それぞれの結末
タルバ副指揮官が入室前に廊下で控えていると、中からオリ将軍の怒鳴る声が聞こえてきた。
どうやら先程の教会の鐘は、領主の独断だったようだ。当然の判断だと思えるが、オリ将軍はハビルの街を諦めていないようだ。
不機嫌なところに嫌な報告をしなければならない。
タルバ副指揮官は大きく息を吸い深く吐くと、ギュッと手を握って貴賓室に入って行く。緊張した表情で頭を下げ、報告を始めた。
「ご報告いたします。ロームズの町で死者が発生しました。眠り続けている者は、住民も含めて200人以上。目撃した死者は2人で、腕に赤黒い模様があり血を吐いて死んだようです。直ちにロームズの町との国境を封鎖しました。それから将軍のご指示通り、500名の兵士と戦利品をシバに帰還させました」
タルバ副指揮官は頭を下げたままで、オリ将軍からの言葉を待つ。
「死者が出たのか?では【神の怒り病】で間違いないのか?」
声を上げたのはムルグ総司令だった。驚きと恐怖が入り交じった表情でタルバ副指揮官に問う。
「ちょっと待て、昨夜の報告では眠ったままの者は10人足らずだったはずだが?」
ルンナ領主は怪訝な表情で、確認するように質問する。
「はい総司令、領主様、収容所には200人以上の眠ったままの患者が隔離されていました。たった1日で増えたようです。死者の様子から【神の怒り病】で間違いないと思われますが、【神の怒り病】の症状が本当にそうなのかは判りません」
「いや、間違いないだろう……私の屋敷にある古い文献と、街で保管している書物で確認した症状だ」
タルバ副指揮官の答えに、絶望的な顔でそう言った領主は、ふらふらと力なく椅子に座り込んだ。
「くそーっ!なんでだ?あと少しだと言うのに・・・おまえらが無能なせいだ!今からハビルに攻め込むぞ!直ぐに兵を集結させろ。ハビルに【疫病患者】はまだ居ないはずだ。奪えるだけ奪うのだ!」
オリ将軍は、怒りに震えながらハビル攻めの命令を下す。
「しかし、500名の兵をシバに帰還させたので、我が軍の兵力は500しかありません。ハビルに居るカルート兵は400です。数では勝っていますが、住民が共に戦えば我々の負けになります」
将軍の無計画で無茶苦茶な命令に、素人の総司令でも無理だと思い反論する。
「我が軍の兵器を使えばいいだろう。この際街を破壊しても構わん!兵士が少々死のうと関係ない!」
将軍は鬼のような形相で、部屋の中に居る全員に向かって大声でわめき散らす。
「・・・」
あまりの横暴振りに、一同声が出ない。
『ここまでのバカだとは……俺が国王なら今すぐ幽閉するところだ……国民の命より、他国の財産を略奪する方が大事だと言い切った。信じられないと言うより、こいつを信じてはいけない』
領主は瞬時に頭を切り替えて、領地と領民を守るための行動に出ることにした。
「頼りの兵器は、確か開戦の日に将軍自らがお使いになり、壊れたままでは?」
「はい、投石機は専門の職人でなければ直せません」
領主とタルバ副指揮官は、お互い意図するところが同じだったようで、視線を合わせると、将軍には分からないように頷き合った。
「オリ将軍、あなた様であれば、カルート国を攻めることなど造作無いことでしょう。しかし、レガート軍という援軍も来ている今、少人数で攻めて兵を失うことは得策ではありません。既にロームズの兵1,000人は失ったも同然です。今回は撤退し、更に兵を増強した後、ハビルの街だけではなく、カルート国全てを手に入れればよろしいのでは?」
領主は言葉を慎重に選びながら、バカな将軍を撤退させる為の策を告げた。
「ハビルの街だけではなくカルート国全てを……」
「そうです。手柄は大きい方が良いのでは?それに私は将軍の、いえ、大切な王子のお命が心配なのです。兵の替わりはいても、王子の代わりは居ないのですから」
領主は将軍の顔色を伺いながら、バカに相応しい言葉で、これ以上バカな行動をとらせない為に説得する。
「それはそうだ。俺の代わりは居ない。王に成るべき存在は俺だけなのだ」
その言葉を吐いた後のオリ将軍の行動には、領主もタルバ副指揮官も領民も、開いた口が塞がらなかった。
なんと、護衛の騎馬隊20名を連れ、将軍と総司令は軍の馬車に乗り、後の指揮を全て放棄して、さっさとシバに撤退してしまった。
どこまで身勝手な男なのだろうかと、残された領主とタルバ副指揮官は、信じられない思いだったが、むしろ居ない方が正しい指揮が執れると思い直した。
しかし、ハキ神国軍とルンナ領民と国民の混乱はここから始まるのだった。
ロームズの町との国境を封鎖していたブーニクス少尉は、ロームズから撤退してきた1,000人近い兵に対抗できず、あっさりと入国を許してしまい、ルンナの街と周辺に大混乱が起こったのである。
◇ ◇ ◇
1096年6月17日午後6時、ハキ神国軍はカルート国から完全撤退した。
これをもって、【魔獣調査隊】の頭脳作戦は終了した。
イツキたちが15日にロームズの町に入ってから、僅か3日目で任務を遂行したしたことになる。
6月11日にカルート国入りしてからだと1週間で、作戦名【死んだふりしてハキ神国軍にお帰り願おう】は無事成功を収めた。
レガート国王バルファーが望んだ、出来るだけ血を流さずに勝利することができて、レガート軍副指揮官ソウタ・マグ・ローテスは心から安堵した。
キシ公爵の番犬フィリップ・イグ・マグダスは、主であるアルダス様が、イツキ先生を信じて任せたことが正しかったと証明され、改めて主アルダスに敬愛の念を抱いた。
ハキ神国軍撤退とロームズで【神の怒り病】が発生したという報せが、王都ヘサに届いたのは6月19日だった。
レガート軍総指揮官アルダスは、3日待つと決めた3日目に報せが届いたことに安堵すると共に、イツキに感謝しロームズの方を向いて膝まずき謝辞を述べた。
報せを聞いたカルート国の大臣や重臣たちは、緊急会議を開く。ハキ神国軍の撤退を歓び安堵したが、【疫病】発生の報せには黙り込んでしまう。
誰からも良い案が出ず、時間だけが過ぎて夕方になってしまった。
痺れを切らした国王ラグバスが、大臣や重臣を貴賓室に呼びつけた。そこにはレガート軍総指揮官アルダスが居て、共に解決策を練ることになった。
国王は、対応策として至急医師や食糧や薬を送れと命令した。
ところが臣下たちが出した答えは、ロームズ周辺を封鎖し住民を見殺しにするしかない、というものだった。
呆れたと言うか、腹が立ったと言うか、あまりにも無責任な態度に業を煮やしたアルダスは、国王とその臣下に向かって立ち上がって言った。
「この度のレガート軍1,200の援軍に対する謝礼ですが、それほどまでに要らない町でしたら、我がレガート国が謝礼としていただきましょう。あまりに安過ぎる謝礼ですが、カルート国民でいるより、レガート国民になった方が、ロームズの住民も幸せでしょう!明日中に2,000人分の食糧と薬剤を用意してください。そうすればこの度のミザリオ総司令官、いや元総司令官の無礼な態度も不問に付し、レガート軍は国に戻りましょう」
背筋も凍るような笑顔で言い放ったアルダスは、臣下たちを睨みつけて椅子に座った。
「レガート国の飛び地を許すなど、そんなことはできない!」
一部の大臣が異議を唱えて立ち上がった。
「それでは、あなた方臣下の皆さんがレガート国に謝礼を払うと言うのですね?国王の命令に背くのですから、そのくらいの覚悟はおありでしょう?」
冷気漂う冷たい声で、座ったまま放ったアルダスの声が、贅を尽くした貴賓室の中に低く響いた。
どうやら己の金は1エバーたりとも出したくない上、疫病にも罹りたくないようだ。
ラグバス王は、臣下の総意としてロームズの町をレガート国へと差し出した。
その夜アルダスは、「これは秘密ですが、恐らく疫病騒動は直ぐに納まるでしょう」と、カルート国王にこっそり告げた。
国王ラグバスは、アルダスの満面の笑みを見て、ハキ神国軍の撤退と疫病発生の裏で、レガート軍が動いてくれたのだと理解した。
◇ ◇ ◇
ロームズの町で残る問題は、眠ったままの人々を起こすことだ。
夕方収容所で目覚めたシュルツ少佐は、自分が見捨てられたと知りショックを受けた。そして現在は、自分こそが捕虜の立場であり、住民たちから敵意をもって見られていると気付いた。
目覚めても、収容所から出ることは許されず、食事も与えられなかった。ハキ神国軍もロームズの捕虜たちには、昼に1度だけしか食事を与えていなかったので、当然の措置であるとシュルツは思った。
ただ、収容所でこんこんと眠り続けている200人の患者と、共に過ごすという恐怖心はかなりのものである。
午後6時15分、眠り続けている患者の家族を伴い、イツキ神父と【魔獣調査隊】のメンバーが収容所にやって来た。
これから礼拝堂ではなく、収容所で【鎮魂の儀式】を行うという。
収容所(町役場)の外には、たくさんの住民も集まっている。特に今まで収容所に居た男性たちの姿が目立つ。
家族の者から、昨日の【鎮魂の儀式】の時に起こった奇跡の話を聞き、そのありがたい儀式に参加したいと、集まってきたのだ。
部屋の角に積まれていた机を使い、魔獣調査隊のメンバーが祭壇を作っていく。
フィリップ神父が聖杯を、マルコ神父が花を祭壇に置いて、準備は整った。
「それでは皆さん、神に祈りを捧げましょう」
イツキの透き通る声が、収容所の中にも、外にも響いた。
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次話に、懐かしい人が登場します。




