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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
それぞれの思惑 編

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将軍と大師イルドラ

次話から新章スタートです。


 1096年6月16日午後、イツキがロームズの町で【鎮魂の儀式】を行っていた頃、ロームズの町の南に本陣を置いていたハキ神国軍は、今日も代わり映えのしない時間が過ぎていた。


 開戦以来、時々ルンナの街から本陣に出勤してくる感じの、オリ将軍とムルグ総司令は今日も留守である。

 たまにやって来ると、俺のお陰でお前たちは、戦わずして勝利軍の兵士になれるのだと自慢話を始める。

 気が向けば剣の稽古をしたりすることもあるが、本陣に滞在する時間は長くて5時間だった。

 兵たちも、居てくれない方が気が楽だし、無理難題を押し付けられることもないと思っている。


 今日は大事な来客があるからと言っていたから、恐らく顔を出すこともないだろう。

 本陣の留守を任されていたのは、イグニード副司令の部下で、副指揮官のタルバ38歳である。

 ロームズの町の兵たちと違い、本陣の兵たちは毎日きちんと訓練し、武器の手入れをし真面目に勤めを果たしていた。

 因みにロームズの町の兵たちが、怠けて働かずダラダラしていたのは、イグニード副司令の代わりに指揮を執っていたファーガス大佐の方針であって、兵士の責任ではない。


 



 大都市ルンナのホテルに滞在していたオリ将軍とムルグ総司令は、大切な打ち合わせのためロビーで人を待っていた。

 この2人、当初はルンナ領主の屋敷に滞在しようと考えていたのだが、領主から「本陣から離れるのは、将軍として如何なものか?国内の体面を考えると、本陣に1番近いホテル(町外れ)を貸し切って、仮の本陣とすれば良いのでは」と提案され、豪華ではないが小さなホテルを貸し切りにしていた。

 当然、領主が面倒をみるのが嫌だったからなのだが、領主の目が無いぶん、本当に好き勝手、自由気ままにやらかしてくれていた・・・


「そろそろ約束の時間だな伯父上。今日は大師イルドラ様がお見えになるのだな?」

「はい殿下……いえ将軍、大師ドリル様は他国へお出掛けのようです」


2人は優雅にお茶を飲みながら、ギラ新教の大師イルドラを待っている。

 間もなくロビーに1人の男がやって来た。短いグレーの髪に青い瞳、優し気な顔をし、小柄な体形で金糸の刺繍がしてある黒い独特の衣装を着ている。

 男の名はイルドラ・モスガバン、30歳前後に若く見えるが、実年齢は41歳である。

 ムルグ総司令は立ち上がり、大師イルドラに頭を下げる。


「お待たせしました。少しルンナとハビルの街の様子を見てきました。変わりは無いようですね。作戦が順調だということでしょうか?」


大師イルドラは挨拶をしながら、ゆっくりとした動作で2人の前の椅子に座った。


「私が将軍なのです。失敗は有り得ないでしょう。それに、教祖様のご指示通りに進めているのですから」


オリ将軍は、ゆったりとしたソファーの背もたれに背中を預けて、リラックスした姿勢のまま答えた。


「予想外だったのは、レガート軍が援軍を出したことですね」


イルドラは出されたお茶を飲みながら、少し苦い顔をして言う。


「問題ありません。もしもカルート軍とレガート軍が王都ヘサを出発したら、我が軍は1日でハビルの街を落とすでしょう。それはカルート国王も分かっていることだ。ハビルを失った後で到着しても、金目の物は何も残ってないでしょう。残っているのはカルート国民の死体だけです」


オリ将軍はニヤニヤしながら足を組み、肘置きに肘をついて、ついた手の上に顔を乗せて余裕を見せる。


「そうですね、戦うことは賢明ではありません。こちらはルンナに兵を残しておけば良いのです。レガート軍も直接ハキ神国に攻めては来ないでしょう。それに……カルート国王がいつまで王の座に据わっていられるか分かりませんし・・・」


イルドラ・オリ・ムルグの3人は、互いに顔を見合わせてほくそ笑んだ。





 ハキ神国軍の本陣に、血相を変えたブーニクス大尉が、馬に乗って飛び込んできたのは午後8時を回っていた。


「た、大変です!ロームズの町で疫病が発生しました。ファーガス様が眠ったままで・・・えーっと神の……?神の……【神の怒り病】です!」


この世の終わりのような形相をしたブーニクス大尉は、テントで寛いでいた副指揮官タルバに報告した。


「何だって?ファーガス大佐が眠ったまま?それで、疫病がどうしたって?」


タルバ副指揮官は、ファーガス大佐が嫌いだった。故にお付きのブーニクスも嫌いだった。迷惑そうな顔をして、要領の得ない話にうんざりした顔で訊ねた。


「ですから、ロームズの町で【神の怒り病】という、先の大陸戦争の時3万人が死んだ疫病が発生したんです!」

「な、なな何だって!?疫病!」


眠そうにしていたタルバ副指揮官は、一気に眠気が覚め目を見開いた。

 

 大変な一大事に、タルバ副指揮官とブーニクス大尉は、将軍と総司令のいるホテルへと馬を走らせた。 




 ホテルに到着した2人は、総司令に至急の面会を申し込んだ。

 既に時刻は午後9時を過ぎ、総司令は酒を飲んでうとうとし始めた頃だった。

 ドンドンとドアを叩く音がして、廊下からは警備をしていた兵士の声がする。『なんだこんな時間に!』と少々ご立腹のムルグは、無視することにした。

 しかしドアを叩く音は止まず、兵士の声は大きくなっていく。


「総司令!至急の面会要請です。タルバ副指揮官がいらしています!」


『タルバ副指揮官がこんな時間になんの用だ?』


 ムルグは仕方なく椅子から立ち上がりドアを開けた。そこには重大な何かを知らせに来たのだろうと判る顔で、タルバ副指揮官とロームズの町に居るはずのブーニクス大尉が立っていた。

 とてつもなく嫌な予感がしたが、2人を部屋に招き入れるしかないムルグである。

 目の前の2人から、とんでもない話を聞いたムルグは、頭を抱えてフーッと大きなため息をつき、椅子に座り込んでしまった。


「私の一存で判断できることではない。将軍の判断を仰ごう」


そう言って立ち上がったムルグだが、歩き出した足を止めて「チッ」と舌打ちをし、顔を歪ませた。


『殿下は今夜、お気に入りの女と一緒だ……今頃は……』


 ムルグはあれこれ考えたが、ことはあの【神の怒り病】なのだ、猶予はないと決心し、タルバとブーニクスにロビーで待つよう指示し、自らオリ将軍の部屋に向かった。



 予想通りオリは激しく怒り、ロビーで待てと怒鳴った挙げ句30分も待たせた。

 不機嫌な顔でロビーに現れたオリ将軍は、事も有ろうに悲愴な面持ちで待っていた、タルバ副指揮官とブーニクス大尉の頬を張り倒した。

 軍にとっての一大事を知らせに来て待たされただけでなく、突然張り倒された2人は納得できなかった。


 タルバ副指揮官は、オリ王子の将軍としての資質のなさと、尊敬に値するものが何もない人間であると、改めて思い知り怒りを覚えた。

 元々尊敬するイグニード副司令に暴力を振るい、教会を攻撃する狂暴性に不信の念を抱いていた。

 ブーニクス大尉は、恐怖のあまり土下座して頭を床に擦り付けていた。


「将軍、大変なことになりました!お休みだとは分かっていたのですが、ハキ神国軍の兵2,000人の命が掛かる重要案件のため、ご判断を仰ぎたくお待ちしておりました」


 怒りが納まらない様子の将軍を見て、伯父であるムルグは冷静に言葉を選びながら説明していく。


「敵が攻めて来たとでも言うのか!」

「いいえ、もっと悪い知らせです。下手をすると殿下のお命にも関わります」


ムルグの言葉に、怒りの表情から怪訝な表情に変化するオリである。


 ムルグに促されて、事の一部始終を震えながらブーニクスは話し始める。

 上官であるファーガス大佐が眠り続けていること、礼拝堂で神父たちが話していた【神の怒り病】のことを。

 そして、もしも血を吐いて死ぬ者が出たら、側に寄っただけで感染し、直ぐに逃げないと国が滅びる可能性もあると。


「・・・」


 オリ将軍は言葉を失ったかのように、暫く黙り込んでしまった。

 無い頭でいろいろ考えているのだろう……


「何故だ?どうしてそんなことになった?【神の怒り病】?何だそれは!」


オリはなかなか現実が受け入れられず、大きな声で叫んだ。


「私の記憶でも【神の怒り病】によって、大陸中で3万人の死者が出たという史実を習ったと思います」


 ムルグの顔色がどんどん悪くなっていく。酒の酔いもすっかり覚めている。


「と、とにかく確認だ!まだ死者は出てないのだろう。ファーガスを連れてこい。俺が目を覚まさせる。もしも2日以内にファーガスが死ぬか、誰かが血を吐いて死ぬか……何か体に模様が出たら……全軍撤退だ!俺は用心の為にルンナの領主と相談せねばならない。小部隊を偵察に送れ!」


オリはそう指示を出した後で、「いやダメだ」とか「しかし・・・だから」とブツブツと独り言を呟いて、最終決断だよく聞けとタルバとブーニクスに言った。


「本陣の500人とロームズの町で奪った物を、直ぐに首都シバに向かえるよう準備しておけ。それからロームズの町で死者が出たら、国境を封鎖しロームズの兵は切り捨てる!」


「しかし、今なら兵は大丈夫だと思われます。感染していない兵を見殺しになさるのですか?」


責めるようにタルバ副指揮官が将軍に詰め寄る。


「お前はたかが兵の命の為に、王子である私の命を危険に曝すつもりか!」



 タルバ副指揮官は怒りに震えながら、ブーニクス大尉は恐怖に震えながら本陣に帰って行った。

 本陣に到着したのは午前0時を過ぎた頃だった。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

ハキ神国軍との頭脳戦も、いよいよ大詰めです。

次話から新章スタートしますので、よろしくお願いします。

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