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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
結末と再会 編

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レガートの森の掃除

 1096年6月22日、夕暮れの空は生憎の曇り空で、東の風が強くなってきた。

 レガートの森の入り口で、雨に備えて一行はテントを張る。


 6月11日にこの場所で、強盗に殺された商団の人たちに祈りを捧げたのが、つい昨日のことのように甦ってくる。

 イツキはあの日、悔しさと怒りと悲しさで流した涙を思い出し、必ず犯人を捕まえ、罪を償わせると心に誓う。

 

 雨が降る前に夕食の準備を済ませようとしている一行の元へ、犯人の仲間を追ってレガートの森に入っていた尾行班が、森の中から出てきて近付いてくる。


「これはこれは領主様のご一行ですね。我々は国境軍の者です。森の中からハキ神国軍の者が出てきたと情報が入り、確認していましたが、これといった怪しい者の姿は確認できませんでした。ご安心ください」


 私服ながら国境軍の者だと名乗った4人は、それでは・・・と言ってルナの街へと帰ろうとする。すると、男爵家の子息役のイツキが我が儘振りを発揮して言った。


「ふーん安全なんだ。だったらちょっとだけ僕も森を覗いてくるから、付いて来てよ。夕食ができるまでの間だけでいいからさ」

「坊っちゃん、危ないですからやめてください。もう日も暮れます」


我が儘坊っちゃんを宥めようと、従者ハモンドが止めに入る。


「煩い!お前は夕食の準備をしていろ。ラール来い」


坊っちゃんは勝手に森の方へ向かっていく。困った顔の軍の人に何度も頭を下げる従者に、苦笑いしながら軍の4人は、今来た道を嫌々戻っていく。


「おい、なんなんだあれは……あんな我が儘な子どもと旅をして大丈夫なのか?」


護衛に選ばれたソウタ師匠は、不服そうに文句を言う。隣で鍋に野菜を入れていたコーズ隊長も、「全くだ」と同意して呆れる。


「すみません、すみません」


従者ハモンドは、渋い顔をしている神父様や護衛の者たちに頭を下げる。





「それで、様子はどうでしたか?犯人達の足取りは?」


皆の姿が見えなくなったのを確認し、イツキは振り返り4人の尾行班に質問した。


「はい、この街道から2キロ位北に外れた地点から、犯人の仲間は森に入って行きました。そこから1時間程行った所に、奴等の根城が在りました。大きな2つ岩の間に、見え難いよう木々でカモフラージュして、小屋を作っていました。確認できた人数は6人でしたが、魔獣の姿は確認できませんでした」


悔しそうに報告する30歳くらいの国境軍の少尉は、もっと奥にも基地が有るのかもしれませんと付け加える。

 確かにそうだろう。襲われる地点は、ここから3時間以上行った休憩所(イツキたちが遭遇した場所)で、主にルナからレガート国へ向かう商団が襲われている。その先の休憩所では、レガート国からルナに向かう商団が襲われていたのだ。


「分かりました。ご苦労様でした。明日の昼までには犯人と遭遇するはずです。我々が出発したら、直ぐに根城を押さえてください。そして街道を追い掛けて来てください。必ず犯人をお引き渡ししますから」


イツキが真剣な眼差しでそう伝えると、4人の尾行班たちは、イツキから何か強い力というか圧力みたいなものを感じた。作戦会議の時、噂に聞いていた神父様一行のリーダーが子どもだと知った時は驚いたが、これが奇跡を起こした神父様の威厳なのかもしれないと思った。



 イツキたちは気付いていなかったが、イツキたちが旅立った後で行われた、強盗に殺された者たちの葬儀で、無惨だった遺体の腐敗が進まない様を見たファリス(高位神父)のドーブル様が、「これは奇跡です」と祈りの時に言ってしまった。ルナ正教会で葬儀に参列していた、領主や警備隊、軍の兵を含めた多くの人々は、奇跡の目撃者になっていたのだった。


 ドーブル様は、葬儀の後で国境警備隊の隊長から、生き残った商団のタンドル少年が、助けてくれた【魔獣調査隊】の神父様が聖水で血の臭いを消したという話を聴き、奇跡にイツキたちが関わっていたと知って『しまった……』と思った。

 しかし、既に街では、通り掛かった神父様の一行が奇跡を起こしたと、噂になってしまっていたのだった。

 ドーブル様は、人々が神に感謝し熱心に教会で祈る姿を見て、これはこれで良しとしようと考えることにしたのだった。

 ちなみに、その聖水がリース(聖人)様によって作られた物だとは、あの場に居た誰も決して口にしなかった。




 翌朝、予定通りに出発したイツキたちは、順調に街道を進んでいた。

 最初の休憩所では犯人たちは襲って来なかった。それもイツキの予想通りだったが、かなり緊張していた警備隊の4人と《印持ち》のリブロスは、ほっと胸を撫で下ろした。


「ほら、誰も襲ってこないじゃん!魔獣なんて嘘に決まってるよ、ねえ」


イツキはラールと走ったり遊んだりしながら、緊張感の欠片もない余裕の声で、犯人の仲間であろうチャボルの方を見て言った。

 チャボルは「そうならいいな」と苦笑いしながら、獣が近付く度にワンワンと吠えるラールを、忌々しそうに見ながら答えた。


 我が儘坊っちゃんがのんびり進むので、次の休憩所の手前で昼が来てしまった。

 休憩所ではないが「お腹が空いた~!」と煩い坊っちゃんの為に、途中で昼食にすることにした。

 休憩所よりも、かえって安全かもしれないとチャボルが言ったからだ。


「昼御飯ができるまで僕は探検に行ってくる。そこの2人、護衛に付いて来い」


我が儘坊っちゃんのイツキは、ソウタ師匠とガルロに命令する。2人は勘弁してくれという表情をしながら、渋々命令に従い坊っちゃんの後ろを付いて行く。


「そろそろ来そうですね。でもモンタンの羽根が荷物の中にあるから、思い通りには襲ってこないでしょうか?」

「いいえ、魔獣は操られている可能性があります。本能が拒絶しても命令に従うかも知れません……」


 ガルロの問いに、イツキは難しい顔で答える。今朝からの道程で魔獣の気配は感じたが、襲ってはこなかった。それはモンタンの羽根が効いていたからだと思われる。

 しかし、《印》の力で操られている状態が分からないので、決して油断はできないとイツキは思っている。



 一行から南に歩いて10分くらい離れると、少し開けた場所に出た。イツキは空を見上げて手を振る。するといつもの羽音をたてながら、モンタンが上空からゆっくり降りてきた。


〈 〈 モンモーン 〉 〉

「やあモンタンお待たせ。今日は悪い奴等を一緒にやっつけようね」


イツキはモンタンの首に抱き付くようにして話し掛けた。モンタンは嬉しそうに顔を撫でてくれと、頭を下げて催促してくる。イツキがよしよしと撫でた後で、ソウタ師匠とガルロもよしよしと撫でてやる。


「さあ、掃除を始めましょう。モンタン、呼んだら来てね」


イツキは黒くニッコリと笑って、モンタンの頬をもう1度撫でた。モンタンは上機嫌で再び上空へ飛び立っていった。




 イツキたちが街道に戻ると、ちょうど昼食の準備が出来たところだった。

 突然、「ピーピー!」「ワンワンワン!ウーッ」とミムが鳴き、ラールが警戒して吠え始めた。

 昼食のいい匂いに誘われたのか、ガサガサと音が近付いてくる。


「気を付けろ!何か来るぞ!」

「坊っちゃん、荷車の後ろに隠れてください」


コーズ隊長が注意を促し、ハモンドはイツキを避難するように誘導する。

 ガサガサという音が大きくなり、ガルルと獣の唸り声が聴こえてきた。ようやく悪人たちの顔を見る時が来たようだ。

 皆が音のする方を向いて武器を構える。

 そんな中、荷車の後ろに下がったイツキの側に、剣を抜いたチャボルが、音を立てぬよう近付いてくる。そしてイツキの後ろに回り、イツキの首に腕を回し大声で叫んだ。


「お前ら、武器を捨てろ!ガキを殺すぞ!」


チャボルは勝ち誇った声で命令する。全員が武器を捨てた所へ、魔獣たちが襲い掛かる手筈なのだ。

 が、護衛たちは誰一人として武器を捨てる様子がない・・・?


「おい、子どもを殺すぞ!」


もう1度チャボルが大声で叫ぶ。


「武器を捨てたら魔獣と戦えないじゃん。いつも荷主や依頼主を人質に取ってたんだな。俺たちは自分の命が大事だし、自分のことは自分でが合い言葉なんでね」


「なっ、なんだと?本当に殺すぞ!」


 ソウタ師匠の、それがどうした?的な言葉に、計画が狂ってしまったチャボルは慌てる。なんとかしなければと焦りながら、ガキだけでも殺すべきだろうかと考える。


「そうでしょうボス?」


 気弱そうで上品だと思っていたフィリップ神父が、素早く荷車から見たこともない弓(レガート式ボーガン)を取り出し、あっという間に矢をセットする。そして、ガサガサと音がする方を向いたまま、誰かに確認をとる。


「そうだね」


 その声は、自分の直ぐ側から聞こえたような気がした・・・?

 はぁ?とチャボルが思った瞬間、自分の体がふっと宙に浮いたような感覚になり、気付いた時には背中に激痛が走っていた。イツキが立っていた場所は街道の路肩だったので、頭程の大きさの石がゴロゴロと転がっていた。

 イツキに投げられたチャボルは、背骨をしこたま石にぶつけられ、うっ!と小さく唸って悶絶している。

 悶絶しながら見上げた子どもは、闇より黒い瞳で自分を冷たく見下していた。

 チャボルは生まれて初めて、心臓を握り潰されるような息苦しさと、恐怖を体験し意識を失った。


「なんだ?お前ら何故武器を捨ててないんだ?おい!チャボル、どうなってる?」


 現れたのは、185センチくらいの長身で金髪、濃いブルーの瞳で驚く顔をしていた。その顔は、商団の頼みで護衛に加わった《印持ち》のリブロスと、身長と髪型こそ違うが瓜二つだったのだ。

 両脇に黒い毛並みで、牙が銀色に輝いているブラックギールを2頭従えている。大きさは中型の中級魔獣で、鋭い牙は岩をも砕くと言われている。


「やっぱり・・・やっぱり兄さんだったんだね」


苦痛に歪んだ顔で、リブロスがとんでもないことを言った。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次話で決着がつけば、隣国の戦乱の最終話となる予定です。

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