イツキ、決断する
ブルーノア教会の組織図 (上から順に)
リーバ(天聖)➡リース(聖人)➡シーリス(教聖)➡サイリス(教導神父)➡ファリス(高位神父)➡モーリス(中位神父)➡神父
【予言の紅星2 予言の子】の資料の中に、詳しい人数や特徴が書いてあります。
よかったら確認してみてください。
イツキは、キシ公爵とギニ副司令官を連れて、教官棟から宿舎棟へと続く渡り廊下を歩いていた。
時刻は午後5時を過ぎた頃だったので、ちょうど学生たちが掃除を始める時間だった。見慣れない2人を連れて歩くイツキ先生の姿を見付けた学生たちは、妙に貫禄と威厳のある大人2人を見て、何事?あれ誰?とひそひそ話をする。
あとでその2人が雲の上の上官ギニ副司令官と、軍学校の先輩であり憧れの伝説の人、【奇跡の世代】代表のキシ公爵だと知って、姿を見れた者はその幸運に感激し自慢しまくった。見れなかった者は人生の終わりのような顔をして残念がり、「イツキ先生って何者?」と噂し合った。
宿舎棟の1番奥の自分の部屋の前まで案内してきたイツキは、部屋のドアを開けて2人を中へと導き入れる。
イツキはベッドに座り、2人には椅子を勧めた。そして静かに話し始める。
「結論から言うと、僕はカルート国へ戦争を終局させに行かねばなりません。それが今日ラミル正教会に届いたリーバ(天聖)様からの命令です。その為、これから先のことを相談するのです」
「・・・リーバ様」
ギニ副司令官は、ブルーノア教のトップであるリーバ様という、あまりにも高位の名前に言葉が詰まってしまう。
このランドル大陸で、誰が1番偉いかと訪ねられたら90%の人はリーバ様と答えるだろう。
いくらイツキが教会の養い子だと言っても、リーバ(天聖)様という存在は神にも近い存在で、年に1度の〔御目見え〕の時ぐらいしか姿を一般に現す御方ではない。普通の生活をしていたら会えてもファリス(高位神父)様までだ。
各国の王都の正教会にはその上のサイリス(教導神父)様がいらっしゃるが、そのサイリス様でさえも貴族や王族、神父でもモーリス(中位神父)以上でないと面会は叶わない。
イツキ先生は、ミノス正教会のファリス(高位神父)エダリオ様から預かった。それはイツキ先生の類い稀なる才能(軍用犬訓練士や知識)を軍で活かしながら、軍用犬の研究をするためだったはずだ。自分が直接エダリオ様から話を聞いたのだから間違いはない。
確か赤ん坊の時はハキ神国に居たと、後輩であり国王の秘書官であるエントンが話していた。もしかしたらブルーノア本教会に居たのかもしれない……
でも、リーバ(天聖)様が気に掛ける子どもなら、何故レガート国へ移したのだろうか?
ギニ副司令官はあれこれと思考を巡らせるが、リーバ様の意図するところが解らない。
「イツキ先生、この僕が一緒に働いて欲しいと頼んだ時も、自分はリーバ様の命で動いているから、誰にも将来は決められないと言ってたよね?それにしても、何故リーバ様は12歳のイツキ先生に、隣国の戦争を終局させろなどと、一般人の我々には想像すらできないことを命令されるのでしょう?」
キシ公爵アルダスは、不思議に思っていたことを質問してみる。
『そもそも、リーバ様は何故イツキ先生が戦争を終局できると考えるのだろう?それに先程僕に、自分を迎えに来たのかと訊いたが、それは予めそうなると判っていたということになる……』
2人は考えても考えても理解できないイツキの発言に、これ以上の言葉が出なかった。
「これから僕が話すことは、絶対誰にも知られてはなりません。それは国王であっても例外ではないのです。これから話すことは、ランドル大陸全体に関わる重大なことだからです」
( イツキは静かに銀色のオーラに包まれていく )
恐らく自分で意識して発動した《裁きの聖人》の能力ではないのだろうが、その能力は、必要な時に勝手に発動してしまうので、イツキ本人にもコントロールできない時があるのである。
「王に話せないことを、我らが聴いても大丈夫なのでしょうか?」
ギニ副司令官は、次第にイツキの瞳が深い闇のように黒くなっていくのに気付いた。
そして表情も、心なしか少年というより18歳くらいに大人びて見える。
「王に話せないということは、私の親友たちにも話せないということでしょうか?」
キシ公爵アルダスが探るように訊ねると、イツキはゆっくりと頷いた。
アルダスは、次第にイツキの目を見るのが怖いような感覚に襲われる。
「約束できますか?約束できなければお帰りください。これから話すことは、ブルーノア教にとって最上級の機密事項なのです」
最上級の機密事項と聴いて、2人は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはアルダスだった。その顔は覚悟を決めたようで緊張している。
「イツキ先生、約束します。私は絶対に誰にも話しません。王であろうとフィリップであろうと、話さないと神に誓います」
「私も誓いましょう。決して誰にも話さないと」
2人は真っ直ぐイツキの顔を見て、嘘偽りない気持ちを伝えた。
イツキは2人の瞳を視て、悪意のないことを確認する。
「それから1つ質問があります。イツキ先生は先程、私に迎えに来たのかと訊ねられましたが、もしかして誰かが迎えに来ることが判っていたのでしょうか?」
アルダスは、お互いの信用が大切だと思い、疑問は全てぶつけてみようと決心した。
「そうです。リーバ様からの指令には続きがあって正確には、【ハキ神国の進撃を止めて、1度目の戦争を終わらせてこい。イツキを必要とする者が迎えに行くので、共にカルート国へ行け。必要と判断したことは話しても良い。ただし、レガート国王と秘書官エントンには知られてはならない】でした。推察すると、2度目の戦争が起こるのは間違いないでしょう」
『何故国王とエントンは駄目なんだ……?』
イツキの声が、先程より低くなっていることに2人は気付いた。威圧されるような気配に圧されて、声が出てこない。
「それから何故リーバ様が、僕に隣国の戦争を終局させろと命令されるのかという質問ですが、僕にも判りません。しかし判っているのは、それが僕の仕事だからです。全ては《予言の書》に示されているのです」
そこからイツキは《予言の書》について、知られてもいい最小限のことを説明する。
その内容は、ざっと次のようであった。
《予言の書》とは、天災・疫病・戦争・争乱などが何時起こり、それをどう解決したらいいのかを、開祖ブルーノア様が予言された内容が記された書物である。
しかし、記されたと言っても眼では見ることができない。歴代のリーバ様の中でも、解読できる能力を持っていたのは数人であり、今のリーバ様は特別な神眼をお持ちなので、《予言の書》を解読できる。
それでも、それはほんの1部分でしかない。解読された破片を集めて、未来に起こる災いが解ったとしても、解決できるとは限らない。解決方法は解る時と解らない時があるからで、解ったとしても直前であることが多い。
1070年以降、ランドル大陸は戦乱と争乱が起こり、疫病と悪神が蔓延るとの予言が解読されたのは、今から18年前である。
ブルーノア教会は、これから起こる災いを未然に防ごうと、ずっと前から備えている。しかし解決できていない問題もあり努力の途中なのだ。
話し終えたイツキに対し、もう子どもだとは思えない2人だった。そして説明を聴いたキシ公爵とギニ副司令官は、自分たちの知らないところで、ブルーノア教会がそんなに苦労していることも、大変な時代に入っていることも当然知らなかった。
何よりも、目の前の12歳のイツキが、ランドル大陸全体のことを考えていたことを知り、大きなショックを受けた。
「イツキ先生は何故それほど、ブルーノア教会の最高機密をご存じなのでしょう?そして何故イツキ先生が隣国の戦争を終わらせなければならないのでしょうか?それがイツキ先生の仕事だと、ブルーノア様の《予言の書》に書かれていたということでしょうか?」
ギニ副司令官は核心に迫る質問をする。イツキの放つ威圧感と、口では説明し辛い雰囲気に、いつの間にか敬語で話しているギニ副司令官とキシ公爵である。
〈〈 カランカラン 〉〉
夕食の時間を告げる鐘が鳴った。いつの間にか7時前である。外を見ると空は陽が傾き、すっかり夕方の様相に変わっていた。少しだけ開けた窓から、涼やかな風が吹き込んでくる。
イツキはクローゼットを開けると、中から黒い革の鞄を取り出した。その中から1冊の本を取り出してテーブルの上に置いた。それは古い教典で、銀糸で縁取られ金糸で文字が縫いとられており、見るからに貴重な本だと分かる。
パラパラとページをめくると、間に挟んである茶色で四角い皮に貼り付けられた、少し厚みのある紙が目に入った。それは身分証だった。
「お2人が知りたい答えがこれです。僕がブルーノア教会の機密事項を知っているのも、隣国の戦争を終わらせる仕事をすることになるのも、全て僕に与えられた義務なのです。だから僕は、努力すれば果たせる力が有るのだと信じて……、信じて頑張るしかないのです。何故なら僕は【リース(聖人)】なのだから」
そう言うとイツキは、茶色い皮にブルーノア教会の紋章が入った、リーバ様の署名入りで発行された身分証を見せた。
その身分証には、【リース・キアフ】1084年1月生まれと記されていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
1話と2話の、あまりにも・・・な部分(表現)を修正しました。
少しは読みやすくなっていたらと思います。
ストーリーは全く変更していません。