表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
三日目~五日目:悪党、洞窟をさまよう
22/103

三日目(3):悪党、神話を見る

 通された部屋は、どうやら賓客用に特別に用意されたもののようだった。

(はぁ……なんか、調子狂うなぁ)

 豪華に飾りつけられた部屋をながめながら、ため息。

 あの後。

 例の『生贄』とかいう女の子に気圧されて、なにがなんだかわからないうちに、気がついたらひとりでこの部屋にいた。

 移動した記憶がほとんどない。途中、どういう会話をしたのかもよく覚えていない。

 それだけ衝撃が大きかったということだが、しかし、

「あの気配が女王(クイーン)だったのかな」

 独りごちる。

 窓の外に目をやると、どうやらこの部屋は岩山の壁面に位置しているようで、眼下に森を一望できた。

 真下を見ると、もう隊商の馬車もあらかた岩山のなかへ入ってきているようだ。

(てことは、そろそろみんな来てる頃だってことかな)

 出迎えに行ったほうがいいかもしれないが、どこに行けばみんながいるのかもわからない。

 というか、勝手に部屋を出ていいのかすら、よくわからない。

(まあ、いけないって言われたくらいで、おとなしくするつもりもないけどな)

 考えて、それから苦笑する。

 ここのところ、どうも自分のペースが乱れているみたいだった。

 そもそも、お上品に相手のペースに乗っかっているだけなんて、大悪党にはふさわしくない。

「いよしっ!」

 ぱんぱん! と顔をたたいて、それから俺は颯爽と外へ歩き出した。

(まずは、みんなを探して歩き回ってみよう)



 で、迷った。

「……どこ?」

 行けども行けども、洞窟。

 まあ、当たり前だ。村自体が岩山のなかにあるのだから理の当然――なのだが。

 さすがに、こうも風景が変わらないと、土地勘のない人間にはきつい。

(むむむ……右に行くべきか左にいくべきか、それとも中央を進むべきか)

 ちょっと迷ったが、すぐ決めた。右にしよう。

(困ったらとりあえず右にならえ、ってのがクラックフィールド家の家訓だしな)

 微妙に家訓の意味を取り違えている気もしたが、気にしない。

 進んでいくと、だんだん周囲の風景が変わってきた。

 意識はしていなかったのだが、それまでの洞窟では周囲全体がうっすらと明るかった。歩くのに困らない程度の明度はあったのだ。

 それが、ここにきて失われつつある。

(まずいな。たいまつなしでこれ以上進むのは、ちょっと危険かも)

 そう思うほどあたりが薄暗くなった頃、不意に通路の奥から小さな明かりが見えた。

 自然の光……じゃ、ない。

 どこか見覚えのある、透き通るような白光。

「…………?」

 不思議な感覚。

 それに導かれるようにして、光のほうへと向かう。

 やがてたどり着いた先は、空洞だった。

(でかいな)

 素直に思う。

 人が掘り抜いたとはとても思えない、巨大な空間。

 床には一面に奇妙な図形が描かれていて、ここが特別な場所であることが見て取れる。

 その中心に、光の主はいた。

「誰ですか?」

 どきん、とする。

 光の主は――あの、少女だった。

「よ、よう……」

「……あ」

 おたがいに、呆然としたまま見つめ合う。

 ……なんか、気まずい。

「あ、ひょっとして邪魔だったか?」

「い、いえ、そんなことはありませんけど……」

 もじもじしながら、言う。

 その姿には、さきほどまでの威容はみじんもない。

(なんだったのかな、あれは)

 ふと、気づく。

 この光――彼女が胸に付けたペンダントからあふれる、白い光。

 それは、俺が剣を抜いたときに現れる光と酷似していた。

「その、ペンダントか」

「はい」

 あいまいな言葉だったが、正確に意図を読み取ったのだろう。少女はうなずいた。

女王(クイーン)の神器。これを継承するのが、わたしのお務めです。

 あの……えと、すいません。お名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」

「ライナー・クラックフィールドだ。ライで通ってる」

「ライさま、ですか」

「ああ。あんたは?」

「キスイです」

「名字は?」

 俺の言葉に、少女はちょっとだけ首をかしげた。

「えと、家柄名のことでしょうか?」

「たぶん」

「それでしたら、わたしにはありません」

「え?」

 少女は胸のペンダントを指して、

「『生贄』は、女王(クイーン)の代理ですから。

 大巨人である女王(クイーン)に、岩巨人の親類がいるのはおかしいでしょう? だから『生贄』はふつう、家柄名を持たないんです」

「あ、そういうことか。

 あれ、でもさっきのドッソとかいうでかい奴は「ア・キスイ」って呼んでなかったか?」

「はい。けれど、その「ア」は『生贄』に対する敬称ですので。

 お客様である、ライさまが付ける必要はありませんよ」

「……なあ、ひとつ聞いていいか?」

「はい?」

「なんで、俺のことをそんなにもてなしてくれるんだ? 正直、心当たりがぜんぜんないんだが」

 素直に言う。

 相手は、きょとん、とした顔でこっちを見ている。

「その……なにか、妙なことでも?」

「たとえば、最初に俺とリッサだけが挨拶された理由とかも、よくわからないんだけど」

「あ、それは……ええと、申し訳ないです。わたしの力不足でした」

 ぺこりと、頭を下げる。

「え?」

「その――てっきり、あなた付きの神官殿だと思ったものですから。

 一緒に呼ぶべきかな、と思って……見た瞬間、信仰的につながっていないことがわかって、失敗したなあと思ったんですけど」

「待て待て待て話が見えない。どういう話だ」

「えっと、ですから。

 その……そこの剣は、ライさまの神器ですよね? だから――」

 言われて、ようやく気づく。

 例の剣は、特に武装解除を要求されることもなく、腰にぶらさがったままだ。

「この、剣が?」

「はい。そうです。

 それを所有することは、この世界における『原初なるもの』を代理する証になります。

 ええっと……つまり、神の代理ってことですね。この場合」

 ……神の代理。

「俺が?」

「はい」

 なんで? と聞こうとして、思いとどまる。

(この子が知ってるはずもないよなぁ)

「あの……」

 ふと、彼女が問いかけてきた。

「なにか?」

「ライさまは、どの神を代理されているんでしょうか?」

 ……えーと。

「たしか、バルメイスって言ったかな」

「そうですか」

 キスイは小さくうなずいて、

十三闘神(ウルスラグナ)と呼ばれた武闘派の神の一角……ええと、神殿の神格等級だと3級なので、人間世界だと『上級神』って分類のはずです」

「……上級? 神格等級?」

 知らない言葉ばっかり。

「ええと、ですね。神や大巨人には、その神格の強さを表す指標として、等級というのがあるんです。

 9級から始まって、8級までは神殿の『聖者』と呼ばれるひとたちが持つ等級。7級から5級までは『亜神』と呼ばれる方々が持つ等級。『神』はそれ以上ですね。人間世界ではこれに加えて、4級の神格を『下級神』、3級は『上級神』、2級は『主神』と呼んでいるはずですけど」

「1級は?」

「ええと……ほとんどいないんで、対応する呼称はないんです。

 定義としては、世界を創世した『大神』シンメルと同格以上の神格ということですので」

「詳しいな」

「これでも祭り役ですから」

 えへへと笑う。その笑顔は、人間の年頃の子供と変わらない。

 そこでふと、彼女はなにかを思い出したようだった。

「あの、すいません。先に用事のほう、済ませちゃっていいですか?」

「用事?」

「はい。祭り役としてのおつとめがあるんです。

 えと、よかったらライさまも見ていきませんか?」

「え、いいのか?」

「原則としては、祭り役だけしか関わっちゃいけないんですけど……まあ、そもそもこの場所自体、わたし以外の立ち入りは、禁止なんですよね」

「……ごめん。知らなかったから」

「あはは、いいですよ。ライさまはちょっと特別ですから」

 言って、それから彼女はくるりと後ろを向いた。

「じゃあ、ついてきてください。『聖堂』へご案内します」



「この辺は、光壁でないから歩きにくいんですよね」

「光壁?」

「はい。

 ほら、集落の壁はうっすら光ってたでしょう? あれ、光壁って言うんです」

「そっか。道理であたりが暗くなったわけだ」

「わたしは岩巨人だから、多少は夜目も利きますけど、人間のライさまにはちょっと暗すぎるかもしれませんね。

 足下が危なくなったら言ってください。わたしのペンダントなら、神力を込めれば多少は光るので」

「ありがとう。けど、いまのところは大丈夫だ」

「そうですか。

 ……あ、そろそろつきますよ」

 彼女の言うとおり、明らかにそこは終着点だった。

「…………。

 壁画、か?」

「はい」

 不思議な絵だった。

 本棚で埋め尽くされた大きな部屋。

 死体がいくつも放置された荒野。

 広大な海にかかった一本の橋。

 氷に覆われた大地。

 蛇のようによじれた炎のかたまり。

 塔の上、一本の剣が突き立った花園。

 それらが左から右へ、順を追うように描かれている。

無限図書館(タームレス・レコーズ)無の砂漠(イメンス・サハラ)天乃橋立(アマノハシダテ)氷雪原野(コキュートス)炎獄回路ムスペルヘイム・サーキット世界庭園(エデン)

 『果て』へと続く、旅の様子を描いたものです」

「『果て』?」

「ええ。世界の『果て』です。

 すべての生命は、死によってこれらを通り、炎獄回路ムスペルヘイム・サーキットにて輪廻の輪(ウロボロス)に入り――また、世界へともどってくるのだと言います」

 キスイがそう言った、その瞬間。

「あ……!」

 ぞくり。

 鳥肌が立った。

 彼女のつけたペンダントが放つ光が、さっきとは比べものにならないほどに鋭さを増している。

 それは、まるで居ながらにして、こちらを押しつぶしてしまいそうなほどに強烈な――

「ライさまには、わかるんですね。『降臨』の様子が」

「降臨……?」

「そうです。神格を上げ、女王(クイーン)へと近づいた状態――

 この段階で、4級。神で言えば『下級神』クラスですね。

 あはは……まあ、3級くらいまで上げると、ちょっとわたしにもきっついんで……いつも、このへんで勘弁してもらってます」

「それって、調節できるものなのか」

「訓練すれば、多少は。

 最初はけっこう難しかったんですけどね。6級くらいでいろいろと無理が出ますので」

 言いながら、彼女はす、と右手で天を指した。

女王(クイーン)の名において、次の一日への祝福を与える!」

 ごう。

 風が鳴った。

 彼女の周囲に立ち上った圧倒的な神気が、周囲に浸透していくのを肌で感じる。

「う、うわ……!」

 刹那。


 視る。

 蛇のような炎。

 世界を成り立たせる、大きな輪。

 それは運命を司る車輪のように、世界を取り巻きながら回っている。

 いつまでも。

 いつまでも――


「――さま、ライさま」

 呼びかけられ、ふと我に返る。

(あれ?)

 妙に、視線が低い。

 さっきまで見下ろしていたキスイの顔が、いまは上にある。

 ――膝を、ついている。

 じんじんと手が痛む。

 剣の柄を信じられない力でにぎっていることに気がついて、俺はあわてて力をゆるめた。

「な、……なにがあった?」

「わかりません。祝詞を終えて、振り向いたらライさまが苦しそうに膝をついていて――」

 言いながら、彼女は心配そうにこちらの様子を見ている。

 ……なんなんだろう、本当に。

「蛇みたいな炎が見えた」

「え……」

「なんだかわからないが、それが見えた。たぶんあれは、そこの壁画にある、炎のかたまりだと思う」

炎獄回路ムスペルヘイム・サーキット――転生の輪(ウロボロス)を視たんですか、ライさま」

「たぶんな」

 キスイは、それを聞いて深刻な表情でだまりこんだ。

「どうした?」

「――いえ。

 たぶんそれは、ライさまの剣がわたしの神器に反応して、運命律(・・・)の流れを読み取ったんだと思います」

「運命律?」

「そうです。神話の決定する、過去から未来へと流れる運命の流れです。

 あはは……まあ、あらかたの神や大巨人が死に絶えたいまとなっては、その力もだいぶ弱っちゃっているんですけどね」

「そういうのって、見えるものなのか」

「ええ。神格持ちなら。

 圧倒的すぎるビジョンなんで、視るとしばらく帰ってこれなくなるんですけどね」

 ――そうか。

 得心する。つまり、あれはキスイも経験済みなのだ。

「いろいろ大変だな、『生贄』ってのも」

「そうですね。

 でも、まあ、お務めですから……部族のなかで、役割を果たすのは当然ですしね」

「そんなもんか」

「はい、そんなもんです」

 にっこり笑う。

 ちょうどそのとき、遠くでなにか音が聞こえたような気がした。

「夕刻の号ですね。

 そろそろもどらないと、ご飯が食べられなくなるかも」

「じゃあ、もどるか」

「そうですね」

 言って、彼女は歩き出した。

「ついてきてくださいね。このあたり、迷うと面倒ですから」

「……実は、さっきもう迷った」

「あはは、やっぱり」


(…………。

 おかしいな。神格を制御できていなければ、運命律なんて視るはずがないのに。

 ……常態的に降臨している?

 まさか、そんなはずはないですよね。

 そんなこと、人間の器でできるはずがないし……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ