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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
結末と再会 編

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神降ろしの代償

 ソウタ師匠を始め【魔獣調査隊】のメンバーは、目覚めたイツキの笑顔を見て安心し、疲れているだろうから、もう少し休んでいるようイツキに言った。

 礼拝堂に居たビビド村の人たちも、目覚めたイツキを見て【神の怒り病】ではなかったと、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 実はこの時、イツキは起き上がろうとしていたのだが、体を動かすことが全く出来なかったのだ。

 そうとは気付かれないように、それじゃあもう少し横になりますと言って、笑顔で上手くごまかした。


『どうしたらいいのだろう・・・首から上は動かせるのに、手も足も動かすことが出来ない……それに、昨夜はいつ帰ったのだろうか?【鎮魂の儀式】を終えてからの記憶が全くない……』


 折しもハビテとクロノスは、早朝から町の様子を見るため、イツキが目覚める少し前に出掛けてしまっていた。

 

【魔獣調査隊】のメンバーは、父親代わりのファリス(高位神父)ハビテの顔を見たら、さぞかし喜んで元気になるに違いないと、再会シーンをワクワクしながら待っていた。


「イツキ神父、今朝はとても良いことがありますよ」


 コーズ隊長はそう言ってニコニコ笑う。他のメンバーも楽しそうである。

 それ故残念ながら、誰一人としてイツキの体の異変には気付いていなかった。



 

 午前7時前、朝食の時間になりハビテとクロノスが、浮かない顔をして礼拝堂に戻って来た。町の様子は思っていたより酷かった。破壊された建物も多く、復興には時間が掛かりそうだった。

 しかもカルート国は【疫病】騒動のある町を、封鎖してしまうのではないかと危惧してしまう。


 礼拝堂の外で食事の支度をしていたミリドさんが、戻って来た2人にイツキが目覚めたことを伝えると、2人は顔を見合わせ笑顔で礼拝堂の中に入っていった。


「イツキ、大丈夫か?」

「イツキ様、目覚められたのですね。良かった」


 2人はイツキの側に駆け寄り、笑顔で話し掛ける。


「ハビテ……それから君はクロノス?どうして此処に居るの?」


 ハビテとクロノスの姿を見付けて、イツキは嬉しそうに笑いながら、何故かポロリと涙を零した。

 感動の再会を果たしたイツキの笑顔と、零れた涙を見たメンバーは、頑張り過ぎるイツキも、父親代わりのハビテに会えて、嬉しさと安心感から涙が零れたのだと思った。


「どうしたイツキ?苦しいのか?大丈夫か?」


 イツキの涙を見てギョッとしたハビテは、顔色を変えイツキを抱き起こした。イツキが人前で、しかも任務中に涙を見せるなんて有り得ないことだったのだ。

 周りで見守っていたメンバーとクロノスは、何が起こったのか分からず慌てた。


「ハ、ハビテ・・・ぼく・・・」


イツキは涙を流し続けながら、声は出さないが苦しそうな表情になっていく。

 ようやく皆は、ハビテに抱き起こされているイツキの体の様子が、不自然なことに気付いた。

 腕はだらりとしたままで、ハビテを抱き締めてはいない。右足はハビテに抱き起こされたはずみで、ベッドからずり落ちた感じになっている・・・


「イツキ、体が動かないのか?」  (ハビテ)

「ハビテ……どうしよう……」    (イツキ)

「・・・何故?」         (フィリップ)

「イツキ様……どうして?」   (クロノス)

「・・・」           (他のメンバー) 


「あのー、皆さん食事の支度ができました。イツキ神父はスープの方が宜しいですか?パンにされますか?」


イツキが大変なことになっていると知らないミリドさんが、扉の所からイツキの周りに集まっている全員に声を掛けた。


「それでは、イツキ神父はスープで、私とフィリップ神父・マルコ神父・クロノス神父の4人は、これから行う【鎮魂の儀式】の打ち合わせをしますので、礼拝堂の中で食べます。申し訳ありませんが、大切な準備がありますので、これより礼拝堂を立ち入り禁止にします。他の皆さんは、運ばれてくる【神の怒り病】の皆さんを、礼拝堂の外に寝かせてあげてください」


大事にしたくないハビテは、ミリドさんに大きな声で言いながら、他のメンバーに目配せをして指示を出す。他のメンバーは了解して頷き外に出ていく。

 マルコ神父とクロノスは、礼拝堂で打ち合わせをする5人分の朝食を貰いに、他のメンバーと共に外に出て行った。

 残ったハビテとフィリップは、イツキを心配しながら、もう1度ベッドにゆっくりと寝かせた。



「フィリップさん、僕は昨日の【鎮魂の儀式】の後の記憶が全く無いのですが、どうなったのでしょうか?」


ようやく涙が止まったイツキは、天井を見詰めながら静かに訊ねた。


「えっ?何も覚えてないの?どこから?」

「聖杯に白い雲が吸い込まれて、人々が目覚めて……えっと……ハキ神国軍の兵士の人の話をしたところまでかな・・・」


イツキは記憶を辿るが、どうしてもその先のことが思い出せなかった。


「では、神の御言葉を話したことは?それは覚えてないのか?」

「神の御言葉?僕がですか……いいえ、覚えていません」


 イツキの答えを聞いたフィリップは、ハビテと顔を見合わせて大きく頷いた。

 フィリップは昨夜、ハビテから【神降ろし】の話を聞いた後、礼拝堂に戻る道すがら、もう1つの話を聞いていた。

 それは、ブルーノア教の本に書いてある史実には、【神降ろし】をした本人は、話したことを覚えていないと書かれているという内容だった。

 だから、イツキが目覚めた時に、話したことを覚えていなければ、間違いなく【神降ろし】の奇跡であると証明されることになると。




「ハビテ、お願いがあるんだ。僕を祭壇まで運んでくれる?【神に捧げる祈り】を捧げたいんだけどいい?みんなが朝食を食べている間に、祈りを捧げておきたいんだ」


イツキは何もせずにはいられず、朝の務めを果たそうと考えてハビテにお願いする。


「イツキ・・・分かった運んでやろう。その代わり俺が支えておくから、イツキは俺の膝の上で祈るように」


ハビテの指示に、イツキはにこりと微笑み、「わかった」と答えた。

 そのやり取りを側で見ていたフィリップは、2人の間には本当に深い絆があるのだと感じた。


 フィリップは、祭壇の上に椅子を用意する。そして「無理するなよ」とイツキに声を掛けた。

 ちょうど朝食を運んできた2人は、祭壇から聞こえ始めた、透き通る美しい祈りの言葉に足を止めた。

 いつもより小さな声で、【神に捧げる祈り】が歌うように流れていく。川の流れのように優しく清らかに。


 その祈りを初めて聞いたクロノスは、食事を側の椅子の上に置くと、膝まずいて共に祈り始めた。

 気付いたら、フィリップもマルコも膝まずいていた。

 何度か聞いたはずのイツキの祈りの言葉だが、どうしていつも涙が出てしまうのだろうか……フィリップもマルコも不思議に感じながらも、次第に心が暖かくなって癒されていくのだ。

 いつものように、いつものごとく、しかし今朝は、祈っていたイツキを含めて、礼拝堂の中に居た5人が涙を流した。


 とても美しい金色のオーラが、イツキの体を包んでいくのをハビテは見ていた。

 ハビテの持つ能力は、特殊能力者のオーラが、色付きで視えるという能力なのだが、赤ん坊の時から視てきたイツキの《金色のオーラ》が、今日は一段と光輝いて視えた。

 その癒しのオーラは、ハビテを包み礼拝堂の中に居た全員を包んでいく。

 ハビテは初めて、祈りの声に乗って金色のオーラが流れていく様を視た。



 祈り終えたイツキは、ハビテの膝からゆっくりと降りていく。

 癒しの金色のオーラは、イツキ自身を癒して力を回復したのだった。


「心配掛けたねハビテ、みんな。もう大丈夫だよ!」


 1人で立ったイツキを見て、フィリップとマルコとクロノスが走り寄ってくる。

 ハビテは、イツキを後ろから抱き締めて号泣している。皆もイツキの顔や頭や腕を擦りながら泣いている。


「ああ、なんだかお腹空いちゃった。そう言えば晩御飯食べてないや」


イツキは元気に笑ってお腹を擦る。そして、外で心配している皆に動ける姿を見せるため、外で急に元気よく吠え始めたラールをよしよしするため、足取り軽く歩き始めた。

 外に出ると、当然のことながら残りのメンバーにも、1人ずつ抱き締められた。

 ラールは足元をくるくる嬉しそうに回り、ミムは頭の上をグルグル回りながら、ピイピイーと美しい声で鳴きながら飛んでいた。



 イツキはみんなから、記憶にないところからの話を聞き終わると、「う~ん」と唸った後で、今日は大丈夫かなぁと呟き、全員から「えっ!また?」という視線を向けられて苦笑した。

 

 時刻はそろそろ8時前、8時から始まる《朝の祈り》のために、住民が集まって来る頃だ。

 今朝はファリス(高位神父)のハビテが行うことになった。

 住民たちも、滅多とお会いできないファリス様が、《朝の祈り》を捧げてくれるのは大喜びに違いない。

 癒しのオーラで回復したとはいえ、心配性のハビテは、少しでもイツキを休ませたかったのである。



 午前8時、ハビテの祈りが始まった。

 イツキは久しぶりにハビテの祈りを、祭壇横のスペースでクロノスと一緒に聞いていた。ハビテの声は少し低いけど、優しく包み込むような声だ。イツキの声が透き通るような声なら、ハビテの声は強さを持った声かもしれない。

 目をつぶって祈りを捧げていたイツキは、急に眠くなっていく。あれ?なんでだろうと思っていたら、スウーッと意識がなくなった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます

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