レガート国へ 後編
その日の内に、囮作戦は始められた。
作戦の内容は、明日領主が緊急の荷物をレガート国へ送るため、護衛を募集すると噂を流す。そして犯人たちを誘き寄せるものである。
護衛の面接者はイツキとフィリップが行う。いかにも弱そうな子どもと、妙に美しい神父の2人だから、完全に舐められるだろう。まあ、思う壺だけど・・・
イツキは《裁きの聖人》銀色のオーラを使い、黒い、ドス黒いオーラを放っている悪人を雇い入れる。
恐らく護衛の中に手引きをする者が居るはず。そして情報を伝える繋ぎ屋が居るだろう。強盗殺人者たちは元々森に潜んでいるか、ターゲットより半日前くらいに、レガートの森に入って待つかのどちらかだ。
どちらにしても、犯行予定場所で魔獣と待ち伏せをするだろう。
領主の荷物はミノス正教会へ贈られるもので、寄付金の他に美術品や高価な燭台等も含まれている。それと急に留学が決まった貴族の子どもと、その子どもの荷物も運ぶ。荷車の数は2台で、各々1頭の馬が牽いて行く。
領主から依頼された2人の神父とレガート国へ留学する領主の親族の子どもと従者の1人に、護衛が4人の合計8人の一行である。
2人の神父は、フィリップとマルコ神父である。貴族の子どもはイツキで、従者はハモンドだ。
護衛の4人は、国境警備隊から4人借りている。警備隊長の弟が強盗に殺されているので、かなり気合いが入っている。
募集されたのは、冒険者または《印持ち》護衛の合計6人である。
当然採用される者の中に、冒険者としてソウタ、コーズ、ドグ、ガルロが入っている。犯人が《印持ち》でも冒険者でもいいようになっている。
もう1人は、レガートの森で最初に襲われ、息子を失った商団の代表が、どうしてもと言って寄越した《印持ち》の護衛が入ることになっている。
出発は明日の夕方と決まった。森の入り口で1泊して翌朝レガートの森へ入っていく。
恐らく、空飛ぶ最強魔獣ビッグバラディスのモンタンが、嬉しそうに上空を付いてくるに違いない・・・
噂を流すのは国境軍である。
「こんな大変な時に、領主様には困ったもんだ」とか「北コースでレガート国入りしたら、留学に間に合わず領主が軍に頼み込んだらしい」とか「報酬は凄いらしい」とか、皆酒を飲みながら愚痴っぽく演技したようだ。
隊員はタダ酒が飲めると、喜んで演技し見事に役を果たした。
募集は、当然ドゴルにも出されており、集まっていた冒険者や護衛たちの注目を集めていた。
「いや、俺はパスだわ。死にたくないしな」とか「報酬は欲しいが魔獣が相手じゃなぁ」とか「早くなんとかして欲しいよ。生活が出来ないよこれじゃあ……」と、皆尻込みしていた。
「俺はやる!レガートで家族が俺と稼ぎを待ってるからな。合計10人の護衛だ。絶対大丈夫だろう」 (ドグ)
「俺も応募する!もしも強盗を捕まえたら賞金が出るだろうし」(ガルロ)
ドグもガルロも大きな声で煽るように、参加を希望すると言う。
「お前たち冒険者なのか?噂の魔獣が恐くないのか?」
冒険者と思われる男が話しかけてきた。身長は160センチくらいと低く、がっしりとはしているが強そうにも見えない。人相はこれと言って特徴のない、何処にでもいそうな男だったが、どこか怪しい奴ではある。
「ああ、まだ成り立てだがな。でも、剣も弓もそこそこやれる。俺たちは実績を作らなきゃならないんでね。魔獣を倒したことだってある」
ドグは弓を射る真似をしながら、自信満々な態度で質問に答えた。
「それじゃ俺も応募しようかな・・・俺は剣が得意だから、弓が得意なあんた達が居れば安心だ。レガートの森も半分越えれば大丈夫らしいし」
怪しい奴は、情報も教えながら自分も応募すると言い出した。
「そうなのか?半分でいいなら楽勝だよな。だいたい上級魔獣なんてランドル山脈にしか居ないし、操っているのが中級魔獣なら、10人も護衛が居れば大丈夫さ」
怪しい男の話に合わせるように、ガルロも大口を叩いて話にのる。
『たいした奴等ではない……この2人なら俺でも殺せる』
男はニヤリとほくそ笑んで、ドゴルから推薦状を受け取った。
翌朝、面接は荷物が運び出される予定の、ルナ正教会の集会所で行われた。
面接に集まってきたのは、ソウタやドグたちを含めて8人だった。
その内2人が《印持ち》で、1人は商団から推薦された男だった。
応募者の内、8人中5人が作戦を仕掛けたメンバーだから、残りの3人の中に犯人の仲間が居るはずである。
面接は4人ずつに分かれて行われ、始めの4人は全員初めて見る顔ばかりで行った。
商団の紹介の男も平等に注視して行うよう、イツキはフィリップに指示する。
4人の男たちは、集会所に入ると面接者を見て驚いた。そこに居たのが神父と子どもだったからだ。
「どうぞお座りください。それでは右の方から順に、名前と得意な武術とこれまでの経歴を言ってください。《印持ち》の方は名前と能力の種類と、経歴を言ってください。もちろん《印》を確認します」
フィリップは優しく微笑みながら、目の前の4人に着席するよう勧める。どう見ても頼り無さ気な、貴族出身ですと言わんばかりの上品さを醸し出している。
「僕は魔獣の毛皮を学校に持って行くから、できるだけ綺麗に殺してね。上手く仕留めた者には、父上が推薦状を書いてくれることになっている。男爵家の推薦状があれば、貴族からの依頼が受け易くなるだろう?」
イツキは、わざと感じの悪い貴族のぼんぼんを演じており、当然冒険者など見下した態度である。おまけに何故か、じゃらじゃらと宝石類を身に付けて、机に肘をついて優雅にお茶を飲んでいる。
座った冒険者たちは、イツキの言葉や態度に一瞬眉間にシワを寄せたが、そこはプロである。作り笑顔で神父様の問に答えていく。
1人目も2人目も普通の冒険者だった。
3人目は商団紹介の男だが、名前はリブロスと名乗り、《印》の能力は火を扱う能力で、護衛としての経験は殆ど無いと言った。
4人目の男は、ガルロたちに昨日ドゴルで声を掛けてきた男だった。名前をチャボルと名乗り、《印》の能力は風使いで、カルート国での経験は少ないが、他国で経験を積んでいると言った。
「お前、何処の国で経験を積んだんだ?ダルーン国とかイントラ連合国だったらお笑いだよね。だって魔獣が居ないし」
イツキはハッハッハと笑いながら、生意気で嫌なガキ役全開で質問する。
「ハキ神国だけど・・・まあ、お坊っちゃんには関係ない世界でしょうが」
チャボルは憮然としながらも、子どもの質問など相手にする気はないようだ。
「ふーん……ハキ神国かぁ。嫌な国だよね。戦争を仕掛けてくるなんてさ」
「坊っちゃん、護衛でお世話になる方たちです。それ以上は・・・」
フィリップは貴族の子息に気を遣いながら、優しく諌める神父様に成りきっている。ちょっと似合わない役である・・・
フィリップが全員にいくつか質問をして、面接は終了した。
「それでは20分程外でお待ちください。残りの4人の面接をしたら、お願いする6人を発表します」
フィリップはそう言って、外で待っていた4人と交替するよう促す。
「それでどうでしたか?犯人らしい男は居たのでしょうか?」
ソウタ師匠がコーズ隊長とドグ、ガルロを連れて入れ替わりで入ってきて問う。
「居ましたよ。嘘つきは2人居ましたが、犯人の仲間はチャボルでしょう。僕が身に付けている宝石類を目にした時の視線は、完全に値踏みに入ってました。そして下を向いてニヤリと笑っていました。さすが領主様のお宝の威力は凄いですね。そしてリブロスは、何かを隠しているようです」
イツキは犯人を断定して言い、リブロスについても疑いを持っていると言った。
「俺もそう思う。《印持ち》の護衛にしては、動きに不自然な程隙がない。それに冒険者特有の自慢話をしないし、プライドや誇りがない。でも、他には怪しい奴は居なかったと思う」
フィリップは自分の判定を皆に告げる。リブロスについては、悪人には見えなかったが……と言うに止まった。
イツキは、チャボルの周りを覆い尽くしていた、黒いオーラをしっかり確認したが、リブロスの顔の周りにも黒い影を見ていた。
採用者をチャボルと決定して、面接を受けた8人に合格者を告げた。
「採用者の方は、午後4時にこの場所に集合してください」
最後まで上品な神父になりきっているフィリップを見て、笑いを堪えて変な顔になっているメンバーたちである。
コーズ隊長はチャボルに走り寄って、「やあ、お互い頑張りましょうね」と親し気に話し掛けていく。
それが警備隊や軍の尾行役への合図だった。
採用者が決定し、コーズ隊長が話し掛けた者が、犯人の仲間である可能性が高いとして、尾行し、監視し、誰と会ったか、また会った者への尾行と監視もするよう、事前の作戦で決められていた。
尾行に気付かれて撒かれた時のことを考慮し、警備隊と軍の2手の尾行を付けてある。
午後3時、尾行していた警備隊と軍から報告があった。
やはり思っていた通りに、チャボルが会った男が、レガートの森の方向へ向かったと。
そして、その男を深追いし過ぎない程度に、数人がレガートの森の浅い場所まで尾行して行ったと。
午後4時、領主様の荷物と子どもを含めた一行14名は、ルナ正教会を時間通りに旅立って行った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ大詰めです。
どうぞ最後までお付き合いください。




