表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
それぞれの思惑 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/57

狩りと次の手

 イグニード副司令の背中の傷が消え失せるという、奇跡を目撃したシュルツ少佐とグード少佐の2人は、暫く声も出さず呆然としていたが、ハッと我に返ってイツキの前で改めて膝まずいた。

 フィリップも同様にイツキの後ろで膝まずいた。そして間違いなくイツキはシーリス(教聖)見習いであると確信する。(本当はシーリスの上のリース(聖人)だけど)


「イツキ神父、いえシーリス様、ありがとうございます。本当にありがとうございます。お約束通りロームズの住民の食料問題を解決します。何をすれば良いのでしょうか?」


シュルツ少佐とグード少佐は、感動で胸がいっぱいになっていた。初めて奇跡を体験したのだから無理もない。


「お2人共、私は見習いの身です。今後、シーリスの名は口にしないでください。ではお願いですが、今日これから兵を動かしてください。町の西側にランドル山脈へと続く門があります。日頃は獣や魔獣を入れないように閉められていますが、そこから狩りをしてきて欲しいのです。住民の食料となれば相当な量が必要になります」


イツキは、ロームズ周辺の地図を取り出し、西に連なる山々とハキ神国軍の本陣の手前にある南側の林を指しながら、最低でも大小合わせて20頭分の肉が必要ですと説明する。


「それから言ってませんでしたが、今日あたり私と共に旅をして来たブルーノア教会【魔獣調査隊】の隊長と隊員が、ランドル山脈の魔獣の調査を終えて合流する予定です。山で出会うかもしれませんので兵の皆さんに伝えておいてください」


イツキは、こっそりではなく堂々とコーズ隊長とソウタ師匠を、ロームズの町に入れることにした。その狙いは、兵に仲間意識を持たせる為であった。


「分かりました。人数や隊の編成はどうすれば良いだろうか?住人の為に動くことに遣る気を出させる方法は……」

「命令するしか無いだろう。俺達だって23日迄しか食料の保証が無いんだから。もしも交渉が長引けば配給も止まるかもしれない。それに疫病が発生したら、将軍は間違いなく我々を見捨てるだろう。そうなったら全て自分達で調達するしかないんだ」


シュルツ少佐とグード少佐はイツキを信じきっていたため、ぽろぽろと秘密事項を漏らしながら相談していく。


「それでは、こういう作戦はどうでしょう!隊を5つに分けて競わせるのです。上位2隊は今晩教会で作る極上の肉入りスープを食べることができる。もしくは賞金を出す……賞金と言っても私が出せるのは金貨3枚が限界ですが」


イツキは軍学校の生活で学んだ、対抗戦にすると遣る気が倍増することを応用して、ハキ神国軍の兵士たちに勧めてみる。


「それはいい!みな退屈しているし、最近は喧嘩や揉め事が多くなっている。いいガス抜きになるかもしれん」


グード少佐はポンと手を叩き、イツキの提案に賛同する。


「身体も鍛えられるから一石二鳥だ。入隊1年目のルミ神山訓練を思い出すな」


シュルツ少佐は、昔を懐かしむように遠い目をしながら、ウンウンと頷く。


「今夜は捕虜になっている住民も含めて肉を食べさせましょう。疫病にならないよう健康でいることが不可欠ですから。それと……目を覚まさない者を、今の内に隔離しましょう。現在体調の悪い者を隔離している建物とは、違う建物がいいでしょう……町の中心ではない場所でなければなりません。もしもの時の蔓延を防ぐためです」


イツキは明るい雰囲気になっていた2人の少佐が、一気に暗くなる疫病のことを言って、緊張感と緊急性を持たせた。



 シュルツ少佐が疫病対策の責任者になり、グード少佐が食料調達責任者になった。

 直ぐに兵士を集合させ、2つの任務に兵を振り分け、各々の仕事を開始させる。

 イツキとフィリップは、気を失ったままのイグニードの様子を看ながら、今夜の晩餐の準備をせっせと始めていく。

 


 戻ってきたハモンド、ドグ、ガルロと数十人の兵士は共に、今晩教会が肉入りのスープを配ることを、町中に知らせて回る。ついでに鍋を集めてくる。

 マルコ神父とフィリップは、午後2時から行う【鎮魂の儀式】の準備を始める。

 イツキは、儀式の後で振る舞うお茶の準備をするために、誰にも見られないよう鞄の中から、【赤い瓶の聖水】を取り出していた。




 

 今朝の《朝の祈り》の時に、午後2時から礼拝堂で、戦争で亡くなった人々の魂(霊)を静める為の【鎮魂の儀式】を行うと、全員に告げていた。

 その時全員に、儀式の後でお茶を振る舞うと知らせておいた。必ず各自カップを持参するよう付け加えて。

 2人の少佐には、同じカップで回し飲みをすると、疫病患者がもしも居た場合、蔓延する可能性があるからだと説明した。

 それでは兵士たちは大丈夫なのかと質問されたので、もちろんこれからは、兵士たちも同じカップを回し飲みしないよう徹底させるべきだと言っておいた。

 その注意喚起をさせることにより、兵士たちも《疫病》を意識することになる。



 今回イツキが考えた、血を流さず頭脳戦でハキ神国軍にお帰り願う(勝利する)作戦は、今夜決行され、明日の午後には結果が出る予定だ。

 予想外のことが起こらなければの話だが・・・




 残りの作戦で重要な鍵となるのが、本陣から必ず偵察が来ることである。

 その為の密偵役になって貰う人間が、そろそろやって来る頃なのだが……と思っていると、礼拝堂の扉を叩く(ノックする)音が聞こえた。

 

「失礼する。用があると聞いたが、イグニードは……副司令はどこだ?」


 今日は非番なのか、昼間から酒の臭いをさせた40歳前後の兵士が入ってきた。

 彼の名前はブーニクス大尉、肩まで伸びる茶髪は赤に近い。四角い顔で茶色い瞳はやや吊り上がり、ぼってりした鼻に分厚い唇。体型は小太りで背は低い。人相は別にしても、品位の欠片も感じさせない男である。

 非番とはいえ酒が飲めるのは上官クラスの人間だけだが、こんな緊急時に呑気なものだ。


「イグニード副司令は、ケガが悪化して重体です。先程気を失われたので簡易ベッドに寝かせてあります。もう少しお待ちください。そろそろ目覚められるでしょう。ところで貴方はカルート語が分かりますか?」


イツキは入ってきた男に、ハキ神国語でイグニード副司令の容態を告げ質問をした。

 ブーニクス大尉は、礼拝堂奥の左側に簡易的に作られた囲いの中を覗き、イグニード副司令の横たわる姿を確認すると、「チッ」と舌打ちし、「カルート語は分からない」と嘘をついて、仕方なくベンチに座った。


 ブーニクス大尉は、ずっと眠ったままのファーガス大佐の右腕で、彼もブルーノア教徒ではないらしい。

 軍本部を教会前のテントに移した時、勝手なことをするなと、カルート語で息巻いていたのをイツキは知っていた。

 ファーガス大佐の腰巾着である彼は、本来大尉の身分であるにも拘わらず、上官である少佐に従わず、副司令であるイグニードにも敬意を払わない、虎の威を借る狐君だった。

 元々大した虎ではないファーガス大佐が眠ったままの今、イグニード副司令の指示を、渋々聞く耳だけはあったようだ。




 フィリップ神父とマルコ神父は、【鎮魂の儀式】の準備をしながらカルート語で話を始めた。どこから見ても本物の神父に見える2人である。 


「しかし、このまま眠り続けるなら、疫病の可能性が高くなるな」


「夕方までに目を覚まさなければ……最悪の疫病と言われた【神の怒り病】である可能性が高いだろう。本当にそうなら3日以内に死んでしまうはず。問題は1人でも死者が出たら、ロームズに居る全員が【神の怒り病】に感染するという、死の恐怖にさらされることだ」


 マルコ神父は花を祭壇に飾りながら、フィリップ神父は祭壇に蝋燭や儀式に使う聖杯等を並べながら話をしている。


「でも、体に赤黒い模様が出て血を吐く患者は未だ出てない。まあ血を吐いた時点でその者は・・・死んでしまうのだがな……」


フィリップは、暗い顔をしながら段々声の高さを下げていく。


「そんな患者が出たら、側に寄っただけで感染します。先の大陸戦争での【神の怒り病】の死者は3万人でした。恐ろしいことです。もしも血を吐く患者が出たら……直ぐに逃げないと助かりません。国が滅びる可能性だってあります」


「・・・?」

「イツキ神父、今、何と言われたのです?カルート語で話してくださいらないと分かりません」


イツキはハキ神国語で話したので、他の2人の神父には内容が分からなかったみたいで、マルコ神父が質問してきた。


「いや……今はまだ大丈夫だと言ったのです」


イツキはカルート語でそう言って、神に祈りを捧げるポーズをとり口を濁した。


 寝た振りをして会話を聞き、薄目を開けて様子を見ていたブーニクス大尉は、酔いがいっぺんに覚めてしまった。

 

『俺がカルート語が分からないと思って、油断してこいつら話をしたな。バカめ!こんな重要なことを秘密にしていたのか!それに小声で話したつもりだろうが、俺の地獄耳はハキ神国語で話した内容も、しっかりと聞き届けたわ』


 怒りと恐怖で体が震え始めたブーニクス大尉は、立ち上がると勝手に礼拝堂を出ていった。





 午後1時半、ミムが戻ってきて「ピイピイポー」と元気よく鳴いた。

 イツキは裏庭に回り、手紙を確認した。

《 狩り終了。指示を待つ 》

 直ぐに返事を書くために礼拝堂に戻り、《ハキ神国軍の兵士が狩りに向かったが問題ない。2色の顔料を混ぜて、腕によく分からない模様を描いておくこと。見えないように上着を着用し町に入ってくること。狩った獲物の半分を出会った兵に分けてね》と書き、甘えて頬に顔を何度もすり寄せてくるミムの頭を撫でてから、コーズ隊長の元へと飛ばした。



 午後2時、住民(女性・子ども・老人)たちと兵士たちが礼拝堂に集まってきた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ