ロームズの危機
6月16日昼、合流したフィリップ・ドグ・ガルロを含めた6人は、早目の昼食を取りながら今日の予定を確認した。
昼食後は、ドグとハモンドが町の様子を見て回る。表向きは残った病人が居ないかを調べるのだが、本当の目標はハキ神国軍の動きや駐留場所の確認である。
マルコ神父とガルロは、町の食料備蓄量の確認をする。
午前中に行った病人やケガ人の治療中、困り事を訊ねたら最も多かったのが食料問題だったのだ。
ハキ神国軍の占拠以来、外部から物資が入っていない上に、男たちが収容されていて狩りができず、肉類が圧倒的に不足していた。干し肉は底をつき野菜中心の生活で、その野菜もハキ神国軍が搾取するので、子供や妊婦の栄養が心配である。
ハキ神国軍の兵たちは、本陣から3日に1度食料補給があるらしく(肉・干し肉・干し魚など)、野菜はロームズの住民から提供させていた。
イツキとフィリップは、午後からハキ神国軍のイグニード副司令とシュルツ、グード2人の少佐の計5人で、住民や兵士の病状や疫病に関することを話し合う予定で、それまでに礼拝堂で簡易診療所の患者を診察する。
その時に、作戦を決行するための布石を打つ計画になっている。
フィリップは、持ち込んだエピロボスグリナ草の半分を、5人分の薬に混ぜる作業をしている。
イツキは骨折している子どもや兵士の手当てをするため、副え木と湿布を作っていた。
ロームズの町に到着した時に出会った、足の小指の付け根を骨折していた男の子も来ていた。
「お母さん、副え木をしたので少しは楽になりますが、骨折しているので出来るだけ歩かせないでください。湿布を3日分渡しますので同じように貼ってくださいね。それから腫れが引いて歩いても痛くなくなったら、副え木を外しても大丈夫です。他の皆さんも同じです。はーい注目、もう1度湿布の作り方を説明します」
イツキは骨折患者6人に副え木をして、湿布の説明を大きな声でしている。
そこへ、シュルツ少佐が訪ねてきた。予定より少し早いが……と、フィリップに目を向けると、飲み薬の作業は完了していたようで、ケガの塗り薬を調合していた。
「凄いですねイツキ神父、昨夜は的確な治療と指示を出していたと、ロームズの医者が感心していましたよ。骨折の治療までできるんですね」
シュルツ少佐は、イツキの骨折患者にしていた説明を聞いていたようで、感心しながら声を掛けてきた。
「予定より早かったですね、何かありましたか?」
イツキは最後の骨折患者の手当てを終えて、シュルツに近付いて行った。
「それが・・・ファーガス大佐が目を覚まさないんです。それと・・・イグニード副指令のケガが悪化してしまい、今朝から熱が出ています」
シュルツ少佐は、困った顔をしてイツキに助けを求めに来たようだった。
「まだ目が覚めない……おかしいですねえ・・・?う~ん……そんなはずはないと思うけど・・・」
「何がそんなはずはないのでしょう……?」
シュルツ少佐は不安気な表情で、イツキの困ったような顔を見ながら返答を待つ。
「実は、ブルーノア教会の【最悪の2年】の記録の中に、【神の怒り病】に罹りし者、永き眠りの果て死に至る。という一節があるのです。他には、腕や首に赤黒い模様が浮かび上がり、やがて血を吐き死ぬ。というものもあります。何故【神の怒り病】が蔓延してしまったのか?それは、捕虜として収容されていた患者が、ただ眠っているだけだと思われたからです」
「・・・」 (シュルツ少佐)
シュルツ少佐は、驚いて目を大きく見開き、手に持っていた包みを落とした。
「まだ判りません。他に……他に眠り続けている者はいますか?」
イツキが質問すると、シュルツ少佐の顔色がどんどん悪くなってゆく。そして礼拝堂前に設営された本部テントまで走っていき、大声で部下たちに質問した。
「お前たちの宿泊場所で、眠ったままの者は居ないか?」
「はい、1人います。ただ具合が悪くて昨夜診察を受けた者なので、起きないけど放ってあります」
「うちはテントですが2人いました。1人は熱が出ていたので起こしませんでした。もう1人は揺すっても大声出しても起きないので、仕方無く休ませることにしました」
「・・・!」(シュルツ少佐)
青ざめたシュルツ少佐の顔を見た兵士が、心配そうに「どうしたんですか少佐?」と訊ねるが、何も答えず礼拝堂の中へと駆け込んで行ってしまった。
「イ、イツキ神父、大変です!数名の兵士が眠ったままです」
シュルツ少佐は、この世の終わりのような顔をしてイツキの前まで走り込んできた。
そこへ、ケガが悪化したイグニード副司令と一緒にグード少佐が礼拝堂に入ってきた。
イグニード副司令はグード少佐の肩を借りて歩いているが、かなり辛そうである。
「遅れて申し訳ない。今朝から痛みがひどくて……」
イグニード副司令が言葉を終える前に、「た、大変です副司令!」とシュルツ少佐が叫んだ。
イツキとフィリップは予定通り、いや緊急会議をイグニード副司令たちと始めた。
先ずシュルツ少佐が、眠ったままの兵が居ることを伝え、イツキが【神の怒り病】の症状を伝えた。具合のよくないイグニード副司令の顔色がますます悪くなっていく。
イグニード副司令は直ぐに全収容所を回り、人質の住民たちの中に眠り続けている者が居ないかの確認をするよう、本部に待機していた兵に指示を出した。
ハキ神国軍ロームズのトップ3人は、大変なことになったのではないかと生きた心地がせず、祈るような気持ちになっていた。
イツキが、イグニード副司令のケガの診察を先にしますと言ったので、一時会議は中断する形になった。
そう言えば、イグニード副司令の診察をしていなかったとイツキは反省する。
診察すると、背中に負ったケガが化膿していた。体を触るとかなり熱いので熱も出ているのだろう。
ロームズの町医者は、内科が主で外科手術をしたことがないと言っていた。当然その設備も器具も無いだろう。
今回の作戦で、大切な役割を果たして貰わなくてはならない存在なのに……とイツキは思った。
「このままでは命に危険が及びます。外科手術をして患部を取り除き、絶対安静で3日は養成しなければなりません。本陣に運んで軍医に手術をして貰うか、ルンナの街の大きな病院で手術を受けてください」
イツキは作戦変更もやむなしと決意し、イグニード副司令に診断を下した。
「こんな大事な時に、ここを離れる訳にはいきません。それに将軍は……」
イグニード副司令は、そこまで言って唇を噛み締め黙り込んでしまった。
「貴方にケガを負わせた将軍は、助けないとでも言うのですか?」
何故それを知っているのだ?と驚いた顔でイグニードたち3人がフィリップを見る。ハビルの街でそんな噂を聞きましたとフィリップが答えると、敵国にまでオリ将軍の所業が伝わっていたのかと3人は愕然とする。
「副司令、後は我々が何とかしますので、本陣に連絡させてください。代わりの指揮官を連れてきます。ですからお命を粗末になさらないでください」
「そうです。我が軍に副司令は絶対必要な存在です」
半泣き状態でグード少佐が訴える。シュルツ少佐もイグニード副司令の腕を掴んでお願いする。
その様子を見ていたイツキは、フーッと長く息を吐いて、こう切り出した。
「3人に、いやシュルツ少佐とグード少佐にお尋ねします。どうしてもイグニード副司令を助けたいですか?」
「もちろんです!もしも助けて頂けるのなら何でもします」
シュルツ少佐とグード少佐は、助ける方法が有るのだろうかと、すがるような目でイツキを見て、拝むように両手を合わせている。
( イツキの体を【裁きの聖人】銀色のオーラが包んでいく )
「では、もしも助けられたら、やって欲しいことがあります。今、この町の住民は飢え死にしかけています。それは、あなた方の責任でもあります。あと数日で確実に食糧は底をつくでしょう。住民全てが弱っています。こんな状態で疫病が発生したら死は免れないでしょう。そうすれば、ハキ神国軍も全滅するかも知れません」
イツキは、怒りを込めてハキ神国軍の責任を語り、疫病の恐怖を心に植え付けていく。
目の前の3人は、イツキの瞳が深い闇の色に変わるのを見た。そして、息苦しさを感じ始める。
既に、目の前に居るのは、子どもではなく、小さな神父でもなく、ブルーノア教のシーリス(教聖)様だった。
イツキの強い気に当てられたせいか熱のせいか、イグニード副司令はドサリと倒れてしまった。
『これがシーリス様のお力なのか?恐怖すら感じる…… でも、確かに、確かにシーリス様であれば副司令の命を助けられるかも知れない』
恐怖心の中にも、希望の光を見つけたシュルツ少佐とグード少佐は、急いで副司令を寝かせて、イツキの前で膝まずき頭を下げて言った。
「よろしくお願いいたします。どうか副司令をお助けください」と。
イツキはゆっくり頷くと、副司令を簡易ベッドにうつ伏せに寝かせるよう指示した。そして、これから行うことは決して他の者に見られてはいけません。もちろん口外することも許しませんと言って、他の人間の礼拝堂への入室を禁じるよう命じさせた。
イツキは鞄から小さな瓶を取り出した。瓶の色は《緑》で、その【聖水】は傷を治すとリース(聖人)エルドラ様の説明書に書いてあった。
イツキはその緑色の瓶を持って祭壇へと向かった。そして瓶を両手で握って小さな声で祈り始める。
3分くらいで祈り終えたイツキは、ゆっくりと副司令が寝かされているベッドへと歩いていく。副司令の前に立ったイツキは、シュルツ少佐とグード少佐の瞳をじっと見てから、自らの目を閉じ、深く息を吸って深く息を吐いた。
そして目を開くと、副司令の化膿した7センチくらいの傷口に、緑色の瓶から【聖水】を1滴ずつかけていく。瓶の半分の量をかけたところで、傷口から泡のような物がブクブクと出てきた。
汚い膿の色をした泡が、傷口から流れて体を伝い、ベッドの端を伝いながら床に落ちていく。
泡は次第に白い色に変わっていった。暫くすると泡はピタリと止まった。
皆の視線が傷口に集中する。すると、驚いたことに傷口がゆっくりと塞がっていった。まるでケガなどしていなかったかのように。
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