきなり横から割り込んできた女が、意味不明な言語で男に話しかけた。
「ラ・ジロロ。なにを言っているのか聞き取れないのですが」
「らぁ~、だらしろはらひらひへへへっへひふへへふはぁ」
「……いや、だから」
「えーと、『わたしの話が聞けないっていうんですかぁ』って言ってるんじゃないかと思います。たぶん」
「ひふいさまぁ、かひこいれすねぇ。うー、かはいいかわひい」
なでなで。
「ジロロ。お酒は控えるようにって言ったはずですけど」
「らっひぇぇ、いっぱいらけれすよ、いっぱい」
「一杯でもそうなるから控えるようにって言ったんですよ? もう、しょうがないなあ……」
「ひふいさま、かはいいっ」
「うわあ、く、くっつかないでくださいよっ。お、お酒くさいっ」
「うにゃははははは、ごろごろごろごろ」
「……なあ、助けなくていいのか? あれ」
「以前にも、おなじようなことがあったのですが。
その際、『これは祭り役の仕事の一環だから邪魔しないように』と言われましたもので。以後、邪魔しないようにしております」
「………………」
だめだこいつ。朴念仁すぎて役に立たない。
「す、すみませんライさま。ちょっと席を外させてもらいます……」
「きふいさま、いかないれぇ~」
「あなたを隔離しにいくんですっ。ほら、さっさと立つ、立つ!」
「えぇ~、しょんなぁ~」
(……まあ、岩巨人ったって、そんなもんだよな)
妙に達観したことを考えつつ、俺はとりあえずべつの場所へ行くことにした。
――などと、適当に過ごしているうちに宴も終わり……
宴会の後。
「ラ~イ~~くんっ」
「うわあっ」
がばっ、といきなりセンエイにひっつかれる。
「な、なんだよ。酒飲み過ぎて頭がイっちまったか?」
「いやあはっはっは。あいかわらず殺したくなるほど失敬だな君は」
陽気に笑いながら額に青筋を立てるセンエイ。器用な奴である。
「まあそれは置いておくとして……ずーいぶん仲よくなったみたいじゃないかね、『生贄』の女の子と。んん?」
「あん?」
「あてがわれた部屋にいないからどこに行ったのかと思えばいっしょに帰ってくるし、夕食の席でもずいぶん話が弾んでいたようじゃないか。なあ?」
――ああ、つまり。
「おまえ、サリに相手にされないからって、今度はキスイを狙っているのか?」
「ばばばバカを言うなっ! 私がいつ、サリに相手にされなかったと言うんだ!」
「わりといつでも」
「しくしくしくしく……」
あ、いじけた。
「と、ともかくだっ! サリを狙う私にとって、最大の潜在的ライバルがライくん、君なわけだ。わかるな?」
「……なんで?」
「であるからして、その君がサリでない女の子とくっついてくれるのはまことに僥倖っ! むしろぱーへくつっ!」
「ひとの話を聞けよ……」
「そして浮気者のライくんに幻滅して傷心のサリを優しくいたわってあげるのがこの私っ!
『ライのばか……』『あんな男のこと、もう忘れろよ。しょせん遊びだったんだよ』『センエイ……ありがとう。あなたって優しいのね』
ふ、ふふふ、ふはひはあははははっ! いける、これならいけるぞっ! 今度こそサリの心は私のものだぁーっ!」
「煩い」
ごきゅっ!
「お、おうぅぅぅっ!? なんかみぞおちのいーところに不可解な打撃が……!」
「ライ、あっちで神官のひとが呼んでる」
「あ、そう。
ところでサリ、いつからそこにいた?」
「最初から」
「…………」
……あいかわらず、気配のかけらもない奴である。
「まあ、なんだ……苦労してるな。おまえも」
「このひと月でだいぶ慣れたけど。
でも、いまだにセンエイの趣味は理解できない」
「ううううう」
「ともかく、これから魔人のみんなと部屋割り決めるから、センエイは連れて行く」
「お、覚えてろよライナー・クラックフィールド! この借りはいつか必ずぅぅぅっ!」
ずりずりと、襟首をひきずられてセンエイ(&サリ)は去っていった。
(ていうか、なんで俺を敵視するんだ?)
やっぱり、馬鹿は理解しがたい。




