ハビテの心配と目覚めぬイツキ
ファリス(高位神父)のハビテは、がっしりした背にイツキを背負ったまま礼拝堂に入っていく。
礼拝堂の中に居た人は、新しく来られた2人の神父様、特にファリスの衣装を着ている、茶髪で優しい焦げ茶の瞳、整った顔立ちで鍛えられた体型のハビテに驚き慌てて礼をとった。
しかし、もっと驚いたのがその背に背負われていたのが、大恩のあるイツキ神父だったことだ。
「イツキ神父様!どうされたのですか?まさか、まさか【神の怒り病】!」
やや年配の男性が心配そうに近付いて来て叫んだ。他の人間も集まってきて、ハビテに背負われているイツキを心配そうに覗き込む。
「今そこで倒れたんです。イツキは何をしていたのでしょうか?」
ハビテは、病人の為に簡易的に作ってあったベッドにイツキを寝かせ、その場に居た人たちに状況を訊ねる。
「はい、午後6時に2回目の【鎮魂の儀式】を行われるために、収容所になっていた町役場に行かれました。他の神父様や教会の【魔獣調査隊】の方々もご一緒でした」
そう答えたのは、ビビド村から来ていた女性でミリド42歳だった。
礼拝堂の中に居た8人は、全員がビビド村から出稼ぎに来ていて者で、突然戦争に巻き込まれ捕虜にされ、男性6人は収容所に、女性は下働きとしてハキ神国軍の宿舎で働かされていた。
ミリドは、イツキたちがビビド村に寄った時に出会った、村長の孫ライラの婚約者シーバルの母親だった。
そしてロームズの町の神父だった弟を手伝うために、教会で働いていたのである。
ハビテとクロノスは、ハキ神国軍が町を占拠してから今日までの様子と、6月15日にイツキたちがロームズの町にやって来てからの様子、【神の怒り病】という疫病に200人以上が感染したこと等を聞いた。
イツキたちが、礼拝堂をハキ神国軍から取り返してくれたこと、殺された弟であるロームズ教会の神父に代わり、イツキ神父が祈りを捧げ人々を癒し、町の食糧難の解決にも尽力し、祈りで奇跡を起こしたことなどを、涙ながらにミリドは語った。
「どうして?何故イツキ様が?」「違う【神の怒り病】のはずがない!」
ビビド村の全員が、気を失ったままのイツキを見て叫びながら、涙ぐんでいる。
よく見ると、ハビテとクロノスも涙ぐんでいる。
ハビテは産まれて間もないイツキの命を救い、イツキの父親代わりの存在である。軍学校に入るまでは、付かず離れずイツキをずっと見守ってきた。
イツキは《予言の子》であるが、ハビテは《予言の旅人》として、《六聖人》を探す旅を続けている。
クロノスは、イツキが4歳でレガート国に戻ってきた時、カイの街のカイ正教会で、悪人に泥棒に仕立て上げられ、祖母の形見の大切な青い石を奪われそうになったところを、イツキに助けられた青年である。
イツキの尽力により、中級学校・上級学校へと進学し、昨年末首席で卒業した。
現在18歳になったクロノスは、グレーの髪を肩まで伸ばし、グレーの瞳は曇りなく清んでいた。貴族の出の祖母に育てられただけあって、神父の服を着ていても上品な物腰で、優しい顔立ちだが知的さも滲み出ていた。長身でやや細身だが鍛えてあるのだろう引き締まった体型である。
イツキに恩を返すため、またイツキを将来支える人間になることを目標に生きている。
そして、卒業と同時にファリス(高位神父)ハビテと共に、新しい《聖人》を探す旅に同行し、神父としての修行中であった。
ハビテとクロノスがロームズの町に来たのは偶然ではない。
リーバ(天聖)様から突然呼び出され、「6月17日にカルート国のロームズへ行き、後始末をしてくるように」と命を受けたのだ。
「何の後始末でしょうか?」と尋ねたハビテに対して、リーバ様は「行けば分かる。これは《予言の書》の仕事だ」とだけ答えられた。
どうしていつも、きちんと説明してくれないのだろ……と思うハビテだが、最近は慣れたのか、それ以上尋ねても何も答えては貰えないと学習していた。
『まさかイツキが関わっていたとは……どうりでリーバ様が、嬉しそうにニヤリと微笑まれたはずだ』
ハビテはリーバ様のお言葉を思い出しながら苦笑する。が、直ぐにイツキの眠る顔を見て、心配そうに視線を向け手を握った。
『イツキ、お前に大きな使命を背負わせてごめんな・・・《予言の子》として生まれ苦労させてる・・・でも、必ず俺たちが守ってやるからな』
ハビテは涙ぐみながら、イツキの顔を優しく撫でて、どうかイツキが【神の怒り病】ではありませんようにと祈った。
◇ ◇ ◇
収容所になっていた町役場から、ハモンドを小さい絨毯に載せたまま運んでいた【魔獣調査隊】のメンバーは、先程のフィリップの言葉に、突っ込みを入れていた。イツキが居ないので、呼び方は友人仕様である。
「フィリップ、いいかぁ、イツキ先生は今回の作戦の為に、偽物の身分証を作ったんだぞ。確かにいろいろと普通じゃないけど、そんな本物のシーリス(教聖)見習いを、どうしてレガート国の軍学校で働かせてるんだよ?」
日頃は上司であるフィリップに、反論しない【王の目】のメンバーであるドグだが、当然のように言い切ったフィリップに、友として一般常識的に意見をする。
「確かに普通じゃないな」
ガルロも補足するように続ける。
「でも、いくら《印持ち》だからって、度々奇跡が起こせるのかなぁ?」
ソウタ副指揮官も疑問を口にする。
「ちょ、待ってくれよ!じゃあ俺やマルコは、雲の上のシーリス見習い様と、軍学校で普通に過ごしてきたと言うのか?信じられない。校長だって普通だぞ……」
ソウタを睨みながらコーズ教官は、そんな筈はないと怪訝な表情をする。
「えええっ!ほんと待って。そんな怖いこと言うなよ。俺は敬虔な信者なんだぞ。これまでの失礼な態度はどうすればいいんだ?」
急に顔色が悪くなっていくマルコ教官。
「よく思い出せ!あのギニ副司令官とアルダス様の不自然な態度を。イツキ先生の《印》は動物や魔獣を操る能力だろう……なのにあの祈りや他の奇跡はどうなんだ?俺は見習いではなく、本物のシーリス(教聖)様だと言われないと、むしろ起こった全てに納得がいかないぞ」
フィリップは、これまで思っていたことに少し盛って、俺の意見こそが正論だろうがと仲間に伝えた。
「・・・」
「そうだな……そもそも奇跡はリース(聖人)様が起こされると聞く……」
「もう、もうやめて……」
コーズ教官のだめ押しに、泣きそうになる敬虔な信者マルコだった。
急に口数が少なくなったメンバーは、これからどうなるのだろうかとか、本当にこれは【疫病】なのかとか、ハモンドは目覚めるのだろうか……という話しに切り替えながら、礼拝堂まで戻ってきた。
扉を開けると、見知らぬ神父様?が2人居て、患者用のベッドの回りにビビド村の男性が集まっている。また新たな患者が出たのだろうか?
イツキ神父はどこだ?と辺りを見ると、女性2人が夕食の準備をしていた。
「何かあったのですか?そちらの神父様は?」
コーズ隊長がリーダーとして、質問しながらベッドに近付いていく。他のメンバーも用心しながらベッドに向かう。
「大変です!イツキ神父様が眠ったまま起きられないのです!」
食事の支度をしていたミリドが走ってきて、泣きそうな顔で報告する。
「えっ!なんだって?イツキせんせ・・・イツキ神父が?」
コーズ隊長は、驚きのあまり思わずイツキ先生と言いそうになり、慌てて訂正し目の前の2人の神父の様子を伺う。
「イツキ様は、礼拝堂の少し手前で急に倒れられました。偶然通り掛かった我々が、礼拝堂までお運びしました」
状況を説明しながら、イツキに対して敬語になってしまうクロノスである。
「これはファリス(高位神父)様、我々はブルーノア教会【魔獣調査隊】です。イツキ神父は大丈夫なのでしょうか」
ファリスの衣装を着ている神父様に、マルコ神父が礼をとりながら挨拶する。どんな人物か分からないので、警戒しながら様子を探る。
「私は本教会から来たファリスのハビテです。こちらは勉強中のクロノス。イツキは私が父親代わりで育てましたので、どうぞご安心ください。今のところ気を失ったままの状態です。顔色が悪いので、ただ眠っているだけではないでしょう。詳しい話は食事の後でゆっくり聞かせてください」
ハビテは、先程コーズ隊長が「イツキ先生」と言い掛けたのを聞いて、軍学校の関係者だと見抜いていたので、イツキとの関係を笑顔で話し、詳しいことは別の場所でと、ビビド村の人たちに視線を向け、マルコ神父に目配せをした。
「了解しました。では後程」
マルコ神父は笑顔で答えて、イツキ先生の父親代わりと聞いて安堵した。残りのメンバーも安堵して短く息を吐いた。
そしてベッドの側に寄り、イツキの様子をメンバー全員で確認する。
確かに普通じゃない・・・ただ眠っているだけの患者とは様子が違う。顔色も悪いが呼吸の間隔がおかしい・・・呼吸数が少な過ぎるのだ。
『こんな症状は診たことがない・・・』 全員の顔に疑問と不安が浮かんだ。
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