作戦実行と死者発生
ソウタ師匠と別れたコーズ隊長は、国境に近い場所により近付くため馬を走らせていた。夏の陽射しは容赦なく照りつけるが、頬に感じる風がむしろ清々しい気持ちにさせてくれる。
「俺にはイツキ先生のような作戦は考えられないな……何て言うのか……あれは半分神懸かってる作戦だろう。頭脳戦の規模が違う。住民まで巻き込んでの【疫病】騒動だ。薬は50人分しかなかったとしても、イツキ先生の何か解らない力が影響しているとしか思えない」
コーズ隊長は独り言を呟きながら、偵察としてロームズの町に来ているはずの、本陣の兵士たちの姿を探す。
国境の手前5キロの所で、人目につかないよう林の中に馬が11頭隠してあるのを見付けた。
「う~ん・・・マルコ教官が言ってた通りバカだな。通りから少ししか入っていない所に隠したら、馬の声は聴こえるだろうに。まあ敵がいるとは思ってもみないだろうし、味方の兵士を欺く為だから、バレても様子を見に来たと言えば済むか・・・」
呆れ顔で呟きながら、『さてどうしたものか』と考える。これが対戦中なら馬を逃がすところだが、早く首都シバに帰らせることが目的だから、放っておくしかないと結論を出した。
確実にここへ戻って来るだろうから、自分の馬を本陣の奴等の馬より奥に隠して、帰ってくるのを林の中の日陰でのんびり待つことにする。
その頃ブーニクス大尉と8人の兵は、街道の分岐点で荷車の後ろをつけて行った2人の兵を待っていた。
待っている間、のんびり昼食を食べている。しかもその食料は近くの民家から強奪したものだった。
昨日のスープ会の後で、残った肉を少しだが住民に分けていた。その貴重な肉を挟んだパンを、こともあろうか子どもからも奪っていた。わずか10軒の集落の、女性や子どもや老人の昼食を奪っていたのだ。
ファーガス大佐を乗せた荷車が、分岐点まで到着したのは午後1時半。
ブーニクスは、未だ眠っているファーガスを見て大きなため息をつき、その場に座り込んで、まだ死んではいなかったと安堵した。
「それで、町の状況はどうだった?大佐を連れ出すところを、誰にも見られなかっただろうな?」
ブーニクスは2人の兵に、奪い取った昼食を渡しながら訊ねた。
「はい、誰にも見られていません。・・・兵たちは至急本部に集まるようにと伝令が来たので、・・・収容所に居た兵も皆行ってしまい、我々は易々と・・・中に入れました」
「町の様子は静かなものです。・・・住民の姿は殆ど見掛けませんでした」
余程お腹が空いていたのか、2人の兵はパンにかじりつきながら喋っている。
「至急本部に集合だと?住民の姿も無い……どういうことだ?」
ブーニクスは、無い頭であれこれ考えてみる。何か重要なことが起きたに違いない……まさか死人が出たのだろうか?などと予想してみるが、ロームズの兵が1人も居ないので確認ができない。
「他に気付いたことはないのか?」
「あります!ロームズの町は大変なことになっています。収容所の中には200人以上の人間が、眠ったままになっていました。どうやら町中から集められていたようです」
「・・・」 (8人の兵)
「200人だと?」
ブーニクスは驚いて、叫びながら立ち上がった。
『何故だ?いつの間にそんな状態になった?』
ブーニクスが立ち上がったその時、荷車がやって来た方向から、1人の男がフラフラと歩いてくるのが見えた。
兵士ではなさそうだ。服装からして町の住民だろうか?しかし何故住民が出歩いているんだ?と不思議に思ったが、丁度良いところに来たので、町の様子と兵たちの様子を訊くことにした。
「おいお前!町の様子はどうなっている?【疫病】は広がっているのか?」
すると男は、ヨロヨロとよろけながら近付いて来て、驚くことを口にした。
「た、助けてくれ。町はもう駄目だ!俺は、し、し、死にたくない!」
男はすがるように手を伸ばしてくる。その様子を見たブーニクスたちは本能的に後退りする。そして、その伸ばされた腕に【赤黒い模様】があるのを見てしまう。
「くく、苦しい・・・死にたく……死にたくない!たすけ・・・グフォ・・・」
なんと、男は口から血を吐いて倒れてしまった。
「赤黒い模様・・・!」
「血を吐いた!!」
ブーニクスたちは、一気に顔色を変え、驚きと恐怖に包まれていく。
「たたた、大変だー!直ぐに逃げろ!!!に、荷車を全員で急いで引けー!」
ブーニクスは部下たちに指示しながら、自分だけ逸早く逃げ出して行く。何度も転びそうになりながら、後ろを振り向くこともなく一目散に逃げて行く。
「おいおい、そんなに急ぐと荷台のファーガスが落ちるぞ」
逃げて行く11人の兵を、死んだふりしながら眺めていたソウタ師匠は、笑い出すのを必死に堪えながら小声で呟いた。
マルコ教官の言う通り、噂に違わぬバカだな。心配したがイツキが言ったように、トマトソースでも大丈夫だった。人間、怖いと思っているとトマトソースも血に見えるもんだ。
そんなことを考えながら、ブーニクスたちの姿が見えなくなったのを確認したソウタ師匠は、「よっこらしょ」と言いながら立ち上がり、服に付いた砂や埃を払い除ける。
『思っていたより楽しかったな!また機会があればやってみるか』と思っている自分に苦笑する。
ソウタ師匠が、上機嫌で礼拝堂に向かって歩き始めて少し経った頃、ブーニクスたちは馬置き場へと到着した。
恐怖心に支配され走った為に、息も絶え絶えで顔面蒼白になっている。
特にブーニクスは元々軍人ではなく文官だったので、日頃全く運動をしておらず、倒れるように座り込んだ。そして、カラカラになった喉を潤そうと水筒の水を飲み、ゲホゲホと咳き込んでいる。
他の兵たちも、落ち着こうと水を飲む。が、何故か手が震えて上手く飲むことができない……
「ブーニクス大尉、我々は、だ、大丈夫でしょうか?」
「私は収容所に入ってしまいましたが、感染してませんよね?」
「それより、ファーガス大佐を連れて行っても大丈夫なのですか?」
「う、うるさい!一度に皆でに喋るな!俺たちは大丈夫だ。直ぐに逃げた」
ブーニクスはイライラしながら、兵たちの不安を打ち消すように叫ぶ。
その様子を林の中から見ていたコーズ隊長は、滑稽なブーニクスの姿にニヤニヤしながら、自分が出て行く頃合いをみていた。
『ソウタの奴、上手くやったんだな。折角だから、落ち着いて安心した頃に出ていくことにしよう』
コーズ隊長は、焦らず絶好のタイミングを狙うと決めて、暫く聞き耳を立てることにした。
「どうやらロームズの町は、疫病で死人が出ているようだ。将軍の指示通り国境を封鎖し、ロームズ隊をハキ神国に入国させないようにせねばならない」
ブーニクスは、困ったことになったという顔をして頭を抱える。
荷車の中のファーガス大佐のことを考えながら、フーッと深く息を吐き、どうすれば良いのだろうかと思案する。
死人が出ているのに、ファーガス大佐を連れていっても大丈夫だろうか?
もしもオリ将軍の怒りを買ってしまったら、殴られるだけでは済まないだろう・・・かと言って、連れ帰らねば命令違反だ・・・
「とりあえず、荷車を馬に引かせるから準備しろ。ファーガス大佐は、国境を越えて直ぐの場所まで運んで、タルバ副指揮官の判断を仰ぐ」
兵たちはブーニクスの命令に従い、荷車を2頭の馬に繋げる作業を始める。
すると1人の兵が、荷車の中のファーガスを見て大声で叫んだ。
「大変です!ファーガス大佐が、ファーガス大佐の口から血が出ています!」
「な、何だって!?」
ブーニクスは立ち上がり、恐る恐る覗いてみる。あまりにも距離をとり過ぎたので、口元がよく見えない。
「もしかしたら走った勢いで、口の中とか舌とか唇を歯で切ったのかもしれません」
「ああ、確かにそれは考えられる」
兵たちは、そう言いながら冷静に判断しようと口元を見るが、判断するのは難しかった。触ることは怖くてできないし、確実に眠ったままの状態で、感染しているファーガスの側に居ること自体、リスクが高いと分かっているのだ。
その時、ガサガサと草木が音を立てた。皆はびくりと驚いて音がする方を見る。
すると、1人の男が林の中から現れた。その男は既に口から血を吐いていた。
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