神降ろしの代償
ソウタ師匠を始め【魔獣調査隊】のメンバーは、目覚めたイツキの笑顔を見て安心し、疲れているだろうから、もう少し休んでいるようイツキに言った。
礼拝堂に居たビビド村の人たちも、目覚めたイツキを見て【神の怒り病】ではなかったと、ほっと胸を撫で下ろした。
実はこの時、イツキは起き上がろうとしていたのだが、体を動かすことが全く出来なかったのだ。
そうとは気付かれないように、それじゃあもう少し横になりますと言って、笑顔で上手くごまかした。
『どうしたらいいのだろう・・・首から上は動かせるのに、手も足も動かすことが出来ない……それに、昨夜はいつ帰ったのだろうか?【鎮魂の儀式】を終えてからの記憶が全くない……』
折しもハビテとクロノスは、早朝から町の様子を見るため、イツキが目覚める少し前に出掛けてしまっていた。
【魔獣調査隊】のメンバーは、父親代わりのファリス(高位神父)ハビテの顔を見たら、さぞかし喜んで元気になるに違いないと、再会シーンをワクワクしながら待っていた。
「イツキ神父、今朝はとても良いことがありますよ」
コーズ隊長はそう言ってニコニコ笑う。他のメンバーも楽しそうである。
それ故残念ながら、誰一人としてイツキの体の異変には気付いていなかった。
午前7時前、朝食の時間になりハビテとクロノスが、浮かない顔をして礼拝堂に戻って来た。町の様子は思っていたより酷かった。破壊された建物も多く、復興には時間が掛かりそうだった。
しかもカルート国は【疫病】騒動のある町を、封鎖してしまうのではないかと危惧してしまう。
礼拝堂の外で食事の支度をしていたミリドさんが、戻って来た2人にイツキが目覚めたことを伝えると、2人は顔を見合わせ笑顔で礼拝堂の中に入っていった。
「イツキ、大丈夫か?」
「イツキ様、目覚められたのですね。良かった」
2人はイツキの側に駆け寄り、笑顔で話し掛ける。
「ハビテ……それから君はクロノス?どうして此処に居るの?」
ハビテとクロノスの姿を見付けて、イツキは嬉しそうに笑いながら、何故かポロリと涙を零した。
感動の再会を果たしたイツキの笑顔と、零れた涙を見たメンバーは、頑張り過ぎるイツキも、父親代わりのハビテに会えて、嬉しさと安心感から涙が零れたのだと思った。
「どうしたイツキ?苦しいのか?大丈夫か?」
イツキの涙を見てギョッとしたハビテは、顔色を変えイツキを抱き起こした。イツキが人前で、しかも任務中に涙を見せるなんて有り得ないことだったのだ。
周りで見守っていたメンバーとクロノスは、何が起こったのか分からず慌てた。
「ハ、ハビテ・・・ぼく・・・」
イツキは涙を流し続けながら、声は出さないが苦しそうな表情になっていく。
ようやく皆は、ハビテに抱き起こされているイツキの体の様子が、不自然なことに気付いた。
腕はだらりとしたままで、ハビテを抱き締めてはいない。右足はハビテに抱き起こされたはずみで、ベッドからずり落ちた感じになっている・・・
「イツキ、体が動かないのか?」 (ハビテ)
「ハビテ……どうしよう……」 (イツキ)
「・・・何故?」 (フィリップ)
「イツキ様……どうして?」 (クロノス)
「・・・」 (他のメンバー)
「あのー、皆さん食事の支度ができました。イツキ神父はスープの方が宜しいですか?パンにされますか?」
イツキが大変なことになっていると知らないミリドさんが、扉の所からイツキの周りに集まっている全員に声を掛けた。
「それでは、イツキ神父はスープで、私とフィリップ神父・マルコ神父・クロノス神父の4人は、これから行う【鎮魂の儀式】の打ち合わせをしますので、礼拝堂の中で食べます。申し訳ありませんが、大切な準備がありますので、これより礼拝堂を立ち入り禁止にします。他の皆さんは、運ばれてくる【神の怒り病】の皆さんを、礼拝堂の外に寝かせてあげてください」
大事にしたくないハビテは、ミリドさんに大きな声で言いながら、他のメンバーに目配せをして指示を出す。他のメンバーは了解して頷き外に出ていく。
マルコ神父とクロノスは、礼拝堂で打ち合わせをする5人分の朝食を貰いに、他のメンバーと共に外に出て行った。
残ったハビテとフィリップは、イツキを心配しながら、もう1度ベッドにゆっくりと寝かせた。
「フィリップさん、僕は昨日の【鎮魂の儀式】の後の記憶が全く無いのですが、どうなったのでしょうか?」
ようやく涙が止まったイツキは、天井を見詰めながら静かに訊ねた。
「えっ?何も覚えてないの?どこから?」
「聖杯に白い雲が吸い込まれて、人々が目覚めて……えっと……ハキ神国軍の兵士の人の話をしたところまでかな・・・」
イツキは記憶を辿るが、どうしてもその先のことが思い出せなかった。
「では、神の御言葉を話したことは?それは覚えてないのか?」
「神の御言葉?僕がですか……いいえ、覚えていません」
イツキの答えを聞いたフィリップは、ハビテと顔を見合わせて大きく頷いた。
フィリップは昨夜、ハビテから【神降ろし】の話を聞いた後、礼拝堂に戻る道すがら、もう1つの話を聞いていた。
それは、ブルーノア教の本に書いてある史実には、【神降ろし】をした本人は、話したことを覚えていないと書かれているという内容だった。
だから、イツキが目覚めた時に、話したことを覚えていなければ、間違いなく【神降ろし】の奇跡であると証明されることになると。
「ハビテ、お願いがあるんだ。僕を祭壇まで運んでくれる?【神に捧げる祈り】を捧げたいんだけどいい?みんなが朝食を食べている間に、祈りを捧げておきたいんだ」
イツキは何もせずにはいられず、朝の務めを果たそうと考えてハビテにお願いする。
「イツキ・・・分かった運んでやろう。その代わり俺が支えておくから、イツキは俺の膝の上で祈るように」
ハビテの指示に、イツキはにこりと微笑み、「わかった」と答えた。
そのやり取りを側で見ていたフィリップは、2人の間には本当に深い絆があるのだと感じた。
フィリップは、祭壇の上に椅子を用意する。そして「無理するなよ」とイツキに声を掛けた。
ちょうど朝食を運んできた2人は、祭壇から聞こえ始めた、透き通る美しい祈りの言葉に足を止めた。
いつもより小さな声で、【神に捧げる祈り】が歌うように流れていく。川の流れのように優しく清らかに。
その祈りを初めて聞いたクロノスは、食事を側の椅子の上に置くと、膝まずいて共に祈り始めた。
気付いたら、フィリップもマルコも膝まずいていた。
何度か聞いたはずのイツキの祈りの言葉だが、どうしていつも涙が出てしまうのだろうか……フィリップもマルコも不思議に感じながらも、次第に心が暖かくなって癒されていくのだ。
いつものように、いつものごとく、しかし今朝は、祈っていたイツキを含めて、礼拝堂の中に居た5人が涙を流した。
とても美しい金色のオーラが、イツキの体を包んでいくのをハビテは見ていた。
ハビテの持つ能力は、特殊能力者の力が、色付きで視えるという能力なのだが、赤ん坊の時から視てきたイツキの《金色のオーラ》が、今日は一段と光輝いて視えた。
その癒しのオーラは、ハビテを包み礼拝堂の中に居た全員を包んでいく。
ハビテは初めて、祈りの声に乗って金色のオーラが流れていく様を視た。
祈り終えたイツキは、ハビテの膝からゆっくりと降りていく。
癒しの金色のオーラは、イツキ自身を癒して力を回復したのだった。
「心配掛けたねハビテ、みんな。もう大丈夫だよ!」
1人で立ったイツキを見て、フィリップとマルコとクロノスが走り寄ってくる。
ハビテは、イツキを後ろから抱き締めて号泣している。皆もイツキの顔や頭や腕を擦りながら泣いている。
「ああ、なんだかお腹空いちゃった。そう言えば晩御飯食べてないや」
イツキは元気に笑ってお腹を擦る。そして、外で心配している皆に動ける姿を見せるため、外で急に元気よく吠え始めたラールをよしよしするため、足取り軽く歩き始めた。
外に出ると、当然のことながら残りのメンバーにも、1人ずつ抱き締められた。
ラールは足元をくるくる嬉しそうに回り、ミムは頭の上をグルグル回りながら、ピイピイーと美しい声で鳴きながら飛んでいた。
イツキはみんなから、記憶にないところからの話を聞き終わると、「う~ん」と唸った後で、今日は大丈夫かなぁと呟き、全員から「えっ!また?」という視線を向けられて苦笑した。
時刻はそろそろ8時前、8時から始まる《朝の祈り》のために、住民が集まって来る頃だ。
今朝はファリス(高位神父)のハビテが行うことになった。
住民たちも、滅多とお会いできないファリス様が、《朝の祈り》を捧げてくれるのは大喜びに違いない。
癒しのオーラで回復したとはいえ、心配性のハビテは、少しでもイツキを休ませたかったのである。
午前8時、ハビテの祈りが始まった。
イツキは久しぶりにハビテの祈りを、祭壇横のスペースでクロノスと一緒に聞いていた。ハビテの声は少し低いけど、優しく包み込むような声だ。イツキの声が透き通るような声なら、ハビテの声は強さを持った声かもしれない。
目をつぶって祈りを捧げていたイツキは、急に眠くなっていく。あれ?なんでだろうと思っていたら、スウーッと意識がなくなった。
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