レガート軍の力
1096年6月16日午前9時、カルート国の王都ヘサにレガート軍が到着した。
先頭で馬に乗り、レガート国旗を掲げて王城へと続く道を進むのは、王宮警備隊副指揮官ヨム・マリグ・カミスである。
カルート国民は、これで自国は助かったと歓喜し、沿道の人々は歓迎や期待の言葉を掛けた。
王都の王城へ続く道は、石畳で整備され古い建物が多く、趣もあり美しい街並みである。しかし王都とは言え、少し裏に入って行くと、古過ぎて壊れそうな建物や、整備途中で止まっている道路、決して裕福ではなさそうな暮らしぶりが見える。
レガート国王バルファーいわく、「国王や貴族たちの怠慢から今のカルート国ができている。自国を富ませるよりも自分の家のことしか考えていない貴族たち、そしてその貴族たちを従わせられない国王の責任である」と。
レガート国の王都ラミルを出発してから12日、レガート軍1,200人は、ようやくカルート城の前に到着し整列した。
騎馬隊100人、レガート式ボーガン隊500人、弓部隊200人、槍部隊150人、剣部隊150人、その他70人、ちなみにレガート式ボーガン隊は精鋭部隊であり、剣の腕も秀でている者ばかりである。
カルート軍の指揮官や兵士たちは、自国の兵器や装備との差に度肝を抜かれた。
現在王都ヘサに駐留しているカルート軍1,400人は、レガート軍の勇姿に内心恐れをなしたが、これでハキ神国軍に勝てると安堵した。
総指揮官アルダスと【奇跡の世代】、各部隊の上官30人は、全軍の前に出てカルート国王の出迎えを受けた。
ラグバス・カルート・ダヤ国王42歳は、グレーの長い髪を後ろで束ね、涼しげなグレーの瞳は聡明であると感じさせる。しかし頬は痩けやせ型の体型も相まって、覇気が感じられない。衣装も国王足るきらびやかさに欠けている。
ラグバス国王は、笑顔で総指揮官であるアルダスと握手をする。そしてアルダスの若さに驚いた。
「遠路はるばる大軍で駆け付けて頂きありがとうございます。バルファー王のご英断に感謝申し上げます」
ラグバス国王は感謝の言葉を述べて軽く頭を下げる。アルダスは軍礼を返して軽く微笑んだ。
国王の次に挨拶したカルート軍総司令官ミザリオ55歳は、軍総司令官でありながら軍服を着ておらず、国王より高価そうな衣装を着ている。いったい何処へ行くつもりなのだろう・・・
少し背は低くアルダスと同じくらいだろうか……グレーの髪は薄くなり無理矢理薄い部分を隠している。
まるで部下にでも向けるような無礼な視線でアルダスを見ている瞳は、青というより水色に近い色で大きいが細目である。細く高い鼻と薄い唇が神経質そうで、腹黒そうだとアルダスは思った。
隣に立っていたヨムは、アルダスに向けられた無礼な視線と態度を見て、心の中で剣を抜いていた。
大人の対応で目上のミザリオに挨拶をするアルダスは、他人から見たら笑顔だが、奇跡の世代が見たらゾッとする笑顔だっただろう。瞳が全然笑っていなかったのだ。
ミザリオ軍総司令官は、『レガート国王はこんな若造を総指揮官にするとは、カルート国も舐められたもんだ。余計な援軍など寄越す必要など無いものを!』と、心の中で悪態をついた。
どうやら感謝の気持ちは無いらしい・・・
「ラグバス国王、それで戦況はどうなっているのでしょうか?出陣は午後からですか?」
アルダスは、カルート軍が出撃態勢に入っていないことに気付いていたが、あえて質問する。
「アルダス総指揮官、実はカルート軍は戦地ではなく、王都ヘサを守っております。敵兵は2,000人、我が軍は1,800人足らずです。初動で出遅れたからには王都を守ることこそが重要なのです」
国王に質問したはずなのだが、答えたのはミザリオだった。
「では、戦地の街も住民も見捨てて王都を守っていると?」
アルダスは、驚くと言うより呆れてしまった。堂々と戦闘放棄し自国民を見殺しにしていることを、正当化するとは……
「何を仰っているのだ?貴方は若い上に経験が無いので、我が国の作戦を理解できないのでしょう。それにハビルはまだ攻撃されていない。小さな町は占拠されたが、大した損害ではない!」
こちらは援軍に来たと言うのに、ミザリオのあまりにぞんざいな態度に、アルダスは違和感を覚えた。
隣でヨムが剣に手を掛け、後ろの【奇跡の世代】からは殺気が漂ってくる。
『どうやらこの男、援軍が邪魔なようだ』
アルダスは違和感の原因が、国王や兵士たちからは『これで勝てるとか、これで助かった』という思いが伝わるのに、目の前の男からは、歓迎どころか戦争の危機感が全く感じられないことだと気付いた。
「ハキ神国軍は、何故ハビルを攻撃しないのでしょう?今なら簡単に勝てるはず。小さな町1つで満足して帰って行ったのですか?」
隣で困った顔をして、おろおろしている国王を無視して、2人は会話を続ける。
「そうではない!これは我がカルート国とハキ神国軍の問題だ。せっかく最小限の犠牲で終わらせようとしているのに、他国の干渉は受けたくないものだ」
ミザリオ軍総司令官は、考えていることが全て顔に出てしまう人間のようだ。欲深さも、愚かさも、ずる賢さも全て瞳の動きや表情に表れている。
アルダスは無表情のまま、『ふーん成る程』と心の中でニヤリとほくそ笑んだ。
実は、王都ヘサに到着する2日前、【奇跡の世代】であり【王の目】のメンバーが、馬で先行しヘサ正教会に状況確認に向かっていた。
ヘサ正教会のサイリス(教導神父)様から、一通りの事情は耳に入れていたアルダスだった。
「我がカルート国……まるで貴方の国のようですねミザリオ軍総司令官。私は先程からラグバス国王と話をしていたはずですが?」
アルダスは時間が勿体ないし気分が悪いので、目の前の男に力とは何か、権力とは何かを教えてやることにした。
「クッ……」
ミザリオ軍総司令官は、まるで自分の野心を見抜かれたようで、黙るしかなかった。
「ラグバス国王、長旅でしたので軍を少し休ませます。他に広場も無いようなので、このまま王城の周りで待機させていただきます。これからどうするのかは昼食でも取りながら話し合いましょう。ラグバス国王、バルファー王から伝言が有りますので、こちらへどうぞ。ミザリオ軍総司令官、それでは後程」
アルダスは、さっさとラグバス国王を案内してレガート軍の中へ連れていく。
あまりに急だったので、国王の側近もミザリオ軍総司令官も出遅れた。「陛下お待ちください!」と国王を追い掛けようとするが、「1人でよい!そこで待て!」と国王から強く言われてしまった。
「申し訳ない・・・あの者の無礼を許してやって欲しい」
ラグバス国王は、側近たちから離れた場所まで来ると、アルダスに謝罪した。
アルダスは何も答えず、レガート軍の武器や装具を説明しながら歩いた。ラグバス国王は軍備の差を思い知らされる。
レガート軍の上官が部下に指示して、テント設営とテーブルや椅子を設置し始めたのが、アルダスが部隊の方に振り向いた直後で、アルダス総指揮官とカルート国王が歩きながら1,200人の隊列の中央に到着するまでの、10分足らずで準備を終えた。
腰掛けて話し始めると、直ぐにお茶が出てきた。ラグバス国王はレガート軍の統率力の高さに感心する。
「ラグバス国王、私がミザリオ軍総司令官の態度を許したとしても、貴方は許すべきではありません。はっきり言います。私はバルファー王から全権を任されて1,200名の軍を率いています。あの男の振る舞いに腹を立てて、我が軍がカルート国を攻めると言い出したらどうされるのですか?戦力の差は明らかですし、現にレガート軍はカルート城を既に包囲しているも同然なのですよ」
アルダスは辺りを見回しながら言い、現状を気付かせるよう気の弱い王に視線を送った。
あまりの弱腰と他国の軍に対する危機感の無さ、そして王としての資質の無さに、アルダスは溜め息が出る思いだった。
アルダスの話を聞いたラグバス国王は、目の前に突き付けられた現実に少しは目が覚めたようで、かなり青い顔になっている。
「・・・レガート軍が・・・」
「いやいや、そんなことはしませんよ。レガート国は同盟国です。だからこそ貴方はバルファー王に親書を送られた。それも家臣に秘密で。バルファー王は全て分かっていて援軍を出されたのです。ですからラグバス国王、貴方は私に隠し事ができる立場ではないのです。貴方の肩にカルート国の命運がかかっているのです!今こそ国王として力を出す時です」
レガート国で、バルファー王に次ぐカリスマ性を持っているアルダスの言葉が、ラグバス国王の胸に突き刺さる。
ラグバス国王は、ありのままの現状を吐露し、ハキ神国軍からの脅迫状……というか中途半端な降伏命令書?の存在を打ち明けた。
ヘサ正教会のサイリス様からの情報と、ほぼ一致したところでアルダスは、こう切り出した。
「返答期限なんて無視すればいいのです。どうせハキ神国軍は攻めてきませんから。それにレガート軍もここから動く気はありません」と。
アルダスは、イツキの別動隊を信じて【おとり】としての役割を果たすと決め、進軍せず3日待つことに決めていたのだ。
アルダスとレガート軍上官5人が、ラグバス国王・ミザリオ軍総司令官・国務大臣・軍副司令官・警備隊指揮官の5人と昼食会を始めたのは、カルート城の中の貴賓室だった。
全員が席に着いて直ぐ、国王が放った言葉にカルート側の4人が凍り付いた。
「ミザリオ軍総司令官、先程の無礼をアルダス殿に謝罪しろ。それができなければ、お前を罷免する!」
ラグバス国王は怒りに満ちた顔で冷たく言った。国王がミザリオに逆らったのだ。
アルダスは両肘をついて手を組み、ミザリオの方にゆっくりと顔を向けると、笑ってない瞳で一瞥しただけで視線をラグバス国王に戻した。
「なな、何を仰っているのでしょうか?謝罪・・・?」
ミザリオは、カルート国内最大派閥の実力者だった為、国王は自分に逆らえないと思っていたのだ。
狼狽えるミザリオに、国王は意を決して叫んだ。
「お前のせいで、カルート城はレガート軍に包囲され、既に敗北は決定したも同然。お前は同盟国であるレガート軍に何をした!レガート軍と戦って勝てるとでも思ったのか!」と。
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