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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
カルート国への出兵 編
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イツキ、ミノスに到着する

 1096年6月4日、馬車の中では今日も会話が弾んでいた。

 向かい側に座っている4人は、イツキの正面後方から順に、恰幅のいい商人の男性、おしゃべりなおばさん、全く会話に加わらない30歳くらいの女性、ミノスで商売をしている身なりの良い男性。同じ側に座っているのは、後方からイツキ、ハモンド、25歳くらいの若い男性、年配の男性である。因みにおしゃべりなおばさんと、全く会話に加わらない女性は連れのようだ。


 ハモンドは、できるだけ情報を集めようと質問をしているが、時々突っ込み過ぎる質問をして、イツキから肘で小突かれて会話の内容を変えたりした。


「少年、君の隣のお兄さんとは顔が似ていないね。本当に兄弟なの?」


今日もイツキの正面に座った恰幅のいい商人の男が、当然とも言える質問をしてきた。他の乗客たちもそう思っていたのか、イツキの返事を聞こうと視線を向けてくる。


「本当の兄弟じゃないよ。お兄ちゃんは従兄弟で、これからミノスで会う叔母さんの息子だけど、僕の両親は死んじゃったから、面倒をみて貰ってるんだ。だから、ミノスに行ったら頑張って働いて恩を返すんだよ」


 作り話とは思えない真面目な顔をして話し、「ねえハモンド兄さん」と可愛くハモンドに同意を求める。ハモンドも役になりきろうと「そうだな」と笑顔を返す。


「そうなのかい、まだ小さいのに偉いねえ。それなら、あたしが良い仕事を紹介してやるよ。うちの親戚が色々商売してるから人手を探してるんだ。お前さん素直で可愛いから、きっと雇ってくれるさ」


 いかにも世話好きそうなおばさんは、仕事まで世話しようと言ってくれる。


「それなら、私の所で働くのはどうだい?私はミノスで薬剤商をしていて、配達をしてくれる子が辞めてしまうので丁度いいんだけど、君は方向音痴じゃないよね?それから字は読めるかい?」


御者に近い席に座っていた、40代くらいの身なりの良い紳士風の男性が、自分の店で働くことを勧めてくれた。

 それを聞いた正面の恰幅のいい商人の男まで、イツキの就職に興味を持ったようで、皆とは違う提案をしてきた。


「俺は地方を回って商売をする商人だが、商売に興味があるなら見習いとして雇ってもいいぞ。きみは愛想もいいしハキハキしている。勉強する気があれが立派な商人になれるかもしれん。ただし、読み書きや計算ができなければダメだけどな」


「ねえねえ聞いたハモンド兄さん!僕って人気者だろう。ミノスで仕事を探すのは大変かと思ってたけど、もしかしてミノスに着く前に仕事が決まるかも知れないよ!それにさ、ハモンド兄さんが色々教えてくれたから、僕は読み書きも計算もできる」


イツキは立ち上がり、ハモンドの方を向いて自慢気に胸を張った。


「こら!ダメだよ、いっちゃん危ないから座って」


ハモンドもイツキに合わせて従兄役をしっかりこなしながらも、イツキの安全だけは守らなければと、本気で注意する。

 イツキは「は~い」と低い声で少し拗ねたように返事をして、仕方なく座る。

 

 それから昼食の為に途中の町に寄るまで、誰の誘いを受けるのが1番なのか、イツキは3人の誘い手に対して質問したり、質問されたりしながら楽しそうに旅を続けた。

 

 午後は、殆どの人が馬車に揺られながら、こくりこくりと眠ってしまった。特にハモンドは一晩中イツキを守ろうと、寝ずの番をしていたので睡魔に勝てなかった。



 

 午後5時、まだまだ明るいうちに宿に到着した一行は、買い物に出掛けたり風呂に入ったり、仕事をしたりして夕食までの時間を過ごした。

 

 イツキとハモンドは、買い物をするために町に出掛けることにした。

 イツキの目的は、ミノス正教会の番犬バウへのお土産を買うことだった。バウは老犬になり最近元気が無くなったとファリス(高位神父)エダリオ様から、ハヤマ(通信鳥)のミムの定期便で報せを貰っていた。

 これまで、バン・クリン・コール・ゴンなど優秀な軍用犬を育成したが、全てバウの子どもたちだった。

 イツキはバウの喜ぶ顔を想像しながら、バウの体に良さそうな食材とお菓子を買って宿に戻ることにした。


 帰り道、ハモンドは子どもを誘拐する犯罪者が誰なのか、自分なりに導き出した答をイツキに話しながら歩いた。

 しかし、残念ながらイツキに軽く却下され、がっかりしてトボトボと歩いていると、ヒントをあげようとイツキが言った。


「自分の仕事を偽っているのは誰だろう?ハモンドは軍学校で学んだことを忘れたのかな、なんの講義があったか思い出してみたら分かるはず。大事なことは犯人は何人いるかだよ。それからミノスに着くまでは安全だから、今夜はぐっすり眠っても大丈夫。明日が楽しみだねー。それから僕はミノスの街に来たのは初めてってことでよろしくね」 

 

 宿に帰ったイツキは、ずっと馬車に付いてきていたミムを呼んで、ミノス正教会に手紙を届けるように指示を出した。

 その夜2人はお腹一杯に夕食をとり、ぐっすり眠った。


 


 6月5日の昼過ぎ、馬車はミノスの街に入ってきた。


「ハモンド兄さん、ミノスの街だよ!綺麗な街だね。あっ!今噴水があったよ」

「いっちゃん、恥ずかしいから静かに・・・」


ハモンドはイツキの演技にだいぶ慣れてきたようで、すっかり従兄のお兄ちゃんになりきっている。周りの6人にクスクス笑われながら、恥ずかしそうにしている辺り意外と役者なのかもしれない。


「ハモンド君は武術とか習ったことないの?」


 馬車が中央通りに入ってきた時、隣に座っていた25歳くらいの、ずっと大人しくしていた若い男が話し掛けてきた。

 その男は、自分はレガート軍で働きたくて、ミノスで行われる採用試験を受けに来たと説明した。この度のカルート国への出兵で兵士の数が減る可能性があるから、新しく採用試験が行われるので一緒に受けてみないかいと言うのだ。


「お、俺は武術は全然ダメです。そ、それに戦争に行くのは怖いですから」


ハモンドは凄く驚いた顔をして返事をした。何が驚いたって、有りもしない採用試験の話が出たからだ。それにイツキ先生ではなく、何故自分に声を掛けてきたのだろうと不思議に思った。

 間もなく馬車が到着するというのに、怪しい奴が増えてしまった・・・


「ねえねえ、僕じゃダメなの?少年兵は募集してないの?ハモンド兄さんも怖がってないで、話だけでも聴いてみたらいいよ。ねえお兄さん、武術できなくても大丈夫なんでしょう?商人も薬剤店も良いけど、軍隊の方が給料良いよねきっと」


「ダメだよ軍隊なんて、危険だからさ。あたしの親戚に任せなよ。ずっとミノスの街に居られるし、従兄や叔母さんにも会いたいだろう?軍隊なんて何処に行かされるか分からないんだよ!」


 おばさんは、軍隊なんてとんでもないと言いながら心配してくれた。


「皆さん親切に色々ありがとうございました。誘ってくださった3人の皆さんの話を叔母さんにしたいので、場所を教えてください。後で必ず行きますから」


 鞄の中から筆記用具を取り出し、住所を書いてもらおうと差し出す。すると恰幅のいい商人の人だけが、さらさらと住所を記入してくれた。

 残りの2人は、店は街の中心にあり馬車から降りて直ぐだから、店の場所を確認してから叔母さんの所へ行けばいいと、笑いながら説明してくれた。


『成る程ね……』


 イツキは納得したように微笑んで、鼻唄を歌いながら馬車の外の景色を見る。


「ハモンド兄さん、馬車を降りたら直ぐそこみたいだから僕確認してくるよ。だから兄さんは軍隊の採用試験の話を詳しく聞いておいてね」


 いつものイツキスマイル・・・それも怖い方の微笑み方でハモンドの顔を見てお願い(命令)する。ハモンドは口をパクパクさせて何か言いたげだが、ちっとも笑っていないイツキの瞳を見て、「分かった」と返事をするしかなかった。



 

 馬車はミノスの中心に入ってきた。水の都ミノスのシンボルでもある大噴水から流れる水は、整備された水路を通り町中を潤していく。ミノスはレガートの森に近く木造建築物も多く、防火の観点からも水路が発達している。


「やった。ミノスに到着だ!憧れの街に1歩を踏み出すぞー」


イツキは嬉しそうにはしゃいで馬車を下りた。ハモンドは不安な気持ちを隠しつつ、自分の隣に座っていた若い男に意識を向ける。


「おじさん、おばさん、お店は何処なの?ここから見える?見えない?」



 初めての街に来て、キョロキョロと辺りを見回す、とても珍しいきらきら輝く黒い瞳、瞳に合わせたように艶のある黒い髪、女の子のように可愛い顔立ち、どれをとってもマニア垂涎の上物を、ニヤニヤと笑いながら犯人は見ていた。


 本来なら前の宿泊地でさらうところだが、大きな街の方が逃げるルートも多いし、隠れる場所も多い。念のため用心に用心を重ね、確実な利益を得る方が良いと結論を出して正解だった。

 王都ラミルで一儲けした帰りに、こんな上物と偶然馬車に乗り合わせるなんて、笑いが止まらないとはこのことだな。


「いっちゃん、おばさんの親戚の店はあの角を曲がった所だよ」

「俺の店もその方角だ。世間は狭いな、意外と近くなのかもな、一緒に行くか」


 世話好きのおばさん、その連れの女性、薬剤商のおじさんとイツキの4人は、歩きながら先の角を曲がった。



 ハモンドは心配そうに4人の後ろ姿を目で追うが、程なくイツキの姿は見えなくなった。早く目の前の男との話を片付けて、後を追い掛けなくてはイツキ先生が危険だ。


「それで、君は本当に軍隊に興味があるの?あるのなら今から試験の登録に行こうよ」


怪しく光る瞳とにやけた顔が、大人しそうな印象から一変し、悪人顔になっているのを見てハモンドは確信した。


「お前は足止め役と言うわけか・・・チッ……どうせ軍隊の採用試験の話なんて嘘だと判っている。俺には時間が無いんで、さっさと話をつけようぜ。警備隊に突き出されたいか?それともレガート軍にするか?どっちか早く選べ、俺は忙しいんだ!」


ハモンドはイライラするように、目の前の男に選択を迫る。

 男は気弱なハモンドが急に態度を変え、上から目線で睨み付けてくるのを見て驚いたのか、大きく目を見開きながらも、懐から短剣を取り出して、足止め役を果たすため戦うことを決めたようだった。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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