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神様の剣と懲りない悪党(旧作)  作者: すたりむ
二十四日目:大決戦! 神様の剣と懲りない悪党
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???日目:それは神様の剣と、懲りない悪党の物語

 気づくと、あたりは一面真っ暗だった。

「……ここは?」

 つぶやく声が、空間に響く。

 どちらが上でどちらが下かもわからない。

「そりゃ、定めてないからさ」

 声がした。

「誰だ?」

「俺? 俺のことはどうでもいいだろ、ライナー・クラックフィールド。

 それより、さっさと慣性系を定めてくれよ。なんかさっきから不規則な周期で回転しててキモいぞ、君」

「……あ、そう」

 とりあえず、足を伸ばして「立って」みる。

 すた、という音がして、地面が定まった。

「あ、そっちね。はいはい」

 そしてその声とともに、俺の前にひとりの男が着地する。

 ……見覚えが、ない。

「誰?」

「またその質問かい。

 俺はどうってことのない、ちょっと死にかけの亡霊みたいなもんだよ。気にしなくていい」

「……いや。亡霊だから気にしないってのは、どうなんだ?」

「大丈夫大丈夫。俺はどこにでもいる、ちょっと娘を殺そうとしたら逆に殺されちゃったドメスティックでバイオレンスな父親の悪霊だから。気にしなくて全然おっけー」

「なおさら気になるわっ」

「はははそう言うなよボーイ。せっかく出てきたのにつれないと父さん泣いちゃうぞ」

 陽気に言う男。

 俺はそれをしばらく、うさんくさいものを見る視線で見つめていたが。

「まあ、いいや。それよりここはどこだ?」

「ああ? うん。ええと、深淵(ギンヌンガガップ)ってのが正式名称かな? たしかそんな名前でみんな呼んでたと思うんだけど」

「聞いたこともない」

「まあ、そうだろうね。ここに人が来るのは本当に珍しいんだ。

 太古の昔、始原の巨人フュージを大神シンメルが打ち破り、それによって世界ができたと言われているのが、この地だ。そんな大昔の遺物なのさ、ここは」

「へえ。じゃあ世界始まりの地ってわけか」

「嘘だけどね」

「待てやコラ」

「いや、だって最初からおかしいだろ。世界ができる前に巨人とか神がいてたまるかっての」

「……まあ、そうだけど」

「それも嘘だけどね」

「…………」

「そんな顔するなって。

 とにかく、伝説が嘘だってのは本当だよ。大神シンメルなんてのは実在しない。そしてフュージと俺たちが呼ぶものは、始原の巨人なんかじゃない」

「始原の巨人じゃない? 待て、始原の巨人以外に、フュージと呼ばれる奴がいるのか?」

「ああ、そうだよ」

「なんだ、それは?」

「君だって見ただろう。黒い霧を」

「黒い霧……あの?」

 ここに来る前を思い出す。

 そう。俺は、たしか黒い霧に囲まれて――

「あの黒い霧こそが、フュージさ。

 集団無意識の抽出する、世界の悪意って奴だな」

「世界の悪意だって?」

「ああ、そうさ」

「説明してくれないか。あれは、なんなんだ?」

 素直に聞くと、男はうなずいた。

「つまりフュージというのは、神話の改変へのみんなの抵抗なんだよ」

「抵抗?」

「そうさ。存在力を持つみんなの抵抗だ。

 おっと、存在力の説明からしたほうがいいか?」

「お願いしたい」

「存在力というのはね、あの炎獄回路ムスペルヘイム・サーキットの下を流れる、炎の渦の力のことさ。

 普通の生物は、生まれるときにこの炎の渦から火の粉を借りてきて存在力を得て生誕する。死ぬと、今度はその火の粉を持った魂が炎の渦に戻ってきて、余分なものを焼き切って浄化し、また炎の渦と一体化する。

 こいつを転生と呼ぶ。ものすごく強い神は炎の渦の数%とかいう膨大な火の塊を魂に持っているが、どのみちサイクルは似たようなものだ。神話の力というのは、この火の粉をどのくらい持っているかで決まる。俺は存在力と呼んでいるが、誰かさんは投票権(・・・)とか呼んでいたかな?」

「ほう、なるほど」

「それで、いま起こっていることは、この存在力を持つ生物たちの一斉抵抗さ。

 再創世――神話システムを改変しようとした者に対して、生物たちは存在力を使って異議を唱えることができる。その結果が、あの黒い霧だ。意思を以て再創世を阻む、世界の敵の敵(・・・・・・)さ」

「…………」

「まあそれも嘘なんだけどね」

「またかよ」

 さっきからそればっかりである。

 しかも困ったことに、こいつの話はどこからどこまでが嘘なのか、とてもわかりにくい。

 全部嘘、というようには聞こえないのだが……

 男は、陽気にはっはっはと笑った。

「実際には、べつに生物は存在力を使って異議を唱えちゃいけない。あれの正体は、ただの不安だよ」

「不安?」

「そう。

 世界が変わって、それでよくないことが起こったら嫌だなあ――という、漠然とした不安だ」

「不安……」

 男は軽く肩をすくめた。

「ひとつひとつは小さな不安でも、世界全部を集めるとあれだけの量になる。

 たとえ神クラスの存在といっても、無視できない量だ。押さえ込むには、なんとか説得するしかない」

「そうなのか」

「そう。だからライナー・クラックフィールド、君の望みを叶えるためにはあの黒霧を抑える必要があるわけだよ」

「……ああ」

「まあぶっちゃけそれも嘘なんだけどね」

「いいかげんにしろ」

 ぽかっ。とぶん殴った。

「あいたたた。ちょっと悪ふざけが過ぎたか」

「まったくだ。ついでにひとついいか」

「うん。なんだい?」

 ほがらかに問う男を、俺は半眼でにらみつけ、


「俺がライナー・クラックフィールドだというのも、嘘だろう――?」


 男は、笑顔をまったく絶やさず、

「……いや、よく気づいたねえ。君」

 と言った。



「ま、そんじゃさくっと説明しようか。君の名前は?」

「バルメイスだ」

「バルメイス、ね。なるほどよくわかった。

 それでバルメイス。いまの状況はどの程度把握している?」

「……なにも、だ。

 黒霧に覆われて意識を失ってから先のことは、なにも覚えていない」

「なるほど。まあそうだと思ったよ」

「で、いま、なにが起きているんだ?」

「ライナー・クラックフィールドが戦っている」

「なにと?」

「フュージとさ」

「あの黒霧と?」

 男はうなずいた。

「再創世――世界を望むとおりに変えたいという願望は、彼にもあったみたいだね。

 そのために戦っている。とはいえ、形勢はよくないかな」

「負けるのか?」

「このままだとね」

 男は断言した。

 あの男が――負ける。

「それは、嫌だな」

「へえ。嫌なのか?」

「ああ」

 うなずく。

「あいつを倒すのは俺だ」

「……そのセリフを臆面もなく言えるのはちょっとすごいぞ、君」

「うるさい」

 痛々しいと思われても、知ったことじゃない。

 俺が倒すより前にあいつがくたばったら、俺は一生負け犬じゃないか。

「で、じゃあ助けに入るのかい? 超かっこいいライバルキャラみたいに」

「なんで俺があいつを助けるんだ?」

「あれ? 違うの?」

「違う」

 断言する。

「俺はそんなことは断じてしない」

「ふうん」

「……なにか言いたげだな」

「いや別に。

 にしても、君はなかなか面白いねえ」

「どこが?」

「存在のアンバランスさが、ってところかね」

「…………」

 言いたいことはよくわからないが、妙に気になる物言いだった。

 というか、妙に気になる奴だ。

 なぜかこいつを見ていると、存在しないはずの過去の記憶が蘇ってくるような……

「おまえ、ツェル・エハって名前か?」

 相手は、実に素直に、あっさりとうなずいた。

「『逆神格(サタン)』ツェル・エハ。なるほど、確かにそれは僕の名前のひとつだね」

「どこかで聞いたことがあった気がしたんだ。あるいは、バルメイスの記憶かもしれないが」

「しかし懐かしい名だ。今日はいろいろある日だねえ。本当に本当に、いろいろある日だよ」

 男――ツェル・エハは、嬉しそうに言った。

 俺はうなずいて、

「まあ、おまえの正体なんかどうでもいい」

「だよねえ」

「ライナー・クラックフィールドはなんのために戦っているんだろう?」

「自分の欲望のためじゃないの?」

「それは……」

 少し考え、

「ないだろうな」

「おや。なんで?」

「あいつは、いま必要ないものを得ようとするのが、好きじゃないようだったからな」

 うろおぼえだが。そういうことを言っていたような気がする。

 男は肩をすくめた。

「嫌っている割には詳しいねえ、君」

「当たり前だ。俺は昔、あいつだったんだからな。

 ……というか、さっきおまえは俺をあいつと誤認させようとしただろう。それができるためには、最低でも俺があいつを詳しく知っていないと無理じゃないのか?」

「いやあ……それが、そうでもないんだよね」

 男はぽりぽり、と頬を掻いて、そう言った。

「割とみんな、自分がそういうものだ、と刷り込まれたら、そういう風に記憶をねつ造しちゃうみたいでさ。

 自分が誰であるか正確に認識できるひとなんて、そんなに多くはいないんだよ」

「そう……なのか」

「だからまあ、君が看破できたのは意外だったよ。なかなかどうして、できることじゃない」

「以前にも、俺はバルメイスだって刷り込まれて活動していたからな。記憶の混乱には人一倍敏感なんだよ」

 だからこそ。

 確固たる自分に違和感を覚える自分だからこそ、その違和感に気がつけた。

 男は目を細めて、

「cogito, ergo sum――か」

「?」

「疑うが故、我は在る。という意味さ」

「よくわからんが、性格の悪そうな文言だな」

「はは。そうかもね。

 ま、でもよく当てはまっていると思うがね。自身が幻覚ではないかと疑うとき、その疑うという意識作用の存在は否定できない、故に逆算して、疑う主体である自身も存在する――それがこの言葉の意味だ。

 君の用心深さを表現するのには、実にしっくりくる」

「…………」

「そんな君に、君自身をプレゼントしたい。そんな欲望が、ライナー・クラックフィールドくんにもあったようだね」

「なんだと?」

「おや、なにを意外そうな顔をしているんだい?

 君が言ったことじゃないか。ライナー・クラックフィールドはいま必要ないものを得ようとするのが嫌いだと。なら、いま動いている理由は、自分が得をするという理由ではないことになる。

 だったら答えはひとつだろう?」

「……あいつが、なんで俺のためにそこまでする?」

「さあね。俺はライナーくんじゃない。

 でもまあ、彼が君のためになにかするのは、べつに初めてじゃないだろう? そもそも、君たちの安い挑発に乗ってわざわざ世界庭園(エデン)にまで来て、流れで世界剣を引っこ抜くような男だぞ?」

「俺の――ため」

「そうさ。君のためだ」

 男は言って、手を広げて笑った。

「だから今日は記念日だ。あの世界剣が抜かれた日(・・・・・・・・・)。システムが破綻してから初めて、君達はとうとう、ここまでやってきた。

 ……ま、いまのままでは、それも無駄に終わるかな。世界は元のまま。ライナー・クラックフィールドが負けて、ぜんぶ終わりさ」

「…………」

 俺は吐息して、

「あいつはいま、どこだ?」

「この深淵のどこか、だよ」

「正確な位置を知りたい」

「探せばすぐ見つかるよ」

「そうか。……邪魔したな」

 くるん、ときびすを返す。

 そして、脇目もふらずに走り出した。

 あの馬鹿は――どこにいる?



-------------------------



「うおおおお、とりゃああ!」

 ざしゅうう、と世界剣の先から光が走り、霧が振り払われる。

 が、またすぐに、元の形に戻ってしまう。

「くそ、キリがねえな!」

 叫ぶ。

 周囲の黒い霧は、それだけでは害になるものではない。

 だが、飲み込まれると、

 ……いやだよ……

 ……変わりたくない……

 ……そのままがいい……

 という、小さいささやきみたいなものが、ひっきりなしに聞こえてくるようになる。

 それが、俺の精神をじわじわと蝕む。

 訂正。一言ごとにごっそり気力を持っていかれる。

 振り払わないとすぐにぶっ倒れそうな勢いで、俺のやる気を削いでいく。

 この感覚は、実を言うと経験済みである。

(プロムの庭で剣を抜いたときの感覚……あれとそっくりだ)

 生理的嫌悪に近いが、また違う感覚。

 なんというか、大量の人間に言葉でつるし上げられてる気分になるのだ。物理的ではないリンチをされている、そんな気分。

 だが、

「その程度でへばって悪党が務まるかー!」

 叫びながら剣を振るう。

 力でねじ伏せることができる相手じゃない。それはわかっているが、

(くそ、どうすればいいのかわからねえ……!)

 ぎり、と歯を食いしばっていると、

「死ね! ライナー!」

「うわ、なんだなんだ!?」

 がっきぃ、と攻撃を剣で受け止める。

 というか、この声は――

「バルメイス!? なんでおまえがここに!?」

「聞いたぞライナー。なにかお節介なことを企んでるようだな」

 ふん、とバルメイスはふんぞり返る。

 ……おせっかい、というか。

「いや。単にちょっと、おまえを俺の舎弟ってことで神話に登録しとこうかと」

「誰が舎弟だ死ね!」

「うわ危ねっ、ちょ、タンマタンマタンマ!」

「待たん! もう勘弁ならん、この場で殺す!」

 ぶんぶん剣を振って追いかけてくるバルメイス。

「なんだよー。いいじゃねえか。おまえが欲しがっていた自分が手に入るぜ?」

「だからどうした! おまえ自身が言ったじゃないか、自分のことは自分で決めろと!」

「そりゃあそうだな。でもなんかおまえ頼りないから、直接与えたほうが早いかって思って」

「だからやめろと言って――いや、言葉で語っても仕方がない。ここで貴様が死ねばいいだけのことだ!」

「やってみろよこんちくしょー!」

「やってやるさこんちくしょー!」

 どたばたと暴れる。

 これで霧まで攻撃してきたらちょっと対処できないのだが、なぜか攻撃してこなかった。

 まるで。

 どちらの味方をしようか、迷っているみたいだ。

「ていうか、おまえわがまますぎだろ! 俺を殺して自分を手に入れるのはよくて、俺に与えられるのは嫌ってひどくない!?」

「うるさい! 俺が気に入らないのは自分を与えられることだけじゃない! おまえの舎弟ってポジションが気に入らないんだよ!」

「じゃあ奴隷とか?」

「なお悪いわ!」

「わがままだなあ。そのまま消えても知らねえぞ?」

「知るか! 俺には俺の誇りがある!」

「誇り?」

「そうだ!」

「でもおまえ、自分がないとか言ってたんじゃあ……」

「それはさっきまでの話だ!

 俺はもはや、抜け殻だった俺ではない! 目的もあるし野望もある、1人の個人だ!」

「目的ねえ。俺が悪党になりたいってのと同じように、か?」

「そうだ!」

「なんだ、それは?」

「それは――」

 息を吸い込み、

「俺、バルメイスは、ライナー・クラックフィールドの宿敵だ!」

 宣言する。

 それを聞いて、俺は苦笑した。

 同時に、

「!? な、にい!?」

「やっぱ動いたか……!」

 黒い霧が、一斉にバルメイスへと群がっていく。

「おい、なんだこれは! ライナー、貴様が仕組んだのか!?」

「仕組んだわけじゃねえよ」

 ちっちっ、と指を振って、言う。

「ただ、知らないってこともないだろう。その黒霧の正体」

「……フュージ、か」

「あん? なんだその名前」

「いや。さっき会ったうさんくさい男がそんな名前で」

「おまえね。そんな素直ちゃんだとすぐ詐欺られてのたれ死ぬぞ」

「やかましい」

「まあ、とにかく黒霧だよ。

 戦ってみてわかった。こいつは、世界のみんなが持つ、世界改変の影響を受けて生活が変化したら『なんかやだなぁ』――って気持ちの集まりだ。

 で、いまおまえがしたのはなんだ?」

「それは――」

「俺の宿敵って言ったよな。おまえ」

「…………」

「どういう形でもいい。ここでそう宣言するってことは、そう神話に刻もうとするってことだ。

 だから霧の敵対方向が、そっちに変わったんだよ」

「ふん。なるほどな――」

 言ってバルメイスは、不敵な目で黒霧を見た。

「だがな、ライナー」

「あん?」

「俺はこの程度では押しつぶされん。

 なぜなら――俺はおまえの宿敵だからだ!」

「……いやあ。そうか?」

 なんか論理がぜんぜんつながってないんだけど。大丈夫かこいつ。

 まあ、いいや。

「ま、それじゃしょうがないな」

「ああ。おまえは引っ込んでいろ」

「いや。まあ、引っ込まないけどね?」

「なんだと!?」

 目を剥くバルメイス。

 俺はにやりと意地悪く笑い、

「俺の目的はおまえを舎弟とすることだ。宿敵じゃない。

 そういうわけで、刻む目的が違うからちょっと邪魔させてもらうぜ?」

「こ、この……なめるなぁ!」

 ぶんぶん黒霧を振り払ってバルメイスが暴れるのを、剣を振ってやりすごす。

(よし……! 黒霧の圧力が、むちゃくちゃ減った!)

 どうやら、ふたりを目的の違うふたつの対抗勢力だと思ったらしい。黒霧はどちらに敵対すべきか判断できず、攻撃も散漫になりつつある。

 これなら――

「いけるってのはちょいと浅知恵じゃないかね。ライくん」

「センエイ!?」

「よ。面白いことになってるから遊びにきたぜ」

「わたしもいるよー」

「うぎゃあ、なんでおまえついてきてんだよフレイア!?」

「えー? 無事ふたりとも転生成功した記念に魂追いかけてたら、なんか再創世始まっちゃったから。そっちがここに来たならこっちもここに来るよー、当然」

「やばい、ナチュラルにストーカーしてきやがったこいつ!」

 センエイはものすごく嫌そうに言った。

 バルメイスはそのセンエイとフレイアを見て、

「……いつかの魔法使いどもじゃないか。いたのか?」

「おー。バルメイスもおひさー。ずいぶん丸くなったなあ」

「うるさい」

「というか、俺たち以外にも来れたのか、ここ」

「あー。普通のパスだと無理かもねー。この二人は特例中の特例だよん」

 フレイアはそう言って笑った。

 センエイもうなずいて、

「ていうか、残りの世界、丸ごとこの黒霧に飲まれてるからな。もう誰も対処なんてできる次元じゃねえよ」

「げ、そこまで!?」

「まったく、世界を滅ぼすなんてたしかに悪党っぽいっちゃ悪党っぽいが、無計画にそれをやるのは単なる馬鹿だぞ、ライくん」

「うるせえな。

 で、なにしに来たんだよ。援軍でないなら帰ってくれ」

「そう言うなよ。再創世なんてめったに見れるもんじゃないんだ。最前列で観戦したっていいだろ」

「観戦って……」

「ふれー、ふれー、くーろーぎーり」

「そっちの応援かよ!?」

「わはは。まあ冗談はともかくとして、ライくん」

 センエイは改めて、俺のほうを見た。

「悪いが力ずくじゃあ勝ち目はないよ。この霧は君以外の全生命の意思だ。意思を力だけで従えることはできない」

「そゆことだねー。世界全部を相手にして勝てるほど強くはないでしょ、このちびっこ二人は」

「ちび言うな。泣かすぞ」

 俺はフレイアに言って、それから改めてふたりに向き直った。

「じゃあ、なにか策があるのか?」

「決まってるさ。戦うのが無理なら、説得する(・・・・)しかないだろう?」

 センエイは、いともあっさり言った。

「幸い、黒霧の大半は、言葉が通じる相手だ。だから、君たちは全力で説得すればいい。そして、世界の改変を認めてもらうのさ」

「説得……ったって」

 俺は渋面になった。

「どうしろってんだ? この霧、単に現状維持(・・・・)したいってだけの欲求の塊だぞ? これをどうやって説得しろってんだよ」

「だからあ」

 フレイアが言った。

「それこそ、現状維持に見える(・・・・・・・・)方向性を提案するしかないでしょ。そういうことよ」

「…………」

 そんな方向あるのか、と聞こうとした俺をさえぎるように、

「ならば、可能性はあります」

「キスイ!?」

「うおお、ようやく見つけたぞっ。おのれバルメイス、わらわを置いていくとは何事じゃっ」

「黒キスイも!?」

「ボクも来たよー。ていうか、世界庭園(エデン)にいた組はなんとかここまで来れたみたいだね」

 キスイ、黒キスイ、リッサが、次々とこの場に現れる。

 センエイはそれを見てふっと笑って、

「こっちはそろそろ限界だ。いろいろ面倒なことになっててね。

 じゃあなライくん。次会うときまでにサリに手ぇ出してたら全殺しだからな!」

「あ、待ってよ弟子ー。おいてかないでー」

 言いたいことを言って、フレイア共々去って行った。

(……弟子?)

 ちょっと気になったが、いまはそれどころではない。

「キスイ……可能性があるって?」

「はい。世界をこうしたい、という形の欲求であれば、この霧は拒絶すると思いますが……

 単にこうだった(・・・・・)という話なら、拒絶されないのではないかと、そう思ったんです」

「こうだった……?」

「そうです」

「だまくらかして真実をすり替えるって話?」

「……貴様、そういう悪党思考しとるから、霧に拒絶されてるんじゃないかの」

「うるさいな」

 黒キスイの言葉をあしらいつつ、俺は考える。

 と、リッサが俺の手を取った。

「リッサ……?」

「難しく考えることはないよ、ライ」

「というと?」

「ライがこれまでやってきたこと。いままでの旅の思い出を、語ればいいんだよ」

 リッサはそう言って、笑った。

「そこにはバルメイスさんも、女王(クイーン)ちゃんもいて、みんな自然に出てくる。

 それはボクたちだけの神話。その神話を、世界に語って聞かせるの。神様の剣と……キミの物語を」

 そうか。

 それはただ単に、世界にあった事実の話。

 俺たち全員を含む、長大な、冒険の話。

「なにから話そうかな」

「始めからでいいでしょ? ほら、ボクと会う前くらいからの話」

「つまり……ええと、金持ちから盗みを働こうとしたらそいつが魔物を飼っていて、そいつに追われて街を逃げ出さざるを得なくなったところあたりから?」

「――ライー? その話は初耳なんだけど、ちょっと後で詳しく聞かせてくれる?」

「ううう、嘘嘘嘘! あはははは!」

 思わず言ってはいけないエピソードを漏らしてしまった気がする。

「まあ、ともかくアドバイスありがとな。

 その調子でやってみるとするか。なあバルメイス――バルメイス?」

 声をかけたが、バルメイスは答えない。

 奴はうつむいて、吐息してから、

「俺には無理だ……」

「なんで?」

「俺には、自分自身がない。

 だから自分の物語なんて、刻めない」

「嘘つけ。ばーか」

「…………」

 俺は、ふう、とため息をついた。

「おまえ、さっきも言ったじゃないか。自分はライナー・クラックフィールドの宿敵だって」

「それは未来の話だ。いま言われてるのは、過去の話だろ。そんなの、俺にはなにもない」

「…………」

 バルメイスは重たく、力なくうなだれると、

「自分の物語を刻めと言われても……俺に刻める物語なんて、ないんだ」

「嘘じゃな」

 言ったのは、黒キスイ。

「貴様、自分で自分を取り戻して、ここに来たんじゃろうが。

 本来の自分を見失って、なにがなんだかわからなくなってなお、自分はバルメイスじゃと、そう世界に宣言できた(・・・・・・・・)んじゃろ?」

「…………」

「この空間で」

 と、黒キスイはぐるりとあたりを見回した。

「名前を名乗るというのはたいへんなんじゃぞ。わらわも、キスイに呼びかけられるまでの間、自分が何者なのか失念しておったわい」

「……そう、なのか?」

「信じよ。おまえは自分自身を、既に持っておる。

 じゃから、気にせず気取らず、その物語を神話に刻むがよい」

 黒キスイはそう言って、胸を張った。

「この話の中核にいるべき人間は、みんなここにいる。

 いまならいけるよ、ライ!」

「おう!」

 リッサの言葉に、力強く俺はうなずいた。

「じゃあ行くぜ! 俺の、俺たちの物語を――神話として刻む!」

 剣が光を放つ。

 黒霧が群がってくるが、そのほとんどは、近づくだけで力を失い、霧消していった。

 そして光はどんどん強くなり、やがて――



 世界が、開けた。

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